091 『鍵(キー)』
091です。
※ 2/26 誤字修正
その後のことは、あまり記憶に残っていない。
救急車のような車両に揺らされていて、ペンライトで瞳孔を確認されていたかと思うと、次は泣き縋るポニテさんに、ノヴァさん、ハンプティさん、虎猫さんの面々が入れ替わりに僕の様子を伺っていた。
昏睡と覚醒を繰り返す。それが何度続いたのかわからない。それから長くて短い時間を彷徨った。
そして急激な空腹に襲われ、睡魔と決別し僕は目を覚ますことになった。
白い天井にむき出しになった蛍光灯が見える。これだけで自宅アパートではないことは確かだった。
これまで起きた出来事全て夢ではなかったということだ。
異世界と化した現実世界で繰り広げた戦闘と命を削りあった殺し合い。
目を閉じても、眠気は襲いかかることはなかった。思い出せるのは、精神世界で首の骨を折って殺したスグルさんの死体。
人を殺した感触。
唯一の救いは、生身でスグルさんを殺さなかったことかもしれない。
ただし、罰も罪も、僕の中に宿っている。
「……」
軽い息を吐いて、起き上がりながら目を擦ろうとしたら、右腕に違和感があった。
腕にはチューブが繋がれていて、その先を追っていくと点滴棒があり、当たり前だが点滴の袋が下がっていた。点滴の液体はすでに半分以下になっている。ゆっくりと落ちる点滴の雫が、僕以外で唯一動きを見せるものだった。
衣類も病院服へと着替えさせられ、布団から出した素肌は寒さを感知する。
上半身を起こして部屋を見渡す。白一色の部屋。また黒の創造主が創りあげたあの精神世界の空間かと勘ぐった。が、それはすぐに杞憂であると悟る。殺風景な部屋ではあるけれど、簡素な机と丸いす。ベッドの右隣には白いチェストと、僕の腕へと繋がる点滴を掛けた点滴棒。チェストには水差しとグラスが一つ置かれている。さらに右に目を向けると窓があるのだけれど、締め切られた上に外からシャッターが降ろされていて、朝も夜も判断がつかなかった。部屋の出入り口は左手奥にある取っ手のついたドアだけだった。
天井には煌々と光るLED蛍光灯が部屋を照らしている。部屋にある一切の闇を払うかのような照らし方だった。
ここは、普通の、人が作った部屋だと思い直し、ひとまず安堵した。
警戒心を解くことで、目覚めるきっかけになった腹の虫が騒ぎ出す。
しかし、口の中は乾燥しきっていて気持ち悪さが勝っている。
「水」
体をゆっくりと起こしてチェストに置かれたコップを手にして、水を注ぐ。
七割くらいに注がれた水を、口元へ運びゆっくりと味わうように飲んだ。
喉元を通しすぎる常温の水が、内側を潤していく。無味無臭である水なのに、甘味料とは違う甘みを感じた。
コップに注いだ水を飲み干し、濡れた口唇を手で拭う。
「美味しい」
寝起きの水を飲んだことで落ち着けるようになった。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。
丸一日寝ていたのか、空腹の具合からみて、相当の時間が経っているのは確かだった。
点滴があるということは、ここは病院かもしれないとナースコールを探したが見当たらなかった。
病院ではなくても、点滴があるくらいなのだから、僕の面倒を見てくれた人がいるのだろう。
みんなもここに居るのだろうか。
走馬灯の様に思い出すみんなの顔。昏睡と覚醒の合間にみたポニテさんの顔がはっきりと思い浮かぶ。
会いたい。ポニテさんに会いたいな。
センチメンタルな感情とは裏腹に正直な体は何かを食わせろと拗ねている。
ならばもう一杯、水を飲んでやろうと水差しに手を伸ばした時、扉が三回ノックされた。
「どうぞ」
誰ともわからないのに条件反射のように入室許可をだしてしまった。
「失礼する」
堅苦しい挨拶をしながら部屋に入ってきたのは、ダークグレーのスーツにアイロンが行き届いたYシャツを着込んだ三十代半ばと見られる男性だった。
「おはよう。阿式真悟くん。ようやく目をさましてくれたんだね」
男性は挨拶もそこそこに、丸椅子を片手に持って、ベッドの隣に置き、そのまま腰を降ろした。
「まずは君に感謝したい。渋谷の街を元に戻してくれてありがとう」
「その……僕は、なにも」
『境界を越えし者』を倒したのは僕ではない。僕の力を奪ったカズさんだ。僕がここにいるのもカズさんのおかげだ。僕が最後の最後にしたのは、人を一人殺した、それだけだ。
「覚醒した君の力を立花氏が奪い、そして強敵を倒したから謙遜しているのかな」
「どうして、それを? あの、その前にあなたは? それに僕が目を覚ましたのはついさっきです。なぜわかったんですか?」
「これは失敬した。私は不ヶ原という。ああ、ちょうどいい。昨日配布されたばかりの名刺を渡そう」
不ヶ原と名乗った男性はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、中から一枚の名詞を僕に手渡した。
名詞には『特異空間調査本部 不ヶ原左門』と書かれている。役職などは明記されていない。部署名と名前だけの簡素な名刺だった。
「ふがはら、さもん……さんですか」
「子供のころはよく古臭いとバカにされたがね。ちなみに年の離れた妹は涼しい花とかいて涼花と言ってね。名前のような妹で同学年の男の子からモテモテだった」
「はぁ」
すごくどうでもいい妹さんの自慢話を聞かされてしまった。シスコンなんて本当にいるんだなと、呆れた。
「あと、この部屋には監視カメラを設置している。君が目を覚ました時点で駆けつけるように手配しておいたのさ」
人当たりは良さそうだが、名刺に書かれた特異点特別調査本部とは何をするところなのか気になり始めた。
「あの、それで不ヶ原さん。どうして、カズさんのことや、異世界化した中での出来事をご存知なのですか?」
「名刺の通りさ。私たちは異世界化した空間を特異点として定めた。その特異空間の調査と解放を行う。そのためにも異世界化した区域を解放できる唯一の存在である適正者たちを管理もしている」
「管理? まさかポニテさんたちを僕みたいに軟禁しているんじゃないだろうな!」
空腹のせいか沸点が低くかった。語尾を荒げてしまう。
「待ってくれ。誤解しないでほしい。便宜上で管理という言葉を使っただけだ。この世界を救ってくれた君たちを支配下に置こうなどとは考えていない。むしろその逆で、守りたいのだ。それに君の恋人、山上理子さんも無事だ」
山上理子はポニテさんの本名だ。
「渋谷で戦ってくれた他の方ももちろん丁重に扱っている。君は軟禁されたと思うかもしれないが、三日間も昏睡状態だったんだ。こちらとしても一流の医者を……」
「三日? 僕は三日間も寝ていたんですか。じゃあ、リンクしていた区域はどうなったんです?」
「話すと長くなる。実を言うと部屋の前で医師を待たせている。目を覚ました君に、まずはあいさつとお礼をしたくて、無理を言って私が先に入室させてもらった」
「僕のことは後回しにしてください。どうとでもなります」
「しかしだね」
渋る不ヶ原さんだが、結局折れてくれた。少し待ってくれと言って、不ヶ原さんは席を立って、扉の向こうにいた医師に何かを告げて、再び戻ってきた。
「では順を追って話そう」
それから三十分くらいかけて、三日間の出来事を不ヶ原さんは教えてくれた。
まず、世界中でおきていたリンクした区域は全部で百五十七。アプリ『R』で提示された数字よりも多かった。そのうち、現実世界へと取り戻せたのは、一割の十五だけだという。
無事に生還できた適正者は百人と満たないらしい。
異世界化した区域はというと、立ち入ることすら出来ない状態だという。未確認ではあるが、やはり適正者でなければ中に入れないと判断された。
今回の異世界からの侵略は世界を揺るがす大きな事件だった。
世界情勢は大きく荒れたらしい。経済も、政も上手く機能していないのは語らずしも理解できたことだ。しかし一番の問題は異世界化した区域をどうするのか、各国の首脳陣たちの悩みだった。
世界の人々が抱く不安を少しでも取り除けるようにと、国々の代表となる政治家たちが集まり『特異空間調査部』なるものを各国に設立したという。
つまり、不ヶ原さんはお国の人間ということだ。
『特異空間調査』の業務概要も教えてもらえた。
ざっとまとめるとだいたい三つくらいだ。
一つ、適正者の保護とケア。
異世界化した空間と贄にされた人々を助け出すことができるのは適正者のみだ。だが、生還した適正者に、再び異世界化した空間へと入ることを拒む人もいるらしい。
すでに適正者の存在は世界中の人たちに知られているので、万が一にでも、適正者だとわかり戦わないと選択した人を見つけでもしたら、被害者の近親者に非難される可能性がある。そういった衝突を起こさないためにも、適正者の管理をしているという。
さらに、MMORPG『Relic』で遊んだことのある元プレイヤーの保護も行っているという。九月十五日、異世界化する区域の外にいた人たちを指している。適正者になれたであろう人たちも保護対象だそうだ。
二つ、異世界化した区域の内部調査と区域解放、およびこちらの世界への浸食調査。
内部調査はもちろん名乗りでた適正者に行ってもらうのだが、九月十五日から三日たった今日に至っても、内部調査や解放すると名乗りでた適正者はいない。
浸食調査というのは、異世界化が確定した区域は徐々に広がり続けているという。つまり、生き残った適正者の誰かが残った異世界と化した区域を元の世界に戻さないと、この星は異世界のルーシェンヴァルラと一体化してしまうということだった。
適正者が戦う以外で、その侵食を止める手立てを探るのが目的らしい。
最後の三つ目は、白の創造主を見つけ出すこと。
「探す理由は、なんとなくわかりますがね」
僕は訳知ったように言った。
白の創造主はすべての元凶を創りだしたようなものだ。勝手に僕らの世界へやってきて、ゲームと称して、異世界で戦わせていた。そして、黒の創造主に侵略を許した。
もし白の創造主がこちらにこなければ、犠牲者を出すことすら無かったのだ。
「非難しても、始まったことは変わりませんが……」
「どうやら君と私たちの考えていることは、異なっているようだ」
「白の創造主を見つけて、この現状をどうにかしろ、とでもいうのでは?」
「結論はそうなるが、過程が抜けている。もちろん、白の創造主にはこの世界を混乱と混沌に落とした責任を取ってもらう。それは糾弾するという意味ではない。阿式くん。君は私にした最初の質問を覚えているかい?」
「……カズさんが僕の力を奪ったこと、ですか? いや、あれは訂正します。カズさんが僕のところへ来る前に、ノヴァさんたちに教えた可能性があるので」
「それはない。なにせ、立花氏は君以外の誰とも接触をしていない。つまり、彼が君の力を奪った事実は、二人だけしか知らなかった。渋谷が元の世界に戻るまでは、ね」
「じゃあ、どこから?」
「0825」
「え?」
「君が立花氏から託された彼のスマートフォン。その暗証番号だ。覚えていないかもしれないが、君は目を覚ます度に、暗証番号を復唱していたと聞いている」
「ということは、カズさんのスマートフォンに、これまでの経緯が?」
不ヶ原さんは力強く頷く。
「全てが記されていた。立花氏は、君が覚醒したと知った時から、君の力を奪うと決めていたらしい」
ネットカフェでカズさんが言った覚悟を決めた意味は、僕の考えたとおりだということか。
「そして、適正者が覚醒する方法も記されていた。奪う以外の覚醒する方法は、自分以外の適正者が所持するレリック武器を最低三つ、最大で五つ破壊しなければならない。だがこれには問題が残されていた。完全破壊をされたら最後、レリック武器は二度と元に戻らず、適正者にはなれない。瞬間復元? といったかな? これも無効となるらしい。故に、彼は無益な争いを避けるため、そして戦力を落とさないためにレリック武器を奪って姿を消した」
「でも、覚醒し、元の世界を取り戻しても死んでしまっては意味が無い。僕ら適正者は黒の創造主についた適応者と違って、蘇ることができない」
落胆した僕の肩に、不ヶ原さんの手が乗る。
「だからこそ、白の創造主を見つけ出すんだ」
「どういうことですか」
「君たちはあの異世界化した空間で、戦う力は手に入れても、不利な立場だと思わなかったか? 白の創造主が後手に回りすぎていたと感じなかったか?」
「そんなの、いやというほど感じましたよ。異世界化したあの空間は、黒の創造主の思いのままでした。覚醒する設定にしたって結局、生き残ることが出来ないなんて……」
「そこなんだよ。阿式くん。君たち適正者は甦れない。白の創造主はそこに思い悩んでいた。だからこそ、適正者になれるという手段だけは準備して、あとはすべて別なことに力を注いだんだ」
不ヶ原さんの言いたいことが理解できた時、光明がさした。
「まさか、白の創造主は死んだ適正者を蘇らせる手段を練っていたと?」
そうに違いない。ホテルの食堂でハンプティさんがいった言葉が思い出される。白の創造主が新たに移った人間は生体科学に長けた研究者だった。
「確かに大勢の人は死んでしまった。だが、白の創造主を見つけ出せばまだ希望があるんだ。死んだ適正者を蘇らすことが出来る。思い出してほしい。適正者は死んでもレリック武器は残っていた。このレリック武器が死んだ人を蘇らす鍵なのだ」
精神世界での出来事を思い出す。スグルさんの精神体は槍の中から出てきた。あれは、白の創造主のレリック武器を応用した魂の再生だったんだ。
気にも掛けなかった出来事が、大切なピースとなり全容を見せ始めた。
希望が見えた。カズさんが蘇る。そう思うだけで胸がいっぱいになる。
「白の創造主を探す手段はあるんですか?」
「それが、君なんだ」
僕の肩に軽く載せていただけの手が、グッと力が込められた。
「実を言うと、立花氏のスマートフォンのロック解除は出来た。情報もある程度は開示された。だが、どうしても開けないアプリケーションが存在するんだ。製造元でさえも、科学班を使っても、そのアプリケーションだけは開けない。それこそ、未知の科学技術で創られたかのようにね。そのアプリを作ったのが白の創造主である可能性は極めて高い。あのスマートフォンは君に託された。本当の鍵は、君なんだ。阿式くん!」
カズさんが最後に言った言葉が、蘇る。
『……頼んだぜ』
カズさん。その約束、ちゃんと果たします。
「いま、カズさんのスマートフォンはどこに?」
僕はベッドから足を降ろした。
点滴棒を体の支えにして歩み出す。
「阿式くん」
またもや僕を無理させまいと心配しているのだと思ったが、違った。
不ヶ原さんは深々と頭を下げている。
「ありがとう。君のおかげで、私の妹も蘇る」
涙こそ流されていなかったけど、不ヶ原さんは心から感謝しているとわかった。
あの妹自慢は、決してシスコンだから言ったんじゃない。
この人は立場上、私情を挟めない。それとなく自然に妹の存在を言いたかったのだ。
「……お礼は、白の創造主を見つけてからにしましょう。案内してくれますか?」
「もちろんだ。ああ、そんな棒なんかに頼らなくていい。私が肩をかそう」
妹思いのお兄さんに肩を担がれながら、殺風景な部屋を後にした。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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