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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
序章 驚きの連続と力の覚醒
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第一話 妖怪を毎日目にする中で

時は、大正8年(=1919年)の東京。日本の首都である東京でもまだ緑が生い茂る八王子に住む錦野八那(やな)は、女学生として日々学問に励んでいた。

「…錦野さん、あそこ…!」

学校の帰り道にて、八那の友人・由紀乃が怯えた表情である場所を指さす。

「お歯黒をつけた女性…ではないか」

八那は友人と同じ方向を向くと、木陰から顔を出す一人の女性がいた。

女性といっても、そう判断できるのは豪華絢爛な小袖を身に着ける外見だけである。その顔には鼻や目がなく、開いた口には真っ黒いお歯黒が塗られた歯が見え隠れしている存在(もの)――――妖怪だった。

「あのかんじだと、何かしてくる事はなさそうだよ?」

「そ…だよね。よかった…」

怖くて小袖の裾を掴んでいた由紀乃は、ゆっくりと右手を離した。

彼女達を見つめる妖怪・お歯黒べったりは襲ってくる訳でもなく、木陰でこちらをのぞき見したまま動く気配はない。二人は、そんな妖怪に構う事なく、その前を通り過ぎていく。

時間は夕暮れ時。学校が終わって家に帰るまではのどかな山道があるこの場所は、妖怪が視える人間にとっては、注意しなくてはならない時間帯だ。

「男子が、錦野さんの事を“疫病神”とか言ってからかっているけど…私みたいに怪異が見える人間にとっては、“守り神”みたいな存在(もの)で…すごく助かるな」

「あはは…ありがとう、由紀乃」

柔らかい笑みを浮かべながらそう述べる友人に対し、八那は苦笑いを浮かべる。

 何だか、複雑だな…

八那は、そんな事を考えながら足を動かしていた。

彼女は幼い頃から妖怪といった怪異が見えるが、今までその妖怪達に襲われた事がない。他人とは違う目を持ち妖怪との遭遇率が高い事から、“疫病神”と呼ばれて嫌われる一方、一部の人間にはこうして感謝されている。その半々な状況が、八那にとっては何とも微妙な気持ちになるのであった。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ、お嬢様」

帰宅し玄関へ入った八那を、使用人の老女が出迎える。

「あら…ばあや。お客様がいらしているの?」

編み上げのブーツを脱ごうとすると、近くに見覚えのない革靴が目に入る。

「左様でございます。どうやら、警察官のようで…」

「警察?」

老女の台詞(ことば)を聞いた八那は、不思議そうに首を傾げる。

彼女の父はこの辺り一帯の地主であるため、父親の元に外部の人間が訪れる事は割と多い。しかし、ここ数日で事件や事故が起きた訳でもないのに、警察官が訪ねてきたという事だ。

 でも、話を盗み聞きする訳にもいかないし…遭遇しない事を祈ろう

八那はそう考えながら、ブーツを脱いで廊下を歩き出したのである。


「お父様。昼間のお客様は、どういったご用件だったのですか?」

「む…?」

夕餉の時間となり家族がそろっている居間にて、八那は話を切り出した。

すると、父親は少し驚いた様子で八那を見つめる。

「…何、都市部で起きた事件についての聞き込みだ。お前が気にする事でもないよ」

父は、彼女に対して特に何もないように述べた。

 最初の反応が少し怪しかったけど…でも、お父様がそうおっしゃるなら…

八那は父の最初の反応が気になりつつも、本人が“大丈夫”と言いたげな答え方をする以上は、それを信用する事にした。

「ところで、八那。…最近も“例の夢”…見るのかしら?」

「お母様…?」

「いえ…梅谷の話だと、その夢を見た際はうなされていると聞いたので…ね」

何故その話をするのかと首を傾げると、彼女の母は少し申し訳なさそうな口調でそう答えた。

夢といっても、はっきりとその内容を覚えている訳ではない。ただ、その一端で必ず、大量の水や洪水が目に入るという夢だ。それが何を意味するのかわからないが、この夢の話をするときは必ず、両親は真剣な面持ちで話を聞いてくれる。しかし、それには理由(わけ)があった。

「本当の親に関する事かもしれない。…複雑かもしれんが、具体的な内容がわかるといいな…」

少し苦笑いを浮かべながら、父はそう述べた。

八那は、この錦野家の正式な一人娘ではない。今から12年前に当たる6歳の頃、高尾山の麓で拾われ、育てられたという経緯がある。血の繋がりがない自分を何故育ててくれるのかという点に対して疑問に感じた事もあったが、分け隔てなく接してくれる姿を見て、八那自身もあまり気にする事がなくなったのである。

 でも、夢が意味するものって何だろう…?それに、妖怪や怪異が見えるのも、何か関わりがあるのかな…?

その夜、布団の中で彼女はそんな事を考えていたのであった。



「昨日、町役場にかなりかっこいい殿方がいらしたのよ!」

「あら、本当??」

翌日のお昼休憩頃――――――――同じ組の女子生徒達が、とある話題で盛り上がっていた。

「…何かあったのかな?」

「あ、錦野さん!」

八那はそんな彼女達に呆れつつも、何の話をしているのかを由紀乃に尋ねる。

「昨日、町役場に警察の方がいらしていたんだって」

「じゃあ…あの子らが話しているのは、その警官の外見って所かしら?」

「おそらく…ね。そうだ、警察官といえば…」

この時、由紀乃は口に手を添えながら話を続ける。

「警官やっているお兄ちゃんの話だと、何でも警察には妖怪討伐を専門とする部隊があるらしいよ。普段は通常の警察官としての任務をこなしながら、命が下れば全国各地へ出向くとか…」

「由紀乃の兄上は、その部隊を見たことがあるの?」

「ううん。あくまで噂らしいわ」

話に盛り上がる学生らを見つめる中、八那と由紀乃はそんな会話を交わしていたのである。


午後の授業が終了した後、八那は風呂敷を片手に帰宅をし始める。

 妖怪退治…か。妖怪(かれら)って、そんな退治するような存在ではないような気もするんだけどな…

八那は、昼間に話していた討伐部隊の事を考えていた。

学校の校門を出ると、そこにはのどかな田園が広がっている。脇の方にある人が通る用の道を歩いていると、反対側から見知らぬ人間が数人歩いてくる。

 あの恰好は、警官…。もしかして、昼間に皆が噂していた人達かな…?

その先頭を歩く男性は少し強面ではあるが、確かに男としては女性に人気が出そうな整った顔立ちをしている。また、やせ形でも筋肉がしっかりしている体型は、警官というより軍人にほど近い。

町の人間であれば会釈なり挨拶をするが、よそ者なのでそこまでする必要はない。しかし、向うは後ろに二人ほど部下を連れているようだったため、邪魔にならないよう道の端っこに寄って足を進める。

すれ違う二人――――――互いに視線を合わせる事はなかったが、場所のせいもあってか、すれ違った後の八那に異変が起きる。

「…っ…!!?」

八那の心臓において、飛び跳ねるような強い鼓動が走る。

落ち着いていた鼓動は少しずつ早くなり、彼女の心拍数があがった。

 今のは、一体…!?

腹部を抑えながら、八那は歩き出す。

この時に八那自身はしなかったが、すれ違った男性は自身が歩いてきた方向に振り返る。

「木戸隊長?…如何しましたか?」

「いや…まさか…な」

八那の後ろ姿を見送る警官・木戸碧佐(へきさ)は瞳を曇らせながら、部下の方へと向きなおす。

これが彼女にとって“天敵”となる相手との、最初の出逢いであった。


「八那。話があるので、こちらに来なさい」

「帰ってきて早々に…ですか?」

「うむ」

帰宅後、八那を出迎えたのは父親だった。

その後、居間に向かった彼女は、ちゃぶ台の前にて正座する。

「お父様、お話とは…?」

父親が何やら深刻そうな表情(かお)をしているため、戸惑いながら視線を真っ直ぐに向ける。

「八那。唐突ではあるが…明朝、高尾の山へ向かいなさい」

「え…?」

思いがけない父の提案に、八那は目を丸くする。

「何故…ですか?それに…明朝とはいえ、戻ってくる頃には午前の講義が始まってしまいますが…」

「…休んでも構わない。そして、理由は…行けば解る」

「はぁ…」

父ははっきりと断言するが、八那はあまり納得してはいなかった。

 雰囲気的に、反論しない方がよさそうかも…

八那は父親の態度を見て、“訊いてはいけない事”だと解釈する。

「わかりました、お父様。では、せめて動きやすいよう学校へ参る際の格好でよろしいですか?」

「うむ、そうしなさい」

八那が服装の提案をすると、父親はすぐに承諾してくれたのであった。


その日の夜、仕度を整えて床に就くも、先程までの事が気になって眠れなかった。

 何であの時、胸が痛くなったんだろう?…そういえば先日、家にいらしていたお客様も警官だったっけ…?

そんな事を考えながら、瞳をゆっくり閉じる。

そして、徐々に深い眠りへとつこうとしたその時だった。

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

「えっ!!?」

襖の向うから、老女の叫び声が聴こえてくる。

それが、家で奉公に来ている老女の声と気が付いた八那は、瞬時に起き上る。そして、乱れている黒髪を一つに結い、すぐさま襖の方へと駆けだした。

「婆や!どうしたの…!!?」

廊下を進み、居間へと早歩きする。

眼下には、ある方向を見て腰を抜かしている婆やがいた。

「お…お嬢様…あれ…!!」

「…え…」

老女が指さした方を見上げると、八那は目を見開いて驚く。

居間の壁中には無数の白い糸が張り付いており、照明の近くには巨大な蜘蛛がいるのだ。そして、目を凝らしてよく見ると、蜘蛛は何かを食べているのがわかる。

「お…奥…様…!!」

「これ…は…!!!」

蜘蛛の口から見え隠れしていた細い腕と小袖の柄から、八那の母親という事が判明する。

同時に八那は、この蜘蛛が人間を食べる妖怪・土蜘蛛と悟る訳だが、今の彼女はそれどころではなかった。

また、何故か父親の姿がそこになかったが、それすらも気にしている余裕はなかった。口から見え隠れしていた母親の腕は、少しずつ蜘蛛の体内へと呑み込まれていく。

「お母さま…嫌…そんな…!!」

その台詞(せりふ)によって二人の存在に気付いた土蜘蛛は、玉のごとき大きな目で見下ろす。

少しずつ迫ってくる土蜘蛛。このまま何もしないでいれば、八那も食べられてしまうだろう。しかし、そうはならなかった。

「よくも…」

低い声で呟く八那に気付いた土蜘蛛は、少しずつ進めていた八本の足を止める。

同時に、彼らの背後にある廊下の窓が音を立てて揺れ、ひびが生え始める。

「よくも…お母さまを…!!!」

そう言い放った八那は、彼女が持つ酸漿色の瞳を見開き怒りの表情を顕にしていた。

土蜘蛛は何かを悟ったのか、その場を去ろうと反対側を向うとするが、時既に遅く――――突如、八那の周囲から大量の水が雪崩込み、その波によって遥か遠くへと押し流されていく。

「お嬢…様…?」

老女は何が起きたのかがわからず、隣に立つ少女を見上げた。

八那は、目を見開いたままその場で立ち尽くしている。そしてどういう訳か、突如雪崩込んできた大量の水は、彼女と老女を含む範囲だけ避けて流れているため、老女が水流に流されることはなかったのである。


一方、錦野家の家屋から少し離れた場所にいた我の同胞―――――迦楼羅は、その光景を目の当たりにしていた。その者の背中には、紅の翼が生え、太い木の枝に立って眺めている。

「これは…どうやら、高尾に来る前に覚醒しちまったって所か。ったく…!!」

独り言を述べて舌打ちした迦楼羅は、翼を広げて飛び始める。

彼は洪水のごとき大量の水で次第に崩壊していく家屋へと、素早く移動するのであった。


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