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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第六章 京の地に迫りくる脅威

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第二十三話 葛葉が知りうる事

<これまでのあらすじ>

日本各地に棲む天狗の元を訪れていた八那達一行は、凶悪な妖怪が多いとされる京の地に足を踏み入れる。鞍馬山の天狗・僧正坊との”交わりの儀”はすんなりと終わったが、鞍馬寺で留守番をしていた歩純らに、ぬらりひょんの部下である妖狼族が襲い掛かる。下山する八那達の前には妖狼の青年・濟羅(さいら)が現れ、八那は連れ去られてしまう。その攫われた先で八那は、父である八尋こと酒呑童子を知る妖狐・葛葉と出逢うのであった。

「貴女が、葛葉…」


松明の炎が壁際で燃える中、八那は白銀色の狐を見据える。


「その東言葉に(てい)…お主、もしや…?」


八那の顔を正面から見上げた妖狐は、彼女の正体に感づく。


「私は、八尋(やしろ)…世に云う酒呑童子が娘・錦野八那と申します」

「目覚めて…おったのだな…!」


八那が自ら名乗ると、葛葉は納得したような声音を出した。


「お主がここにおるという事は…成程。彼奴の危惧が、当たってしもたという事どすね」


葛葉はぬりかべがいる入り口付近へ視線を向けた後、意味深な台詞(ことば)を紡ぐ。


「彼奴って…もしや、父の事…ですか?」


その言い回しに何かを感じ取った八那は、葛葉に向かって問う。

すると、妖狐は黙ったまま首を縦に頷いた。


「その表情(かお)から察するに、父の事が知りたいのであろう?…ぬらりひょんに相まみえるまでの間で良ければ、私が知りうる事を話そう」

「はい…宜しくお願い致します」


穏やかな口調で話す中、八那は葛葉の隣に座り込んだのである。


「まず、私があやつと出逢ったのは…まだ、彼奴が京を根城にする以前の頃どした」

「最初から京で暮らしていた…という訳ではないんですか?」

「あぁ。まぁ、人どした頃は比叡に住んでおった時もあったようだが…私が出会った時は既に鬼と化し、各地を転々としておった頃やった」


葛葉は、迦楼羅からも聞かされていない酒呑童子の事を話す。

八那は相槌を打ちながら、話に耳を傾けていた。また、八尋も悩まされていた“血の記憶”について助言したのも、自分だと明かしたのである。


「八尋が八岐大蛇の血を引く者…と聞いた時は驚いたが、あの時代(ころ)はそういった神の血を引くもののけは沢山いたさかいな。私の助言を、八尋(やつ)がどう受け止めたかはわからぬが…」

「何て…父におっしゃったのですか?」


八那は、心臓の鼓動が強く脈打つのを感じながら、葛葉に問う。

当の本人は、憂いを帯びた眼差しを八那に向けて口を開く。


「“相容れぬ存在でもその深淵を見据え、理解しようとする事”…だ」

「理解…」

「お主はむしろ、()()がこなせとるのだと、私は思うがな」


助言の意味を考える八那の横で、葛葉は更に言葉を付け加える。


 私が…()()()()()()…?


その補足を聞いた彼女は、それを含めた真意が分からずじまいだった。


「えっと…私が、大きく疑問に思っていた事がひとつ」

「何じゃ?」


今度は逆に問い返されたため、八那は大きく深呼吸してから口を開く。


「八部衆の迦楼羅から聞いたのですが…父は、今から約1000年前。…京に都があった頃と聞いたのですが…父が倒された所以と、私は如何にして生まれたのか…ってご存知ですか?」


八那は緊張した面持ちで、白銀色の狐を見つめる。

葛葉はそんな彼女の瞳を見つめる。その酸漿色の瞳から発せられるのは、純粋に知りたいという気持ちが強いのを察した葛葉は、再び話し始める。


「二つ目の問いには答えられるが…一つ目に関しては、その八部衆が一人・迦楼羅が知っとるはずだが…」

「えっ…!?」


思いもよらぬ台詞(ことば)に対し、八那は目を丸くして驚く。


「そやつは、釈迦如来に仕える八部衆の一柱であろう?その時その場にいなくても、釈迦如来の力を持ってすれば、当時起きた現場を視る事は可能なはずじゃ」

「成程…」


智慧者たる葛葉の言葉を耳にした八那は、そこで“迦楼羅が自分に対して隠している事がまだある”と悟ったのであった。


「まぁ、それは本人に訊いてもらうとして…。二つ目の問いに答えよう」


葛葉は、その台詞(ことば)を皮切りに、その直前の出来事等を語り始めたのである。



今から1000年ほど前――――――まだ都が京にあった頃、当時は葛葉も足が通常通り動かす事ができたが、生んだわが子を京にいる父親に預け、神太森(しのだのもり)に戻って暮らしていた。そこに、酒呑童子と茨城童子が訪れたのである。


「そうか…お主も、意を決したのじゃな。種を遺す事に…」


葛葉は感慨深そうに述べながら、八尋と翠を見つめる。

そんな翠の腕の中には幼い赤子――――生まれたばかりの八那が眠っていた。


「わたしがそうであったように、この子も、大蛇の記憶に悩まされるのは避けることのできぬ運命(さだめ)…。しかし、鬼を束ねる者となった以上、一族を絶やさぬためにと翠と共に誓ったのだ」

「生粋の鬼である私が母となったのだから、そう簡単に“血の記憶”に負けるような子には育たないと思うの!」


活発そうな口調で、翠は述べる。


「成程…。お主も良き伴侶を得たのだな、八尋」

「あぁ…。葛葉には、いろいろと世話になった。そこで…そなたを見込んで、頼みたい儀がある」

「ほぉ…?」


八尋が真剣な表情でそう口にすると、葛葉は周囲の空気が変わった事に気づく。

すると八尋は、翠が抱いている八那を見つめる。


「そなたに…わが子を預かってほしいのだ」

「何…?」


予想だにしていなかった台詞(ことば)に対し、聡明な葛葉ですらも驚きを隠せない。

そして、少しだけ眉間にしわを寄せながら口を開く。


「京を根城にしとったさかい、伝え聞いたであろう?私はわが子を春材(おっと)に託したように、子を養うにはややこしい妖や。そないな私に、そなたらの子を託すと…?」


葛葉は、わが子を手放した己を思い出しながら、彼らに問う。

しかし、八尋は動揺をすることなく首を縦に頷いた。


「それについては無論、承知の上だ。ただし、頼むにせよ…本当に養ってほしいという訳ではない」

「何…?」

「あたしの妖力と八尋の妖力を合わせて…この子を、永い眠りにつかせようと考えているの」


酒呑童子の台詞(ことば)に対して首を傾げる葛葉を前に、茨城童子が話に加わってくる。

翠が持つ独特の妖力とは、術の効力を半永久的に持続させるという他の鬼にはない特殊な力だという。


「翠の妖力(ちから)と…この八岐大蛇(ちち)から受け継がれし水の力を以つて、この子を眠りにつかせるためです。その所以は…この子には、戦のない平和な世で生きてほしいと願うからなのだ」

「戦…ね。だが、お主らがそう望もうとも…この現世(うつしよ)を牛耳るのは、儚き命を燃やす人の子。…欲深い(かれら)がいる限り、争いはなくならぬと思うがな」


八尋の考えを聞いた葛葉だったが、人間をよく知っていた葛葉はそんな皮肉な台詞(ことば)を吐き捨てる。


「…だがそなたは、かの安倍春材やらとの間に子を成した」


しかし、皮肉に動じる八尋ではなかった。

その一方で、翠は複雑そうな眼差しを二人に向けている。


「わたしは、この子が目覚めるべき時代(とき)に目覚めるよう術をかける。“その時”が、近くなるまででもいい…。そなたに、この子を預かってほしいのだ」

「成程…。後の世に、この幼子が必要とされる時代(とき)が来ると…?」


葛葉は真剣な眼差しで八尋を見つめながら、そう口にする。

対する本人は、真剣な表情で首を縦に頷いた。そこには、強い決意がみなぎっているのがよくわかる。


「…相分かった。お主がそこまで申すのならば、その赤子を預かろう。ところで…一つだけ問うてもええか?」


白銀の狐から問われ、酒呑童子は瞳を数回瞬きする。


「わたしに託す…という事という所以は、何やあるのか?」

「…っ…!!」


質問の内容を聞いた八尋は、今まで崩れなかった表情が固まる。


「八尋…」


そんな八尋を、翠は心配そうな表情で見つめる。

すると、彼が持つ酸漿色の瞳に哀しみが宿る。それを見た葛葉は、何かを予期しているのだろうと直感したのであった。



「斯様な出来事があって、わたしはそなたを預かったのだ」


そう告げる葛葉は、どこか遠くを見つめているように見える。


 だから私は、大正時代(このじだい)まで成長せずに眠っていられたんだね…


葛葉の話を聞いた八那は、そんな事を考えていた。


「ほんで、そこから数百年ほどそなたを預かった後…八尋が申しておった”目覚めの兆候”を感じ始めた頃に、高尾に棲む天狗に託したのだ」

「そして私は、東京に暮らす錦野家に引き取られた…と」

「うむ。そうなるな…」


不意に呟いた八那の台詞(ことば)に対し、葛葉が頷く。


「おそらく八尋は、己が人間によって殺される事を解っとった。故に、あらゆる災厄(いざこざ)からそなたを遠ざけたいと考え、わたしを頼ったのやろう」

「父さん…」


葛葉が付け足した言霊には、酒呑童子(ちち)が自分の事をどれだけ考えてその判断を下したのかがよく解る。


「…少しは、心の霧が晴れたか?」

「はい…!!」


八那の表情を見た葛葉が問うと、彼女は強い眼差しで応えた。


「…その意気じゃ、八那よ。ぬらりひょんに限らずだが…そなたは、あらゆる勢力から利用される恐れのある存在(もの)。気をしっかり持てば、己の妖力も制御でけるであろう」


そう少女に諭す妖狐は、入口の方で何かが動く音に気付く。


「…来たようだな」


葛葉が小さな声で呟くと、八那も近づいてきた妖力に気付いた。



「ぬらりひょん様がお呼びよ」


冷たい口調で二人に言い放ったのは、比良山で会った妖怪・雪女だ。


 この女性(ひと)が、迦楼羅にとっては天敵ともいえる妖怪…


八那はそんな事を考えながら、目の前に立つ妖怪を睨むように見上げる。


「…っ!!?」


すると雪女は、一瞬のうちに八那の手首を掴み、自分の手前に引っ張り上げる。

その手の感触は当然、氷のように冷たい。


「たかだか十数年しか生きていない小娘が…この私に対して、随分と生意気な態度を取ってくれるのね?」

「痛っ…!!」


怒りを露わにしながら雪女は手首を強く握ったため、八那は苦悶の声をあげる。


「あんたが、ぬらりひょん様に目をかけられてさえいなければ…なぶり殺しにしてあげられるのにね」


その猟奇的な台詞(ことば)を聞いた八那は、恐怖の余り体を震わせる。


「…お前は、葛葉を連れて行きなさい」


雪女は、後ろに控えている土用坊主に対して命令を下す。

それに応じた土用坊主はゆっくりと歩き出し、歩けない葛葉を担ぎ上げた。


 ぬらりひょんが何を言ってこようとも…絶対に逃げ出して、仲間達(みんな)の所へ帰らなくては…!!


“葛葉に会って父の話を聞く”という目的を果たせた八那は心にそう強く誓いながら、雪女達と共にぬらりひょんの元へと向かうのであった。


いかがでしたか。

今回、結構長丁場な章のため、前書きにあらすじを入れてみました。

ただ、今回最後の方で新しい妖怪の名前が出てきましたが…気付きましたでしょうか?

この土用坊主は主に神奈川県に出没する妖怪なんですが、本当に少ししか出ないような登場人物につき、まえがきには敢えて書きませんでした。

さて、今回が過去の話になったのですが、少し補足。

酒呑童子の出生にはいろんな説がありますが、今作では伊吹山での出生伝説を主に使っています。


次回はどうなるか?…といいたい所なのですが、

実は諸々の事情でこちらの話を完結させる事になりました。

半端とは思いますが、次回を最終回として閉めさせて戴きます。

申し訳ないです。


ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
[一言] 妖怪や神話に出てくる神系がとても好きなのですが、とても読み応えがあって、読んでいて楽しかったです。 気がつけばエピローグでびっくりしちゃうほど読みやすかったです(*^^*)
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