093 『再契約(リサイニング)』
093。
第一章、最終話です。
※ 3/1 誤字修正
生きたドラゴンの姿を目撃されてから三日間、世界は混乱に陥り、そして適正者となった人たちを、それこそ伝説の勇者のように崇め始めた。
あの凶悪なドラゴンと対等に、それ以上に戦える手段を持っているのは、この世界にある近代兵器ではなく、異世界の力を手にした適正者しかいないのだ。
マスコミやそこに付随する情報機関はこぞって生還した適正者をカメラに残そうと躍起になったが、どの国も適正者の人たちを公の舞台に立たせようとはしなかった。
これは不ヶ原さんが所属している特異空間調査部のおかげだとも言える。
確かに、僕ら適正者は人間以上の力と超常的な力を持ってレリックモンスターを倒すことができる。しかしそれは異世界化した空間に限定された力であり、通常の現実世界では非力な一人の人間でしか無い。
これは非常に危ういことだと不ヶ原さんは口にした。
「君たちを英雄ないし勇者と称える人もいれば、反対に救えなかった人たちの家族や恋人が、黒の創造主ではなく、君たちに敵意を向ける可能性がある。それ故に、私たちは君たちを保護しなければならない」
逆恨みもいいところだが、人の感情は脆く揺れやすい。思うだけならまだいい。けれど、凶行に走らないとも言いがたい。周囲から見れば愚かな行動に見えたとしても、当人にしかわからない正義がある。独りよがりな正義だとしても理が感じられるから手に負えない。
銃社会が横行する外国では銃を扱うかもしれない。銃がなければ刃を、刃が難しければ、可燃料を、それもなければ純粋な暴力もしくは口汚い言葉で糾弾するだろう。負の感情に落ちた人は不相応な武装をして襲いかかる。
そんなあり得る可能性を不ヶ原さんは都外にある特別施設で、日本中から集めた適正者たちを前に述べた。大学にあるような講義室に生還者三十二名が不ヶ原さんの言葉に耳を傾けた。
外界と隔離された場所ではあるけれど、僕らの身の安全は国によって守られる形となった。こういった適正者救助と保護の活動は日本だけでなく、世界中で行われた。
各国の調査員は一人でも多くの適正者を残したがっている。異世界化した区域を解放しなければいけない。加えて一ヶ月後に訪れる第二の終末の咆哮に向けて戦力はなるべく落としたくないのだ。
異世界化したあの日、誰もいなくなった渋谷で虎猫さんとポニテさん……理子さんが話していたことが現実となった。
第二の咆哮が放たれるまでの一ヶ月間。僕らはなんとしても白の創造主と会わなければいけない。
大役ではあるけれど、ここで二の足を踏むわけにはいかないのだ。僕は人ひとり殺している。生きることを選んだ。そして、失ってしまった人たちを、この世界に取り戻すことが、生還した僕の役目なのだ。
この話を聞いたのが先日の九月二十一日。
そして、第一次終末の咆哮から七日後の九月二十二日。
僕は不ヶ原さんと共に横須賀の米軍基地へ訪れていた。
目的はもちろん渡米するためだったのだが、まさかアメリカの全面協力を貰えるとは思いもしなかった。
米軍基地施設を前にして緊張をしていた。日本にはない重厚な作りをした建築物。白を基調とした配色で、日本にはない独特な建築デザインだった。
大きな門を前にして僕の体は硬直していた。
「そう硬くならずに、というのも無理な話か。なに、簡単な書類にサインをすれば、すぐにチャーターされた飛行機に乗ることが出来るよ」
しばらく待っていると、制服を来た白人男性と後ろには迷彩服を着込んだ黒人男性の二人が現れた。
制服の白人男性と不ヶ原さんが握手を交わしながら英語で会話をした。中高の英語力しかない僕でも、聞き覚えのない単語が飛び交い、さらに早口なのでヒアリングも出来なかった。不ヶ原さんが僕を紹介すると、制服の方から握手を求められたので、それに応じた。
制服の白人男性がデイヴィット・カーター、兵装をした黒人男性がダニエル・デイビスと名乗った。
軽い挨拶を交え、二人は僕らを基地内へと迎え入れると、そのままとある部屋まで案内してくれた。
「ここでしばらくお待ち下さい」
ダニエルが流暢な日本語を使い驚くと、どうやら顔に出ていたらしく、彼はニコリと笑った。表情豊かな彼に緊張感が解けた。
二人が出て行くと、用意された椅子に座った。
「予定通りの時間に出発できるんですか」
僕の隣に座った不ヶ原さんに問いかけた。
「書類のサインをして、受理されるのも一時間とかからないだろう。予定通り、十一時には日本を発つことができる」
「そうですか」
部屋の窓から見える外の景色を眺めた。僕の心とは裏腹に、清々しいほどの晴天が広がっている。
「残してきた彼らが気になるかい? それとも同行するのが私だけで不服なのかな」
「不服なんてありません。ただ……」
僕を睨みつける理子さんの顔が思い浮かんだ。
「山上さんのことか。彼女も負けん気の強い女の子だったね。君が説得してくれなかったら、どうなっていたことか」
僕が死んでしまった適正者を蘇らすために、渡米すると知った理子さんは一緒にいくと聞かなかった。
今回の渡米は当然、遊びに行くわけでもないし、ましてや僕も彼女も普通の人間だ。見知らぬ土地で不足の事体が起きたら、元の子もない。当然、アメリカ本土についても警護はつくらしいけど、万が一ということもある。
それに、彼女は渋谷の異世界化解放の功績者としてひと目置かれている。
生還した適正者の中でまだ戦う意思がある人たちだけで、日本に残された異世界化区域の解放することに決まっていた。
僕を除外し、適正者たちの統括役としてノヴァさんとエクスさん、そして右腕役として、理子さんと日輪さんが選ばれた。
もう僕らだけの個人的な感情や意思だけでは収まらない状況へと変わっていた。
「理子さん。僕には僕の、理子さんには理子さんの役目があります。もちろん、理子さんを残して、日本を離れることは辛いです。できれば一緒に残って戦いたい。でも、僕にしかできないことがあるんです。僕に頼ってくれたカズさんのためにも、わかってください」
理子さんは僕からの視線を反らし、俯いてしまった。
「ここでカズっちの名前を出すのは、卑怯だよ」
悲しげな顔をしながらも、理子さんは共に渡米することを諦めてくれた。
ついこの間の出来事を思い返していると隣から声を殺した笑い声が聞こえてきた。
何かと思い笑いの発信源である不ヶ原さんを眺め見た。
「失礼。若さとは羨ましいけれど、微笑ましくてね。君たちのような時代が私にもあったかと思うと、もう取り戻せない時間だと実感させられる。だが、経過した時間の分、私も成長して若い君達の手助けができる。……戦うことは、出来ないがね」
「助けてくれるだけで十分です。ありがとうございます」
「よしてくれ。感謝されるようなことじゃない。私は職務を果たしているだけだ。見返りを求めるわけではないけれど、しかし君たちには成果をだしてほしいと願っている」
「期待に添えるよう、努力します」
「相変わらず、君は実年齢に合わない口調だ」
今度は小さく声に出し笑いながら不ヶ原さんは何もない正面を向いた。
手持ちぶたさを紛らわそうと、僕は充電したてスマートフォンを取り出した。
こんな場所でアプリゲームをしようなんて流石に考えていない。
僕はアプリ『R』をタップしたが、無反応のままだ。
「そのアプリは、まだ動かないのかい?」
「みんなのアプリは動くのに、何故か僕のだけ動かないのが腑に落ちなくて」
「それも白の創造主に聞いたほうがいい。覚醒し、力を奪われた他の四人も同じ現象だと報告がきているからね」
片耳で不ヶ原さんの言葉を聞きつつ、僕はスマートフォンの画面を睨んだ。
「睨んでも動かないものは仕方ないさ」
「ええ。そうなんですけど。気になるんです。アプリが起動しないのが僕を含めた覚醒した適正者たちだということが」
前にも同じようなことがあった。
僕が覚醒した直後、スマートフォンからリリィは出て来ることができなかった。
その理由は、膨大な情報と大幅なアップデートの為、とカズさんに仕えていたレイラが教えてくれた。
白の創造主が、またなにかをしているとでも言うのだろうか。
僕がスマートフォンの画面を落としてポケットに入れた時だった。
突然、ノックもなしに扉が乱暴に開かれる。
顔を覗かせてきたのはダニエルだった。ここまで走ってきたのか、額には薄っすらと汗がにじみ出ている。
「Something wrong? 〈なにか問題でも?〉」
相手は日本語が話せると承知していても、不ヶ原さんは英語で話しかける。
「逃げてくれ! 奴らの狙いは真悟、きみ……がぁ!」
ダニエルさんはおはじきで弾かれたように吹き飛ばされ壁に激突する。
「ダニエルさん!」
叫びながら彼に近づこうとする僕の腕を不ヶ原さんが掴むと、僕を後方に追いやって立ちふさがった。
それもそのはず。ダニエルを吹き飛ばしたと思われる男が扉の前に立っていたからだ。
「誰だ!」
不ヶ原さんは懐に閉まっていた拳銃を素早く取り出し、男に銃口を向ける。
僕は不ヶ原さんの背中越しから見える男を凝視した。一見して日本人のように見えた。年齢は二十代半ば。長身で手足が長く、グレイのシャツに黒のカーゴパンツといったカジュアルスタイルだった。
一見して武器らしい武器は持っていない。けれど、普通の人ではないという凄みがあった。丸腰とはいえ、警備が厳しい米軍基地に進入してきた。
その異様さと危険性を察して、不ヶ原さんは無防備な男に銃を向けている。
男は向けられた銃口に怯むことなく、部屋の中へと踏み込んできた。
──タァン!
耳を劈く銃声に僕は両耳を塞ぎ、体を縮こまらせた。
鼻につく硝煙の匂い。
撃った。宣言もなく人を撃ったのか。
恐る恐る男をみると、五体満足に立っていた。
男が踏み込んだ足元には銃痕ができている。
「まだ踏み込むなら、次は当てるぞ!」
「撃ちたければ撃て」
男は平然としながらさらに一歩踏み込む。
「クソ!」
引き金が引かれ、乾いた銃声が部屋に木霊する。
撃たれた男は苦しそうに前屈みになったが、それは一瞬のことだった。
「なんてな。やっぱりすごいな。この体は」
男の胸から着弾した鉛の弾がこぼれ落ちる。しかも、服に弾の跡すら残っていない。
これって、まさか?
「お前はなんだ。なぜ、死なない!」
「俺が、何者で、なぜ死なないかって? そんなもん、あんたの後ろに隠れている奴に聞けよ。俺たちのこと、よぉーく知ってるぜ」
不ヶ原さんが横目に僕を見る。さすがだと思えたのは、こんな得体のしれない相手に、ひとつも臆していないところだった。
「阿式くん、奴を知っているのか」
「いいえ。知りません。でも、何者かという問いには答えられそうです」
目の前にいる男に面識はないけれど、敵対する理由はあった。
僕の中で眠っていたモノが目を覚まそうとしている。
──ポケットの中が熱を帯び始める。
今度は僕が不ヶ原さんの腕を引き、構えていた銃を下げた。
「阿式くん」
「下がってください。こいつは、適応者です」
「半分正解。俺たちは、試作適応者さ」
「俺たち?」
不ヶ原さんの呟きに合わせて部屋の窓ガラスが割られ、五人の男女が侵入していた。
「さぁ、ただの人間に成り下がった阿式真悟。お前をこの場で殺す!」
六人の適応者が白の創造主に与えられたレリック武器を顕現させた。
目の前にいる適応者の武器は、またもや斧だった。
「その武器はな、お前らのような輩が持っていい武器じゃない!」
「アホか。武器は武器。殺してなんぼの道具だろ? 大人しく……死んでろ!」
六人の適応者が一斉に襲い掛かってくる。
ポケットの中で強く振動したスマートフォンを取り出し、叫んだ。
「リリィ!」
足元に青い魔方陣が展開され、適応者たちの攻撃を見事に弾かせた。
気を利かせてくれたのか、魔方陣の中には不ヶ原さんも入っている。
「真悟さま。お待たせしました」
スマートフォンからリリィの声が聞こえる。画面の中にはリリィの姿だけが写っている。
「このような形でしかご挨拶が出来ず申し訳ありません。ですが、準備は整っています」
準備か。異世界化の解放から六日もかかったアップデートだ。万全であると期待はしている。
「真悟さま」
「お喋りしている暇はないんだけど」
「レリック武器を装着し、こちらの世界でも適正者として戦われますか?」
リリィと会話していることが気に入らないのか、適応者たちは何度も攻撃を仕掛けるも、魔方陣に阻まれる。
斧を持った適応者の顔がさらに険しくなる。苛立ちが表に出過ぎているな。
こいつらと戦うことに迷いはなかった。
「ああ」
「また、人を殺めることになりますが……それでも?」
「……構わない」
「かしこまりました」
手にしていたスマートフォンが消え、魔方陣もなくなった。
それをいいことに、レリック武器の刃が襲いかかってくる。僕は避けずにその刃を片手で掴んだ。これは、鎌か。ほかは……剣、弓矢、槍、杖か。
心なしか、僕と同じ手甲と脚甲を装備した適応者がいなくて残念だった。
掴んでいた鎌の刃を離すと、六人の適応者たちは部屋の隅へと下がっていく。
「クソ、こいつが適正者に戻れるなんて、聞いてないぞ!」
適正者に戻った僕をみて、適応者たちは慄いている。
「お前たちに問う。この現実世界で死んだら、復活はするのか?」
六人とも、体を強張らせた。
なるほど。
「そっか。じゃあ、遠慮無く」
適正者となった僕は六人纏めて相手にした。
…………………………………………
………………………………
……………………
…………
書類にサインをし、ところどころで壊された基地内を出て、チャーターされた飛行機の前に立った。飛行機はよく戦争時に兵士を輸送する飛行機で、十人以上は搭乗できる大きさだった。
僕は思い出したかのように、ほんの数分前に届いたリリィからのコメントを読むため、スマートフォンを起動した。
文面を読んでいるところに、不ヶ原さんが駆け足で近寄ってきた。
「本当に休まなくて大丈夫か?」
「ええ。ちょっと運動しただけですから」
そういって僕はレリック武器が外れた両腕をみた。
「あの超人めいた動きが、ちょっとの運動とは……適正者の力は恐ろしいな」
不ヶ原さんは僕らが始めに通された部屋を眺めた。窓ガラスが割れただけでなく、部屋そのものが半壊しているのがわかる。
「奴らは?」
不ヶ原さんが親指を立てた先に六人の男女が拘束されて、車に乗せられているところが目に止まった。
「まさか殺さないという選択をとるとはね」
「……」
僕は彼ら試作適応者を殺さず、武器だけを破壊した。そうすれば、適応者としての力を奪えると予想した。それは見事的中し、人に戻った彼らを拘束するのは容易かった。
「軽く尋問をしたが、彼らは『Relic』の元プレイヤーで私達のリストに乗っていたが、行方をくらませていた奴らだった。こんなことなら、異世界化した空間にいなかった元プレイヤーも同じ施設に入れるべきだったかもしれない」
「起きてしまったことは、どうしようもありませんよ」
「しかし、聞けば適応者になれても、それは限定的。君を含めた覚醒した適正者のみを殺すために生み出されたそうだ」
「つまり、僕ら以外の適正者や普通の人々を殺すことは出来ないと」
「殺めることはできいなくとも、超人めいた力を手に入れたことに変わりはない。人に重症を負わすことは可能のようだ。ダニエルみたいにね」
「ダニエルさんは?」
「無事だよ。守れなくてすまなかったと、謝っていた」
気にしなくていいのに……。でも。
「でも、良かった。狙われるのが僕らだけで」
「そうはいうけれど……ん、どうやら離陸できるらしい。詳しい話は中でしよう」
「ええ」
僕らは飛行機の真下で大きく手招きするアメリカ兵へと歩んでいく。
「そういえば、スマートフォンを見ていたが、メールでも届いていたのかい」
「メールではなくて、リリィからのコメントです」
「どちらにしても妖精がこちらの電子機器を使用するなんて、なんとも変な感じだ」
「全くです」
「それで、どんな内容だったのかな?」
リリィが僕に残したコメントは……
『再契約完了しました。またリリィと共に戦いましょう。真悟さま!』
この世界で戦う手段を与えられた証明だった。
第一章『終末の咆哮』 完
最後まで読んで頂きありがとうございます。
093『再契約』を持ちまして、
第一章終了となります。
まだ作品は続きますが、一つの区切りとして、
完結設定は連載中から完結へと変更しました。
第二章開始と同時に、連載中へ戻します。
連載再開の初投稿は4月2日土曜日を予定しています。
投稿日も隔日投稿から毎週土曜の週一投稿へと変更します。
明日、3月1日、活動報告にてあとがきを上げます。
ご興味とさらにお時間があれば読んでいただけると嬉しいです。
最後に。
この作品を読んでいただいた読者の皆様、
ブックマークや評価をしていただいた読者の皆様、
本当に感謝しています。
連載再開まで一ヶ月の時間を要しますが、
もし、この作品をまた読んでいただけるのであれば幸いです。
約半年間、お付き合いしていただいた皆々様、ありがとうございました




