第十二話 炎は武器にも余興にもなる
「八那…!!」
「迦楼…羅…?」
意識を取り戻した八那が重たくなった瞼を開くと、そこには心配そうな表情をする八部衆の姿があった。
「大丈夫か…?」
「ん…平気…」
頭に温もりを感じた八那は、迦楼羅にそう返事を述べる。
「よかった…!」
「迦楼羅…?」
少し震えた声でそう告げた迦楼羅は、抱き起していた八那の体を強く抱きしめる。
八那は何故、彼がこのような行為をしているのかが全く見当がつかなかった。
「お楽しみの所悪いんだけど…そろそろ、“あれ”を解いてやれば?」
「あ…」
二人が顔をあげると、そこには歩純や安曇が立っていた。
そう口にしたのは安曇だが、歩純が手である方向を指さす。その先には、首に触れかねないギリギリの位置に炎の小太刀が2本突き刺さり、磔にされたように立ち尽くす小豆洗いの姿があった。また、その表情は今にも火傷しそうで怖がる子供のようだった。
「…図体でかいくせに、餓鬼みてぇだなぁ…」
そう口にした迦楼羅が右手を一振りすると、その突き刺さっている炎の小太刀が消えうせた。
「梓…!!」
解放されると、すぐに隆二が小豆洗いの元へ駆け寄った。
「おい、そこの紅い奴…女も目を覚ました事だし、所以を説明してもらおうか」
怯えた表情からすぐに不満げな表情に豹変した梓は、迦楼羅を睨み付ける。
「えっと、迦楼羅…私からもお願い…」
不愉快そうな表情を浮かべる迦楼羅を見た八那は、事情がわからないのもあるので、自分からもそう付け足した。
「八那…。お前、こいつに組み敷かれた際、睨み付けたりした…よな?」
「うん、そうだよ…って、もしかして…?」
八那がその先を口にしようとすると、迦楼羅は黙って頷いた。
「まぁ、これが本来の使い方というべきか…。八那が持つ酸漿色の瞳は、妖怪相手に睨み付けると、相手への威嚇…もしくは、自身に従わせる事ができる力があるという。実際、八那の父・酒呑童子は、これを駆使して西の鬼を統率していたからな」
「けど、俺を睨み付けた時は…睨んでいるとは思えないくらいの殺気を放っていたな…」
迦楼羅の説明に対し、梓が一人呟く。
「迦楼羅の話だと…確か、同じ水の属性を持つ妖怪相手には絶大な効果があるとの事でしたよ」
会話の中、歩純が頃合いを見計らうようにして述べる。
「そっか…じゃあ、これからはそれを意識してできるようになればいい…のかな?」
起き上った八那は、首筋に残る噛み痕を手で押さえながら呟く。
「ったく…何故、俺がこんな目に…」
「…梓。彼女の反撃もすごかったようですけど、元はといえば君が噛んだりしなければ、怖い思いはしなかった訳だから…自業自得です」
ブツブツと文句を述べる梓の横で、隆二がため息交じりで諌めていた。
「“も”って事は…もしかして、隆二さんも…?」
「…えぇ。彼と初めて出逢った時…20の頃でしたね。襲われかけました」
八那が彼の台詞に対して瞬きをしていると、苦笑いを浮かべながら隆二は答える。
「わたしも…一応、貴女と同じ半妖ですからね。最も、妖力が暴走しかけて次郎坊様にご迷惑をおかけしてしまった訳ですが…」
「…それにしても、僕は妖怪と交流できる人間は八那しか見たことないから、半妖とはいえ、人の血を引く者と妖怪がなれ合うのを初めて見たなぁ…!」
すると、ずっと黙り込んでいた正志郎が口を挟んできた。
「半妖は誰しも持つ能力ですが、普通の人間だと“妖怪が見える目”を持つ者はあまり多くはないでしょうしね」
「そういえば、半妖と聞いて気になっていたが…おっさん、妖狐の血を引く割には“老い”が早くねぇか?」
「…っ…!!」
正志郎に対して答える一方、迦楼羅が何気なく口にした事に対し、隆二は動揺したのか目を見開いていた。
「隆二は…」
すると、黙っていた小豆洗いが口を開く。
「隆二は、次郎坊の神通力でその妖力を隠している。それもあり、人間と同じように“老い”が進んでいないと怪しまれるから…年相応の外見をしている」
言いづらいのを察したのか、梓が彼の事情を話していた。
「あれ?じゃあ、迦楼羅。半妖って、普通の人間より歳をとるのが遅いの?」
「んー…まぁ、親にあたる妖怪の種類にもよるがな。故に、八那。お前だっておそらく、その顔が老け顔になるのは、年相応の娘と比べると遅いんだろうな」
「へぇー…」
そんな会話をした後、彼らは天狗がいる山の頂上へと向かい始めるのであった。
「ふはははは!!成程、それはお主も命知らずな事をしたよのぉ…!」
「…笑うな」
その後、次郎坊の元へ戻り、事の顛末を聞いた天狗は面白おかしく笑っていた。
その声が甲高いせいか、笑われて不機嫌になる梓であった。
「しかし、倒れた娘を見た八部衆がこやつにのう…」
「…んだよ、婆」
そう口にしながら、天狗は八部衆に視線を向ける。
目が合った迦楼羅は、少しふてくされた口調をしていた。
…何故、次郎坊様ったらあんな不気味な笑みを放っているんだろう…?
迦楼羅が激怒した理由を解っていない八那は、首をかしげながらそんな事を考えていたのである。
「では、そなたらにもつきあってもらう事になるが…明日になれば、我の神通力も元に戻る。故に、今宵は皆で固まって夜を明かすのじゃ!小豆洗いに八部衆…あとは、そこの髪切りと鬼の娘がおれば、早々わたしに害を加えようとする輩は近づけないであろうしな…」
「まぁ、こればっかりは次郎坊の意見に同意するぜ。皆で固まっていた方が、いざって時に俺が八那を守れるし」
「…どうやら、この紅い奴があの女に惚れているといった所か…」
「ん?何か申したか?」
「…別に」
迦楼羅が次郎坊の台詞に同意していると、近くにいた梓が彼に聴こえないくらいの小さな声で呟いていた。
「まぁ、此度は余興ができそうな奴がおるからのぉ…わたしも退屈せんで済みそうだ!」
「“余興”…?」
次郎坊の台詞に対し、梓や隆二以外の者達が声を揃って言い放っていたのである。
「うわぁー…迦楼羅、すごい!!」
「やるじゃない…!」
その後、陽が沈み―――――――――ある光景を目の当たりにした正志郎や安曇が感激していた。
彼らの視線の先には、生み出した炎で鳥をかたどり、優雅に舞わせている迦楼羅の姿が映っていたのである。
「次郎坊様って、尼天狗なのに…こういう芸能がお好きなんだね」
「…えぇ。賑やかな事がお好きな方ですからね」
八那が呆れ顔で呟いていると、隣にいた隆二が苦笑いを浮かべていた。
「しかし、わたしが忌み嫌われし妖狐の血を引く半妖でも面倒を見てくれる…とても、懐の深いお方です」
「隆二さん…」
迦楼羅の炎を眺めながら口にする隆二の台詞は、どこか誇らしげだ。
「俺としては、ただの阿呆としか思えんがな」
その隆二の横では、目を細めて炎を眺める梓の姿があった。
「もしかして…梓は、神様は嫌いなの?」
「…さぁな。まぁ、偉そうにしている所なんかは面倒だと思うが…」
八那も打ち解けてとまではいかないが、梓と普通に話せるようになっていた。
「…っていうか、お前」
「え…私?」
何かを思い出した梓が、目を細めた状態で八那に声をかける。
「隆二が妖狐の血を引く半妖だって事…麓の人間にばらすなよ?」
「えっと…私、麓の村人ではないし…それに、私だって隆二さんと同じ混血している存在だから…他言はしないわ。大丈夫」
「…あっそ」
八那の台詞を聞いて安心したのか、その場で寝転がり、そっぽを向いてしまう。
「どうやら、水の属性を持つ妖怪は、相反する属性の力を避けたがるのでしょうね」
「歩純…」
すると、少し離れた場所にいた歩純が、八那の隣に座った。
「あれ?…歩純さん、安曇さんは…」
「…あぁ!彼女は今、眠っています。私が起きている時は時折、こうして休ませてあげているんです。私が寝ている際は、彼女がずっと起きてくれていますし…」
後頭部にいる安曇が黙り込んでいる事に気付いた隆二がその先を言いかけると、歩純が寝ている理由を明かしてくれた。
「おや、娘よ!お主ももっと近くで見るがよい!なかなかの見ものじゃよ!!」
「え…!?あ、はいっ…!」
歩純と話していると、次郎坊が駆け寄ってきて、八那を半ば強引に炎の近くへと連れ出す。
「っていうか、早いところ俺も休みたいんだが…」
「まだ駄目じゃ。わたしが飽きるまで、もう少し時がある!!」
「まじかよ…」
いくら得意の炎とはいえ、ずっと腕を上げて疲れている迦楼羅は、次郎坊に終わりたい意志を伝える。
しかし、まだ見ていたい天狗は、その考えを却下した。
「おー…楽しかった!斯様に楽しい夜は、何十年ぶりやら…!」
「くっそー…もう二度と、天狗の前ではやらねぇ…」
それから一時間程経過し、次郎坊が満足している近くで、疲労により疲れて息を上げている迦楼羅の姿があった。
「お…お疲れー…」
八那は、座り込んでいる迦楼羅の元へゆっくりと歩き出す。
火も焚火の炎だけだったため、周囲は再び夜の闇に包まれていた。
「ん…?」
八部衆の前にしゃがみこんだ時、少し離れた場所にある叢から、何か光みたいなものが通り過ぎたように見えた。
「では、隆二さん。私も少しだけ仮眠するので、火の番をお願いいたします」
「承知しました」
その後ろでは、見張りの交代をする隆二と歩純の会話が響く。
因みに、梓は独り先に眠りについていた。
「…っ…!!?」
「八那…?」
すると突然、悪寒を感じた八那が体を一瞬震わせる。
それをちょうど目にしていた迦楼羅は、彼女の名前を呼んでいた。
「ぐっ…!!!」
八那が体を震わせた直後、二人より後方よりうめき声と共に地面に何かが転がる音が響いた。
「ふた口女…!!?」
異変に気付いた迦楼羅が火の玉で明かりを灯すと、そこには突き飛ばされて地面に倒れこんでいる歩純の姿がある。
「歩純…大丈夫!!?」
彼女の背後には、突然の出来事で目を覚ました安曇の声がある。
「私は平気…ただ、突き飛ばされただけだから…」
「隆二…もしや、そなた…!!」
歩純の声があまり聞こえていないのか、八那らの後ろにいた次郎坊は違う者の名を口にしていた。
「隆二さん…!!」
異変に気付いた八那が、彼の側へ駆け寄った。
隆二は起きた梓の目の前でうつ伏せになって倒れていて、その背中には何かにひっかかれた痕がある。そして、それは皮膚にまで届いていたので、背中から血が流れだしていた。
一方、目の前にいる梓は、友人が自分を庇って怪我をしたのを悟っているようだったが、その場で茫然としていた。
「キキキッ!!そこのでかい奴を狙ったつもりが、間違えちまったな!!!」
「てめぇか…!!」
金属が擦れる音のような声が少し離れた場所から聴こえ、気配に気づいた迦楼羅が相手を睨み付ける。
そこには、牛ぐらいの大きさをした巨大な鼠がいた。そして、石のような体と鉄でできた牙を持つその妖怪の爪には、紅い血がこびりついている。それが、隆二に怪我を負わせた何よりの証拠になるのであった。
いかがでしたか。
今回は、登場人物が一気に増えたかんじがして、書いていて会話が多くなったから楽しかったな♪
因みに、小豆洗いの梓はモデルとなるキャラクターがいるんですが、某乙女系ゲームのキャラクターにつき、名前は書かないでおいときます(笑)
最後の方で突然襲い掛かってきた妖怪。詳しくは次回辺りで書きますが、偶然ではあるんですが、ちょうどこの章の舞台である滋賀県に出没する妖怪らしいです!
さて、鼠?の妖怪によって負傷した隆二。
しかし、誰の差し金か??…次回もお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします。