1-9 集合
数日後。またしても放課後。早い物でもう部室が確保できたとの連絡が友利から入り、何故部長の俺ではなく友利のもとに連絡が先に行くんだと憤慨しながら、俺はその場所へと向かったのだった。
果たして、確かにそこには「エリカ研究部」という(手書きの)プレートが扉につり下がった部屋がある。そして、扉の先には、まぁ所謂普通の部室が広がっていた。中心に、長テーブル二つがくっついており、その周りに椅子がいくつか。しかし、ただ一点、どう考えてもこの部室に……いや、それどころかこの現実という世界にすら似つかわしくない謎の物体が鎮座している事を除いて。
「なん、だ、アレは」
部屋の奥。窓際に、ぐおんぐおんと音を立てて稼働する巨大な黒い機械。よく見ると、ケースの上の方に金文字で『Erica』と書かれている。
「あら彰介君。遅かったわね」
すでに部屋の中でくつろいでいた友利が、何故か偉そうにふふんと笑う。これでも一応ホームルームが終わってから直行したのだ。あいつ、どんだけ楽しみだったんだ? 俺以上とはお見それする。
室内には他に誰も居ない。まだ来ていないようだ。
「……おう。で、これはなんだ?」
「これ……あぁ、エリカの事かしら」
これが、エリカか。実在したのか。というか……いつ運び込んだんだ、こんなでかい機械。
「今日はオリエンテーションを兼ねて、軽いテストをやるわ。全員揃うまで待っててちょうだい。優花ちゃんとの勝負は、その後ね。……あぁ、明日の放課後に学校に来てと伝えておいてね」
なんだ、テストって。これを使ってどんな事をやるというのか。……というか、使用方法が全く分からない。
「分かった……けど、どうやって使うんだ?」
「ま、それは後でのお楽しみって事で。みんな揃うまで待っていてちょうだい」
それからしばらく、俺は友利とだべりながら待っていた。はじめに来たのは、湖鉄。勢いよく扉を開け、エリカを見るなり数秒固まり、その後小声で「間違えました~」といってどこかに行ってしまったが。まあ、いずれ戻ってくるだろうと、俺と友利はそのまま待つことに決めた。
次にやってきたのは、静川。本を読みながら入ってきて、エリカに気づかずに席に座り、挨拶もせずにそのまま本を読み続けている。多分、俺たちが居ることにも気づいていないだろう。
三番目、映中さん。湖鉄と同じように、扉を開けて数秒固まったが、俺たちの姿を見つけておそるおそる入ってきた。「こんにちは。……これ、なんですか?」そう問いかける彼女に、友利は「後で説明するわ」と、やっぱりはぐらかすのであった。
そして四番目、湖鉄再び。それと鉄規。幸いなことに、今日は鉄規は普通の男子用の制服を着ている。
湖鉄と鉄規、意外な組み合わせだと思ったが、鉄規いわく、湖鉄が部屋の目の前でウロウロと行ったり来たりしていたのでついでに連れてきたとのこと。なんだかおびえた猫のように、湖鉄は恐る恐るエリカにちかづき、全方位からまじまじと観察している。意外だったのは、鉄規があまり動じていないように見えた事だ。というか、慣れているようにすら見えた。
そんなわけで、多少ドタバタとしたものの、ここにエリカ研究部の部員が全員揃ったのである、
「よくもまぁ、二日でこれだけの人を集めたものだわ。やっぱり私は天才ね」
俺たちの顔を一通り見て、友利は満悦にそう言った。半分は俺が集めたんだけどな。なんで自分一人の手柄のように言っているんだ、あいつは。
「というわけで、説明したとおり今日からエリカ研究部が正式に活動を始めることになったんだけど……まだお互いの顔もよく知らないだろうし、まずは自己紹介から始めた方が良いかもしれないわね」
友利にしては気が利くな。それではまず部長の俺から
「初めに、私が部長の雪坂 友利よ。といっても、この中で私と全く面識がないのは、静川さんくらいかしら。よろしくね?」
静川さんは無言で本を読み続けている。……って、そうじゃねぇ。今なんつったこいつ。
「お前が部長!? 待て、なんでそうなった!?」
「だって、彰介君が部長だなんて言ったら、絶対に創部の許可もらえなかったわよ」
「なんでだよ!!」
「だって、研究部よ? そんな部の部長に馬鹿な彰介君が据えられていたら、確実に裏に何かがあると疑われるでしょう?」
君山先生には、私が無理やり彰介君を巻き込んだって言ったら、とても納得していたわよ、と追加情報。入学してから一か月も経っていないのに、まだ一度もテストだってやっていないのに、どうして俺はこんなに馬鹿キャラが定着してしまったんだろうか。どこで間違え……いや、考えるまでもなかった。くそ、過去に戻りたい……!
「大丈夫よ。私は名目上の部長。実際に部長の役割を担うのは、彰介君だわ」
影の部長ね、なんておだてられて、しょうがねーなーと簡単にいい気になってしまう。この時の俺は知らなかったのだ。友利のこの言葉は、単純に部長職に伴う面倒な仕事をすべて丸投げするための口実だったということを。
とはいえ、その時はそんなこと知る由もない俺はすっかりその気になって許してしまう。
「じゃあ次、副部長の彰介君。自己紹介をよろしくね?」
「おう、任せておけ!」
立ち上がって、俺は全員の顔を見回す。約一名、本から全く目を上げない困ったちゃんがいるが、それ以外は俺の方を興味深そうに見つめていた。そんな期待の視線に答え、俺は高らかに宣言する。
「俺は、大風彰介。今日からよろしく、俺のハーむぐっ!?」
本来ならば、俺のハーレム諸君。ただし、鉄規除く。そう続くはずだった。しかしそれは途中で妨害されることになった。他ならない友利の手によって。
「おっと、手が滑ってしまったわ。ごめんなさいね」
鮮やかな手つきで人にさるぐつわを噛ましておいて手が滑ったと言い切れるこの図々しさ、どこかの誰かさんに似通ったものを感じる。お互い敵同士だと言っていたが、いわゆる同族嫌悪なのではないだろうか。
「ムー、ムーッ!!」
「え、何? これからよろしく? ええ、そうね。これからもよろしく、彰介君」
人の抗議を勝手に曲解し、彼女は俺の自己紹介を打ち切ってしまった。何様のつもりだ。
「さて、次は……そうね、静川さんにしましょう。静川さん、お願いね」
「……」
「静川さん?」
ひたすらに、ただただ無心に、私の仕事はこの本のページをめくるだけなんですとでも言いたげなくらいに無反応を貫き通す静川さん。こりゃ友達ができないと言っていた教師の言葉も納得だ。
「ムー、ムームー」
しばらく待っていても全く動く気配がない。いい加減しびれを切らし、しかし乱暴にするわけにはいかない。相手はか弱い女の子なのだ。そこで軽く頭を撫でると、やっと反応があった。ゆっくりと顔を顔を上げ、まずさるぐつわを噛まされた俺を見て首を傾げ、それからゆっくりと右側……すなわち、窓際のエリカの方を向いて……飛び上がった。文字通り、垂直にぴょんっと。
それから、エリカとは反対側に座っていた映中さんに、恐らく反射的だろうが、抱き着いた。
「ひゃっ!」
急に飛びつかれた映中さんもびっくりしていたが、静川さんはそれどころではなかった。小さく震えながら、声もなくエリカに対して精一杯の威嚇をしているようだ。もしも彼女に猫の尻尾が生えていたならば、恐らく今はぶわっと膨らんでいたに違いない。
「だ、大丈夫だよ。静川さん」
落ち着かせるように映中さんが彼女の手を握り、それでやっと少し静川さんは落ち着いたようだ。映中さんを見上げて、それからもう一度エリカの方を睨んで、数秒。とうとう事態を理解したのか、真っ赤になって彼女は小さく縮こまった。
まさか本当に周囲の状況が全く見えていなかったとは思わなんだ。しばらくは自己紹介は無理っぽい感じだ、恐らくそう判断したのであろう友利が、「じゃあ代わりに映中さん、お願いね」と言った。
この後の三人については、あまり特筆するようなこともなく普通に進んだ。自分の名前から始まり、クラスとか趣味とかを適当に言って、さいごによろしくお願いします。いわゆるテンプレである。意外だったが、湖鉄も結構普通の自己紹介だった。風紀委員長の湖鉄知柚です! なんて言ったときは、もう駄目だと思ったが、それ以外はいたって普通。普通も普通。ただ、興奮しているようで顔が上気していた。こういうイベントが楽しくてしょうがないといった表情。やっぱりあいつ、友達いないだろ。……ほんの少しだけ親近感を覚えたのは、内緒だ。
そして最後に鉄規の面白みも何もない退屈極まる自己紹介が終わり、視線はまた友利のもとへと戻った。彼女は、早くこれを外せとさるぐつわを指さしながら抗議を続ける俺を無視して、言い聞かせるように、ゆっくりと話し始めた。
「さて、それじゃあそろそろこの部活の活動内容を説明するわね」