第十四話 目的への道標
今回から登場するサブキャラ
瑠美奈…木戸が指揮する妖怪討伐部隊・尊隊の一員で、唯一の女性隊員。
思慮深い一面を持つ。
針谷…尊隊の一員。陽気で好奇心が旺盛。妖怪を”悪”とみているというより、仕事を通じて様々な妖怪と巡り合えるのが楽しくて、部隊に所属している。
園塚…尊隊の一員。眼鏡をかけた青年で、性格は冷静沈着。
物事に対して、少し意味深な言動をする事が多い
「隆二…」
「おや、梓…。どうしたのですか?そんなに不安そうな表情をして…」
陽が上ってから数時間後、眠りについていた隆二が目を覚ました。
「お主は、鉄鼠による攻撃を受けた後、気絶して眠りについておったのじゃ」
「次郎坊様…」
起き上がった隆二は状況が飲み込めていなかったようだが、そんな彼らの近くに次郎坊が寄ってくる。
「梓…わたしは半妖で、普通の人間よりは体が丈夫なのです。これくらい…っ…!!」
あまりの表情に見かねた隆二は平気そうな素振りを見せるが、やはり完治していないせいか、苦痛によって表情が歪む。
「無理は駄目ですよ、隆二さん!次郎坊様が治癒してくれたとはいえ、完全に傷が癒えた訳でもないんですから…」
「八那さん…」
心配そうな表情で話す八那を見て、隆二は友人以外の者たちが近くにいた事を悟る。
「それにしても…あんたがあの玉藻前の末裔だったとはね」
「ちょ…安曇…!!」
不意に安曇が呟くが、それが“口にしてはいけない事”と知っていた歩純が制止しようとしていた。
「よいですよ、歩純さん。わたしは構いません」
しかし、隆二はその発言に対して怒る事はなかった。
「玉藻前っていやぁ、確か…」
「白面金毛九尾の狐が化けた、絶世の美女とか云われた妖怪だ」
迦楼羅がその説明をしようとすると、黙っていた梓が口を開く。
「…えぇ。まぁ、わたしの事はさておき…」
友人の台詞を聞いて一息ついた隆二は、天狗の方に向き直る。
「次郎坊様、此度はわたしの傷を癒して戴き、ありがとうございました。故に、重ね重ね申し訳ないのですが、本題を終えた後に下山させて戴きたく存じます」
「その事なのじゃが…」
隆二が“妖気を隠す術をかけてもらう”という本来の用事を切り出そうとするが、次郎坊は少し言いづらそうな表情で目を泳がせていた。
「おい、迦楼羅」
「あ…?」
すると、不意に梓が迦楼羅に声をかける。
壁に寄りかかって立っていた迦楼羅は、視線を彼らの方に落とした。それを確認した梓は、ゆっくりと立ちあがってから洞の入口の方へと歩き出してから八部衆の方を横目で見る。
「お前に少し話がある。…こっち来てくれ」
「あぁ…構わないが…って、おい!!」
一言口にした後に梓は洞を出ていってしまったため、迦楼羅はすぐにその後を追って行ったのである。
「そうだ、隆二よ。お主が気絶している間に起きた出来事を、まずは語ろう。本題はそれからじゃ!」
「あ…そうですよね、わかりました」
天狗が話を切り替えると、隆二はすぐにそれに対して応じたのである。
迦楼羅が洞の外に出ると、その視界には比良の山々が広がっている。
彼らがいた洞は山の崖に沿った場所にあるもののため、そこから山々や周囲を取り囲む琵琶湖等がよく見えるのだ。そして、梓はその崖の頂上らしき場所に座り込んでいた。
「話って、何だ?」
“こいつは高い場所が好きなんだろう”と考えた迦楼羅は、黒い翼を羽ばたかせて、梓の元へ行ってから口を開く。
「お前は、あの爺…ぬらりひょんとかいう野郎の事を、どれだけ知っている?」
「どれだけ…か。あまり詳しい訳ではないが、頭は切れるらしい。歩純も言っていたが、鉄鼠が最初お前を狙っていたのは…標的の仲間を弱らせて捕えた後、本来の標的である隆二に脅しをかけようとしたって所だろうよ」
「成程…」
「そうだ。あと、八那も言っていたが…ぬらりひょんの妖力は、あのがしゃどくろも上回っている」
迦楼羅の話に対し、瞳を細めつつも梓はしっかりと聞いていたのである。
「俺は…小豆を洗う事しか脳がない妖だが…隆二と出逢った事で得られたものもある。そして、あいつが俺を庇って怪我した事で、鉄鼠やそれを従えている奴らに対して、どす黒い何かを感じた…」
そう語る梓の瞳は真っ直ぐと、山々の景色の方を向いていた。
山に引きこもっていた妖怪が、半妖と出逢う事で、人間のような感情を持ち始めた…そんな所だろうな…
梓の表情を横で眺めながら、迦楼羅はそんな事を考えいていた。
「てめぇは…そのどす黒いものを感じてから今…何をどうしたいんだ?」
「なに…?」
「人間でいうところの…それは、“怒り”という感情だ。梓、てめぇは友人を傷つけられた事に対して怒っている。…だが、仕掛けた相手をどうするかは、お前の発言次第という訳だ。わかるよな?」
「仕掛けた相手に対して…」
迦楼羅の台詞に対し、梓は視線を下に落としながら黙り込む。
数秒の間だけ、彼らの間に沈黙が続いた。しかし、それも梓自身の手によって終わるのである。
「確か、お前の連れ…八那だったか。あの女は、各地に点在する天狗の元を訪れる旅をしている…だったな?」
確認するように梓が問いかけると、迦楼羅は黙って首を縦に頷いた。
「なら、お前らの旅に俺が同行すれば…おのずと、連中と接触し…俺がぬらりひょんを倒せる可能性が高くなりそうだな」
「…あぁ。奴の言動からして、八那が目をつけられたのは確実だろうからな」
梓が決意を秘めた眼差しをする一方、迦楼羅は複雑そうな笑みを浮かべる。
一方、八那達の方では、次郎坊が隆二に事の次第を伝えていた。
「成程…わたしが気絶している間に、そんな出来事が…」
隆二が独り呟く姿を、八那達は見守っていた。
「また、陽が昇った直後…鳥の目を使って麓にある人里を調べさせた結果、村人達はがしゃどくろの出現に怯えていたようじゃ」
「確かに、そんな出来事があった直後に隆二が戻れば…。村人に怪しまれる可能性が高いわね」
話を聞いていた安曇が、次郎坊の提案に頷いていた。
というのも、小さな山くらいの大きさはあるがしゃどくろは、多少離れていても見える人間にとっては目撃しやすい。次郎坊は隆二に対し、「ほとぼりが冷めるまで村には戻らず、比良山地に留まるように」と提案したのである。
「それでは、しばらくご厄介になります」
「…なに。以前、暴走しかけた事を思えば、大した事ではない」
隆二が深々とお辞儀をすると、天狗は満足そうな笑みを浮かべる。
「時に、八那さん」
「あ…はい!」
隆二に名前を呼ばれた事で、八那は我に返る。
「貴女が、酒呑童子の娘と迦楼羅殿から聞いて思い出したのですが…」
「え…?」
酒呑童子の名前が出た事で、八那は瞬きを数回して驚いていた。
「亡き両親から、聞いた事があります。妖狐族の内、東はわたしの先祖・玉藻前が強き者と云われる一方、西は葛の葉という女狐が名をはせているそうです」
「それって…安部晴明の母親と云われている…?」
隆二が八那に対して語る一方、会話に入り込んできた正志郎に対し、半妖の男は黙って頷いた。
「葛の葉は、西…主に現在の大阪や京都を縄張りとし、持ちうる智慧も多く聡明な狐とのこと。八那さん…貴女のお父上の事も、何か知っているかもしれません」
「あ…!」
八那は、彼の台詞を聞いて気が付く。
自分が父親について知りたがっているのを、彼は解っているのだと――――――――
こうして、今後の旅の途中で行くべき場所が決ます。そして、八那達の旅にもう一人、新たな仲間が加わる事となる。
時同じ頃、東京府・有楽町にある府庁舎にて――――――――
「木戸隊長!」
「瑠美奈か。どうした」
府庁舎の廊下にて、木戸 碧佐は警官の服を着た女性に声をかけられる。
女性は周囲に人影がないか見渡した後、木戸の近くに寄って小声で話す。
「上層部から、我ら尊隊の出動命令が下されましたが…今回は、大規模な捕り物なのですか?」
「…何故、そう思う?」
上官からそう問い返され、瑠美奈は少し口を濁しながら間をおく。
「大した事のない妖怪が対象であれば、一人や二人の出動で間に合うはず…。しかし今回、妖怪討伐部隊とはいえ、我ら尊隊全員が出動を命じられたので、それ故…です」
「あぁ…」
部下の答えを聞いた上官は、淡々とした返事ながらも納得していた。
「聞くところ、ここ数年において…妙な動きをする妖怪達がいるとの事だ。大体の想像はつくが…」
「妙な動き…?」
「妖怪共にも派閥がある。中でも、ぬらりひょん率いる“破壊派”の存在は、お前も存じているな?」
「はい、心得ております」
木戸の視界にその女性が入ってくると、瑠美奈はまっすぐに立ってはっきりと答えた。
「いずれにせよ、西には“神”とも謳われた妖怪が多い。故に、その調査も兼ねているのであろうな」
「成程…木戸隊長、ありがとうございます!」
上官にお礼を述べた後、瑠美奈はその場を去っていった。
例え女子の姿をしていようとも、八岐大蛇の末裔である事に変わりはない…。その実子・酒呑童子の事もあるだろうし、遅かれ早かれ…錦野八那は、京に現れるであろうな…!!
今回、妖怪討伐における調査として西へ向かうことになる木戸だったが、宿敵・八岐大蛇の末裔である八那を倒すためにも、今回の出動は好都合と考えているようだ。
木戸が一人府庁舎を歩き回っていた一方、瑠美奈を含む彼の部下たちは、上官である木戸について話をしていた。
「木戸隊長…今回の出動命令、やけに張り切っているように見えるな!」
「やはり、貴方にもそう見えますかね…」
背の高い青年・針谷が不意に呟くと、瑠美奈はため息交じりで答えた。
「だが、そういった状態を見れば…木戸隊長がスサノオの生まれ変わりという話にも確信が持てる」
「園塚…」
二人の男女が会話する一方、壁際に立っていた眼鏡をかけた青年が呟く。
「スサノオとは、荒ぶる神であり、人間の性を色濃く現す象徴。己以外の存在を危惧して滅ぼそうとする様は、人間とそう大差ない」
「そうね…けど、私達だって人間だし、妖怪を“悪”と定めているからこそ…この仕事をこなしているのでしょう?」
「…まぁな」
二人は会話に矛盾が生じているのを感じながら、問答を続けていた。
「いずれにせよ、隊長と行動を共にしていれば…おのずと、強い妖怪に巡り合えるって訳だ!」
そう得意げな声で話す針谷の手には、指で回転している警察帽が存在している。
八那達一行がこの政府直轄の妖怪退治部隊である尊隊と対峙する日は、一刻一刻と近づいているのであった。
いかがでしたか。
ここでひとまず、この章は終了。やっと、主要登場人物がそろったかんじですね☆
歩純・安曇らは天狗の命令で仲間に加わったので、梓はまた違った目的で仲間になってくれればな~と考えながら書いた今回。
最後の方に出てきた尊隊の面々については、今後どう活躍するのかは、まだ検討中。また、こういった仕組みは多分、最近見ているアニメ「終わりのセラフ」の影響があるかもしれません(笑)
さて、次回ですが…
八那達による天狗のいる山めぐりはまだ続きます。葛の葉とも会わなくてはいけないですが、大天狗がいる山はまだたくさんあり…どこから先にいこうか、構成をまとめ中。
それでは、ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします。