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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
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088 『天使の梯子(エンジェル・オブ・ザ・ラダー)』

088です。

 僕の胸に突き刺さっている矢尻に全身に纏っていた闘紋と闘気が集約していく。適正者としての力が奪い取られていく。膨大な量を誇っていた闘気が空になると、次は人としての活動力さ奪っていく。

 矢が刺さった胸の辺りが火傷をしそうなほどの熱を帯び始める。

 僕は僅かに動く両目で、カズさんを睨む。

「なにを」

 力ではなく、気持ちで腕を持ち上げてカズさんに伸ばす。腕と同化していたレリック武器の手甲が分離し、装着すら拒み、そのまま落下してく。

「ああ……あぁ……」

 僕の中に潜む『狂気』が悲愴な声を上げる。

「そろそろか」

 喪失感に包まれた僕に、カズさんは冷静な口調で言い放つと、胸に突き刺していた矢を抜き取った。

 痛みは感じなかった。その代わりに僕の中に潜んでいた『狂気』の気配がパタリと感じなくなった。

 わなわなと両腕を見る。そこにはもう、闘紋も闘気も手甲さえも失われていた。足元をみれば、腕から剥がれ落ちた手甲と同じく、脚甲も地面に落ちていた。

 僕と分離したレリック武器たちは色を失い。活動を止めた。

「返して」

 震える手を伸ばして訴えたが、カズさんは僕の存在自体を無視し続け、右手にしている矢尻を眺める。

 力が入らない体とは裏腹に、意識だけははっきりしていた。

 カズさんがこれから何をするのか、手に取るようにわかる。いや、誰にだってわかる。

 僕の覚醒したその力を奪い取ったのは……

 カズさんは白く輝いた矢尻を眺めた後、自分の胸に刺した。苦痛に歪む顔は、けれど余裕のある笑顔をこぼし続けている。

「ほう」

 後方にいる『境界を越えし者』の驚く声が耳に届く。

「小物が、仮初の大物へと化けた、か」

「そうよ。その場しのぎの、この場限りの大物登場だ」

 カズさんが『境界を越えし者』に吠えた。

 胸に刺さっていたはずの矢は、もう見当たらない。その代わりに矢のサイズと同じくらいの穴が、カズさんの胸に空いてる。

「こいつぁ……やべぇな。真悟。お前、こんなもんを扱っていたのか……よ?」

 胸の穴から浅葱色の模様が湧き出てくる。紛れも無く、それは僕の闘紋で、僕の中に巣食っていた闘気だった。

 もう適正者としての能力などは失っているけれど、僕が所有していた物は感覚でわかる。

 僕の闘紋がカズさんの体に纏い始め、その痕を刻んでいく。

 左手に持っていたカズさんのレリック武器である弓が、生身の体と同化する。

 僕はネットカフェでカズさんと二人きりになったことを思い出していた。

 カズさんは色んな情報をかき集め、僕に教えてくれた。適正者が覚醒し、異世界化から開放したら死ぬことを。そして、僕が死ぬことを受け入れたことに対して、カズさんはこういったのだ。……俺も覚悟ができた、と。

 つまり、カズさんはネットカフェに居た時から、僕から覚醒した力を奪うこと、死ぬ覚悟ができていたということだ。

 そんなことにすら気づけなかったことが悔しかった。

 早く気付けていたら、カズさんにこんな役目を渡さなかったのに。

 取り戻せない過去を振り返り、後悔している僕を置き去りにして、臨戦態勢に入った一人と一匹は、火花を飛ばし合っていた。

「自分の仲間から力を奪い取るとはな。まさしく小物らしい所業よ」

「小物小物って、いちいち言わなくてもわかってんだよ。そうよ、俺は小物で、お前と戦うには力不足だ。だがな」

 カズさんは弓を立て、右手から矢を具現化させた。

「お前を仕留めることはできるぜ?」

「無駄なこと。お前が奪った闘術士の覚醒を持ってしても、私を倒せなかったのだ。それを奪ったとしても、結果は同じこと。それがわからぬか? ならば見事射抜いてみせよ。私の動きが見えたらの話だが」

 『境界を越えし者』の姿が消えた。もう人の目では追えない。気配すらも感じ取れない。

「ふざけんなよ」

 カズさんは苦笑いをしつつ、矢を装填した弓の弦を引く。弦は糸ではなく、肉の一部のようで、生々しい。

「丸見えだっての」

 矢が放たれた瞬間、大きな風切り音と共に、鋼鉄を射抜くような重々しく、耳に響く轟音が聞こえた。

 今にも閉じそうな目を動かす。音の発信源は、地上ではなく空、だった。

 重力を無視した人の形をした化物が落下してくる。

 それは紙で創られた人型が、風に揺られて木の葉の如く舞いながらゆったりとした落ち方だった。

「この前の借り、確かに返したぜ」

 その言葉は『境界を越えし者』に向けたものではなく、素体となったスグルさんに向けたものだった。

 『境界を越えし者』は地上へと落ちる前に、その体は灰となり風と一緒に飛散した。

 これで終わりなのかと、思えるほど呆気ない終わり方だった。

「悪かったな。真悟。お前の見せ場さえも奪ってよ」

 カズさんは僕の前に屈み込み、視線を合わせた。

「なんで、こんな」

「喋るな。当分の間は動けないし、ヘタしたら気を失っちまう」

「でも、カズさんが、死んでしまう」

 そう、死ぬのだ。

 『境界を越えし者』が倒された今、覚醒した状態であるのは、カズさんだ。

「死ぬな。なんたって、奪いとったとはいえ、今の俺は覚醒した適正者だ。てかよ、これがベストだったんだよ。お前を死なせるわけにはいかなかった」

「言っている意味が、わかりません」

 今にも気を失いそうなところを、口唇を噛み、痛みによって辛うじて意識を保たせている。

「そんなことよりよ。見ろよ。周りを……って、その状態じゃ見渡せないか。しかたねーな」

 こんな状態にさせた張本人が、面倒くさそうにして、脱力しきった僕の肩を抱き上げ、おぼつかない両足を立たせた。

 飛び込んできた光景は、青白い光の柱だった。それは、雲海から差し込む太陽の光に似ている。別の言い方をするならば、天使の梯子だ。

「綺麗だなぁー」

「ええ」

「こういう場面は、たいてい女と一緒にみるもんなのにな。なんでお前、男なんだよ」

「知りませんよ」

 笑うつもりなんて毛頭なかったのに、自然と吹き出してしまった。

 とんでもないことをしでかした後だというのに、これから死ぬというのに、そんな気分すら思わせない台詞を言ってのけるカズさんがおかしかった。

「真悟、これ、今のうちに渡しておくわ。てか、入れとくな」

 カズさんは自分のスマートフォンを強引にデニムのポケットにねじ込んだ。

「ネットカフェで教えた暗証番号、覚えているか?」

「えっと?」

「忘れたのなら、ノヴァに聞け。あいつは知ってるからさ」

 いや、覚えているはずだ。僕は視線を下に下げて思い出す。

「あー、疲れた。って、思い出そうとしてんの? 健気だねぇ。なぁ、真悟」

「なんですか?」

 僕はカズさんの顔を見ないまま、耳だけを傾けた。

「……頼んだぜ」

 何をいまさらと僕が顔を上げると、体は急に地面へと叩きつけられた。

「え?」

 ついさっきまで、僕を支えていた腕はなかった。その体も、面倒くさそうな表情をしていた顔も、彼特有の空気さえも消えていた。

「カズさん?」

 返事が返ってこないとわかっていながらも、僕は名前を呼ぶ。

「カズさん!」

 僕は出来る限りの声で叫んだ。

 けれど、返事は返ってこない。

 真上から光の柱が降り注ぐ。

 空から天使は降りてこなかった。

 登ることすらできなかった。

 ただひたすら、光は暖かく、僕を眠りにつかせようとしていた。

 そう、すべてが夢だったらいいのにと思い始める。

 夢オチだったらどれだけいいだろう。目を覚ましたら、僕はいつもの生活に戻っている。僕の彼女になっていないポニテさんがいて、過去の因縁も僕に興味を示さないふりをしているノヴァさんがいて、いつものように冗談を言って、けれど大人で僕らを引っ張ってくれるカズさんがいるはずなんだ。

 でも、駄目だ。夢にするほど、生易しい内容ではなかった。

 僕は人を殺す経験をした。実際は人では無くなった存在ではあるけれど、殺した感触は残っている。

 僕の意に反して瞼は閉じる。瞼の裏には暗闇の他に、表現のしようのない模様が動き回っていた。点滅しては消え、そしてまた動き出す。

 その模様は、どこか数字のような形をしはじめた。

──『0825』

『俺のスマホのロック解除の番号は0825だ』

 僕の闘気が暴走した時に、カズさんが言っていた暗証番号が言葉と共に蘇り、意識は暗闇の中に落ちていった。

微睡む意識の中、僕は結局なれなかったと言い聞かせた。

僕はここを救えなかった。

英雄にも救世主にもなれない。所詮、主人公の器ではなかったのだと。

「小物は、僕のほうだ」

 体も意識も深い深い闇の中に沈めながら、そんな独り言をつぶやいた気がした。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回投稿は2/21です。

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