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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第六章 京の地に迫りくる脅威
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第二十話 遭遇

「わたしが経を唱えてすぐに、木の根がお主を磔にして固定する。…ちびっと怖いやもしれぬが、耐えてほしい」

「はい…解りました…!」

あれから交わりの儀の方法を、八那達は天狗から聞く。

それを執り行うために、八那は杉の大木に背中をくっつけて立ち、僧正坊が説明をする。その様子を、迦楼羅や梓は黙って見守っていた。

 葛葉はおそらく…誰かに拉致されたと考えた方がいいかもな…

迦楼羅は、八那を見つめながらそんな事を考えていた。彼が八那の父・酒呑童子――――またの名を八尋(やしろ)という鬼と出逢って共に暮らしていた頃、葛葉には一度だけ相まみえた事があった。既に1000年は生きているその妖狐は、老いもあってか足を悪くしている。普通に歩く分には支障ないが、高速で走り出して姿をくらませられる程走る力は既にない。そんな老齢の狐が行方不明となったのだから、理由はそれぐらいしか考えられないのだ。

 隆二曰く、葛葉はかなりの識者らしい…。もし、奴が拉致されたのだと仮定するならば、黒幕は…

一方、黙って座っていた梓も、迦楼羅と同じように行方をくらました葛葉の事を考えていた。

「おっ…!」

すると、迦楼羅の声が聞こえた事で、梓も視線を八那達に向ける。

お経を唱える僧正坊の近くにあった木の根は、杉の木の前に立つ八那の四肢を巻き付け、固定する。そこで天狗は黒い翼を大きく羽ばたかせ、杉の木の根っ子に翼を近づける。

 あ…私の神通力が、木の根を伝っていくのがよくわかるな…

八那は自分の四肢を縛り付ける木の根を気にしつつも、順調に交わりの儀が進んでいるのを実感していた。また、これまでの経験を経て、彼女も天狗への力の伝授を上手くこなせるようになっていたのだろう。迦楼羅と梓が真剣な表情で見守る中、交わりの儀は順調に進むのであった。



一方、鞍馬寺に残っていた歩純・安曇・正志郎・鳶らは、住職と話をしていた部屋での待機を僧侶達に命じられていた。

「僕も、鳶みたいに戦える力があればな…」

「正志郎…?」

全員が黙り込んでいた中、不意に呟いた正志郎に対して歩純が首を傾げる。

「うん…。先刻、迦楼羅が言っていた木戸っていう人間(ひと)…僕の父ちゃんを退治した警官なんだ」

「もしかしてあんた…その木戸って男に会ったら、敵討ちなんて考えているんじゃないでしょうね?」

正志郎の台詞(ことば)を聞いた安曇が問いかけると、豆腐小僧は首を横に振った。

「ううん。僕には人間と戦える力がないのは、よく知っている。でも、いつも頑張っている八那や迦楼羅を見ていると…”自分も強くなりたい“って気持ちが芽生えるんだ。不思議だよね…」

そう呟く正志郎の瞳は、今にも泣きそうだった。

そんな豆腐小僧を見た鳶は、後ろから彼を抱き上げ、自身の膝の上に乗せた。

「うん…うん。鳶…ありがとう」

そう告げた正志郎の表情は、少しばかりか穏やかになっていたのである。

 鳶はまるで、正志郎の母上みたいね…

 あれでおとなしくなってくれる辺り、やっぱりまだ子供よね

二口女はそんな彼らのやり取りを見ながら考えていたのである。


「なっ…!!?」

すると突然、安曇が苦しそうな声を張り上げる。

「二人共…どうしたの…!?」

二口女の異変に気付いた正志郎が、2人に声をかける。

「この感覚は、先程の…」

「じゃあ、一緒に感じるこの強力な霊力って…!!」

お互いで話を進める歩純と安曇。

何が起きているかわからず、正志郎や鳶は戸惑っていた。

「どうやら…先程、私がすれ違った警官達が、上司を連れてこの寺に参られたようです」

「この神とは思えないようなどす黒い感覚…伊達に生まれ変わりではないって事ね…!!」

当の本人たちは少し離れた場所にいるはずなのに、歩純や安曇の表情は深刻そうだった。それだけ、木戸の霊力が強い事を意味する。

「すぐに帰ってくれればいいんだけれど…でなきゃ、八那達が連中と遭遇してしまう…!」

「でも、安曇。今はこの部屋の外には僧侶達が見張っているから、勝手に出られないでしょうし…」

彼らは、八那達に事の次第を伝えたくても伝えられないため、今は兎に角いるのが知られないようにと気配を押し殺す事しかできなかったのである。


「住職が留守…だと?」

「はい」

部下達と共に鞍馬寺を訪れた木戸は、僧の話に首を傾げる。

「貴方がたが政府直轄の者というのは、よく解りました。そやけども、いかに政府の命令であろうと、この山を登るには宇摩住職の許可が必要なのどす」

「では…住職は、いつ頃戻られるのですか?」

僧の一人が言い放つ中、瑠美奈が逆に問いかける。

「さぁ…?そやけども、逢魔が時には流石に戻るのではおまへんどすかね?」

僧の飄々とした態度に、瑠美奈の眉間にしわが寄った。

「貴様…我々が東者(あずまもの)であるが故に、そのような態度を取っているのか?」

しかし、憤りを感じているのは木戸も同じであった。

「俺は、お前ら異国の神がこの地へ降り立つ前からこの国を守ってきた神の末裔だ。そんな俺を東者呼ばわりとは…死して詫びたいという事か?」

「ひっ…!!?」

強面な口調で話しながら、サーベルの柄に手をかけようとする木戸の姿に、僧侶は怯える。

しかし、この隊長がサーベルを抜く事はなかった。ただ、本堂の方へと足を進めていく。

「ならば、住職が戻るまで待たせてもらおう。もし、力ずくで我らを追い出そうとするならば、こちらも正当防衛をさせてもらう」

僧侶が怯える中、そう言い放った木戸は部下を連れて本堂の方角へ歩いていく。

「あ…!!」

しかし、その姿を見た僧侶の表情(かお)が次第に青ざめていく。

「木戸隊長…。あの僧侶、何か隠しているのでは…?」

「なに…?」

青ざめる僧侶に気付いた園塚が、上司にこっそりと耳打ちする。

振り向いた木戸は、地面に座り込んでいる僧侶の元へ戻ろうとしたその時だった。


「隊長…あれ…!!」

「なっ…!!?」

針谷が声を張り上げたと同時に、本堂の一角にある障子が崩れ落ちるのを彼らは目撃する。

そこから見えた存在に対し、木戸は目を丸くして驚く。障子を見事に倒し、その上に倒れているのは、東京で見かけたことのある妖怪・髪切りだった。

「鳶…!!」

そこから更に、豆腐小僧の叫び声も聞こえる。

「…ちょっと!!さっきから、何様のつもりよ!!?」

安曇は、殺気だった声で叫ぶ。

その視線の先には、全身真っ白の小袖を身に着けて氷をまとう妖怪・雪女がいた。鳶は、この妖怪の攻撃を受けた事を意味する。

「…ふん。あの見越し入道に仕えていた妖怪だっていうから、如何なる奴かと思ったら…雑魚ね」

仰向けになって倒れている鳶に対し、雪女は吐き捨てるように言い放つ。

「何を申されると思いきや…今のが、彼の本気だとお思いですか?」

その発言に対して、最初に口を開いたのは歩純だった。

「仕えるべき相手を守りながら戦う…それだと、本来の実力(ちから)が出しきれないのを貴女は知らないのですね」

歩純は、相手を哀れむような言い回しをする。

仲間が侮辱されて黙っていられるほど、彼女も冷酷ではない。そのため、彼女なりに憤りを感じていたのだ。

「何にせよ、あの小娘がまだ戻らないというならば…その間、別の事をするだけよ」

そう口にした後、雪女は両手を振りかざす。

すると、掌から巨大な氷の塊が出現し、それが四方八方へと飛び散る。

「…っ…!!?」

その内の一つが、木戸らがいる場所の空中まで飛んできたため、一同はその場で目を覆った。

しかし、その氷塊が寺の敷地を出る事はなく、結界に弾かれて消えてしまうのであった。

「はっ…馬鹿ね。その結界は、あんたごときでは壊せないとは思うけど?」

それを音で感じた安曇が、皮肉めいた口調で雪女に啖呵をきる。

「…ただぶつけている訳ではないのよね。あら…」

不気味な笑みを浮かべる雪女だったが、すぐに視線を少し遠くに向ける。

「あら、珍しい人間が此度はいるのね」

笑みを浮かべながら木戸達を見下ろす雪女だったが、目は笑っていなかった。

「おい、お前ら」

「はっ…!!」

隊長の声を聞いた部下3人は、声をそろえて返事を告げる。

「どうやら、連中は…俺達が求める情報を持つ妖怪(やつら)の可能性が高い。…弱らせて、情報を得るぞ」

木戸は図太い声でそう告げながら、自身が持つサーベルの柄をゆっくりと抜くのであった。

 鳶も、これ以上の無茶をしたらまずいし…どうすれば…!!

3人の中で唯一戦える鳶が負傷してしまったため、自分はどうすればいいのか戸惑う正志郎。八那達に戻ってきてほしいとは思うものの、彼らの狙いが共に八那である以上、本当ならば戻ってくるのは最も良くない事だ。

「おい」

「ひ…っ…!!?」

気が付くと、正志郎の前にサーベルを右手に持った木戸が立っていた。

彼は、豆腐小僧にサーベルの先端を突き付けてから口を開く。

「髪切りに二口女と豆腐小僧(おまえ)…。どうやら、錦野八那や迦楼羅天がいないようだが…奴らはどこだ」

以前ほど殺気立ってはいなくても、鋭い眼差しで見下ろされているため、正志郎は怖くて仕方がなかった。

しかし、雪女の攻撃で負傷している鳶を殺らせまいと、鳶を隠すように立ち塞がる。

「彼を…退治しないで…!!」

体を震わせながらも、正志郎は木戸を睨み付けながら言い放つ。

サーベルを持つ警官は、その後ろで凍傷になって倒れている鳶に視線を向ける。そして再び、視線を正志郎に戻す。

「俺は、既に弱っている者を痛めつける趣味はない。…ところで、何故貴様らは、あの雪女に襲われていたのだ!?」

木戸は、口を動かしながら部下達が戦っている雪女の方を指さす。

 ど…どうしよう…!

この時、正志郎は迷う。

木戸達(かれら)は、八那を殺す事が目的だ。しかし、今の自分では木戸達も雪女も撃退する事はできない。意を決した正志郎の心臓は、大きく早く鼓動していた。

「た…多分、雪女の狙いは八那…。以前訪れた山で、彼女がぬらりひょんに目をつけられたから、おそらく…」

「…成程な」

所々で説明不十分な台詞(ことば)ではあったが、木戸は納得したように視線を上に向ける。

「へ…?」

正志郎は、その場で立ちあがった木戸を見て、声が裏返る。

彼は、豆腐小僧に目を暮れる事なく、周囲を見渡していた。

「その様子だと、錦野八那や迦楼羅天を待っているのだろう?ならば、今のうちに…この妙な気配の正体を探ってくるとしよう」

そう告げた木戸は、二口女や髪切りに目を暮れる事なく、その場を去っていった。

それを目の当たりにした正志郎は、安堵した事もあって深いため息を出す。

「でも、今の男が言うように…何か感じるのよね、口では説明できないけど…」

「安曇…」

すると、黙っていた安曇が口を開く。

「…正志郎さん。鳶さんを頼みます」

「歩純…!?」

その場を立ちあがって動き出そうとした彼女らを見た正志郎は、驚いた声で見上げる。

「奴が言っていたのもあるけど…私も、境内を探し回ってみる!」

「ええ。それに、少し嫌な予感がしますし…」

「うん…わかった。よろしくね!」

強くはっきりした声で正志郎が答えると、歩純は軽く微笑んだまま首を縦に頷く。

そして、二口女は鳶らをその場に残して、部屋を後にする。

「鳶…もう少し辛抱してね…!」

真剣なまなざしで鳶を見つめる正志郎の瞳には、決意ともいえる強いものをはなっていたのである。


いかがでしたか。

何だか、今回の章は結構ヒートアップして書けそうな気がします(笑)

前回に書きそびれましたが、住職が二口女達に「来ては駄目!」と言われたのは、仏教における考え方で、女人が仏のいる所に入れたくない!みたいな理由で二つに分けました。でも、こうやって戦える妖怪が一人になってしまってピンチ!!という展開に結びつけられたから、ある意味良かったのかも?

さて、次回はどうなるか…

八那達は間に合うか?

木戸が感じていたものの正体は??


ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします。


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