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2-2 ルール

 湖鉄は隅っこでふてくされてしまった。しかし、耳だけはしっかりとこっちに向いており、ときおりチラチラと友利の方に視線を向ける。一応しっかりと聞くつもりのようだ。それを確認し、彼女は話し始めた。


「これから私たちはこの世界で何をやるのか。それを一言で表すならば」


 そこで一息、その後彼女は宣言するように不敵に笑って言う。



「……戦争ね」



 初っ端から不穏すぎる単語である。


「戦争と言っても色々あるわ。情報戦だったり、騙し合いだったり……時には殺し合いもするかもしれないわね」


 息を飲む音。そしてその後、沈黙が走る。あれ、これもしかして自分たちは友利に騙されたのではないだろうか。自分たちは、ここから帰れず、お互いに最後の一人になるまで殺し合いをさせられるのではないだろうか。そういった、不安の表情。

 お互いを牽制するような沈黙。体感ではそれはとても長く感じたが、時間にしては恐らく、十秒もなかったのだろうと思う。

 そんな沈黙に耐えかねたのか、初めに口を開いたのは、鉄規だった。


「回りくどいこと言わずに、全部を、明確に、端的に話せ。誤解を招くようなことは言うな」

「別に誤解させるつもりはなかったのだけれど……ご要望があったので、一から説明するわね」


 不敵な笑みをたたえたまま、彼女は今度こそ、完全な目的を、箇条にして話し始めた。 


「一つ目。私たちはこれから毎日の放課後に、このエリカにログインして、その時毎に課される課題の達成を目標に、二チームに分かれて争う。これは、さっきちらっと説明した通りね」


 湖鉄のくだりだろう。確かに、これからは毎回ランダムな二チームに分かれて争う、みたいなことを言っていた。

 取りあえず、毎日の放課後という言葉が出たことで、ちゃんと帰れるのだとみんなが安心したのが、ため息を通じて伝わってきた。何を隠そう、俺もその一人である。本当に、友利は一から十まで信用できないのだ。


「二つ目。課題には色々な種類がある。さっきも言ったけど、情報戦しかり、殺し合いしかり。ただ、この世界は仮想。しかも痛みもない。ショックで現実でも死んでしまうようなことはあり得ないから安心してちょうだい」


 言い方が誤解を招くことこの上ない。多分、鉄規が分かり易く話すことを促さなければ、俺たちは現実でも死ぬと思い込んで殺し合いをしていたかもしれない。……いやいや、俺の嫁(候補)達を殺すなんて事が出来るわけがない。きっと、俺一人が早々に脱落していただろう。で、現実でみんなの帰りを一人寂しく待つのだ。……うわぁ、さみしい。


「あとは……説明が面倒くさいわ」

『おい』


 全員から総ツッコミが入る。当たり前だ。巻き込んだ手前、友利には説明義務がある。

 非難囂々を面倒くさそうに見据え、彼女はため息を一つ。それから目の前に手をかざして。


「オープン」


 ヴンッと機械的な音を立て、そこに半透明なスクリーンが現れた。


「これ、仮想でなら誰でも出来るわ。で、この中にヘルプがあるから、後はそれを読んでおいてちょうだい」


 「クローズ」と呟きモニタを消した後、彼女はそう締めた。丸投げである。しかし、分かり易く書くことを目的としたヘルプの方が、友利の説明よりも分かり易いことは間違いが無い。鉄規なんかはまだぶつくさ言っていたが、俺たちは早々に彼女からの説明を諦めた。


「オープン」


 俺が試しに手をかざして呟いてみると、確かにそこにスクリーンが現れた。なんだか色々な項目が並んでいるが、今必要なのはヘルプだけだ。右下にあったヘルプボタンを押してみる。すると長ったらしいメニューがずらずらと表示されて、嫌になった。俺は何かを読みだしたら三秒で眠くなるタイプの人間なのだ。しょうがないよね。

 後で読もう。そう決めて、俺はスクリーンを閉じて顔を上げた。そして、あたりを見渡す。

 周りの面々は……当たり前だが、スクリーンに目を向けていた。……と、不意に何か違和感を覚える。

 なんだろうか。何かが欠けているかのような……。何かって、なんだ? ……人だ。部員は六人。しかし、今ここにいるのは五人。俺、友利、鉄規、湖鉄、映中さん……あっ!!


「静川さんがいない!?」

「え?」


 友利も驚いたように辺りを見渡し、そしてやはり居ないことを認識する。


「ちょっ、この短時間で、あのインドア派はどこに行ったの!?」


 ほっといたらいつまでも同じ場所に居そうな子だと思ったのに! なんて言う。……まぁ、確かにそれは俺も思ったが。


「でも、危険はないんだろ?」

「ないけど……これからゲームが始まるっていうのに、足並みを乱されたら困るわ!!」

「と言ってもな……」


 仮想空間はごちゃごちゃとしており、探すったってそう簡単にはいきそうにない。この中からちびっこ一人を探すのなんか、砂漠の中から針を探すようなものだ。


「まだ遠くには行っていないはずだわ。探すわよ!」


 うへぇ、次から次へと問題が起きる。ダッと駆け出した友利のあとに、鉄規が面倒くさそうに続く。そしてそのあとに湖鉄や映中さんも。これは俺もいかないと後でどやされるんだろうな、なんて思って、一緒に駆け出そうとしたところで……もう一つの違和感を覚える。


「んー……?」


 みんなに置いて行かれるのも気にせず、俺は違和感のもとへと歩み寄る。


「……なんでスクリーンだけが浮いているんだ?」


 仮想が何でもありだとはいえ、スクリーンだけが浮いているのはおかしいと思う。しかも、そのスクリーンはまさに今操作されている途中であるかのように、ヘルプをスクロールしながら表示しているのだ。


「いやいや……まさか、な?」


 不意に頭に浮かんだ予想。それを否定するため、ゆっくりとスクリーンの目の前に手を持っていく。……さらりと、手触りのいい髪の感覚。あー、これは部室で静川さんの頭を撫でた時と同じ感覚だなぁ、なんて思った次の瞬間には、その静川さん本人が目の前に現れたのだった。キョトンとした表情で俺のことを見上げている。


「もしかして……ずっとここに居た?」


 こくこく。二回頷く。

 参ったな……。どうしたものだろうか。


「えーっと、まず、不公平にならないように言っておくな。俺は、女神さまに『他人から好かれたい』って願ったんだよ」


 キョトンとしたまま、彼女は頷いた。まぁ、これはけじめみたいなものだ。人に弱みを聞くならば、まずは自分の弱みをさらすべきだ。


「で、それを踏まえて……もしかして、静川さんは、『この世から消えたい』ってニュアンスの願いを伝えた?」


 彼女の姿が消えていたのは、恐らくさっき友利が話していた『ユニーク能力』によって、だろう。そしてその能力は、女神に伝えた願いから生成される。……ならば、自分の姿を消す能力は、どういう願いによって生成されたものなのか。

 教師の……名前は思い出せないが、英語の……何とかは言っていた。静川さんには友達が居ないと。本当は誰かと仲良くしたいのに、性格が邪魔をして、出来ない。その末に、自分を消してしまいたいと思うようになってしまっても、おかしくはないと思ったのだ。

 しかしその問いに、彼女は首をぶんぶんと振った。……言うなと言われたから図星をさされて慌てて否定しているのか、それとも本当に違うのか。悔しいかな、まだ、それを判断できるほど俺たちは親密な仲ではない。

 くいっ。


「ん?」

「……」


 さあどうしたものかと思っていたら、彼女が俺のシャツをくいくいと引っ張ってきた。しゃがめと言っているらしい。そこでしゃがんだところ、静川さんが内緒話をするように顔を耳に近づけた。

 うひぃ、くすぐったい。これ、想像していた以上にくすぐったいな。


「……私は、『誰にも邪魔されずに本を読みたい』って、願いました……」


 そして小声で伝えられたのはそんな言葉だった。どうでもいいけど、俺たぶん今初めて静川さんの声を聴いた気がする。


「そ、そっか」


 この部活に巻き込んだ経緯を思い出せば、彼女がそんな願いを持つのも納得がいく話だ。とはいえ、別にネガティブな願いではなかったらしい事には安心した。いや、ネガティブな方向にポジティブな願いだった、だろうか。ま、どちらにせよ仲良くなれるように努力することには変わりないのだが。


「多分、静川さんの能力は『何かを読んでいるとき、その姿が消える』とかそんなところだと思う。……まぁ、俺はそれを知ってしまったけれど、誰にも言うつもりはないし、その情報を有効活用するつもりもない。だから……ここでの話は、二人だけの秘密にしよう。静川さんは、ちょっと散歩していただけ。オッケー?」


 その提案に、彼女は小さく一度頷いた。その後、ぴょこんと少し大きく、お辞儀を一度。


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