2-4 殺到
――その宝は、どんな姿をしているかもわからなければ、どこにあるかも……それどころか、本当に存在するかどうかすらわかっていない。ただ一つ確かなのは、それを手に入れることが出来ればこの世界の覇者となることが出来る、ということだけだ。
「おー!」
視界は急激に変化した。目の前に広がっているのは、ファンタジックな街並みである。三階建て以上の建物が見当たらず、空がとても広く見える。そして、行き交う人々の顔には希望と活気があった。
そうだよ、仮想世界と言ったらこういうのを想像していたんだ、俺は!! このメルヘンでファンタジーな感じ、イイネ!! 間違っても、スカイツリーだったりピラミッドだったり巨大なティッシュだったりを望んでいたわけじゃあないんだ!
「仮想、さいこー!!」
「何叫んでんの。キモっ」
「しょうがないじゃない。彰介君だもの」
「……」
そうだった。俺はこの二人と同じチームなのだった。なんだろう、振り回され尽くしたあげく、尻に敷かれてぺっちゃんこにされる未来しか想像できない。
「ちょっとくらい感慨にふけらせてくれても良いじゃないか……。巨大なティッシュとか謎の物体とかで、結構テンション落ちてたんだからさ」
「まぁ、アレは……ないわね。こっちのほうがよっぽど『らしい』わ」
何がらしいのかは知らないが、彼女はそう言って満足げにうなずいた。
「こんな世界観なら、魔法とかあってもおかしくないわよね。魔法陣描けば魔法を使えたりしないかしら?」
「その辺はお前の方が詳しいだろ」
「そうね。使えないわ」
使えないのかよ。期待して損した。
「バカみたいなやり取りしてないで、さっさと課題を見ないの? どっちか一チームだけ勝つってことは、戦いじゃない限り早い者勝ちなわけでしょ? 急がなくていいの?」
「あぁ、そうね」
一戦目から殺し合いじゃないことを祈るわ。そんな物騒なことを言って、彼女はスクリーンを開いた。そこは……さっきとは微妙に変わっていた。エントリーボタンがあった場所に、代わりに『ミッション内容』なるボタンが出来ている。彼女がそれを押すと、スクリーンいっぱいに文字がずらりと表示された。……眠い。
「えー、なになに? 今回のミッションは……宝さがし。住民から情報を集め、そこからこの世のどこかにある宝物を探し出すこと、だそうよ」
この世のどこかって……ずいぶんと大雑把な枠組みだな。まぁ、仮想世界だし、この世自体が小さいのかもしれないが。
「なお、全ゲーム共通ルールとして、無関係な人間を殺した場合は、即該当チームが敗北となるため注意をすること」
「重っ!?」
こういうのって普通、多少のペナルティが課されるくらいではないのか。……いやまぁ、NPC殺して悦に浸るようないい性格をしていないので、問題はないが……。
「まぁ、仮想だからね。人を殺す感覚も結構リアルなのよ。……だから、殺させないように、極度に重いペナルティを課しているの」
「ふーん」
そういうもんなのかと納得。まぁ、優花なんか絶対にこういうルールでもない限り容赦なく殺戮しそうだし、そんなの(俺の)精神衛生上全く良くないので助かるが。
「ふーん。宝さがしね。……ちょっと待ってなさい!!」
そう言い残し、湖鉄はさっそく走り去っていった。何をするつもりなのかと思ったら、道行く人々に街頭インタビューである。それも、ぶしつけな態度で。具体的にやり取りを上げるなら、こんな感じだ。
「ちょっとあんた、待ちなさい!!」
「ん、なんだ? 嬢ちゃん」
「あんた、宝って知らない?」
「知らねぇな。どんな形をしているんだ?」
「それが分かっていたら聞かないわ使えないわね」
当然のごとく、相手は憤慨して立ち去ってゆく。いくらNPC相手だからといってあそこまで高圧的な態度を取れるのはある意味凄い。全く見習おうとは思わないが。
そんな感じで五人くらいに質問をしたところで、湖鉄は地団太を踏み始めた。あぁ、イライラしている。あいつほんと沸点低いよな。
「何なのよ!! この世界、私に牙を剥いているわ!!」
「被害妄想だ」
「何よ、大風も敵なのね!!」
本当に人の話を全く聞かないやつだ。
「……あのな、もう少し優しく聞くべきだと思うぞ。それじゃあ相手も話す気が失せるだろ」
そう言って、俺はすでに動いている友利の方を指さす。
「程度は違うが、今のお前はあんな風に見えていた。どうだ? お前から見て、あんな聞き方で良いと思うか?」
「あんなって……」
指さす先に目を向けて湖鉄は口を閉ざした。そこでは、半ば脅迫気味に情報を集めている彼女がいる。確かに笑顔である。ただ、その笑顔には冷たさしかない。完全に聞かれている側は怯え切ってしまっている。たとえるならば……そう、蛇ににらまれた蛙。
「……アレはえげつないわね」
「そうだろ? もっとフレンドリーに聞けばきっと知っていることをいろいろと教えてくれると思うんだよ。ほら、練習だ。来てみろ」
「あっ、ちょっと!」
俺は湖鉄の手を引いて、手近にいた可愛い女の子に話しかける。
「すいませーん」
「はい、なんでしょうか?」
にこやかな笑顔で応えてくれる。この調子でいろいろと聞いてみようと口を開きかけ……彼女の顔が徐々にひきつっていく事に気付いた。え、何? 俺の顔に何かついているのか?
「も、もしかして……」
「もしかして?」
「お、おお……大風彰介様……ではないですか?」
「うん、そうだけど」
なんで俺の名前知っているんだ? まだ自己紹介もしていないのに、なんて思う隙もなく。
「彰介様!! 本物の彰介様だわっ!!」
!!?!?!!!!!????!??!!???
……あ、危ない! いま一瞬論理的どころか、言語的な思考すら放棄してしまっていた。というか、何が起きた!? なぜ、急に、この可愛い女の子は、俺に抱き着いてきたんだ!?
「なに、彰介様だと!?」「どこ、どこにいるの!!」「本物!? 本物なの!!」
え、何? 何なの?
「おらぁ、俺が先だ!!」「私よ、私が先だわ!!」「彰介様!!」
「ちょ、な……ッ!!」
心苦しいが、無理やり女の子の抱擁から逃れる。もはや前面には俺に大挙してくる人の波。何、何が起きたっていうんだ!? いや、考えている時間なんか無い。このままでは轢き殺される!!
「湖鉄、走るぞ!!」
「何、何なのこれ!?」
「知るかっ!!」
彼女の手を引いたまま、俺は脱兎のごとく走り出す。逃げるが勝ちだ。
そのまま、十分以上走っただろうか。しかし全く追手をまくことはできない。それどころか、全く疲れた様子すらない。どんだけ体力あるんだあいつら。それに比べてこっちはもう……。
「わ、私……もう、ダメだわ……」
「諦めるなよ!!」
「そんなこと言われても……も、もう……無理」
そういって、彼女は地面に手をついてしまった。くっそ……どうすればいい。周りは見通しの良い広い道。逃れることのできる場所なんてどこにもない。ならば。
「いいか、なるべく身を小さくして頭を守れ」
「え、えっ?」
戸惑う彼女の上に覆いかぶさって、俺は目いっぱい地面についた手に力を籠め、目を閉じる。さあ、かかってこい。湖鉄は俺が守る!
……しかし、待てど暮らせどひき肉になることはなかった。しかし、熱気のこもったざわめきは変わらない。そのまま数分待ったのち、しびれを切らして俺は、ゆっくりと目を開いた。
「お、おぉっ!?」
果たして、追手がすべて消えていた……なんて幸せ展開にはなっていなかった。それどころか、一センチ先に人の顔、顔、顔。しかし、全ての手は、足は、俺たちをすり抜けていた。
追手も戸惑っているように見える。何故ここに居るのに触れないんだと。よくわからないが、チャンスであることには間違いない。
「湖鉄! 湖鉄!!」
「あ……生きてるって、うひゃあ!? 何、何なのよこれ!!」
「知らんが逃げるならいまだ」
もう一度湖鉄の手を取って、人の波をすり抜けながら走る。しかし、当然のごとく彼らは走り出した俺たちのことを追いかけてきた。くっそ、触れないはいいけれど、ずっと付いてこられたのでは結局逃げられない。それに、いつこの不思議現象が終わってしまうかもわからない。
ならば、一か八か、かけてみよう。
「なぁ、湖鉄」
「なっ、なに!」
「俺たち、今なら壁もすり抜けられそうじゃね?」
その言葉に、彼女は目を見開いて見返してきたあと、ぶんぶんと首を振った。
「何言ってんのよ!! 無理に決まってるじゃない!!」
「物は試しだ。できなくても痛いだけだ!!」
ちょうどよく、目の前には恐らく町を囲っているであろう外壁がある。あの向こうに行くことが出来れば、すぐには追いかけてこれないはずだ。
「痛かったらごめんな!!」
「いーーーーーやーーーーーーっ!!!! ひゃっ!?」
全力で反対側で駆けようとする湖鉄を無理やりお姫様抱っこして、俺は背中から壁に飛び込んだ!!