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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第二章 大山に棲む美しき天狗・伯耆坊
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第六話 岩山に現れたのは

<この章で登場するサブキャラ>

伯耆坊:大山に棲む大天狗。髪が長く、青年のような顔立ちをしている。以前いた相模坊という天狗の後任で山の神となった天狗で、性格は女たらしで男に対する扱いはいい加減。そのため、”意地の悪い天狗”という噂を迦楼羅は聞いていたらしい。

日和坊:深山にいる妖怪。岩からお坊さんのような顔を浮き出して話す妖怪で、元は現在の茨城県に出没する妖怪だが、今回は作中に出てくる岩山の事もあって、この地で登場させた。


「へぇ、この寺。割と綺麗にできてやがんな!」

迦楼羅が、その境内を見渡しながら感心をしていた。

あれから東京から汽車に乗って横浜区へ向かい、そこから更に西へ向かって中郡(=現在の伊勢原市・厚木市・秦野市全域)にある寺を訪れていた。地元に住む村人の話だと、その寺は大山寺と呼び、今から4年前に別の寺と合併して、今の形になったらしい。

 迦楼羅にとっては、自分が仕える者のための建築物っていうのが、不思議なんだろうなぁ…

境内のあちこちを見渡している迦楼羅を見ながら、八那はそんな事を考えていた。

「僕も、新しいお寺を見るのは初めてだなぁ…!」

「あら?正志郎は江戸時代に生まれているから、お寺は見たことがあるんじゃないの?」

寺を初めて目にする豆腐小僧の正志郎だったが、彼の生まれた時代(とし)を聞いていた八那は疑問を感じていたようだ。

「うん。確かに、父ちゃんに連れて行ってもらったことはある!でも、江戸といっても、幕府がなくなる少し前とかだったから、寂れてきていたお寺しか見たことがないんだよねー」

八那の視線に気づいた正志郎は、瞳を輝かせた状態で、問いに答える。

因みに正志郎は八那よりも背が低く140cm弱くらいの大きさで見えないため、高さのある本堂なんかは、鳶に肩車をしてもらいながら眺めていたのである。

「ねー迦楼羅!用があるのは、山奥にいる伯耆坊様の所なんでしょう?早く行こうよー!」

八那は、興味深そうに境内を飛び回る迦楼羅に声をかける。

「うーん…本当は、あまり気乗りじゃねぇが…」

「もしかして、この大山に棲む天狗とも面識があるの?」

「いや、此度会うのが初めてだが…」

あまりこの山の天狗に会いたい雰囲気ではない八部衆に対し、彼女は問いかける。

「まぁ、噂を気にしていても仕方ねぇ…行くか!おい、鳶もそろそろ正志郎を下ろしてやれ!」

迦楼羅の台詞(ことば)に反応した鳶は、肩車をしていた正志郎を地面にゆっくりと下ろした。


大山寺を出た八那達は、そのまま山の奥深くへと進んでいく。

「迦楼羅!あれってもしかして、狗賓(ぐひん)…?」

何かに気がついた正志郎は、それに向かって指をさす。

「あぁ。あいつらも天狗の一種で、割と人間に好意的な連中だな!」

そう語る八部衆の視線の先には、狼の姿をした妖怪が数匹ほど木々の間を駆けまわっていた。

狼の姿をしている割には、口は犬のように見える。

「八那は人間の血も一応引いているけど…狗賓(あいつら)は、君に大して反応しないんだね!」

「言われてみれば、確かに…」

八那は正志郎が口にした台詞(ことば)に対し、同調の意を示した。

というのも、迦楼羅から聞いた話によると狗賓(かれら)は山神の使いと云われ、人間に対して山への畏怖感を与えるのが第一の仕事らしい。また、狼の姿をする彼らは妖力に敏感だという。

「八岐大蛇や酒吞童子の血を引く八那(おまえ)なんかの力は、離れていてもわかるだろうさ。故に、自分より強い神の血縁者を襲おうなんざ考える事はねぇよ」

先頭を歩く迦楼羅が、そんな二人に対して補足した。

「もしくは、既に主から話を聞いているか…とかな。やはり、意地の悪い野郎という噂は、真かもな…」

一方、迦楼羅は二人には聞こえないくらい小さな声で呟いていたのである。



「わぁ…大きな岩山…というより、崖?」

山頂まで登っていくと、見えてきた高い岩山を目にした八那が上を見上げる。

「…おや、珍しい客人じゃのぉ…」

「い…岩がしゃべった!!?」

八那が見上げていると、岩山から声が響く。

それを耳にした正志郎が、目を丸くして驚いていた。

 …まこと、怖がりな餓鬼だなぁ…

それを見た迦楼羅は、内心で少し呆れていた。

3人が反応する中、巨大な岩山から年老いた僧らしき者の顔が浮かび上がってくる。

「こいつは、日和坊(ひよりぼう)。晴れの時にしか現れねぇ妖怪だ」

「如何にも。わしは、この大山の天狗様に仕えし者じゃ…。八部衆ともあろう御方が、この山に何用で参られた?」

「ん…?伯耆坊から、何か聞いた訳でもねぇのか?」

「いや…わしは特に何も聞いとらんよ」

八部衆の問いかけに、落ち着いた口調で答えた。

「あの…私達、伯耆坊様に会いに来たんですけど、何処にいらっしゃるんですか?」

ゆっくりと迦楼羅の隣に近づいた八那が、日和坊に問いかける。

「うーむ…あの方は、山のあちこちを飛んでおられるからなぁ…。おや…」

考え込むように目を細める岩の老人。

しかし、何かに気がついたのか、細めていた目が再び開いていた。

「お呼びかな?麗しき娘さん」

「わぁ?!」

突然、背後から声が響いたため、驚いた八那は前に足を突き出しながら後ろへ振り返る。

そこに、紅い瞳と群青色の長い髪を持ち、端正な顔立ちをした青年が立っていた。

「貴方が…伯耆坊様?」

「如何にも。僕が、大山の天狗・伯耆坊だよ」

背中に生えている黒い翼を目にした八那は、恐る恐る問いかける。

するとこの青年は、満面の笑みで疑問(それ)に答えてくれた。

「おい、伯耆坊。俺は迦楼羅。釈迦如来に仕える八部衆の一人で、此度は…」

「彼女を僕と交わらせるために参った…でしょ?」

大山の天狗は、少し不気味な笑みを浮かべながら八部衆の言葉を遮った。

 何だか、私と迦楼羅との扱い方が違うような…?

そんな彼らの会話を聞いていた八那は、思わずそんな事を考えていたのである。

「…やはり、知っていやがったか。意地が悪いという噂は、まことだったんだな…」

「意地悪とは失礼だな!僕は、女子には優しくしてあげているよ。ねぇ?酒吞童子の娘さん?」

「は、はぁ…」

伯耆坊は口を動かしながら、いつの間にか八那の手を取って見つめていた。

 …この天狗様、昔に父ちゃんが教えてくれた”女たらし”とかいう輩…?

黙って見守っていた正志郎は、父親が昔口にしていた事を思い出していたのである。

ただし、八那が不思議に思うのも無理はない。最初に出逢った高尾の天狗・尾根が老人のような外見をしていたが、己の目の前にいるのは迦楼羅と同じくらいで20代くらいの男子の顔をしていたからだ。

「申し遅れましたが、私は錦野八那と申します。尾根様から聞いたかと思いますが…酒呑童子の娘にございます」

「八那…つくづく、“八”に(えにし)があるんだね、君達は…」

「え…?」

「いや、こちらの話。さて!本題に入るけど…」

話題を切り替えるかのように、伯耆坊は両の手を軽く合わせて音を鳴らす。

「君は、僕と…この大山に神通力(ちから)を分け与えるために参ったんだよね?では、その術を話してあげよう」

「はい…お願いいたします!」

伯耆坊の台詞(ことば)を聞いた八那は、背筋を伸ばしてまっすぐに立ったまま己より背の高い天狗を見上げた。

その姿勢を目にした天狗は、満足そうな笑みを浮かべながら口を開く。

「僕の場合はね…八那。言葉通り、“体と体で交わる”んだよ。でなくては、君の持つ力を僕の中へ誘導させるのは不可能なんでね」

「…え…!?」

僅か1秒の間だけ沈黙が起こり、反応が遅れたのか八那の驚いた声が響く。

それを聞いた迦楼羅や正志郎も、声には出さなかったが、目を丸くして驚いていたのである。


その後、陽がおちるまで時があるのと、体を清めるために山中にある川を訪れていた。

「冷たっ…!」

川原の水に足を踏み入れた途端、感じる冷たさに八那は顔をしかめる。

水が冷たいのもあるが、何せ山の中にある川であるため、小袖を脱いで布1枚になった八那にとっては寒い以外の何物でもない。

「僕は、いくら美しき娘でも肉体が汚いのは最も嫌なんでね。一方、この山に流れる水は人間達がそれを使って豆腐を作るくらい澄んでいる。故に、そこで身を清めてから、僕の元へおいで」

伯耆坊からはそう言われていたため、冷たいのを我慢しながら首まで浸かった。

 でも、確かに…水も濁っていないし、澄んでいる…ってのは本当かも…

八那は水に浸かっても自分の体が見えている事から、川の水が汚れていないのを悟った。彼女は八王子にいた頃も川の水は見かけた事があったものの、そこでの水は汚れもあって濁っていたため、こうした清流を見るのは生まれて初めてだったのかもしれない。

 「八岐大蛇は、人間でいうところの“死んだ”事になっているが、実際は“水に還った”というのが正しい」って言っていたけど…

八那は水の流れを肌で感じながら、瞳を閉じる。

彼女の脳裏には、水と同質の存在となっている大蛇が泳いでいくのが浮かんでいた。当の本人は気付いていない訳だが、その現象は“太古の水神”の一旦を、その身をもって感じている事を意味していたのである。


一方、迦楼羅と正志郎は、川原から少し離れた岩を背にして見張りをしていた。

「うーん…確かに、人里で人間が売っていた豆腐、美味しいなぁ…!」

正志郎は、麓の村で八那に買ってもらった豆腐を頬張りながら、満足そうな笑みを見せていた。

「豆腐小僧が豆腐好きなのって、誠なんだな…」

それを隣で見ていた迦楼羅は、呆れていたのである。

「そうだ、迦楼羅。八那が豆腐を買いに行ってくれていた際に見かけたんだけど…」

「ん…?」

豆腐を綺麗に食べ終わると、何かを思い出した正志郎は、迦楼羅に話を切り出す。

「少し離れていたから向うは気付いていないだろうけど…山姥を見かけたんだ」

「へぇ?まぁ、山姥っていうのは“零落した山の女神”という言い伝えもあるくらいだしな。大山を背に構えるその村にいても、何ら不思議ではなさそうだな」

迦楼羅の台詞(ことば)を聞いた正志郎は、数回瞬きをしてから、再び口を開く。

「う…ん。僕も最初は同じような事を思ったんだけど…何だかおかしかったんだ、その山姥」

「おかしい…?」

豆腐小僧の思わぬ発言に、八部衆は首を傾げる。

「うん。彼女達って本来は、人間を食べる以外では特に目的もなく人里を徘徊する場合がほとんどじゃない?でも、僕が見た山姥は…何か、大きな目的を胸に秘めながら、動いているかんじがしたというか…」

「ふーん…」

子供の話に、迦楼羅は話半分で聞いていた。

そんな彼らは、八那が体の清めを終わらせるまでの間をその岩の近くで過ごしていたのである。

しかし、正志郎が遭遇した妖怪が起こす行動が、今後の八那達の旅に影響を与えることになろうとは、この時は誰も想像だにしなかったであろう。


いかがでしたか。

第二章は、現在でいう神奈川県西部でのお話。

今回から登場する伯耆坊や日和坊について補足。

伯耆坊なんかは、「日本八大天狗」の一人と言われる天狗で、日本には各地に大天狗が存在するのですが、今作品では主にこの八大天狗のいずれかが登場する予定です。また、本来は茨城に出没する妖怪・日和坊ですが…それは今回の舞台である大山を調べた際、この山の頂上には御神体(磐座)として祀った阿夫利神社の本社がある事から、地元民による山岳信仰が強い場所だそうです。

それにちなんで、この妖怪を登場させてみました。

さて、次回はどうなるか…

八那が天狗と交わる話はさておいて、今回正志郎が呟いていた山姥。この妖怪が直接彼らと接する事はないんですが、どう関連したのかは今現在、構成をまとめ中。大体は考え付いてはいますがね☆


それでは、ご意見・ご感想あれば、宜しくお願いいたします。


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