2-3 開戦
なぜか、しこたま怒られた。静川さんと内緒の約束をしてから十分後くらい、友利は戻ってくるなり俺と一緒にいる静川さんを見つけ、駆け寄ってきたかと思ったら……飛び蹴りを食らわしてきたのだ。祝・初バイオレンス。全くうれしくねぇ。
「……さぁ、弁明を聞こうかしら?」
そして俺に馬乗りになったまま、般若の形相でそんなことを言うのだ。
「なぜ連絡しなかったのかしら。三秒以内に答えなさい」
「だ、だって連絡方法教えてもらってなかったし」
ビバ仮想、である。全く痛くない。でも、こうやってあまりにも冷ややかな目で見降ろされているのは、いくら女の子に馬乗りになられているといううれしいシチュエーションだとしても歓迎できるものではない。なんてったって、冷や汗が止まらないのだ。
「私はさっき、なんて言ったかしら?」
「さっき? えーっと……」
さっきって、どのことを言っているんだ? あまりにも唐突すぎてどれのことを言っているのか分からない。うろたえる俺に、友利はため息をつき、膝を払って立ち上がった。
「……そうだったわ。彰介君が馬鹿だってこと、すっかり忘れていたわ」
失礼ここに極まる。
「今回は許すけれど、次はないわ。いい? 次からは、わからないことがあったら、必ずヘルプを見なさい」
あぁ、さっきのって、それの事。そういえばあとはヘルプを読んでおけとか言っていたな。もう完全に頭から抜け落ちていたけれど。
「……で、静川さんはどこに行っていたの?」
「ほら、仮想って珍しいだろ? ちょっと気になって、辺りを見に行っていたんだってさ」
「ふーん……?」
疑わし気な目で見られるが、俺は何も話すつもりはない。出せる情報がない以上、信じてもらう他ない。視線をそらさずにじっと目を合わせ続けていると、彼女はぽつりと言った。
「人ってね、嘘がバレないようにしようと思ったときは、極力視線をそらさないようにするらしいわよ」
「視線逸らしても嘘ついてるって思われるから、結局そういうのは信用できないってところに落ち着くんじゃないか?」
実際前例あるし。
しばらくそうやってにらみ合っていたが、やがて友利はまたため息をついた。今日はよくため息をつかされる日だわなんて嫌味を言ったあと、パンと手を打つ。
「分かった。信じることにするわ。これ以上時間を浪費してもしょうがないしね」
なんとか追及の手から逃れ切ったようだ。とりあえず一安心。
「じゃあ、さっき伝え忘れていた最後のルールを伝えた後、実際に一度戦ってみましょう」
「最後のルール?」
「ええ。最後のルールというか、ハンデのお話ね」
なんだ? 自分は強いから一人で良いわとか言い出すのか? ……いや、それはないな。むしろ、私はか弱いからハンデを頂戴のほうが言いそうである。自分が益を得るためなら、自分を小さく見せることも厭わないやつだ。
じゃあ、どんなことを言い出すんだ?
「まぁ、と言っても今日はあまり関係ないんだけどね」
「ん?」
友利は、湖鉄に目を向けた。その後、俺に目を向ける。
「明日から、ここに居る人だけではなく、もう一人プレイヤーが追加されるの。今日は片方のリーダーは鉄規君にやってもらうけれど、明日からはその子にやってもらう予定。勿論、もう片方のリーダーは私よ」
明日から追加されるプレイヤーというのは、優花の事で間違いないだろう。俺はもう知っていたから驚きもなかったが、他の部員たちは少し戸惑っているように見えた。そういえば、完全に言い忘れていたな……。
「で、今は人数が六人でちょうどいいけれど、明日からは七人になるわ。縁起のいい数字だけど、二つに割るには不便よね。だから、私はあるハンデを思いついたわ」
「どんなハンデだ?」
「彰介君と湖鉄は二人で一人ってカウントするわ」
「なっ!?」「ちょっ!!」
それはつまり、足手まといだからか!? まだ半人前とでも言いたいのか! この、頭脳明晰で運動神経抜群な俺が足手まといとは言ってくれるじゃないか!!
「何よ、この風紀委員長で最強の私が足手まといだっていうの!!」
「湖鉄はともかく俺が足手まといはねーだろ!!」
「大風みたいな馬鹿なんかと並べられちゃ困るわ!!」
いつの間にか、敵は湖鉄に変わっていた!! お互いにお互いのことを悪しざまに罵り、今にも取っ組み合いを始めようかというとき、間に友利が割って入る。
「……足手まといだなんて言っていないわよ。ちゃんと理由があるの」
「なんだよ」
「湖鉄。あんたはさっき、自分の能力につながる願いをみんなに言ってしまったわ。確かに運動神経は人並み以上にあるし、そういった面では戦力になると思うけれど、そのハンデはあまりにも大きいのよ」
「むぅ……」
そこまで言われ、湖鉄はしぶしぶ納得したようだ。上げた手を下ろす。……しかし、俺はそうはいかない。
「じゃあ俺は何だ。俺にはどんな欠点があるっていうんだ」
「彰介君は、敵に容赦してしまう。例えば今、作戦だから今すぐに映中さんを倒してきなさいって私が命じたとして、出来る?」
「うっ……」
急に話に上がって戸惑っている映中さんを見て……俺は力なく首を振る。いくらゲームだからと言って痛覚以外の感覚はしっかりあるし、とてもリアルなのだ。とても倒すことなんかできるとは思えない。
「そうなると、純粋に倒し合いのゲームの時、あなたは裏方でしか使えなくなるわ。……ね、二人で一人くらいでちょうどいいでしょう?」
まぁ、確かに。そこまで根拠があるならばしょうがない。そこまで聞き分けのない子ではないのだ、俺は。しぶしぶ俺と湖鉄が頷いたのを見て、友利は満足そうに頷いた。
「まぁ、今日は初めてだし、そのハンデは私が吸収することにするわ。それじゃあみんな、スクリーンを開いてちょうだい」
そろってスクリーンを開く。さっきも見た半透明なスクリーン。別に何か代わり映えがしたようには見えない。
「右上にエントリーボタンがあるから、それを押してちょうだい。誰かがそのボタンを押した一分後に、自動的にチーム分けと規定位置への転送が行われるわ」
本当だ。右上にボタンがある。それを押すと、薄緑色から濃い緑色に変わった。これがエントリー完了の状態なのだろう。
「転送後に、今回のゲームの勝敗条件が提示されるわ。その条件を満たしたチームが勝者となる。それじゃあ、楽しい楽しい戦いを始めましょうか」
フフッと笑い、彼女はそう言った。その直後……視界が一瞬にして切り替わった。