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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
96/143

092 『終末の咆哮(アポカリプティック・ローア)』

092です。

「立花氏のスマートフォンが置かれている部屋まで案内しよう。着いて来てくれ」

 先頭を歩く不ヶ原さんの真後ろについて歩いた。

 廊下は人が余裕で二人歩けるくらいの幅があり、床も壁も汚れひとつなかった。ただ、この廊下には窓といった外観を見渡せる箇所がなく、無機質な感じが否めなかった。そのまま廊下を渡り、突き当たった先の階段を二階層ほど降りた。

 別の階層についてようやく、不ヶ原さんが口を開いた。

「もし、私に君たちのような適正者となれる資格があるのなら率先して私はなっていた。それは私情を抜きにして、という意味だ」

 私情。つまりは妹の涼花さんの安否に関係なく、不ヶ原さんは適正者になる覚悟があるのだ。

「不ヶ原さんのような硬い方が、ゲームなんてしませんよね」

 社交辞令のつもりで答えたのだが、不ヶ原さんの反応は意外なものだった。

「そうでもない。いまでこそ国民のために働く公僕ではいるが、学生時代などはゲームで遊んでいたよ。ちょうど、ネット環境が強まった年代でね。オンライン上で見知らぬ相手と対戦などもしていた」

「格闘ゲームですか。僕は不得意なジャンルなので手を出しませんでしたけど。そういえば、プロゲーマーもここ近年で増えたみたいですね」

「そのようだね。いや、正直にいうと最近のゲーム業界には疎いのだ。さすがに、三十路を過ぎ、国と国民のために時間を費やしていると、趣味だったものにも疎くなってしまっているんだ。大人になると好きだったものが好きでなくなる」

 どこか寂しそうな言い方だった。

「立花一英さんには、ほんの僅かだが嫉妬しているんだ。ほぼ私と同年代だ。それなのに、仕事をする傍らで時間を作ってはゲームに励んでいた。世間一般の視点からすれば、いい大人がゲームなんて、と批難するだろうがね。私としては遊び心を持つことは決して悪いことではないと考えている。しかし、私は私。立花氏のように自由に生きられなかった」

「そう、なんですね」

 相槌を打つだけで精一杯だった。まだ学生の身分である僕が口を挟める余地はなさそうだった。

「もし、この仕事をしていなければ、私はかの『Relic』に登録し、君と共に異世界化した場所で戦っていたのかもしれないな」

「不ヶ原さんのような人なら、きっと強かったと思いますよ」

 お世辞に思われるかもしれないけれど、不ヶ原さんの雰囲気は強みがにじみ出ていた。それは心の強さだと思う。

「どうだろうか。『Relic』には様々なハードルがあったからね。妹がパス出来たからといって、私にもプレイヤーとしての資格があったかどうか」

「資格?」

 含みある言葉に僕は足を止めた。

 不ヶ原さんも僕の足音が止まったことに気がついて振り返る。

「まだ言っていなかったか。立花氏が残した調査の一片に記されていたことなんだ。ゲームだった『Relic』は登録に必要だったのは遺伝子情報だと言うのは覚えているね」

「ええ。世界初のヒトゲノムをデジタル化しその情報からプレイヤーメイキングが行われています。まぁ、それはルーシェンヴァルラにおいて、もう一人の僕達を作り上げるためでしたけど」

「それだけではない。遺伝子情報を取り込んだのは、適正者としての資格を判別するためでもあった。仮にアカウントを登録して、ゲーム『Relic』で遊んでいたとしても、それは白の創造主が用意した素体であって、第二のプレイヤーではなかった。現に、不適正だと判断されたプレイヤーにはアプリ『R』からイベント告知はされていなかった。この情報のお陰で、ずいぶんと管理する元プレイヤーを振り分けることができた。各国の政府も、この情報を公にして、大多数の元プレイヤーは日常生活が送れるようにしている」

「それじゃあ、実際に適正者になれた元プレイヤーはどれくらいいたんですか?」

「白の創造主と対話した立花氏の報告によると、軽く見積もって六千人。そして、今回の異世界化で失われた適正者の人数は四千人とされている」

「残ったのが二千人……たったそれだけの人数で、残っている異世界化した区域で戦うなんて、無謀すぎる」

「はっきり言って、これは戦争だ。こちらにある近代兵器が使えない以上、私たちは君たち適正者に頼るほかないのだが、つい数日前まで一般人だった人たちに強制するのは難しい。特に、この平和に慣れきった日本という国ではね」

「じゃあ、もしもですよ? 白の創造主を見つけることができたら、不ヶ原さんに適正者としての資格があるのか調べてもらうのはどうですか。そう、戦争に慣れているなんていい方は好ましくありませんけど、戦う覚悟のある人達の遺伝子を調べてもらって、新たに適正者にしてもらう方法もあるんじゃ?」

「私達もそれを考えている。命を失った人たちだけでなく、さらに適正者を増やす方法があるのではとね。そのためにも、一刻も早く白の創造主の場所を突き止め泣ければいけない」

「はい」

 会話もそこで途切れ、僕は不ヶ原さんに導かれて大きな両開きの扉の前に立たされた。

 見た目からして、部屋は大きめだということがわかる。

「さぁ、入ってくれ」

 僕は片側の扉にある取っ手を握る。防音性に長けた部屋のためか扉を開くにはやや力が必要だった。

 天井の高い部屋で、廊下よりも、僕が昏睡していた部屋よりもさらに明るかった。

 部屋の中央には黒い円柱が置かれていて、その上にカズさんのスマートフォンがあった。

 美術館で展示されている芸術品のような扱われ方だった。

 円柱の前に立ち、仰々しく置かれたスマートフォンを眺める。

 見たところ、なんの変哲もないスマートフォンではあるけれど、中身はまったくの別物だという。

「阿式くん。ロックを解除して誰も開くことが出来なかったアプリケーションを起動させてくれないか」

 スマートフォンに触れようとする手が、小刻みに震えていた。見知っているものが道なる物体に思えて、恐れているようだ。

「阿式くん?」

「大丈夫です」

 深呼吸。

 スリープモードのスマートフォンを手にして、ホームボタンを押す。表示される暗証番号に「0825」と打ち込む。

 明るくなったディスプレイに表示されたアイコンは通話用、メール、そして『Relic』のSNSアプリ『R』と『W』と記されたアプリケーションのみだ。

「このWが例の?」

 念のため、不ヶ原さんに確認を取ると、彼は頷いて答えた。

 W……ホワイトの頭文字だとしたら安直だけどわかりやすい。

 触れなければ始まらない。このアイコンに触れれば、死んでしまったカズさんや不ヶ原さんの妹さんを蘇らせる手段がわかるんだ。

 アプリ『W』にそっとタッチした。

 スマートフォンのディスプレイが神々しく輝く。

 あまりの眩しさに目を閉じると、周囲から生活音が聞こえてきた。

 何が起きているのか、恐る恐る目を開くと、そこは僕が入ってきた部屋ではなく全く違う部屋だった。天井まで達した書棚が壁一面に配置され、立派な木製の机に豪奢な椅子がある。僕らがいた部屋には窓のなかったはずなのに、ワイドな窓にカーテンが風でなびいている。人工的な明かりはなく、窓から注がれる日光の明かりで部屋一面を照らしていた。

「これは、どういうことだ」

 僕の隣に経っている不ヶ原さんも突如と現れた部屋に驚いている。

「瞬間移動、というやつか」

「いえ、違います。現実そのものに見えますけど、これだけの日差しが入っているのに、暖かさが感じられません」

「それでは、私たちに見えているこれはなんだと?」

 それらしい答えは浮かんでいた。

 ──コツ、コツ、コツ。

 足音が後方から聞こえる。でも、人の気配は感じない。いるのにいないなんて、ホラー映画よりも怖い体験だ。

 背後から聞こえる足音。人影が僕の横を長いブロンドの髪に青いワンピースをきた背の高い女性が通り過ぎていく。

 彼女の横顔、歩く姿、どれをとっても美しいの一言で片付けられた。

 ワンピースの女性が椅子に座ると、ちょうど彼女と直線上に居るためか目が合った、気がする。

……見えて、いるのか?

『はじめまして。阿式真悟さん。私が白の創造主です。直接、あなたとお会いしたかったのですが、どうしても日本へ行くことが叶いそうにありません。私の勝手ではありますが、今回の件に協力してくれた立花一英さんのスマートフォンにこの映像を残すことにしました。大変、驚かれているかと思いますが、これは三次元空間そのものを録画したホログラムです』

「これが、異世界の技術」

 不ヶ原さんが現実とも思えるこの空間に溜息を付いた。

 部屋には強い日差しが入っているのに、自然の温かみがなかった。カーテンを揺らす風もだ。だから、これは立体映像だと想像はしていた。

『まずは謝罪を。この度は、あなたのご友人である立花一英さんを利用し、死なせてしまったことを許して下さい』

 目の前にいる白の創造主は深々と頭を下げた。

『いえ、彼だけではありませんね。多くの人を死なせてしまった。どれだけ言葉を尽くしても決して許されることではありません』

 こうして喋っている彼女をみて、ちょっとした違和感があった。なんというか、口の動かし方と彼女の喋る日本語が合っていないようだ。そう、映画の日本語吹き替えを見ているような感じだった。

 自動翻訳でもしているのかとそんな疑問を打ち消すような発言を白の創造主は話しだした。

『実を言うと、あなた以外にも四人、覚醒した力を奪い、この星で生きながらえている人たちがいます。なぜ、そんな行為に至ったのか、この話をする前にはまず黒の創造主がこの星へ侵攻と侵略を宣言した半年前まで遡ります。

 黒の創造主がこちらの星へくると知り、私はプレイヤーだった人たちを適正者にさせる準備にとりかかりました。試行錯誤の結果、ルーシェンヴァルラにいた妖精を召喚することに成功し、あなた達のレリック武器を運ぶことに成功しました。

 ですが、こちらにある星の技術では限度がありました。死んでしまった肉体を生成する技術がこちらにはなかったのです。

 私は焦りました。これでは犠牲者を多く出すだけだと。そこで二つの手段を見出しました。まずは安全区域の設置。これは黒の創造主によりレリックモンスターに阻まれましたが、倒すことでその区域は解放されました。

 次に適正者の覚醒です。これはゲームとしていた頃から準備をしていたのですが、結局間に合わず、こちらの世界で行えるようにプログラムしたものです。

 しかし、この覚醒には幾つかの手段があると同時に問題がありました。

 阿式さんは覚醒されたのでご存知だとは思いますが、覚醒するには心身ともに過大な付加が必要でした。これに目をつけたのが、カーニヴァルです。これがいけなかった。

 闘争を求める適応者には格好の餌となってしまった。これは、私の落ち度です。

 この体に移る前の肉体でカーニヴァルに覚醒のことを喋ってしまった。そして、その条件を言わなかったのがそもそもの間違いでした。

 他にも覚醒する方法はあります。それはもう立花さんが残された調査書に記載されているはずです。もし、まだお読みになられていないのなら、この後にでも読んでください。

 なによりも申し訳なかったのが、覚醒した肉体が、こちらの世界に適応出来なかったことです。

 覚醒した肉体そのものがルーシェンヴァルラでなければ耐えられないとは予想外でした。元々、あちらの世界での戦闘を想定して作ったプログラムだったので……いいえ、これは私の言い訳です。知恵を振り絞れず申し訳ない限りです。

 ですが、死んでしまった人を蘇らせることができれば、償いになると考えなおしました。

 ご安心ください。命を落とされた適正者の方々は蘇ります。

 ……蘇るのならば、立花さんが死ななくてもよかったのでは、と阿式さんは思われるはずです。自分が死んでも良かったと。

 そう、立花さんだけでなく、他の国でも覚醒した力を奪った人たちが犠牲なる必要はなかったと考えが及ぶはずです。

 長い前置きになりましたが、本題に入ります。

 適正者の覚醒について、最も大きな問題がありました。

 それは、覚醒因子を所有した遺伝子でなければ発動しないのです。

この因子はオリジナルの肉体にしか宿りません。私が復元させた新しい肉体には、覚醒因子は再出現しないのです。

 黒の創造主、そして徐々に力を強めていく適応者と対等に渡り合うには適正者の覚醒は必要不可欠。蘇っても覚醒因子を失っては、それこそ勝ち目がありません。

 そこで閃いたのが、覚醒した力を奪い、強制的に元の人へと戻すことで、覚醒因子をそのままにし、生存させることでした。

 この覚醒した力を奪うことができるのも、また覚醒因子を所有しない人に限られていました。

 情報を集め、劣勢な状況にも関わらず、戦おうする人たちに私は接触しました。遺伝子情報だけでなく、彼らの人間性も熟知していたので、ある程度は絞り込んでいました。

 その中に、立花さんと他の四人がいました。

 彼らに私は身分を明かし、事実を述べ、覚醒した力を奪い、次の戦いへと繋げて欲しいとお願いしました。

 その結果、阿式さんを含めた五人の方が生存しました。阿式さんたち以外にも、覚醒した方はいましたが、彼らは現実世界を取り戻して、その肉体を失いました。

 結局、どの選択が正しかったのか、私にもわかりません。

 恨んで、憎んでいただいて構いません。この星を守るにはそれしか方法がなかったのです。

 ……これも言い訳にすぎませんね。私の都合で戦わせ、死なせてしまったのですから。

 勝手なことばかり申し上げているのは重々、承知しています。私の住む世界を守りたいがために、こちらの世界に住む人たちを利用した。それも娯楽と偽って。

 ただ、死んでしまった人たちを蘇らすためにも、私にいまいちど協力していただけないでしょうか。

 死んだ方々の肉体を復元させるには、この時代の科学技術ではまかないきれません。

 必要なのは、この星に生命と、人間を創りあげた『神』と呼ばれた者たちの超古代文明の遺産です。

黒の創造主も、この星に隠された歴史とオーバーテクノロジーを誇った超古代文明に目をつけています、黒の創造主よりも先に、私がその遺産を手にいれなければいけません。

彼は、黒の創造主は次の侵攻に準備にとりかかっています。

そう、黒の創造主は九月十五日に放った終末の咆哮を再び行おうとしています。

第二の咆哮が出た後では、間に合わないかもしれません。

今度は……この世界に存在した古の獣を呼び起こすかもしれません。

このメッセージは力を奪われた他の四人の方々にも送っています。

合流ができるのであれば、彼らとも一緒に私の元へ集まってください。

身勝手なお願いを聞いてくれるのなら、メリーランド州へ。

 終末の咆哮が放たれる前に、早く』

 三次元空間録画の映像が消えると、元の部屋に戻った。

「好き勝手に言ってくれる創造主ですよ……」

「阿式くん。君の気持ちもわかるが。いや、本当はわからない。私は妹を取り戻したいだけかもしれない。君に今後も戦えなんてとても言える立場ではないのだが」

「誤解しないでください。行きますよ。彼女が待つ、メリーランドへ」

「本当か」

「嘘はいいません。ただパスポートがないし、費用も」

「パスポートならすぐに発行する。費用なら国が出す。君は何も心配しなくていい」

「職権乱用では?」

「有事の時に動かないでなにが国の人間だ、だよ」

「心強い」

 それに、猶予もない。

 白の創造主がいった終末の咆哮を放つ主とはなにか。

「不ヶ原さん。僕以外の覚醒した力を奪われた人はどこにいますか?」

「日本では君だけだ。まだ各国との連携が取れていないが、この映像は他の四人にも残されている。もし、三日……いや二日も経って連絡がなければ、君と私だけでもアメリカに渡ろう」

「一緒に来るつもりですか?」

「当たり前だ。私は特異空間調査本部の責任者だ。君と同行する義務がある」

 熱意の篭った眼差しが僕を見つめる。

 ここは素直に折れるとしよう。

「いまの僕は普通の人間ですけどそれでもよければ」

 僕と不ヶ原さんは硬い握手を交わした。

「真悟くん!」

 部屋の扉が勢い良く開くと、ポニテさん。続いてノヴァさん、ハンプティさん、虎猫さんが駆け込んできた。

 僕の姿を見るなり、みんな泣いて、笑った。

 もちろん、僕も泣いていた。

「真悟くん」

 ポニテさんが……いや、理子さんが僕の手を握りしめた。

「ちゃんと、聞かせてくれる?」

 相応しい言葉は一つしか無かった。

「ただいま」

「おかえり」

 僕は帰ってきたんだ。

 温もりのある現実世界へ。


 その翌日。

 世界中にある公共電波とネット回線が一斉にハッキングされた。

 時間にして一分三十秒程度だったが、衝撃を与えるには充分な時間だった。

『地球に住む人たちと、適正者に告げる。これから一ヶ月後に、二度目の咆哮を轟かせよう。ルーシェンヴァルラには存在しなかった生物だ』

 画面いっぱいに現れたのは、ちゃちな人形や、リアリティを追求したCGではなく、まさしく本物だった。

 本物の巨大なドラゴンが異世界で暴れる姿だった。

 終末の咆哮まで残り一ヶ月。

 希望は常闇に吸い込まれ、新たな絶望の幕開けとなった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回、第一章最終回になります。

投稿は2/29です。

よろしくお願いいたします。

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