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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
序章 驚きの連続と力の覚醒
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第二話 高尾の山

「ん…」

八那は、重くなった瞼をゆっくりと開く。

どうやら眠りについていたようで、頭の中に霧がかかっているような感覚に陥っていた。

「ん…?あぁ、目が覚めたか」

八那が顔をあげると、そこには見知らぬ青年の顔がある。

「ここは…って!!?」

意識がはっきりしてきた途端、彼女は目を見開いて驚いた。

この見知らぬ青年が八那を抱えて移動しているだけでなく、周囲の風景が高速でよく見えず、しかもその速さで冷たい風が吹いていたからだ。

「おいおい、あんまり動くと落ちるぞ?」

「なななな…!!?」

八那は、下を一瞬見た後に驚く。

青年の足元には、地面が見える。つまりは、空を浮いている事を指す。

 そうだ、私…!!

意識を失う前に何があったのかを思い出した八那は、周囲を見渡す。

「お父様と…婆やは…!!?」

慌てふためく八那を見た青年は、ため息交じりで口を開く。

「二人とも、無事だ。それより、説明は目的地へ着いてからするから、今は黙っとけ」

そう告げた青年は、先程よりも早いスピードで、一直線に飛び始める。

これ以上騒ぐと舌を噛むだろうと考えた八那は、その後しばらくは黙ったまま周囲の景色を目に焼き付けていた。


「着いたぜ。…おろすぞ」

「きゃっ…!」

目的地にたどり着いた青年は、八那を下ろす。

しかし、上手くバランスを取る事ができなかった彼女は、その場に座り込んでしまう。

「ここは…」

「ここは、高尾の山だ」

周囲を見渡すと、鬱蒼とした木々が生えている。

また、少し離れた場所は傾斜になっているようで、鳥のさえずりも遠くから響いていた。

「さて…と」

小袖についたほこりを手ではらった青年は、八那を見下ろしたまま口を開く。

「錦野八那…だったな。俺は、迦楼羅。具体的な紹介は後ほどするが、平たく言えば…この国で云う”鳳凰”みたいな生き物だ。よろしくな」

「”鳳凰”って…妖怪?」

「…今言っている相手は俺だからまだいいが、他の妖怪(やつら)の前でその呼び方はなしな。一応教えておくと、俺はお前ら人間からすれば、”神”に当たる存在。これから会う奴もそうだが、気位の高い連中に対してその呼び名は禁句(タブー)とされている」

紅い瞳を細めながら、少し不機嫌そうな表情をする迦楼羅。

 紅い翼…。確かに、日本で言う所の朱雀みだいだな…

八那は迦楼羅の背にある翼を見上げながら、その美しさに見とれていた。

「そんな事より、あの土蜘蛛はどうなったの?あれから、何が起きたの!!?」

「…やっぱり、覚えていねぇんだな…」

深刻な表情を浮かべる八那と同様、迦楼羅も不思議そうに首を傾げていた。

「まぁ、その点は奴に説明させた方が早いか。おーーーい!!!」

迦楼羅が突然、山頂の木々が生い茂る方向に向いて声を張り上げる。

「尾根のじじい!いるんだろ?娘を連れてきたんだから、出て来ーーーーい!!」

姿を現さないのを不思議に思った迦楼羅は、再び大声を張り上げる。

すると、二人の周囲に一筋の風が舞う。地面に落ちている落ち葉が風で舞い上がった後、八那はゆっくりと立ち上がりながら、視線の先に現れた存在(もの)を凝視した。

「天狗…?」

「じじいとは、失礼な八部衆よ」

二人の前に現れたのは、背中に黒い翼を生やし、尖った鼻を持つ天狗だった。

修験者が身につけるような装束を着た天狗は、ゆっくりと八那の前に歩いてくる。

大蛇(おろち)の血を引きし、鬼の子よ。よう来たな」

「え…?」

天狗が告げた台詞(ことば)に対し、八那は驚きの声しか出ない。

 大蛇…?鬼…?

彼が何を言いたいのかがわからず、戸惑いを隠しきれない。

「じいさん。まだそいつ、己の出自を知らねぇぜ」

「…成程。では、順を追って語ってやらねばならぬようだな」

迦楼羅の声を横目で聞いていた天狗は、それを聞いてため息を着く。



「娘よ。名を、何と申す?」

「錦野八那…と申します」

「うむ…。では、八那よ。わしは尾根。お主が先ほど申したように、この高尾の山に住まいし天狗じゃ。お主、父からこの山を訪れるよう命じられておったな?」

「はい…」

八那は手を胸元にあてながら、返事をした。

状況が上手く飲み込めていない事もあり、彼女の心臓の鼓動は小刻みに刻まれている。

「そこにおる迦楼羅にお主を連れてこさせたのは、お主が八岐大蛇(やまたのおろち)の血を引き、西の鬼…酒呑童子(しゅてんどうじ)だったな。彼奴の娘だからじゃよ」

「八岐大蛇って…あの、八つの頭がある大蛇の事…ですか?」

「…左様じゃ」

動揺する八那に対し、尾根はゆっくりと頷いた。

「信じられねぇのも無理ないだろうが…あの土蜘蛛を倒した力は、紛れもねぇ大蛇の神力(ちから)だ」

「どういう…事…?」

八那の隣にいた迦楼羅が口を挟むと、その声の方へと向く。

「…これを視るがよい」

状況を察した天狗は、両手で何かの構えのような動きを見せる。

すると、彼らの間に木でできた薄い板が現れ、その中に何かを映し出した。

「これは…!!?」

板に映し出された映像を見て、八那は声を張り上げる。

そこにあったのは、全壊した家屋と、水浸しになった田んぼ。見覚えのある風景から、それが錦野家の全壊した家屋であると八那は気付く。

「これだけの水…洪水ともいえる(それ)を生み出し、その力によって土蜘蛛は何処かへと流されたのであろう」

「お母様…!」

その光景を目の当たりにし、八那はやっと直前の事を思い出す。

血がつながっていないとはいえ、義理の母親を永遠に失った事。ただし、幸いにもその直接の敵を討てたことだ。しかし、それだけでは納得しない事も多い。

「色々と思う所はあるだろうが…ひとまず、これを見よ」

「あ…!!」

涙を流す少女に動揺する事なく、尾根は異なる映像を映し出した。

そこには、場所はわからずとも、結界らしきものの中で眠りについている八那の義父と使用人の老女が映っていた。

「お父様に、婆やも…。よかった…!」

家族が無事とわかり、悲しみから喜びの涙へと変わる。

「この者達は今、この高尾の山の領内におる。今は会わせてやれぬが、あそこにおれば妖怪に襲われる危険もない。故に、安心するがよい」

「尾根様…ありがとうございます…!」

八那は、天狗に礼を述べる。

”今は会わせてもらえない”と言われたが、二人が無事というだけで不安になっていた精神(こころ)に光明がさしたのである。

「この者達を保護するのを条件に…そなたには、迦楼羅が御仏より賜わりし使命を全うしてもらう」

「使命…?」

尾根が告げた唐突な話に、八那は首を傾げる。

すると、天狗は迦楼羅の方を見つめる。その視線に気がついた彼奴は、八那の右斜め前に立って口を開く。

「この後からは、俺が話そう。先程も名乗ったが、俺は迦楼羅。八部衆という、仏法を守護する神の一人だ」

「神…が何故、人間である私の元へ…?」

涙を拭った八那の表情は、普段どおりの凛々しい表情に戻っていた。

「俺らが仕える釈迦如来は、お前らで云う”仏様”な訳だが…如来は、全ての生き物が持ちうる運命(さだめ)という時の流れの一端を知りえる力を持つ。ある日、とある予言への対策として、俺にある事を命じた」

長々と語る迦楼羅だったが、話はそれで終わりでない。

「それは太古より存在する水神・八岐大蛇の末裔であるお前を探し、この日の本の国に住まう天狗の下を訪れてほしい…という使命だ」

「国内に棲む…天狗?」

八那は不思議そうに首を傾げながら、尾根の方を見ていた。

「ワシ等天狗は、元々は大いなる大地を守る山の神じゃ。本来は強い神通力を持つのだが、その力は、己が棲む山によって大小異なるのじゃ。何故かわかるか…?」

「もしかして…。もしかして、先の戦争で自然が傷ついた故…ですか?」

「…そうじゃ。山や木々が傷つけば、我らの神通力も弱るのじゃ。最も、我ら天狗が存在せんようになったとしても、その山自体が滅ぶ事はないのだがな…」

八那はそこで声を出そうとしたが、迦楼羅が口を開いたのに気がつき、すぐにつぐんだ。

「しかし、大地と密接な関係を持つ水…。取り分け、水神の力を存分に引き出せるお前が天狗らの下を訪れ交われば…自ずと、失った神通力(ちから)は蘇るだろう。それは、この国を異国の魔物から守る山を助ける事に繋がる訳だ」

「それって…これから何かが起こる故…今のうちに、守りを固めろ…って解釈でいいのかな?」

「…だな。一応申しておくが、釈迦如来から聞いた“予言”については訊くなよ?それは、お前が知るべき理ではないからな」

「それは、無理に訊いたりはしないけど…」

八部衆の皮肉めいた台詞(ことば)に対し、頬を膨らませて不満を示す八那。

 お父様が”行けばわかる”とおっしゃっていたのは、こういう事なのね。でも…

彼女は、自身の掌を見つめながら考える。手には、自らが生み出した洪水の感覚が僅かに残っている。

尾根や迦楼羅の話で、自分が八岐大蛇の血を引くという話は納得できたが、まだ疑問点はあった。

「でも…尾根様がおっしゃられた、”鬼の子”の真意は一体?私は、妖怪が見える目を持ってはいるけど、普通の人間だし…」

「それは…」

尾根が何かを言いかけると、迦楼羅がそれを制止した。

「因みに、八那。お前は、酒呑童子という鬼は存じているか?」

「え…?」

迦楼羅から尋ねられた鬼の名を、彼女は知らなかったようだ。

「京の大江山一帯を根城にしていた、鬼の棟梁だ。まぁ、具体的な事は俺も知らぬし、今後の旅で知る事になるかな」

「じゃあ、今言える事だけ教えてもらうのはいいの?」

八那は、意味深な台詞(ことば)に食らいつく。

それに対して迦楼羅は、口を尖らせながら答えた。

「…まあな。実は、酒呑童子は元々、八岐大蛇を父。人間の母との間に生まれた者だ。後に鬼となり、配下の茨木童子との間に生まれたのがお前…という事になる」

「それじゃあ…。それでは、その酒呑童子…と、茨木童子が、私の実の両親だ…という事?」

八那の問いに対し、迦楼羅は首を縦に頷く。

「兎に角、西の鬼の件は後ほど、二人で話すがよい。今はここでの“使命”を、お主には果たしてもらいたい」

「…はあ…」

本当はその先を訊きたかった八那だったが、尾根の台詞(ことば)に遮られ、両親の話は終いとなってしまうのである。


「“交わる”…と申しても、そこに棲む天狗によって、交わり方は異なる。わしの場合だと、手と手を合わせて共に呪を唱える…。それによって、お主が持つ水の力がわしへと伝わるという理じゃ」

「でも、力を伝えるといったって、どうやって…?」

“手を合わせるだけ”と聞いて少し安堵した八那だったが、どうやれば尾根に力を分け与える事ができるのかがまるで解らない。

「まぁ、覚醒時は無意識に力を放出した訳だしな。尾根じじい、手ほどきくらいしてやれよ?」

「…全く、わしが心の広き天狗でよかったのう?太郎坊辺りじゃったら、お主を殴っていたやもしれぬ」

尾根は迦楼羅の口調に呆れながら、八那の前に立つ。

「そうじゃな…。例えば、己の中に、大切にしていた宝玉があったとしよう」

尾根の説明に、八那は真剣な表情で聞いていた。

「己の奥底にありし大事な玉を、地面に落として割らぬよう、慎重にお主の手からわしの手へと転がす様を想像しながらやってみるとよい。無論、“大切なもの”は宝玉とせずともよい。“それ”は、お主が好むもので構わぬ」

「わかり…ました」

尾根の説明を聞いた八那は、天狗の両手と自分の両手を重ね合わせてから瞳を閉じる。

 私の大切な物…それを、腕を伝って尾根様にお渡しする…

八那は、心の中で強く想像する。

迦楼羅は黙ったまま、その場を見守っていた。全員が黙り込んでいるため、周囲は風の音しか響かない。沈黙の時が続くが、迦楼羅が耳にした音に気付いた途端、事態は動いていた。

八那は己の目で確認はできなかったが、八那の肉体から、水の膜のようなものが生成される。

その厚みは段々と大きくなり、空中を泳ぐ水は彼女の両手を伝って、尾根の肉体へと渡っている。まるで、流れゆく水を誘導していくかのようだった。

「消えた…否、入り込んだのか…」

尾根の体を包んだ大量の水は、少しずつ消えていく。

その瞬間を目の当たりにした迦楼羅は、独り呟いていた。

「…お主の水の神通力、確かに受け取った」

はっきりとした口調でそう述べた尾根は、閉じた瞳を開いていた。

それを聞いた八那も、閉じた瞳を開く。そうして、天狗は少女から手を離したのである。

「う…?」

「…っと!」

手を離した直後、眩暈によってふらついた八那を、迦楼羅が抱き留める。

「ありがと…ございます」

「あ、ああ…」

この時、二人は互いに戸惑っていた。

 “鳳凰”とも云われる神だから体も熱いのかと思ったけど…思いのほか、冷たい…

八那はそう思っていた。

 大蛇の血を引き、酒呑童子(あいつ)の娘っていうから冷たき肉体(からだ)かと思ったが…思いのほか、暖かいな…

一方、迦楼羅は思いがけない温もりを味わっていたのである。

「己の意志で初めて、神通力(ちから)を使ったが故の不調じゃな。それは今後、お主が力を使い慣れれば、起きる事はなかろうて」

水の力を得た尾根は、生き生きとした表情で告げる。

「要は、今やったように…各地にいる天狗と会い、交わる事を続ける旅へ出てもらう」

「でも、私は学校が…」

「…家があんな状態になっては、戻る事はかなわねぇだろうな。だから、しばらくは行かない方がいい」

その先を告げようとするが、迦楼羅がそれを止めた。

「…また、お主が持つ力は水を生み出すだけにあらず。風の噂によると、その酸漿色の瞳にも、何やら特殊な力が宿っているそうじゃ」

「私の…目?」

「あー…まぁ、それについては、進みながら話そう。じゃあ、尾根じいさん。もう、高尾の山の結界は維持できるな?」

「…うむ、これならばしばらくは安泰じゃ。二人とも…気を付けてゆくがよい」

こうして天狗と別れた後、八那と迦楼羅は高尾山を下山していく。


「…さて。ここから先は流石に、足を使って行かなきゃな」

八那を担いで空を飛んでいた迦楼羅は高尾山の麓に着いた後、彼女を下した。

「このまま飛んでいく事はできないの?」

「できなくはねぇが…。お前、俺とて他の妖怪と同様、視えぬ者には視えん。それが何を意味するのか、解っているのか?」

「え…?」

首を傾げる八那を見て、迦楼羅はため息をつく。

「俺を見えぬ人間がお前を抱えて飛んでいる所なんぞ見たら、怪しむだろう。年頃の娘っ子が、ひとりでに飛んでいる訳だから…。最悪、鳥と間違われて射殺されるなんて事も…」

「あ…」

それを聞いた途端、彼女は血の気が引くような感覚に陥る。

しかし、これで“飛翔して移動”は不可能だという事を悟った。

「ひとまず、東へ向かうぞ」

「東…?何故…」

「ひとまず、今のこの日本(くに)の現状を俺様が知っておかなくてはならねぇ。何せ、前回この日本(くに)を訪れたのは、京に都がありし時代(とき)だったからな!」

「それって、まさか…平安時代?」

迦楼羅の台詞(ことば)を聞いた八那は、学校で学んだ歴史の講義内容を思い出す。

しかし、同時に頭が混乱し始めるのであった。



こうして、大蛇の末裔たる娘と、神の眷属による旅が始まるのである。そこから、様々な出逢いや別れだけでなく、今まで知る事のなかった人と妖怪との関わりを目の当たりにするようになるのであった―――――――


いかがでしたか。

今回は説明的な内容が多かったので、割と長めだったかもです。

今回出てきた天狗ですが、この高尾山に住む尾根は作者がつけた名前ですが、

作中で出てきたもう一人の天狗の名前は、実際に資料にもあった名前。

そのため、今後の展開で現れる天狗の名前は、ほぼ資料通りの実際にある名前になるでしょう。


序章がここまで…というかんじで、次回から新しい章です。

主要キャラ達が登場するのはどの辺りにしようか構想をまとめ中ですが、誰から登場するでしょうか?

日々、妖怪の本とにらめっこ中です(笑)


それでは、ご意見・ご感想あれば、宜しくお願いいたします。


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