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八百万の軌跡、何処へと  作者: 皆麻 兎
第三章 法印坊が保護した妖怪と筑波山の怪岩
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第十話 血の記憶

天邪鬼(あまのじゃく)…人の考えを読み、口真似などでからかい嘘を述べる鬼。元々は(現在の)山形県に出没する妖怪だが、”破壊派”の妖怪を束ねる大将・ぬらりひょんに仕える。鬼らしい外見とは違い、口調は丁寧。



「わっ!?」

“母の胎内めぐり”をくぐり始めた直後、八那の脳裏に鮮明な映像らしきものが流れてくる。

滝のように流れる水。その水の中を移動する己―――――――映像らしきものは、映ったらすぐに、また異なる画面へと変貌していく。しかし、そんな綺麗な光景(もの)だけではなかった。大地を呑み込み覆い尽くすだけでなく、人間の娘を食らう場面もある。

 これが…大蛇(おろち)が持つ“血の記憶”…!!?

次々と変わるものの、どこか自分の事のような感覚を彼女は感じ取っていた。

また、身体が動かない中で己に近づく人影。そこから邪な霊力を感じたため、素戔嗚と対峙する場面だと思われる。1秒くらいの間しか見えなかったその姿は、以前東京や八王子で遭遇した木戸 碧佐(へきさ)とよく似た風貌だった。

「いや…」

その後、周囲に広がる鮮血や頭が割れるくらいの憎しみが身体を覆い、表情をしかめる。

「いやぁぁぁぁっ!!!」

八那は、恐怖の余りに絶叫する。

その直後、見えていた“血の記憶”は、白銀色の髪と酸漿色の瞳を持つ青年の姿を一瞬映し、彼女の視界から消え失せた。

「八那…大丈夫…か?」

岩から出ると、目を覚ましたであろう迦楼羅や、悲鳴に反応した正志郎が心配そうに立っていた。

「ほんの数秒だけど…結構怖かった…な…」

八那は身体を震わせながら、ゆっくりと岩から地上に出て二人の元へ戻る。

その様子を、天狗やふた口女は黙って見守っていた。

「その様子だと…悟ったようじゃな。己の祖先の事を…」

法印坊は、腕を組みながら彼らを見渡してそう述べる。

それを見た八那は、黙ったまま首を縦に頷いた。

「法印坊様。一つ…お尋ねしたいのですが…」

「ほぉ、なんじゃ?」

八那の台詞(ことば)に対し、意外そうな表情(かお)をしながら問い返す。

「神が人間の姿となって生まれ変わる…というのは、あながちあり得る話なんでしょうか?」

「む…」

彼女の問いを聞いた天狗は、少しばかりか言葉を詰まらせる。

「…何か思い当たる節でも…?」

天狗は、真剣な面持ちで八那を見つめる。

しかし、少女は身体が震えて声が出せないのか、その先の言葉が出せないようだ。

「先日…東京府にて、大蛇を倒した天津神・建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の生まれ変わりと名乗る人間に会った。八那を問答無用で殺そうとした所や、あの禍々しいくらいの霊力を見る限り…真のようだな」

八那が答えづらいのを察したのか、迦楼羅が代わりに答えていた。

ほんの数秒間、彼らの間で沈黙が続く。

「稀にある…としか言えぬかな。わしとて、天狗(どうほう)から聞いた程度しか知らぬからな…」

沈黙を破ったのは法印坊であったが、またすぐに全員が黙り込んでしまう。

 あれ…?

この時、動揺する八那の側にいた正志郎は、何か違和感を感じ取っていた。

彼が周囲を見渡すと、ふと歩純と目があう。

 もしかして、あの子も気付いたのかしら?

 まさか…でも、案外鋭いのかもね…

そんな豆腐小僧に気付いたふた口女は、両名が心の中で言葉を交わす。


「…っていうか、いつまでそこで覗き見をしているんだ…!!?」

少し苛立った口調の迦楼羅が、木陰の方に向かって言い放つ。

すると、彼の身体の周りから一筋の炎でできた槍が現れ、その睨んだ方角へと飛んで行った。

「なっ…!!?」

炎の槍が木に突き刺さって発火したのと同時に、そこから飛び立つように何かが移動をする。

それに驚いた八那は、声を張り上げて驚いていた。

「鬼…?」

その姿を目にした正志郎が、不意に呟く。

彼らの前に姿を現したのは、栗色の髪を持ち、頭から黒い角を生やす男だった。

「のぞき見とは、失礼な八部衆ですね。わたしとしましては、お声がけをする機会を見計らっていただけですのに…」

外見にそぐわぬ丁寧な口調をする男は、ゆっくりと八那達の方へと足を進めてくる。

背丈でいうと、八那と迦楼羅の中間くらいの身長といった所だろう。

「天邪鬼か…何用じゃ?」

法印坊は、飛翔しながら相手を見下ろす。

しかし、その表情はどこか深刻そうだった。

 何だか、あの笑み…怖いな…

八那は、丁寧な口調でほほ笑んだままの天邪鬼に対し、不信感を抱いていた。

すると、相手の視線が八那にいったと思いきや、すぐに天狗の方に移して口を開く。

「ご機嫌麗しゅうございます、法印坊様。以前、我が主・ぬらりひょん様からの申し出の返答を戴きたく、参上した次第でございます」

「ぬらりひょん…!」

その名前が聞こえた途端、迦楼羅の表情が変わった。

天邪鬼を見下ろす天狗は、数秒ほど黙った後に申し出の返答をする。

「悪いが、このふた口女を渡すつもりはない。こやつには、別命を与えたばかりだしな」

「法印坊様…!?」

それを聞いた歩純は、法印坊の方を見る。

すると、天邪鬼の瞳が少しだけ細くなる。表情こそ変わらないものの、天狗の台詞(ことば)に対して不快な反応を示したのであろう。しかし、怒り出す訳でもなく、一呼吸置いてから口を開いた。

「…畏まりました。それでは、我が主にはそのように申し伝えましょう」

そう告げて天狗に背を向けた天邪鬼は、八那達の方へ向き直る。

「皆さん、先程は失礼しました。…おや」

「…っ…!?」

複数に向けて言葉を発したかと思いきや、天邪鬼は一瞬で八那の前に立っていた。

そのあっという間の出来事に、八那は目を丸くして驚く。

「斯様な場所に、人間が…と思いきや、貴女は妖怪の血も引いているのですかね?」

「それが…何…?」

八那は声をうわずらせながら、相手に問い返す。

「お初にお目にかかります。わたしは、天邪鬼と呼ばれし鬼。以後お見知りおきを…」

そう穏やかな口調で自己紹介した天邪鬼は、八那の前で跪きその手を取る。

「ん…!」

手の甲に口づけをした途端、八那の体が震えた。

その反応を見た天邪鬼は、満足そうな笑みを浮かべながら八那の手を離し、その場で立ちあがる。

「成程…貴女が、西の鬼を統べていたうつけ鬼・酒呑童子の娘…といった所でしょうか」

「…何故、わかったの?」

“うつけ”という言葉に反応しつつ、何故すぐにわかったのかを八那はこの鬼に問いかける。

また、その近くでは天邪鬼を鋭い視線で睨み付ける迦楼羅の姿があった。

「その酸漿色の瞳と、指から香る水の匂いを感じ取ったが故です。それに、元々鬼は、同族同士をかぎ分ける能力に長けております。そして、争いを避ける臆病者たる酒呑童子を知らぬ(もの)はおりませんしね」

クスッと笑いを含みながら、天邪鬼は語る。

 …何だかこの男性(ひと)、言い方が嫌みったらしいなぁ…

話を聞いている限り、八那は相手が善良な妖怪だとは到底考えられなかったのである。

「黙って聞いてりゃあ…俺の友を侮辱するような発言は、控えてもらおうか」

低い声でそう告げる迦楼羅は、怒りで爆発寸前のような表情(かお)をしていた。

「争いを…」

すると、八那が言葉を発しようとしたのに気が付いた天邪鬼は、再び彼女に視線を戻す。

「争いを避けようとする事の、どこが“臆病者”なの?」

その問いかけに対し、天邪鬼は瞳を数回瞬きした。

「醜き人間を支配できる程の力を持つ者が、その力を行使せずに平和的に暮らそうとすることが…ですよ。本来、鬼は人間どもに畏怖されるべき存在。最も、貴女のように人里で暮らしてきた者には理解しがたき事でしょうが…」

うっすらとした笑みすら浮かべながら、天邪鬼は八那の疑問に答えた。

「…もう、お主の用はすんだじゃろう?さっさと、主の元へ帰るがよい」

「法印坊様…」

微妙な雰囲気が漂う中、天狗の言葉に豆腐小僧が反応を示す。

天邪鬼も、「これ以上話す必要はない」と悟ったのか、八那に一礼をした後に一瞬で姿を消す。

『しかし、水神・八岐大蛇と、酒呑童子。双方の血を受け継ぐ娘…ですか』

「ちっ…どこに行きやがった…!!?」

何処からともなく声が響いてくると、警戒心剥き出しの表情をした迦楼羅が周囲を見渡す。

『…近い内にまた、会いまみえる事になりそうですね』

天邪鬼の声は、それを最後に聴こえなくなったのである。

「どうやら…奴は、完全にこの山を下山したみたいね」

「安曇…!」

声に気付いた八那が振り返ると、浮き立つ髪の毛の方から安曇の声が響いていた。

「というか、法印坊様!何なのよ、あいつ…!!」

「そうです…私達が何故、そのぬらりひょんとかいう妖怪(やつ)の指名があったのですか?」

堰を斬って溢れる濁流のように、二人は天狗に問い詰める。

「その相手の妖力や気配を感じ取れる能力を、奴が目を付けた…そんな所だろ?」

「…あぁ、そうじゃ」

不服そうな表情の迦楼羅に対し、法印坊は首を縦に頷いた。

「ふた口女は、その外見の特徴から隠密行動に長けておる。加えて、人から変化する類じゃから希少性が高い。人間を滅ぼそうと考える“破壊派”の妖怪にとっては、是非ともお仲間にしたいのじゃろうな…」

そう口にしながら、二口女を見下ろす天狗。

その表情は、かなり深刻そうだったのである。

「でも、あの鬼…昔、八那の父ちゃんと何かあったのかな?」

「正志郎…?」

不意に呟いた正志郎の言葉に、八那は首を傾げる。

「…天邪鬼(やつ)は、ぬらりひょんに仕える妖怪だ。連中は好戦的な奴らが多いらしいから、酒呑童子(あいつ)みたいな野郎には嫌悪感を抱くんだろうよ」

迦楼羅は、遠くを見つめながら皮肉めいた口調でそう答えた。

「ところで、八部衆よ」

落ち着いたのを感じ取ったのか、法印坊が話しに割って入ってくる。

「お主らは次だと、西へ向かう…ので良いのじゃな?」

「あぁ、そうだ。天狗が棲む山は西の地の方が多いし…」

「天狗というのは、大きな山であれば何処にでも棲んでいる存在(もの)と考えていたけど…一概にそうともいえないんですね」

法印坊と迦楼羅の会話に、歩純が反応していた。

「あぁ。次に俺たちが行く場所は…」

迦楼羅と二人で次の目的地の話をする中、法印坊は八那の近くまで飛んできてから口を開く。

「八那よ。わしら天狗は中立的な立場であるので、普通の妖怪ならあまり指図せぬのだが…」

「法印坊様…?」

口ごもった様子で話す天狗に、八那は首を傾げる。

「逆に、お主には言うておこう。此度の件で、ぬらりひょんにお主の事が知れ渡るのは時間の問題…。もし今後、彼奴らに味方になるよう迫られようとも、”お主は”応じてはならぬからな」

「え…」

法印坊の台詞(ことば)に対し何て返せばいいかわからず、黙り込んでしまう八那。

それを、少し離れた場所にいた鳶がじっと見つめていたのである。



「それにしても、本当のお父様…である酒呑童子…。すごく、綺麗な顔立ちをした男性(ひと)だったね」

「お…?」

法印坊と別れ、筑波山を下山している最中、八那が不意につぶやく。

「そうか、”血の記憶”は大蛇(おろち)だけではなく、父親である酒吞童子(あいつ)の記憶も含まれる…つー事だもんな」

それに反応したのは、他でもない迦楼羅だった。

「でもさ、迦楼羅。”血の記憶”で垣間見た父様は白い角…に対して、さっき逢った天邪鬼…っていう鬼は、黒い角を持っていた。同じ鬼でも、違いがあるって事なのかな…?」

「うーん…その違い、どこかで聞いたような気がするんだがなぁ…」

しかし、物知りな迦楼羅でも、これについてはわからないようであった。

「内に潜む陰と陽の差によって、異なる…はず」

「安曇…?」

わからない二人を答えへ導いたのは、前を歩いていた安曇だった。

「あたしらも、いつこの話を知ったのかは定かではないけど…。妖怪の中でも陰陽の差が激しい連中もいるらしく、鬼はその典型的な連中らしいわ。天邪鬼って確か、天に逆らいし神が地に落とされて変化した連中でしょ?故に、黒い角を持っているんだと思う」

「成程。酒呑童子の場合、八岐大蛇という“神”の血を強く受け継いでいる故に、角が白くなったという所以か…」

初めて知った内容という事もあり、迦楼羅が珍しく感心していた。

「そこにいる豆腐小僧さんは、陰陽の差が均一になっていますね。両親共に、生粋の妖怪ですか?」

「うん、そうだよ!よく分かったね」

すると、後ろを振り向かずに前を向いたまま、歩純が話す。

指摘された正志朗は、満面の笑みを浮かべながらそれに答えた。

 何だか、人数的には”一人”増えただけなのに、実際は”二人”だから、すごく賑やかになった気がするなぁ…

その光景を目の当たりにしていた八那は、微笑ましく感じていた。それは、少し前に見た”血の記憶”による悲惨な光景を一時でも忘れられたからなのかもしれない。


いかがでしたか。

今回でこの章は終了となります。

にしても、八那が考えていたように、数的には一人増えただけなのに、二人登場人物が増えたような感覚が、執筆していて感じたな(笑)

また、本来のふた口女は2つの人格があるか定かではないですが、”女性の二面性の象徴”って云われているので、二人で一つの体を共有したらどうかなという具合で、歩純・安曇は決めたキャラとなります。

因みに、本来は東北に出る天邪鬼を今回出したのにはもちろん、理由あり。一応、ぬらりひょん側にも鬼を入れたいなと考えた時に、ちょうど目についたのが天邪鬼。調べた時に誕生した所以が(天狗の元になったという説話もあり)面白くて登場させました!また、今後は東京より西の山がほとんどで東北及び北海道は出てこない関係で、東北の妖怪を出した次第です。


さて、次が新章。

最後の登場人物を出してしまおうか否かは、現在構想を組み立て中。

ただ、今後の展開を考えると、あまり遊べないだろうなとか思いつつ…


ご意見・ご感想があれば、宜しくお願いいたします。


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