第十八話 紅い翼はすべてを知る
翌日、相模坊の元へ集まった八那達は、二人を取り囲んでの儀式を開始する。
「では、これより交わりの儀を執り行う。…他の者は、周囲の警戒を怠るでないぞ」
「言われなくても…」
「聞こえておるぞ、小豆洗い!」
相模坊は周囲に警戒するよう呼びかけるが、何度も言われていたため、梓は不機嫌そうに独り呟く。
しかし、そんな小さな声ですら、天狗には筒抜けだった。
「気を取り直して…錦野八那よ。迦楼羅殿の羽根を、両手に持っておるな?」
「はい」
天狗が問うと、娘は少し前に迦楼羅の翼からもらった紅い羽根を見せる。
「では、始めよう」
羽根を目で確認した相模坊は、一瞬俯いた後に息を大きく吸った。
…歌…?否、詩吟か…
そんな考えながら見つめる八那の視線の先には、朗読の後に節調を加える芸能・詩吟のように吟ずる相模坊の姿がある。また、気が付くと迦楼羅から拝借した羽根が、詠う事による振動を受け止めているかのように見えた。そして、吟じ始めた直後に巨大な水柱の膜が相模坊と八那を覆い、外界と遮断した。
あ…
すると、無意識の内に瞳を閉じていた八那は、水が流れ出すイメージと共に今まで見たことのない光景がいくつも脳裏に浮かびあがってくる。
そこには、嵐の中で語り合うだけでなく、碧色の髪を持つ鬼や多くの鬼達が映っている。その中には当然、八那の父たる酒呑童子の姿もあった。
しかし、羽根から感じ取れる思念は、楽しい事ばかりではない。鮮明な映像ではないが、羽根の持ち主たる迦楼羅自身が感じた心の揺れ動きも、交わりの儀の最中に八那は感じ取る。
こんな、せつない想い…永きにわたる生の中で、こんなにも悲しい想いをしていたなんて…!!
溢れんばかりの感情に、八那の胸が締め付けられそうであった。
こうして、交わりの儀が順調に進む中―――――――――八那は大粒の涙を流しながら、水の神通力を相模坊へと渡していくのであった。
「ん…」
「お…?」
儀式を終えて意識を失った八那が次に目を覚ました時、彼女のすぐ近くにいたのが梓だったのである。
彼は八那が目を覚ました事に気が付いたようだが、その先は何も口にしない。
「梓…貴方が、私をおぶってくれていたの?」
「ん…」
意識がはっきりしてきた八那がそう問うと、梓は首を縦に頷いた。
「あ…八那さん、目を覚ましたですね!」
すると、梓におぶさっている八那に気付いた正志郎が下から見上げているのが目に入る。
「正志郎、周りに海が見えるという事は…」
「うん!相模坊様がね、“西へ行くならば早く海を渡った方が良い”とのお話だったんで、君が眠っている間に下山をし、海坊主に乗せてもらって英彦山へと向かっているんだよ」
「そっか…」
「…つーか、八那。目が覚めたんなら、自分で立て」
「あ…」
正志郎と話していると、それを見かねた梓が八那に対して早く自分から降りるよう促す。
その苛立った口調を聞いた八那は、すぐに彼の背中から下ろしてもらった。
「相変わらず…か」
八那は上空を見上げると、紅の翼で飛翔する迦楼羅が目に入る。
言うまでもなく、彼を肩に乗せるのは海坊主・凉が嫌がるからだ。
「八那…大事ないか?」
「あ…滻治!」
海面から現れて海坊主の肩の上に乗った河童は、少女が意識を取り戻したのに気付く。
「うん、大丈夫よ!…交わりの儀は成功した…んだよね?」
「あぁ!無論だ」
確認するように問うと、滻治は満面の笑みで答えてくれた。
「…相模坊曰く、必要以上の神通力が流れ出てしまったが故に、意識を失ったらしいぜ」
「流れ出た…」
滻治の台詞を聞いて、八那はその原因をすぐに理解する事ができた。
迦楼羅の羽から感じ取った思念…貴方は…どれだけの哀しみを背負って生きているの…?
瞳に涙をためながら、独り飛ぶ迦楼羅を八那は見上げていたのである。
その後、英彦山がある福岡に八那達は到達する。山伏が多く行き交う英彦山も白峰山のように霊気の強い山だった事もあり、無事に天狗と相まみえる事が叶ったのである。
そして、豊前坊との交わりの儀もつつがなく終わり、一晩過ごした後に再び本州へと引き返す事となった。
「迦楼羅…どうしましたか?皆を集めて…」
不思議に思った歩純が、迦楼羅に問いかける。
本来なら焚火の見張りをする者以外は、翌日に備えてすぐにでも床に就く。しかし、その前にと迦楼羅が全員を焚火の前に集めたのだ。
「あぁ。次なる土地へ行く前に…念を押しておこうと思ってな」
「念…?」
迦楼羅の言い回しを疑問に思った正志郎が、首を傾げる。
そんな中、彼が言おうとしている内容の大体を理解していた八那は、黙ったまま話を聞いていた。
「これから本州へ戻り、西の霊山…すなわち、愛宕・鞍馬・比叡へ向かう事になる。あの周囲はかつて、平らなる都があった京が近い。その分、天狗どもの霊力は強いだろうが…一方で、凶悪な妖怪が多く棲むと云われている」
「そういえば以前…あの辺りに現在、“破壊派”妖怪の根城があるという噂を耳にしたな…」
迦楼羅の説明に対し、梓が思い出した話を口にする。
「故に、そいつを肝に免じて行動してほしい。今のところ、正志郎と鳶だけが連中に顔が割れていないとは思うがな…」
「え…でも、ぬらりひょんや天邪鬼が現れた時も、僕はいたけど…」
「妖力及び、そのちびっこい体が連中には見えているようで見えていないんじゃないの?」
「えー…!」
「だって、本当の事で…」
正志郎の台詞に対し、安曇はからかっていた。
不満そうにする豆腐小僧に対して更に何か言おうとしたが、横にいた鳶に睨まれたため、途中で口を閉じたのであった。
何故、あの安曇が黙り込んだかと思ったが…きっと、そういう事だろうな…
安曇らが鳶に髪を切られた件を梓は知らないが、彼はこの時、今の成り行きについては、彼女らの髪の毛が関係しているのだろうと感じていた。
「あとさ…一つ提案してもいいかな?」
頃合いを見計らっていたのか、黙っていた八那が口を開く。
「京に行く傍ら…可能であれば、“葛葉”…っていう妖狐に会いに行きたいなと思うのだけど…いいかな?」
「…八那。所以を聞いても大丈夫?」
提案した八那に対し、歩純が理由を尋ねる。
彼女は首を縦に頷き、再び口を開いた。
「酒呑童子…私の実の父親の事…何かわかるのかなって」
「行くのはいいが…居所を知っているのか?」
「ううん…ただ、葛葉は確か、平らな都があった時代からいると云われる妖狐。…鞍馬や比叡の天狗様に聞けば、何かご存知なのかと思って…」
「…成程な」
話す八那の横で会話に梓が入ってくるが、彼女の具体的な話を聞いて納得したようだ。
「奴ならば…僧正坊が居所を知っているはずだ」
「迦楼羅…?」
迦楼羅の声が聞こえ、全員の視線が彼に向く。
もしかして…葛葉に会った事あるのかな?
八那は、迦楼羅を見つめながらそんな考えが頭に浮かぶ。
「京は好戦的な妖怪だけでなく、永く生きる妖怪もいる。それこそ、八岐大蛇がいた出雲に負けじ劣らず…な」
「ほぇー…」
瞳を細めながら語る迦楼羅に、口をぽっかり開けたまま返事する正志郎。
「…兎に角、話はここで終いにして…順に床へ就こうぜ。…梓の野郎が眠そうだし」
「ありゃりゃ…」
不機嫌そうな声で視線を傾けた先には、今にも寝落ちしそうな梓が座っていたのである。
本当、小豆を磨ぐ時以外は集中力ないんだなぁ…
その事態は、彼より幼い妖怪たる正志郎すら呆れていたのである。
「…そうだ。迦楼羅」
「あん?」
梓が先に寝付いた後、安曇が迦楼羅に声をかける。
「たまには、あんたが先に寝なさい」
「…えぇ。今宵は風がない故、先に眠りについても問題なさそうですしね」
「歩純はともかく…安曇。お前からそう声かけてくるとは、思わなかったな…」
あまりの意外性に、迦楼羅も少しだけ戸惑っていた。
「…じゃあ、お言葉に甘えるとするさ」
そう二人に告げた迦楼羅は、炎を自らの神通力で少し強め、紅い翼で自身を覆う。
「…即刻寝たわね」
「やはり…疲れていたのでしょう」
「何だかんだで…一番頑張っているもんね、この二人は…」
すぐに眠りについた安曇らの横に、正志郎が座る。
「あら…正志郎、起きていて大丈夫なの?」
歩純は、いつもは先に眠る正志郎に尋ねると、彼は首を縦に頷く。
「ほんの一刻だけ…たまには僕が少し起きて火の番をして、鳶を寝かせてあげようかと思って…」
「…成程ね」
彼らと少し離れた場所にいつもいる鳶に視線を向けると、彼も先に眠りについていた。
こうして寝息を立てて眠る八那や梓がいる中で、起きている妖怪達は焚火の番をしていたのである。
これが、彼らにとって最も安心して休めた一時だったのかもしれない。
いかがでしたか。
今回でこの章は終了で、次回が新章となります。
この章は書きたかった迦楼羅と酒呑童子の話。また、京都より西の地域を先に終わらせる意味もあって執筆してきた章。福岡の英彦山なんて、今回の話で終わらせちゃいましたしね(笑)
というのも、物語の展開的にも、関西に人が集中する予定につき(苦笑)
因みに、今回ちょこっとで終わった英彦山ですが…。
山伏の事を書いたのが、この山では修験者が多く行き交う修験場として知られている山という事もあってです。先日、正月のTVで見かけたので記憶に新しい…
それでは、ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします!