第十五話 海を経て四国へ
この回から登場するサブキャラ
相模坊:白峰山に棲む天狗。永きにわたり崇徳上皇の御霊を鎮め、守護してきている関係で地元の人間には知られている。性格は真面目だがマイペースな一面もある。
滻治:相模坊に仕える河童。気さくなタイプだが、相反する属性を持つ迦楼羅に対しては冷たい。
凉:海坊主で、滻治と共に相模坊に仕える妖怪。言葉は滅多に話さない上、その言葉を理解できる妖怪は少ない。今のところ、彼の話を理解できるのは鳶のみ。
「これが琵琶湖…やはり、かなり大きいのね!」
「日の本で、最も大きいと云われている事だけあるね…!」
比良山地を降りた私達は、日本で最も大きい湖とされる琵琶湖のほとりにいた。
初めて目にした湖に対し、八那や正志郎の心は踊る。
「豆腐小僧はともかく…本当、餓鬼みたいな女…」
「ちょっと、梓。聞こえているわよ!?」
後ろの方で梓が呆れていたが、彼女は耳が良いらしく、今の台詞は聞こえていたのである。
一方、彼らがこの巨大な湖を訪れたのには理由があった。
「次郎坊の話だと…報せを受けた相模坊の部下が、そろそろ到達するはずだが…」
誰かを探す迦楼羅は、周囲を見渡していた。
「相模坊様に仕える妖怪って所でしょうか?」
「みたいね。って…歩純。あんたが向いている方向にいる、“あれ”じゃない?」
安曇や歩純が話す中、安曇は何かを見つけたようだ。
「そういえば、大きくてぼんやりとした水の妖力を感じるけど…」
何かを感じ取った八那も、歩純らが向いていた方向へと歩いていく。
「あ?あんたがもしかして、大蛇の末裔?」
「貴方は…河童?」
八那が岩陰の方に歩いていくと、顔が真っ黒な海坊主と、水面上に立つようにして河童が隣にいた。
「わ…河童に海坊主!初めて見たなぁ…!」
声に気付いた正志郎達が、彼女の側へと駆けだしてくる。
そんな中、迦楼羅の姿を目にした河童が眉間にしわを寄せる。
「炎の鳥…か。どうやら、相模坊の言う通りみたいだな…」
八部衆を見るなり、河童は嫌そうな顔をしていた。
そんな彼らにかまう事なく、鳶が海坊主と何か話していた。
「え…鳶、海坊主が言っている言葉がわかるの?」
鳶から話を聞いた正志郎が、彼らを見上げながらそう述べる。
「へぇ…凉の言葉が理解る妖怪か…久しぶりに見たな!」
鳶や正志郎のやり取りを聞いていた河童が、二人に対して感心していた。
「で…えっと、貴方は…」
「あぁ、悪い悪い!白峰山の天狗・相模坊から話は聞いているぜ!俺は、河童の滻治。お前らを天狗の元へ連れて行くために、参ったぜ!」
河童は八那の前に立ち、挨拶をする。
その後、すぐにその場で跪く。
「そして…俺らは、水を司る妖。有事の際は、お前に従おう。太古の水神・八岐大蛇の血を引きし鬼の娘に…」
真剣な表情で八那を見上げる中、彼女は黙ったまま彼らを見下ろしていた。
成程…これが、ぬらりひょんの奴が申していた話の真意か…
その光景を後ろから見守っていた梓は、ふとそんな事を考えていたのである。
その後、八那達は海坊主の肩の上に乗り、琵琶湖から香川の方へ向かっていた。
「にしても、迦楼羅…大丈夫かな?」
「奴は、仮にも八部衆なんだろ?長時間飛ぶくらい、訳ねぇだろ…」
独りだけ空を飛んで移動する迦楼羅を見上げながら八那が呟くと、滻治が嫌味っぽく答える。
「相反する属性とはいえ…そこまで嫌うものなのですか?」
やたら迦楼羅に冷たくする滻治に対し、歩純が問う。
「相模坊の命でなければ、近くで飛ぶ事すら許さねぇ…。相反する属性の妖怪ってのは、ほとんどがお互い関わろうとしないのが普通だ」
「でも、私も一応水の属性だけど…あまり、迦楼羅に対して嫌なかんじはしないけどね…」
河童の台詞に対し、少女は腕を組みながら考える。
「あんたは、特別…じゃね?」
「梓…」
肩の端っこの方で寝転んでいた梓が、不意に会話へ入ってくる。
「…だろうな。水神と西の鬼…。そして、人間の血を引くわけだ。しかも、これまで人里にいたというなら、尚更だな」
「もしかしたら…逆に迦楼羅こそ、八那に対して抵抗はなかったのかなー?」
「…っ…」
会話が進む中、正志郎の何気ない呟きに、八那は動揺する。
「むぐぐっ!!?」
「安曇…!?」
気が付くと、八那の視界には歩純の髪の毛で口を塞がれた正志郎の姿が映っていた。
「あ…八那、安曇が少し遊んでいるだけみたい…」
安曇が何故口を塞いだのかに気付いた歩純は、八那らを宥めた。
「あんた、餓鬼とはいえ…ちょっと朴念仁すぎやしない?」
「へ…」
一方で、自分の元に手繰り寄せた安曇は、正志郎の耳元に小声で話す。
絶対にこの餓鬼、迦楼羅が八那に惚れているのを気付いていないわね…
言葉の意味を理解していない正志郎を見た歩純は、安曇にそれを心の中で告げると、彼女は呆れていた。
数時間後――――――琵琶湖から白峰山がある香川県東部の海岸にたどり着いた八那達は、そこから更に五色台へ向かうために一旦休憩をしていた。
「迦楼羅、大丈夫?」
「あぁ、まぁ…な」
少し息切れして羽を広げて座り込んでいる迦楼羅の隣に来た八那は、彼の側で座り込む。
「だが、俺が無理やり海坊主の肩の上に乗って奴が暴れでもしたら…お前らが落とされかねない。梓はともかく、お前とかは泳げないだろ?」
「私…?でも多分、海水は私を沈めるような事はしないと思うけど…」
そんな事を話しながら、二人は黙り込む。
「そういえば…」
「八那…?」
数秒ほど黙り込んだ後、八那が口を開く。
「そういえば、本来なら比良山から行く場合、京にある山の方が近いわよね?何故、先に香川へ来たの??」
八那は移動中にずっと考えていた疑問を、迦楼羅にぶつける。
それに…隆二さんが言っていた葛葉という妖狐にも、早く会ってみたいし…
八那はそんな事を考えながら、迦楼羅からの返答を待つ。
「んー…敢えて所以を述べるならば、京の都周辺の山々は元々、近い距離で大天狗が複数棲んでいる。故に、後に回してもいいかな…って考えただけだな!」
「えー?何それー…!!」
「それに、これを機に英彦山がある南の地を行けそうだし…」
八部衆の少し雑な返答に対し、少女は不満があるようだ。
それに…京は酒呑童子との思い出深い地という事だけでなく、嫌な想いもしたからな…。だが、“それで行きづらい”と、八那には言えないな…
雑な返答をする一方、迦楼羅の中では複雑な想いが交錯していたのである。
「おい!そろそろ、出発するぞー!!」
「あ…はいっ!!」
迦楼羅がその先を口にしようとすると、河童からの呼び出しによって遮られてしまう。
声に気付いた八那はその場で立ちあがり、八部衆の方を振り返る。
「じゃあ、早い所、西に地にいる天狗の元を訪れて、京にある鞍馬や比叡に行きましょうね!」
明るい笑みを見せた八那は、そのまま仲間たちが待っている方角へと駆けだしていく。
「あんたの娘は…お前が殺された経緯を知ったら、如何に思うのだろうな?」
八那の背中を見つめながら、迦楼羅は独り呟いていた。
「すごく…空気が澄んでいるなぁ…!」
その後、五色台の西端にある白峰山に一行はたどり着く。
今の台詞は、八那が周囲に木々を見て口にした感想だ。因みに、山の上までは海坊主に乗って登る事は不可能なため、滻治を含む複数の河童の背に乗せてもらい、川を伝って登ってきた次第だ。
「流石…って所か。ここの大天狗・相模坊は、永きに渡り人間の御霊を清め守り続けているからな!その影響で、空気が澄んでいるって訳だ」
「人間と…深い関わりがある天狗…っつー事だな」
「ん?…あ、あぁ…」
滻治が八那に説明していると、不意に迦楼羅が会話に入ってくる。
その深刻そうな表情に対し、流石の河童も挙動不審になっていた。
迦楼羅の奴…もしかして…
一連の会話を後ろで眺めていた梓は、ふと何かを思いついていたのである。
「おお、滻治。ご苦労であったな」
「いいって事よ!」
頂上にたどり着くと、そこには下界を見下ろす天狗の姿があった。
天狗は、客人を連れてきた河童に礼を述べる。
「相模坊様…。次郎坊様から聞いているとは思いますが、八岐大蛇の末裔にして酒呑童子が娘・錦野八那と申します」
「ほぉ、そなたが…」
八那の名乗りを聞いた相模坊は、まじまじと彼女を見つめていた。
…外見は綺麗だけど、生真面目なかんじの天狗ね…
確かに…
天狗を目に歩純や安曇は、そんな会話を心の中でやりとりしていた。
「にしても、あんたの部下は水の妖怪が多いんだ?」
「ん…?あぁ、そうだな。この地は他の天狗が棲む山と比べ、海に囲われている山地。故に、水の恩恵を強く受けているのだ」
「だから…彼らは私に対して好意的…という事ですか?」
不意に呟いた梓に相模坊が答え、会話は八那まで続く。
彼女の問いかけに対し、天狗は首を縦に頷いた。
「故に、有事の際は、わたしの手下達を使っても構わない。水神の娘よ」
「有事…?」
「必要であれば…な。だが、人の世で生きてきたそなたにとって、戦は無縁か…」
天狗はフッと嗤うが、八那は複雑そうな表情を浮かべながら俯いてしまう。
「…それよりも、あんたの場合は如何なる交わりの儀になるんだ?」
「…!そうか、お主が八部衆の…」
迦楼羅が突然、会話に入り込んでくる。
少し苛立った視線で見ていたが、天狗は全く動じていないようだ。
そして、天狗は視線を八那に向けながら、話を続ける。
「わたしの場合、己以外の羽を媒介とし、娘にそれを握ってもらえばすぐにできる。しかし、並の鳥ではできぬ訳だが…」
「因みに…髪の毛のような素材は駄目ですかね?」
不意に歩純が話に入ってくると、天狗は首を縦に頷いた。
「あぁ。主を保護した、法印坊とは違うのでな」
「二人の事も知っているんですね…」
相模坊の台詞を聞いた正志郎が、天狗の情報網に対して感心していたのである。
「…迦楼羅の羽なんかが、ちょうどいいんじゃねえの?」
「あ…!」
一同が考える中、梓の発言に対し、全員が目を丸くした。
「そっか…迦楼羅って、元は天狗の祖先にあたる神様よね?その羽だったら、使えそうなのでは…?」
「ん…?あぁ、まぁ1枚や2枚くらいなら構わねぇが…」
迦楼羅は、八那に見つめられた事で我に返る。
どうやら、一人で考え事をしていたのか、上の空のようだった。しかし、話が通じるのを見る限りでは聞いていなかった訳ではなさそうだ。
「そうですね…なかなか霊力を持つ鳥は多くない。そなたらも、時を無駄にしたくないであろうし、迦楼羅殿の羽を拝借するのが良かろう」
二人の会話を見ていた相模坊も、納得したような素振りを見せる。
「だが、この後は逢魔が時だ。故に、一夜明けてから交わりの儀を執り行う」
相模坊からそう言い渡された八那達は、一つの洞穴にて夜を明かす事となった。
普段はどちらか一方が起きているが、今宵は歩純・安曇の両方ともが先に眠りについていた。そのため、火の番で起きているのは、迦楼羅と鳶のみである。
「迦楼羅…」
「八那…お前は、寝ていなくては駄目だろ…」
焚火の前に座っていた迦楼羅の横に、起き上った八那が寄ってくる。
「ん…ちょっと、目が覚めちゃってて…。多分、今回は海坊主や河童といった…自分の眷属に当たる妖怪達と一緒だったからかな?いつもよりは、あまり疲れていないというか…」
「…成程な。確かに、俺も不知火とかと相まみえた際は気楽だったしな」
「私は…大丈夫なの?」
「…っ…!!」
八那の台詞に納得していた迦楼羅だったが、彼女から見つめられた途端、一瞬だけ動揺する。
「全く問題ないと申せば嘘になるが…大丈夫。俺は炎の属性とはいえ、“神”だ。それ以外の属性を持つ神通力だって持つし、こうやってお前とくっついても大丈夫なんだよ!」
「あ…」
迦楼羅は口を動かしながら、八那の体を手繰り寄せる。
八那は頬を赤らめたが、それは迦楼羅も同じだった。しかし、二人共焚火の方を向いているだけでなく、八那の体は彼の紅い翼に覆われている事もあり、お互いの表情は見えない。
「いずれにせよ…」
沈黙が数秒続いた後、迦楼羅が口を開く。
「いずれにせよ、明日の交わりの儀で視えちまうし…いいかな」
「迦楼羅…?」
独り呟く姿に対し、八那は首を傾げる。
すると、八部衆の真剣な瞳が少女を捉える。
「天狗と同じように、俺の翼も神通力の結晶みたいなもの。故に、交わりの儀でお前が触れれば、俺の記憶が視える可能性が高い…。それに、いい機会だし話してやるよ」
「それって、もしかして…」
八那がその先を言いかけると、迦楼羅は首を縦に頷いた。
「…あぁ。お前の父・酒呑童子と俺が如何にして出逢い、過ごしたかの話だ」
迦楼羅が口にしたこの台詞を皮切りに、八那は己の父・酒呑童子の事を知る事となるのであった―――――――――
いかがでしたか!
ここから新しい章ですが、少し休憩的な意味合いと、やっと酒呑童子と迦楼羅の話に持っていけそうな章となっています!
山巡りとしては確かに関西が先にありますが、西は福岡もあるし、迦楼羅が言っていた台詞も然りで、今回は四国を舞台としました。
文中であった相模坊の件で…
まえがきにも書きましたが、相模坊は崇徳上皇と深い関わりを持つ天狗。
彼の生前及び死後もその御霊を鎮めてきたと資料にあったため、それを踏まえて「人間の関わりの深い天狗」と迦楼羅に言わせた次第です☆
さて、次回は過去のお話になるでしょう。
それでは、ご意見・ご感想があれば宜しくお願いいたします!