第十三話 疾風のごとき妖怪達の乱舞
この回から登場するサブキャラ
★ぬらりひょん…日本に棲む妖怪の中で”破壊派”という人間を滅ぼそうと考える妖怪達の棟梁。豪華な小袖を身にまとい、長い煙管を愛用している。どんな能力を持つ妖怪かは謎。
●鉄鼠…かつて天皇に仕えていた高僧の怨念が化けた妖怪。牛くらいの大きさがある鼠で、石の体と鋭い鉄でできた牙を持つ。体の割に素早い。
●がしゃどくろ…人間を食べる巨大な骸骨。ぬらりひょんの配下で、彼が移動する際はその掌に乗せて共にいく
●雪女…ぬらりひょんの配下の女妖怪。迦楼羅の炎と互角ともいえる氷の能力を持つ
「君…何故、こんな事を…!!?」
隆二が怪我をして動揺しているのか、いつもはおとなしい正志郎が声を荒げていた。
「キキッ、馬鹿な奴!誰かとも知れぬ小僧に、俺っちの目的なんざ教えられるかよ!!」
しかし、鼠の妖怪は彼の台詞に対し、馬鹿にするような口調で答える。
「誰の差し金かは、おおよそ察しが付くが…念のため、焼き鼠にでもする途中で教えてもらおうじゃねぇか…!!」
少し意地悪そうな笑みを浮かべながら、迦楼羅は妖怪へと立ち向かうのであった。
「鳶…僕はいいから、迦楼羅に加勢してあげて…!!」
普段は離れている鳶も、この時は正志郎の前に立ちはだかって彼を守っていた。
しかし、当の主人が守りよりも味方への加勢を望んだため、首を縦に頷いた鳶も、迦楼羅のいる方向へと走っていく。
「…っ…!!」
「このかんじだと、命に別状はなさそうだが…。まずいな…わたしはまだ神通力が使える状態ではないが…」
隆二が梓の腕の中で苦しむ中、背中に触れた次郎坊が、唇を噛みしめる。
「あいつは確か、人間の僧が怨霊化した“鉄鼠”。何故、奴は小豆洗いを狙ったのかしら…?」
その側では、しゃがみこんだまま敵を観察する歩純と安曇がいた。
どうしよう…どうすれば…!!
八那は、自分がどうすればいいのかわからず混乱していた。
迦楼羅のように敵を滅ぼせる程自分の妖力を制御できる訳でもなく、次郎坊のように味方を治癒する術を持っている訳でもない。
「え…」
しかし、不意に梓を見た途端、己の視界が赤くなる。
「…っ…!!?」
隆二を見て茫然としていた梓だったが、何かを感じ取ったのか、八那の方を見た途端に目を丸くして驚いていた。
感じる…彼…梓の内に眠る、水と似たような妖力…!!
しかし、八那は威嚇をしている訳でもなく、彼をただ見て観察していた。
「お願い…貴方の力なら…必ず、敵に勝つことを約束して」
「…あぁ」
この瞬間―――――梓は、この少女から何か抗えないものを感じていた。
「梓…お主…?」
黙ったまま立ちあがる梓を見上げながら、次郎坊は口を動かす。
「なっ…!!?」
すると、その場から消えたと全員が視認した直後、鉄鼠の声が響いてくる。
気が付くと、一瞬の内に梓は敵の前まで移動をし、右手を前に突き出していた。もう少し避けるのが遅ければ、敵は彼の爪によって傷を負っていただろう。
「は…速い…!!」
その後、目にも止まらぬ速さで動き回る梓。
鉄鼠も大きな図体の割には素早かったが、梓の方がいくらか上回っている。
「…八那よ」
「は…はいっ…!!」
梓達が敵との攻防を繰り広げる中、八那は次郎坊に名を呼ばれてから我に返る。
「かなり略式となるが…やむを得ん。今すぐ、交わりの儀を行うぞ」
「今…ですか?」
動揺を隠しきれない八那は、天狗に問い返す。
「何、わたしの場合は簡単じゃ。お主がわたしの、わたしがお主の胸に手を乗せるのじゃ。今ならば逆に、すぐにできる」
「わ…わかりました…!!」
本来ならば自分の胸を触られるのは恥ずかしい行為のはずだが、隆二の治療が先決だった事もあり、八那はすぐに同意した。
「…失礼いたします!」
一言だけ述べた後、八那は次郎坊の胸に右手をのせる。
その直後、次郎坊は八那の胸に自身の右手をのせた。すると、八那の目から見える紅い視界から、水の塊のようなものが天狗の腕に吸い寄せられるように入り込んでいく。おそらく、神通力が弱まっている事もあって力の吸収が早いのだろう。
そうして交わりの儀を済ました後、次郎坊は隆二の治療にあたるのであった。
「くっ…故に、ぬらりひょん様は始末するように命じた…のか…!」
「…ぬらりひょん?」
戦いから数分が経過し、疲弊した鉄鼠の体には無数のひっかき傷があった。
梓がいくら素早くて多く攻撃できたとしても、相手は石の体を持つ鉄鼠。致命傷を与えるまでには至らなかった。また、初めて聞いた妖怪の名前に対し、梓は眉間にしわを寄せていた。
「よう、梓。やるじゃねぇか!!」
「んなっ…!!?」
迦楼羅が機嫌よさそうな声で歩いてくるのと同時に、鉄鼠は驚きの声をあげる。
それは、自分の周りに数本の炎でできた槍が突き刺さっていたからだ。
「やはりお前も、ぬらりひょんの配下にいる妖怪…って所か」
「貴様、もしや…先の世から参っているという八部衆…!!?」
「あぁ…?」
余裕ありげな迦楼羅だったが、鉄鼠の台詞に対して反応を示す。
もしや、ぬらりひょんの野郎…俺が、先の世からこの現世に来ている事を知っていやがるのか…?
敵の台詞を聞きながら、迦楼羅は考え事をしていた。
「ち…っ!」
鉄鼠は目を横に向けるが、斜め後ろの方には、逃がすまいと構えている鳶の姿がある。
これを視認した敵は、もう逃げ場がない事を悟って舌打ちをする。
「おい、紅い野郎」
「お前な…俺は妖怪と違って、迦楼羅っつー名前があるんだが…」
視線を敵に向けたまま、梓が迦楼羅に声をかける。
すると、名前を呼んでもらえない事で不服そうな声が八部衆から返ってきた。
「情報を引き出したら、この鼠…ぶち殺してもいいか?」
「構わないが…できるのか?」
「本気を出せば…な。お前が訊きだしたい事があるようだったから、今は爪でしか攻撃していなかった」
「成程…多少は智慧があるようだな」
迦楼羅は、梓が敵から情報を引き出すために命までは奪っていなかった事に対し、少しだけ感心していた。
「ひぃぃぃっ…!!」
一歩ずつ近づく紅い八部衆と小豆洗いから感じる殺気に、流石の鉄鼠も恐怖を感じていた。
「まぁ、てめぇを焼き鼠にする事はできなくて残念だが…梓が、もっと面白い事してくれそうだぜ?」
一匹の妖怪に対して二人がかりで近づく様は、どちらが悪者かわからないような光景になっていたのである。
「あんたたち…避けて!!!」
「うぉっ!!?」
突然、安曇の叫び声が後方から響き、迦楼羅と梓は瞬時に飛び上がった。
梓は後方にある木の上に飛び乗り、鳶は後ろへ数歩引き下がる。そして迦楼羅は、紅い翼で空高く飛翔していた。
「鉄鼠が…凍った…!?」
その直後に起きた出来事を目撃した八那は、目を見開いて驚いていた。
全員の視界には、炎でできた槍を含めて氷漬けにされている鉄鼠の姿がある。その余波もあってか、一番近い位置に立っていた鳶の体が少し震えていた。
「全く…わしは“手傷を負わせよ”とは申したが、“殺せ”は命じておらんのに…」
「なっ…!!?」
聞き覚えのない声が聞こえた後、その場にいる全員が目を丸くして驚く。
麓へと続く山道の方角から突如、巨大な骸骨が現れる。その大きさは小さな山一つ分くらいはあるだろう。そして、その骸骨の巨大な掌の上には豪華そうな小袖を身にまとう老人と、その近くで浮いている全身真っ白な小袖を身にまとう女性が現れた。また、骸骨の掌の上には、彼らが見知った相手もいる。
「貴方は…天邪鬼…!!」
「という事は、もしかして…」
側にいる妖怪に八那が気付いた後、正志郎の中で一つの確信が生まれる。
「…あぁ。奴は、この日本における“破壊派”と呼ばれし連中の長たる妖怪・ぬらりひょんじゃ」
敵から感じる妖気に冷や汗をかきながら、次郎坊が呟く。
ぬらりひょんは、自分を乗せている骸骨の顔を見上げると、相手はその意志を感じ取ったのか、黙ったまま首を縦に頷く。すると、その骸骨の妖怪は、何も持っていない右手で氷漬けになった鉄鼠を地面から無理やり剥がし、その掌にてゆっくりと持ち上げる。
そして、妖怪が力を込めてから数秒後、鉄鼠ごと粉々に砕けてしまった。
「あいつは…あいつは、人間を食らう骸骨・“がしゃどくろ”。…相当の怪力とは聞いていたけど…!!」
その光景を目の当たりにした歩純が、ひどく怯えていた。
あのがしゃどくろも…だけど、あのぬらりひょんっていうおじいさんも…感じる妖気が半端ではない…!!
仲間達が巨大妖怪に対して怯える中、八那はそれ以上に強い妖気を放つぬらりひょんに対し、心臓の鼓動が早くなっていた。考え事をしていると、その老人と目が合った事に気付く。
「本来の目的である妖狐・玉藻前の末裔たる人間を傷つけてしまうとは、本末転倒と言いたい所じゃが…」
その老人は八那―――というよりは、すぐ隣にいる次郎坊の膝の上で眠る隆二を見つめながらゆっくりと歩き出す。
「八那…!!」
「あら、邪魔はさせないわよ。八部衆の迦楼羅」
「てめぇは…雪女!!」
空中にいた迦楼羅は八那達の方へ飛んでいこうとしたが、ぬらりひょんの部下によって邪魔をされてしまう。
くそ…次郎坊の余興につきあわされて疲弊している上に、雪女とかって…相性最悪じゃねぇか…!
迦楼羅は、内心でこの敵を避けられない自分に憤りを感じていた。
それは、水に対して火が有効であるのと同じように、いくら迦楼羅の炎が強くても氷の力が強い雪女が相手では、大抵の攻撃は弾かれてしまうからだ。
「ふた口女に、豆腐小僧…。成程、お主が例の娘…」
八那達の近くにたどり着いた老人は、地面に座り込む八那を見下ろしていた。
「娘よ…名は、何と申す…?」
「に…錦野八那…です」
緊迫した状況の中、八那は掠れた声で自身の名を名乗る。
「では、八那よ。わしと共に来る気はないか」
「え…?」
ぬらりひょんは不気味な笑みを浮かべながら、八那に誘いを持ちかける。
「あぁ、すまんのぉ…。わしは、ぬらりひょんという妖怪でな。今この場におる者を含め、この日の本に棲む妖力に覚えのある妖怪らを束ねている者だ」
「えっと…そんなすごい方が、何故…私みたいな小娘を…?」
八那は怯えながらも、ぬらりひょんとの会話を進める。
その周囲にいた者達は皆、その状態を緊張感漂わせながら見守っていた。
「“何故”…か。自身の強さをひけらかさないのは、父親と同じという事か…」
「と…酒呑童子を知っているの…!!?」
ぬらりひょんが口にした思わぬ台詞に対し、八那は声を張り上げる。
「人間共に退治される少し前に一度だけ、相まみえた事がある。それに、お主の祖父にあたる水神・八岐大蛇を知らぬ妖怪はおらん。わしがお主に誘いを持ちかける所以は、その力を持ってすれば…鬼は無論の事、水の属性を持つ妖怪を多く味方につけられそうじゃからだ」
「なっ…!!」
相手の台詞に驚く一方、八那はその台詞の意味をすぐに理解する事ができた。
そうか…あれこそ、迦楼羅が言っていた“従わせる能力”…
八那は少し前、梓に対してした行為が、その“従わせる能力”だという事。そして、その力を発揮すれば、多くの妖怪を従えられる事に気が付いたからである。
「お主の返答次第では、実力行使という事になりそうじゃが…どうじゃ…?」
「私は…」
“ついて行く気はない”とすぐに答えたい所だったが、この時の八那の脳裏には、以前に筑波山で垣間見た“血の記憶”が蘇っていた。
それは、八岐大蛇が天津神や人間に対して感じた怒りや悲しみ。それは、父親である酒呑童子が持つ感情も含まれる。それが浮かんだ事で、何を口にすればよいかわからない状態になっていた。
「む…」
八那に対して手を伸ばそうとしたぬらりひょんだったが、雷に当たったような音が響き、結界のようなもので弾かれてしまう。
「貴様ら…わたしが治める山に土足で入って汚したくせに、何様のつもりじゃ?」
「次郎坊様…!!」
隣から天狗の声が聞こえたのに気が付いた八那は、その声で我に返る。
「念のため言うておくが…陽が昇れば、わたしの神通力も元に戻る。さすれば、貴様のような老人風情…殺める事も容易じゃろうな…!!」
天狗の殺気立った瞳を目の当たりにしたぬらりひょんは、ふっと哂う。
その後、八那達に背を向けて歩き出す。
「てめぇ…逃げるのか?」
図太い声をあげながら、木の上にいた梓がぬらりひょんを睨み付ける。
その殺気に目だけ横に向いた老人だったが、すぐに八那の方へと向き直る。
「なに、此度は確認が目的じゃったからな。故に、目的を果たした今…天狗に追い回されるのは御免じゃ」
その台詞に憤りを感じた次郎坊だったが、怒りを露わにすれば敵の思うつぼなのは理解していたので、何とか怒りを堪えていた。
そうして味方の元へ歩いて行った後、がしゃどくろの左手の上に立つ。
「八岐大蛇の力を受け継ぎ、酒呑童子の血を引く娘よ。お主が、自らの意志でわしの門下に下る日が来る事を、楽しみにしていよう…!」
そう告げたぬらりひょんは、部下である妖怪達と共に、その場を去っていったのである。
「ようやく、退散したな…」
妖気を感じなくなった後、地面に降り立った迦楼羅は疲れたのか、その場にしゃがみこんだ。
「長い夜…だったな」
木の上に立っていた梓の顔面には、日の出とともに現れる日光が当たっていた。
こうして、皆が安堵している中――――――天狗の応急処置が効いて眠りにつく隆二の側で、太陽が昇り始めるのであった。
いかがでしたか。
今回、久々なバトルシーンで、結構ヒートアップした回でした(笑)
Wordのページ進むのが早いのなんの!
今回出てきたぬらりひょんや配下の妖怪達ですが…
イメージイラストとかはないですが、皆麻のイメージの中では、ぬらりひょんの背丈は八那とさして変わらない…もしくは、若干小さいかも。そのため、従っている妖怪はそれよりも背丈や大きさのある奴にしてみようかなと思い、雪女やがしゃどくろを選択しました★
さて、ここでこの章終わり…とはいかなそうです。
一応、梓がメインの章でもあるため、最後の結末的なかんじに次回はなりそうです!
それでは、ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします。