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私は何のために生まれてきたのだろう。こんな事になって、事あるごとにそう考えるようになった。
私はとても強い力を持って生まれ、しかし果たしてそれに見合った生き方をしていただろうか。意味のある生き方ができていただろうか。……いや、間違いなくそんな事は出来ていなかった。この力を持て余していた。積極的に使うことに臆病になっていた。
私が『正義』になることを、拒み続けていた。
しかし、ならばどうすればよかったのだろうかと考えると、結局今まで私がやって来た事以上のベストアンサーを見つけることは出来ない。どの場面を切り取っても、何度繰り返したとしても、私には決断が出来なかっただろうし、例え決断しても、結局は逃げてしまっただろう。
要は、私には少しばかり勇気と、頭が足りなかったのかもしれない。
――私じゃない誰かならば、もっと上手くやっただろう。
ドロップアウト・コンチェルト
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「私は、大団円でハッピーエンドなんて物語が大っ嫌いだ」
赤茶けた地に、僕と彼女は対峙していた。風は血に似た鉄の味を帯びており、まるでこれから始まるであろう死闘を示唆しているのかとすら思ってしまう。そしてその少女は、身の丈を優に超えるような大剣を軽々と肩に担ぎ、長い黒髪をたなびかせながらそう言うのだった。
「決別していた友人とも和解し、自分の利益の為だけに世界を恐怖に陥れていた敵を倒して、めでたしめでたし。……そんなものは、あり得ない。この世にそんなご都合主義は存在しない」
憎しみをのこもったそんな言葉を発し、彼女は大剣を僕に突きつける。距離は十メートル以上離れているから、当たるはずもないのに、まるで鼻先に剣を突きつけられているかのような威圧を感じる。
「もう一度言うぞ。この世にそんなご都合主義は、絶対に存在しない。一度決裂した仲を修復することはそう簡単にできることではないし、正義の敵は正義と決まっている。ハッピーエンドを願っていたのならば、今すぐそんな考えは捨てることだ。この先、私とお前の道が交わることは、絶対に、何があっても、ありえない。そして、そんな甘い考えを持ったまま戦えるほど、私は甘い相手じゃない」
それは、明確な拒絶の言葉だった。ここに来るまで僕が願っていた希望を捨てさせる、完全な拒絶。
――世界を救いたいならば、私を殺せ。
――世界を救いたいならば、過去を捨てろ。
――世界を救いたいならば……お前の全てを諦めろ。
ぶわっと、目の前の少女の殺気が膨れ上がる。まるで、殺意が意思を持っているかの如く、僕の事を襲う。力の差はあまりにも歴然で、さっき彼女が言っていたことは何一つとして間違っていないということを思い知る。
彼女は、考え直す気は無い。彼女は、僕の事を本気で殺そうと思っている。力量の差はまるで、小さな蟻が象に挑もうとするようなものだ。余りにも無謀すぎる。
僕は……どうすればいい? ここは逃げて、もう一度場を作り、説得を試みるか? ……そんなことは、出来るわけもない。
「答えは、分かりきっているはずだ」
彼女の言うとおり、確かに答えは分かりきっていた。この場で僕が選べる選択肢なんて、端から一つしかなかったのだ。大剣を、彼女は構える。それに応じて僕も、長剣を鞘から抜いて構えた。
なんだか、頬が熱かった。それを感じ、初めて自分が泣いているということに気づいた。
そんな僕の悲しみや怯えが現れたあまりにも情けない、弱々しい構えに、それでも彼女は笑って言った。強くなったな、と。そして最後に、こう続けた。
「さぁ、もう二度と相見えることの無い私たちの、最後の戦いを……始めよう」