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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第六章 京の地に迫りくる脅威
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第十九話 由緒正しき鞍馬寺

今回から登場するサブキャラ

僧正坊:京都にある鞍馬山に棲む大天狗。外見は髭を生やした30代くらいの男性の姿をし、細かい気遣いや気配りができるおおらかな天狗。

宇摩:鞍馬山中腹にある鞍馬寺の住職。穏やかそうな笑みを浮かべる中年の僧侶で、寺の僧侶の中で唯一、僧正坊に会う資格を持つ

「あかんどす!これ以上先は…!!」

「あれは…?」

八那達は道中で、言い争っている数人の人間を見かける。

京都にある鞍馬山に登ろうとしていた八那達は、山道の入口付近までたどり着いていた。そこで言い争っているのは、山伏の格好をした一人の僧と、数人の警官であった。

「人間の警官が、鞍馬山に何の用があって来たのですかねー?」

「さぁ…」

すると、隣にいた歩純が私に声をかけてきた。

因みに、今この場にいるのは八那と歩純の2人だけである。それは人間を見かけたため、生粋の妖怪である正志郎や梓。迦楼羅や鳶は一旦、気配を消して隠れたからだ。最も、京の街は街中でも妖怪が普通に闊歩していたため、そこまでする必要はなかった訳だが――

二人が立ち尽くしていると、話を終えた数人の男女がこちらへ引き返してきたのである。

「ん…?」

すると、その内の背の高い青年――――妖怪討伐部隊である尊隊の一人・針谷が八那と歩純に気付く。

「どうしたんだい、お嬢さん。こんな町はずれで…」

「え…っと…」

突然声をかけられた八那は、声を上ずりながら針谷を見上げる。

 この男性(ひと)の顔、どこかで…?

少女はこの警官を何処かで見たような気がしていたが、どこで会ったかはまるで覚えていないようだ。

「もし登山をお考えなら、止めた方がいいですよ。鞍馬寺の僧侶に怒られてしまいますからね!」

「はぁ…。あれ、では今お話しされていた山伏って…?」

八那の恰好を見た女性隊員・瑠美奈が、彼女に進言する。

その台詞(ことば)を聞いた八那は、先程の僧侶が何者だか気付く。

「えぇ。先程の者は、山の中腹にある鞍馬寺の僧です。寺へ戻る途中だったのでしょう。…おや…」

察した八那に対し、眼鏡をかけた青年・園塚が口を開く。

その直後、園塚は歩純の方に視線を向ける。それとほぼ同時に、瑠美奈や針谷が彼女らの横を通り過ぎていく。

「貴女、隣に二口女がいますよ…。からかわれないよう、気を付けてください」

「…まぁ、退治するような妖怪じゃねぇから、俺らはこのまま帰るけどよ!」

園塚に続き、針谷も八那に対して忠告をしてくる。

瑠美奈は八那の顔を睨むように見ていたが、すぐに仲間たちの方へ視線を戻す。

「…あれだと、隊長が戻ってきたら説得してもらうしかねぇよな!」

「…えぇ。木戸隊長が戻り次第、再度ここに参りましょう」

「…だな」

そんな会話をした3人の男女は、そのまま町の方へと引き返していったのである。

「木戸って…もしや“あの人”…!!?」

「…八那…!?」

彼らの姿が見えなくなった後、黙っていた歩純は目を見開いて驚いている八那に気付く。

「おそらく、お前の読みはあたりだと思うぜ」

「迦楼羅…」

すると、今まで隠れていた迦楼羅が二人の前に姿を現し、歩純がその存在に気付く。

その後、梓や正志郎らも姿を現すのであった。


「尊隊…。東京には、そんな連中がいたのね…」

山道を登っていく最中、安曇がひとり呟く。

あれから、迦楼羅が東京で遭遇した木戸碧佐(きどへきさ)の事を知らない妖怪達へ説明していた。また、あれから独自で調べたのか、迦楼羅は何故か妖怪討伐部隊と云われる尊隊の存在も知っていたようだ。同時に、木戸が須佐之男命の末裔である出自も語った。

「って事は、その木戸とかいう野郎は八那の天敵…って所か」

話を聞いた梓が呟くと、迦楼羅は黙ったまま首を縦に頷いた。

「今遭遇した3人はおそらく、木戸(やつ)の部下だろう。この後に寺の僧侶と遭遇すれば何か言われるだろうが…あの場に留まり続けるよりはましだろうよ」

八部衆は、深刻そうな表情をしながら語る。

「でも、山の中腹にお寺があるのも不思議だよねぇ…!」

正志郎が周囲に生い茂る木々を見上げながら、そう口にする。

「鞍馬寺は、鞍馬山と強い結びつきがあるらしい。この山に棲む天狗は、この国に存在する天狗の中で最も長い年月を生きていると釈迦如来から聞いた事がある」

迦楼羅はそう説明するが、その先を掘り下げる者は誰一人としていなかった。

 釈迦如来の名を平然と出す…。やはり、迦楼羅(こいつ)は、神なんだな…

その思わぬ発言に対し梓は、改めて“神”として迦楼羅の事を認識したのである。


 うーん…案の定、妖怪を弾く結界が張ってあるな…

その後、鞍馬山の境内へ上り進めた八那は、周囲を見渡しながらそれを確信する。

頂上にいるであろう天狗・僧正坊に会うには必ず、鞍馬寺を経由しないと登り切る事は不可能に近い。しかし、霊力高い山で修行した僧が住む寺なので、全員で行くよりも唯一半妖である八那が出向き、お寺の住職に会って通行の許可をもらう必要がありそうだ。そのため、八那は独りで向かい始める。

「あの…」

「む…!!?」

八那が近くにいた僧に声をかけると、眉間にしわを寄せた状態で睨まれる。

しかし、己の目の前にいるのが若い娘と気付いた僧は、少し表情を和らげてから口を開く。

「お嬢はん。この寺は昨年から、庶民による参拝は禁止しています。もし、知らなかったならば、このまんま山を降りて戴ければ住職様には黙っておきますので」

丁寧な物言いではあるが、声音はどこか吐き捨てるように話す僧。

 うーん…“帰れ”って目で訴えかけているのがよくわかる表情…。でも、このまま引き下がる訳にもいかないし…

八那はこの僧に対し、何て言えば納得してもらえるのかを考える。

「さ…最近、僧正坊様からお告げとかって…何かありませんでしたか…?」

考えに考えて思いついたのが、今の台詞(ことば)だった。

「確かに、最近住職様が天狗様にお会いしたとか何とか…って…!!」

八那の問いかけを聞いた僧は、表情が次第に青ざめていく。

「貴様…もしや、人間に化けた妖怪か…!!?」

そう言い放つと、僧侶はいつの間にか身構えていた。

「ちょっ…!!?」

殺気すら放っているその姿に対し、八那は困惑する。

 どうしよう…!!今は話ができるのは、私しかいないし…!!

八那は独りで訪れていた事もあり、この後どうすればいいのかが考えつかなかったのである。しかもこのままだと、妖怪と勘違いされて退治されてしまうかもしれない。

「待ちなさい」

「住職様…!!?」

すると突然、僧を阻む声が聞こえ振り向くと、そこには50歳くらいの僧が立っていた。

僧侶の物言いや外見からして、この中年の僧が鞍馬寺の住職のようだ。住職は、自分が立っていた位置から一歩ずつ階段を下り、門下である僧侶の前に立つ。そして、立つなりすぐに、八那の顔を見つめたのである。

「酸漿色の瞳に、混沌とも云える霊力…。確かに、“あの方”がおっしゃった通り…!」

住職はそう告げると、僧に対して口を開く。

「この方は、結界を潜り抜けてきた妖怪ではおまへん。故に、皆には“僧正坊様の客が参られた”と伝えなさい」

「は…はい…!!」

住職にそう告げられた僧は、足早にその場を去っていった。

「あの…住職様…」

八那がその先をどう言おうか戸惑っていると、住職は穏やかな微笑みを浮かべてから口を開く。

「話は、僧正坊様から賜っております。この後、一時的に結界を解放させますので、お仲間も鞍馬寺(うち)へお連れしましょう」

「はい…わかりました…!」

この僧侶が事情を把握しているのを確信した八那は、安堵した事もあり、表情に笑みが戻ったのである。



「ったく…。他の奴らは兎も角、この俺様まで斯様な扱いを受けるとは…」

「まぁまぁ…」

その後、境内に入らせてもらえた八那以外の者達だったが、迦楼羅はどこか不機嫌そうだ。

そんな彼を、歩純が宥める。

 生粋の妖怪である僕らは仕方ないけど…神様である迦楼羅にとっては、屈辱だったんだろうなぁ…

そんな文句を口にする八部衆の横で、豆腐小僧は不意にそう思っていた。

迦楼羅とて馬鹿ではないので、鞍馬寺の僧侶達が凶悪な妖怪を警戒しているのは知っている。しかし、だからといって、神である自分まで妖怪みたいな扱いを受ける所だったため、不快に感じたのだろう。

「皆様…遠路からはるばる、よくお越しくださいました。あたしは、住職の宇摩と申します」

「錦野八那と申します」

住職が寺の客間に入ってくると、挨拶をしてきた。

それに倣って、八那も名を名乗る。

その後は、宇摩住職が何故、昨年より庶民の参拝を禁止し始めたのか。また、天狗に会う資格があるのは寺の僧侶の中では自分だけだという事も話してくれた。

「あたしの一族は古くより天狗様にお仕えし、そのお言葉を僧や民に説く役割を担ってまいりました。此度は、水神様の血を引く娘が、天狗様にお会いしに参るとの事どしたが…」

そう口にしながら、宇摩住職は八那をまじまじと見る。

「確かに、八岐大蛇や酒呑童子に通じるものを、その酸漿色の瞳から感じられますね…」

「御託はいい。そろそろ、僧正坊の所へ俺達を連れて行ってくれないか?」

「おぉ…これは、申し訳ございませぬ」

住職のゆっくりな口調に痺れを切らした迦楼羅は、相手を睨み付ける。

流石にこれをされた住職は、頭を深く下げて謝罪をした。

「ただ、非常に申し上げにくい事どすが…」

顔をあげた住職は、歩純や正志郎に視線を向けてから口を開く。

「ここは、京に遷都される以前からある由緒正しき寺。故に、ここから先に女子供が進むのは、どうかご遠慮願いたい」

「…じゃあ、あたしらはここで待っていろ…って言いたいの?」

住職の台詞(ことば)を聞いた安曇が不服そうな口調で問うと、そのまま首を縦に頷いていた。

 かったるいけど…あたしらが騒いで、八那(あのこ)に迷惑をかける訳にはいかない…か

 …仕方ないですよ、安曇。ここは京の中でもかなり大規模な寺でしょうし…

安曇や歩純は心の中で会話を交わすが、二人がこれ以上住職に文句を述べる事はなかった。

「では、八那と俺と迦楼羅が住職と上へ上り…歩純・安曇と正志郎と鳶は留守番…という事か」

話がまとまったと確信した梓が、不意に呟く。

「だな。それじゃあ、住職さんよ。俺らを僧正坊の所まで連れていってくれ」

「…畏まりました」

この台詞(ことば)を皮切りに、八那達は二手に分かれる事となる。


「では、あの結界は…僧正坊様が張られているのですね!」

「へぇ…俺はてっきり、あんたが張っているかと思ったが…」

その後、頂上を目指して歩き出した八那達は、寺に張られた結界の話をしていた。

普段は黙っている梓も、珍しく興味深そうに話を聞いている。

「僧侶一人一人も、ある程度の霊力を兼ね備えているようだな。最も、数人は邪念も感じるが…」

ずっと穏やかそうな笑みを浮かべる住職だったが、この迦楼羅の台詞(ことば)の直後、表情を少し曇らせる。

「やはり、迦楼羅天様はお気づきどしたか…面目ない」

「宇摩住職様…?」

表情を曇らせる宇摩住職に対し、八那は瞬きを数回する。

「俗世では、“戦争は終わったが油断はでけへん”と言うとる一方…僧侶にとって、戦争はまるっきし縁がない。…故に、修行がたるんでいるから、僧達が斯様な煩悩も持ち合わせてしまうのでしょうね」

宇摩住職は、ためいき交じりで迦楼羅が感じた邪念の事を語った。

 上に立つ者ってのも、気苦労が絶えねぇんだな…

迦楼羅は住職の話を聞いて、そんな事を考えていたのである。


「…つきましたぞ」

宇摩住職に連れられてたどり着いたのが、地面に杉の根っ子が大量に露出している道の前であった。

彼らの頭上には、樹齢数百年と思われる杉の木が聳え立つ。

「僧正坊様…鞍馬寺の住職が一人、宇摩でございます。客人をお連れしました」

『…うむ、ご苦労』

住職が杉の木に向かって深々とお辞儀をすると、どこからともなく声が響いてくる。

「…あれか…」

すると、何かが飛んでくるのに気が付いた梓が頭上を見上げていた。

黒い翼を羽ばたかせながら現れたのが、僧侶のように髪の毛はないが、30代くらいの男性の外見をした天狗がいた。

髭が少しだけ、あごから見えるといった具合だ。天狗が地面に降り立つと、我に返った八那はその場で跪く。

「お初にお目にかかります、僧正坊様。八岐大蛇の末裔にして、酒呑童子が娘・錦野八那と申します」

「うむ…長旅、ご苦労であったな。鬼の娘よ」

堂々と挨拶した八那を見た天狗は、その態度に対して満足そうであった。

そうして天狗の視線は、横にいた迦楼羅に視線を映す。

「貴殿が、迦楼羅天か…。葛葉より、話は聞いております」

「ん…?あぁ、あんたは葛葉(やつ)との顔見知りなんだな!」

天狗ですら敬語を使っているのに対し、相変わらず飄々とした態度で話す迦楼羅。

その態度を見た宇摩住職の表情が、少し曇る。

「…あぁ、気にするな宇摩。この方は、わたしの先祖に当たる御方。高圧的な物言いに比べれば、些細な事よ」

そう口にして、住職を宥めた。

 この天狗様…すごい、細かいところまで気が付く方なんだなぁ…

そのおおらかな態度に対し、八那は感心していた。

「では、本題である交わりの儀の件に移ろう」

「あ…はい!えっと、どうすればよろしいですか?」

僧正坊の台詞(ことば)を皮切りに、本来の話題へと移行する。

八那は、今回はどのような方法で交わるのかの返答を待っていた。しかし、話を切り出そうとした天狗の表情が曇りだした事に気付く。

「僧正坊様…?」

不思議に感じた宇摩住職が、天狗に声をかける。

「すまぬが、八那よ。交わりの儀を終えた後、そなたに頼みたい事があるのだが…よいか?」

「あ…はい!私でよければ…」

内容を聞く前に承諾してくれた少女を見た天狗は、少しばかり安堵していた。

その刹那、一瞬だけ視線が迦楼羅の方を向いたが、すぐに八那の方に視線を向ける。

「お察しの通り、我は西の妖狐・葛葉と旧知の仲でな。まぁ、同じ中立的な立場という事で何かと情報交換をしておるのだが…」

「それと八那(こいつ)に、如何なる関わりが…?」

それに対して、梓が問う。

「ここ数日前から、彼奴が行方不明になってしまってな。故に、そなたらに捜し出してきてほしいのだが…」

「えっ…!!?」

それを聞いて声を張り上げたのは、八那だった。

 両親の事を聞きたいと思っていたのに…行方不明!!?

そう考えていた八那の心臓が強く脈打つ一方、何か底知れぬ不安が彼女を襲ったのであった。


いかがでしたか。

今回からの新章。まだ序盤なんですが、小さく盛り上がっていたかんじですね☆

何せ、京都の鞍馬山及び鞍馬寺は、皆麻も実際に訪れた事あるからよく知っている場所。なので、書いていて楽しかったです!あと、住職らの台詞には、「京ことば変換システム」というオンライン上にある翻訳のを使用して書いております。

さて、次回はどうなるか…

交わりの儀はつつがなくおわりそうですが、そこでめでたしではなく…また、寺に留守番となった彼らもどうなることやら…


ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします!


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