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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第一章 今を知るために
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第四話 世の移り変わり

「迦楼羅って、何でもできるのねぇー…」

「“万能”ではないが、仮にも“神”だ。当然だろ!」

陽が沈んで周囲が暗くなった頃、八那は迦楼羅に対して述べる。

神田川の岸と岸をつなぐ万世橋の下で焚火をしている訳だが、堂々とできるのには理由があった。

「焚火から発生する煙によって、僕達が他の人間達(ひとたち)から見えないよう結界の役割をしているんだね…すごい…!」

焚火と、その火から生まれる煙による結界を見て豆腐小僧も感激していた。

八部衆の一人たる迦楼羅は、火をつかさどる神。そのため、別名を“鳳凰”。異国では“不死鳥(フェニックス)”という呼び名もあるが、この者はあくまで“迦楼羅”という名を気に入っているらしい。

己の得意分野という事もあり、炎から派生する煙で他の人間達から見えなくなる結界を張る事など朝飯前のようだ。

「俺と行動を共にする以上、野宿はある程度避けられねぇからな!…という訳で…」

得意げな口調で語りながら焚火の前に座り込んだ迦楼羅は、豆腐小僧の方に視線を移す。

「落ち着いた所で…先程の続きといこうか」

「えっと…僕に、一体如何なる用事…だったんでしたっけ?」

やっと泣き止んだ豆腐小僧は、首を傾げながら自分より背の高い迦楼羅を見上げる。

「俺は、迦楼羅。お前の父ちゃん…見越し入道と顔見知りで、今回は父親に話があってこの娘と来たんだが…いないのか?」

八部衆の問いかけに対し、少年はふと隣にいる八那を見上げる。

「お姉ちゃんは…?」

「あ…私は、錦野八那。人間…というより、神と鬼の血を引く人間…って所かな。ちょっとした使命があって、彼と一緒に旅をしているの」

丸くて愛らしい目で見上げられたのもあって、八那はすんなり名乗る事ができた。

「父ちゃんは…2日前に、退治されちゃいました」

「退治…?」

瞳を少し潤ませながら、豆腐小僧は俯いてしまう。

“退治”の意味を上手く理解できていない八那は、瞳を数回瞬きしていた。

「何でも、父ちゃんが最近食べた人間が“おやくにんさま”だったみたいで、その“おやくにんさま”の家族が退治屋に頼んでいたんだって…。でも、父ちゃんだって好きで人間を食べている訳でもないのに…」

俯いたまま語る少年は、今にも泣き出しそうになっていた。

「成程な…。じゃあ、あの鳶とやらは、お前の父ちゃんが授けてくれた部下…って所か?」

迦楼羅は口を動かしながら、端っこであぐらをかいている髪切り妖怪・鳶を指さす。

「う…ん…。父ちゃんは、ここいら一帯に棲む妖怪を取りまとめていて、いじめられやすい僕を見て“敵から身を守れるように”と、鳶を一緒にしてくれたんだ…」

「そうだったんだ…」

豆腐小僧の台詞(ことば)に同調しながら、八那は結界の端っこで背を向けて座り込んでいる髪切り・鳶を横目で見つめていた。

一方で、迦楼羅による話は続く。

「お前の父ちゃんに会いに来たのは、ここ数百年における世の移り変わりが知りたいのと…ここにいる女の護衛も兼ねた妖怪を、一匹借りたくて来た訳だが…まいったな…」

彼は、腕を組みながら考え事をし始める。

「私の…護衛?」

「ああ。いくら俺様が八部衆の一員で炎を司る神とはいえ、相反する属性を持つ八那(おまえ)を守りながら任務遂行するには、限度がある。故に、炎以外の属性を持つ妖怪…可能であれば属性に偏りのない妖怪(やつ)を仲間に加えれば、任務も全うしやすくなると思ってな」

何故護衛が必要か問うと、迦楼羅はその理由を語ってくれた。

「…ねえ、お兄ちゃん」

すると、豆腐小僧が話に割って入ってくる。

「なんだ?」

「確か…”ぬらりひょん”…だったかな?妖怪をまとめている妖怪だって、父ちゃんが言っていたよ」

「あぁー…ぬらりひょんか…」

幼子は新たな妖怪の名前を出したが、それを聞いた迦楼羅は、苦い表情を浮かべる。

「迦楼羅…その”ぬらりひょん”だと、何か問題があるの?」

その表情を見ていた八那が、不意に問いかける。

「確かに、奴も多くの妖怪を束ねている…。だが、俺にとって奴の考え方はあまり賛同できねぇんだ。それに、八那。お前だって、義理の母親を食ったのが奴の手下かもしれない…って知ったら、絶対に協力を頼みたくないだろ?」

「なっ…!?」

何気に恐ろしい発言をした迦楼羅に対し、八那は目を見開いて驚く。

 あの土蜘蛛が…!!?

そう考える八那の脳裏に、昨晩の恐怖がよみがえっていた。

「まぁ…それについては、確たるものはねぇがな。ただ、土蜘蛛は人間を食らう事を好む”破壊派”の妖怪。可能性があるってだけさ」

「うん…」

八那はうつむいたのと同時に、二人は黙り込んでしまう。

どうすればいいかがわからない豆腐小僧は戸惑っていたが、そんな幼子に対し、隅っこにいた鳶が寄ってきて耳打ちをしていた。

「そっか…成程!鳶、ありがとう…!」

それを聞いた豆腐小僧は、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!」

明るい表情を浮かべながら、幼子は二人に視線を向ける。

「僕から今の世の中を話す事はできないけど、夜が明けたらこの東京の街を案内して、目で見て知ってもらうというのはどうかな?」

「!!」

思いがけない台詞(ことば)に対し、暗くなっていた八那の表情に生気が宿る。

「そうね!!私も、ずっと八王子にいたからあまり知らないし…いいかもね、迦楼羅!」

「だな。じゃあ、夜が明けたら、動き出すとするか!!」

この台詞(ことば)を皮切りに、彼らは明日に向けて体を休める事にしたのであった。



「あれが、自動車かぁ…!」

翌日、八那達は万世橋から出発し、日本橋を歩いていた。

小袖の者や洋服を身にまとう者が橋を行き交う中、その先にはボンネット型の自動車を運転している男性もいた。

「父ちゃんがいた頃は、この場所も似たような着物を身にまとう人が多かったのに…何だか、西洋の真似をするようになったみたいだよ」

「へぇー…」

「成程…」

歩きながら豆腐小僧が説明する中、迦楼羅は頷き、八那は唇だけ動かしていた。

 声を出していたら、“若い女子が一人で話している”と変な誤解を招きそうだしね…

八那はそんな事を考えながら、周囲を見渡していた。

彼女が住んでいた八王子では、洋服を身にまとうのは役所の人間や、東京府の中心部まででかせぎに行っている大人の男性くらいしかいなかった。学生として学問を学ぶようになってからだとブーツくらいは履くようになっていたが、全身洋服を見にまとっている人間を見るのは、ほぼ初めてであった。また、それは自動車も同じような事がいえるのである。

「…まぁ、変わりつつあるのは、人間だけにあらず…か。八那、あの坊主を見ろ」

「あの…?」

隣を歩く迦楼羅は、顎でその示す人物を指さしていた。

因みに彼の場合、“人間に化ける”事が可能のため、今は普通の仕事をしている青年らしき恰好をしている。八那はそんな迦楼羅に戸惑いつつも、視線の先を見つめた。

そこにはバスを待っている男性がいて、帽子をかぶっているが、髪の毛が見えない。おそらくは坊主頭をしている男性だと思われるが、何故迦楼羅がその人物を見ていたのかが解らなかった。

「奴は、俺のように“人間に具現化する”事ができる妖怪“のっぺらぼう”だ。おそらく、時代の流れを見て、小汚い小袖は止めたというところか…」

「僕も今、人間に化ける術を練習しているんだけど…あれくらい、上手にできるようになれればいいな…」

2人の会話に、豆腐小僧が羨ましそうにしながら述べていた。


「ここが、府庁舎…」

その後、有楽町に到達した彼らは、府政の拠点である府庁舎を訪れていた。

大きな門が聳え立ち、その先には洋風でできた建物が広がっている。

「大きな建物だなぁ…って、迦楼羅…?」

庁舎の大きさに関心していた八那の横では、腕を組みながら考え事をする迦楼羅が立っていた。

「…どうしたの…って!?」

何があったのかと聞こうとしたが、その突然の行為に驚く。

迦楼羅は腕を組んだまま、その右手側に一筋の浮いた火の玉を出現させていた。それはゆっくりと庁舎の門に近づき、接触する。

「弾かれた…!?」

門と接触した火の玉は燃える事なく、何かで弾けたような音と共に、消えてしまった。

「…やっぱりな。人ならざる者を弾く、結界が施されてやがる…」

そう呟く迦楼羅の表情は、深刻そうだ。

「なぁ、餓鬼」

「ぼ…僕の事?」

迦楼羅は振り向く事もなく、後ろにいる豆腐小僧に声をかける。

しかし、“餓鬼”にあたるのは彼しかいないため、豆腐小僧は戸惑いながらも返事をした。

「お前の父ちゃん…見越し入道は、“退治屋”に退治されたんだよな?それって…」

「…成程、見越し入道の倅か」

「えっ…!!?」

突然、後方から聞き覚えのない男性の声が響き、八那は瞬時に振り返った。

そこには、警官の格好をし、腰にはサーベルを帯刀している20代くらいの男性だ。

 この男性(ひと)…!!?

声こそ初めて聞いたものの、その外見に対し、八那は見覚えがあった。

しかし、それは彼女だけではなかったのである。

「あの人間…父ちゃんを殺した…やつ…だ…!!」

「…おいおい、まじかよ…」

怯えながら、迦楼羅が身に着けているズボンの裾を掴む豆腐小僧。

それを聞いた八部衆は、冷や汗をかいている。

 この威圧感…平安時代(あのころ)に見かけた陰陽師の比じゃねぇな…!

迦楼羅は、目の前にいる人間が普通の人間でない事を本能で察知していた。

「…八那?」

心を落ち着かせようと横目で八那を見た迦楼羅だったが、彼女が返事を返す事はなかった。

 この感覚…それに、頭に浮かぶこの映像は…!!?

頭痛が起きているのか、八那は立ったまま右手で頭を抱えていた。

この時、八那の脳裏には、今まで見たことのない風景や人物。そして、赤黒い“何か”が映っていたのである。

「お前は…」

「きゃっ!?」

しかし、考える暇もなく、八那の右手首は近づいてきた男性に引っ張られる。

「あっ、てめぇ…!?」

いつの間に近づいていたのを気付けなかった迦楼羅が、声を張り上げる。

「離して…!!」

八那はその腕を振り払おうとするが、相手の力が強いのか、簡単には逃れられない。

彼女が持つ酸漿色の瞳には男性が。その男性の蒼き瞳には、八那の姿が映っていた。

「そうか…成程な…!」

「ひっ!!?」

俯いたまま警官は一言呟くが、その直後に後ろにいた豆腐小僧が震えあがる。

「そうか!この野郎は…!!」

男性から強烈な殺気が放たれた事で、迦楼羅はこの男が何者かを悟る。

「まさか、人との間に子を設け…後世に血筋を残しておったとは…!!」

「…貴方が…大蛇を殺した…!!?」

狂気にも似た憤怒が垣間見えたのと同時に、八那も相手の素性に気付く。

そう、彼の名は木戸 碧佐(へきさ)。彼が遥か昔、八岐大蛇を退治したスサノオの生まれ変わりに当たる人間だという事を、この場にいる全員が、後に悟る事となるのであった。


いかがでしたか。

まだ、この東京編が続くため、昔の都心地図とニラメッコ中な皆麻でございます(笑)

えっと、今回は豆腐小僧の父親・見越し入道と、ぬらりひょんについて。

後者については某漫画において、その存在を知っている方も多いと思います。

前者の見越し入道もぬらりひょんと同様、妖怪達のリーダー格だったと云われているそうです。そのため、今作では”東京周辺に棲む妖怪を統治している”設定にしました。また、迦楼羅が言っていた”破壊派”というように、この時代での妖怪達も考え方の違いによって対立するグループが存在していた事になります。

そういった細かい事は次回以降になりそうですが…

さて、やっと木戸と八那が対面。

どうなる事やら??


ご意見・ご感想あれば、宜しくお願いいたします!


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