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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第二章 大山に棲む美しき天狗・伯耆坊
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第七話 八那が持つ”力”

八那が川の水で肉体を清め終えた後、周囲は暗くなり、長い夜が始まる。彼女の髪が反乾きになった頃、再び彼らは山頂を目指したのである。巨大な岩の前にたどり着くと、そこには伯耆坊が待っていた。

「八つの言霊を名に持つ娘よ、こちらへおいで」

「はい」

伯耆坊が右手を差し出すと、八那はそれに応えて右手をそっと出す。

「岩の…!!?」

その後、天狗が取った行動に対し、正志郎が声を張り上げる。

足を前に踏み出した伯耆坊の身体が、徐々に岩山の中へ入り込むようにして消えていく。

「…君らは、この場で待っていてくれ」

正志郎の声に気付いた伯耆坊は、そう口にした後に岩の中へと消えていく。

また、天狗の手を取っている八那の腕も、岩の中へと消えていく。

 大丈夫…大丈夫…

八那は今まで経験した事のない感覚に不安を覚えつつも、足を止めずに前へ進みだす。

そうして八那の身体も岩の中へと吸い込まれて消える。

「何事もなければよいが…」

後ろで見守っていた迦楼羅が、独り呟いていたのであった。


「藁がいっぱい…」

岩の中といえる空間にたどり着いた八那の最初の台詞(ことば)が、それだった。

中は洞窟のように天井があり、壁は岩でできている。文字通り“岩屋の中”みたいな場所だ。そこには、天狗が灯した松明の火が中心に添えられ、壁際に大量の藁が一か所に固まっていたのである。

「僕ら天狗が持つ翼は、鳥が持ちうる(それ)と素材は同じようなものだからね。故に、こうやって藁を敷いた上で寝る。最も、人の子のように“意識を閉じて寝る”事はしないけどね」

八那の手を握る伯耆坊は、穏やかな口調で彼女を誘う。

「こちらへ…仰向けになってもらうよ」

藁の寝床が眼下に迫ると、天狗は優しそうだが、どこか強気な口調で八那に告げる。

 この天狗様…もしかして、二面性があるのかな…?

八那は強くなる自身の鼓動を気にしながら、そんな事を考えていた。

「…っ…!」

腰を下ろして座り込んで仰向け状態に寝転んだ八那は、皮膚に触れた藁の感触に対して痛みを感じていた。

「あぁ、ごめんよ。でも、交わりに集中すれば、藁の感触は気にならないだろうから…」

「伯耆坊様…!?」

八那の上に覆いかぶさってきた天狗は、口を動かしながら彼女の小袖の帯をゆっくりとほどいていく。

その行為に気付いた八那は、頬を赤らめながら声を張り上げる。それを見た伯耆坊は、意地悪そうな笑みを浮かべる。

「君の場合は脱がなきゃ…ね。最も、人間どもがやる“それ”とは違い、僕は脱ぐ事はないし、人間と同じような行為はしない」

「え…っと…」

伯耆坊は遠まわしな言い方をしているが、八那もこの真意がわからない程馬鹿ではない。

恥ずかしそうにしながら目線を下にそらすが、天狗は気にせずに小袖を脱がせていく。

「…あ…!」

小袖を脱がした後、何かを探すように八那の体を指でなぞる伯耆坊。

その感触で、八那の心臓の鼓動が跳ねた。

「うーん、やはり人間の娘の…といっても、君は鬼の血も引くから尚更か。綺麗な肌をしている…」

「あの…伯耆坊…様…?」

天狗がしている行為の意味を、彼女は理解できなかった。

「あぁ、ごめんよ。君の肉体の何処に、神通力を引き出す“つぼ”があるかなーと思って」

「“つぼ”…?」

得意げに話す伯耆坊に対し、八那は首をかしげる。

「僕ら天狗や君らが口にする“妖怪”とされる者達はね、体の何処かに力を引き出す出入口みたいなものを有しているんだ。この国に棲む天狗の中で、指で触れて見極められるのは、僕だけなんだよ」

「そう…なんですか」

天狗の話に納得しつつもくすぐったい気持ちも強かったため、体を揺らしながら声を発した。

「ん…ここかな」

「え!?」

指でなぞっていく内に、伯耆坊は八那の瞼に触れていた。

あまりに突然の行為だったため、反射的に瞳を閉じてしまう。

「君の場合は、目…か。まぁ、目玉直接触ろうものなら、見えなくなってしまうだろうし…」

伯耆坊は、少し不満な表情をしながら左手で八那の右目を覆うようにして抑え、掌が彼女の眼球に触れないように中に空洞を作った。

「これなら、手が瞳に触れることはない…よね?」

「は…い…」

塞がれていない左目だけで天狗を見上げる八那。

 私の神通力(ちから)は目から放たれる…って事か。そういえば、瞳の話を誰かがしていたような…

八那は上を見上げながら、自分の瞳の話をしていた人物が誰だったのかを思い出そうとしていた。

「…では、始めよう」

「わ…!」

一言口にした後、伯耆坊の肉体がそのまま八那の体の上に覆いかぶさり、交わった。

左手は八那の右目を覆ったままで、右手を彼女の左手に絡ませる。

「…大丈夫。このままおとなしくしているだけだから…」

「わかり…ました」

耳元で囁かれたので頬が真っ赤になったが、あとはこのままおとなしくしているだけとわかった八那は、少しばかり安堵していた。

 あ…

そして、見えている左目をゆっくり閉じると、自身の中に眠る水の神通力が、瞳から出ようとしている感覚が湧いてきた。

酸漿色の瞳を閉じていたので視認はできないが、伯耆坊が申す通り右目から現れた水の渦は、天狗が覆った手を通じて、力が渡っていく。

 この天狗様…誘導が上手いな…

そんな事を考えながら、眠気すら感じるくらい落ち着いた八那だったが―――――

「っ…!!?」

何故かはわからないが、突然八那の左目が見開かれる。

「これ…は!?」

八那の瞳に映るのは当然、自分に覆いかぶさっている伯耆坊の肉体だったが、何故か視界が真っ赤だった。

「八那…!!?」

異常に気付いた天狗は、起き上って八那を見下ろす。

目を見開いて驚いている伯耆坊だったが、すぐに平静さを取り戻して再び体を八那の上に下ろした。

「…八那、落ち着いて。“その瞳の力”はここで使うべきものではない。然るべき時に向けて、早く力の制御を覚える事だね」

「力の…制御…」

その言霊を発した直後、八那は自身の目の事を話していた人物を思い出す。

「この行為も、まもなく終いだ。故に、それが終わったらゆるりと休んだ方がいい。体力を回復させぬと、できる事もできぬからね…」

再び優しそうな口調で天狗が囁くと、紅くなっていた視界が少しずつ元に戻り始める。

 この方が、話のわかる天狗(かた)でよかった…

そう思った八那の左目は、ゆっくりと閉じられる。

こうして、八那から伯耆坊への神通力受け渡しの儀が終わり、長い夜が明けようとしていた。



交わりを終えて疲弊した八那は、そのまま藁の上で眠りについていた。穏やかそうな寝息を確認した伯耆坊は、彼女に背を向けて岩の空間から外に出る。

「終いか…?」

伯耆坊が外に出ると、そこには――――――木に寄りかかって座っている迦楼羅の姿があった。

しかし、今が夜明け前になりそうな刻限のため、正志郎や鳶はまだ眠っている。

「あぁ、無事に神通力を分けてもらえたよ」

迦楼羅を目にした伯耆坊は、クスッと笑ってから彼の方へと近づいていく。

天狗が笑った理由は、迦楼羅の表情が動揺を隠すために強気でいると物語っているのに気が付いたからだ。

「神様も思考は人間寄り…というより、人間が元々“そうなるように創った”のは神様(きみら)だしね」

「…何が言いてぇ」

「…安心しろよ。お前が想像するような形では交わっていないし、彼女も今は安心しきって眠りについているくらいだ。傷つけるような事はしていないよ」

迦楼羅に対し、皮肉めいた口調で話す伯耆坊。

 …杞憂…か。だが…

天狗の台詞(ことば)を信じる事にした迦楼羅は、安堵のため息をつく。

しかし、深刻な表情をしていた理由はそれだけではなかった。

八那(あいつ)は齢18で初めてだったろうし…“酸漿色の瞳”に睨まれはしなかったか?天狗様よ…!」

仕返しも含めてなのか、皮肉めいた口調で伯耆坊に言い放つ迦楼羅。

この時、天狗の表情に動揺が少し走ったが、すぐに元に戻って口を開いた。

「…ご名答。流石は、八部衆。よくご存じで」

「俺の場合は昔、その身で味わっているからな」

二人は、互いに皮肉を皮肉で返していた。

すると、迦楼羅はため息交じりで話を続ける。

「てめぇも、身をもってわかっただろ?あの“相手を威嚇する”能力がある故に、八岐大蛇は“水神”と言わしめたんだ。あれは、人間相手じゃ効かねぇだろうが、妖怪…とりわけ、水の属性を持つ妖怪には抜群に効く」

「悠長に語っている所悪いけど…あの娘と行動を共にするならば、力の制御ぐらい教えてやりなよ」

語る迦楼羅に対して、伯耆坊は呆れ気味に言う。

「無論だ。制御を早いところ覚えさせないと、厄介な連中に目を付けられる可能性が高いからな…」

そう告げる迦楼羅の表情はどこか深刻で、何かを恐れているようだった。

当然の事だが、岩の中で眠りについていた八那は、この二柱の神による会話を知る由もなかったのである。



時同じ頃、とある薄暗い山中にて――――――――――――――

「酸漿色の瞳を持ち、妖怪と行動をする娘…?」

自身の部下である山姥の話を聞いた老人は、その妖怪の方を振り返った。

「この国に住む人間どもに、斯様な瞳を持つ者は生まれぬ…。それに、妖怪…取り分け、八部衆と行動を共にしていたという事は、もしや…」

独り呟く、老人―――――――――――ぬらりひょんは、山姥の話に対して興味深そうに聞いていた。


一通りの話を終えた山姥は、ぬらりひょんの元を去っていく。

「ぬらりひょん様。今、山姥が申していた娘とは、人間でございましょう?何か心当たりでもあるのですか?」

叢の方から、手下らしき妖怪の声が響く。

すると、髪の毛がなく上等な小袖を身にまとう老人は煙管に火をつけながら話す。

「もう数百年程昔の出来事故に、確かなものではない。…だが、その者をこちらへつければ、人間どもを滅ぼす良き道具となろう」

「成程!如何なる娘かは存じませんが、主様がそこまで申すという事は…」

「…兎に角、一度この目で確かめなくてはどうにもならん。例の土蜘蛛に食い殺させた半妖の件もあるし…な」

老人の後ろでは、宙に浮いた一反木綿が興味津々で話していた。

「はて、まずはどうしようか…」

独り呟きながら、この妖怪は今後の謀を考え始めたのである。

この老人のような妖怪が八那達と遭遇する事になるのは、もう少し後の話になるであろう。


いかがでしたか。

今作品は18禁やR15指定作品ではないので、ある程度の所はオブラートに包むかんじで書きました(笑)

もちろん、今回出ている天狗が変人って訳でもなく…

ただ、昔何かの資料で”体と体の交わりで力が強まる”というのを知っていて、そういった神事的な意味合いもあって書いた今回の設定。

短いですが、この章は一応これで終わりとなります。さて、次回辺りから、次の登場人物が出てくるかも?


ご意見・ご感想あれば、宜しくお願いいたします。


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