表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
91/143

087 『白い矢(ホワイトアロー)』

087です。


※ 2/19 誤字修正

 黒箱は大きさに比例して製造されるレリックモンスターのランクが決まる。空中に浮かぶそれは下級レリックモンスター程度の大きさに違いない。だが、リリィはあの中に『境界を越えし者』がいると示している。

 僕が抱く疑念に気づいたのかリリィが神妙な顔つきで話しだした。

「真悟さま。あの中に、そして確実に『境界を越えし者』は存在しています。確かに大きさこそ、下級レリックモンスターが製造される黒箱ではあります。しかし、よくご覧ください」

 リリィに言われた通り、僕は黒箱を凝視した。黒箱の表面は寺の(さん)唐戸(からと)にあるような模様が細かく刻まれていた。さらにその模様はゆっくりと動いていた。

 黒箱は生体兵器であるレリックモンスターを生み出す製造機なのだから、生きているという認識はあったけれど、こうも生々しい動き方を見せつけられると不快感が高まる。

「気持ち悪いな」

 何の捻りのない率直な感想が口から零れ落ちた。

「ただ、ああして動かないのなら、絶好のチャンスじゃないのか。瞬間復元によって体も闘気も十二分に回復している。ここで叩けばあいつを倒せるんじゃ?」

「その判断は誤りです。リリィには見えるのです。無防備に見えていて、その実、あれは強固な鎧であると考えたほうがいいでしょう。黒箱であって黒箱ではないのです。真悟さまも闘紋を目に発動させれば見えるかもしれませんが、まだ温存したほうがよろしいでしょう。どうか、リリィの言葉を信じてください」

 どうする。どうすればいい。このまま指を加えて『境界を越えし者』が黒箱から出てくるのを待つのか。

「しかし、どうして奴は黒箱の中に引っ込んだんだ?」

「しっかりしてください! 真悟さま! そんならしくないご質問ですよ。せっかく活力ある目を取り戻されたのに……」

 僕は戦う気力、気持ちは戻ってきたけれど、僕の中に潜んでいる『狂気』が一向に顔を覗かせてこない。闘気は元に戻っているし、闘紋を発動させようと思えば簡単だった。けれど、『狂気』は、完全に沈黙している。

 リリィは首を左右に降った。

「仕方ありません。お答えします。あの中で再生をしているのです。失った左半身ですね。真悟さまは発動した空蝉が失敗したかと思われているかもしれませんが、実際は違うのです。『境界を越えし者』は、空蝉による反射攻撃で七割の生命活動を死滅させられていたのです」

「ほとんど死んでいるような状態じゃないか。僕はそんな『境界を越えし者』にやられたというのか。いや、でも、あの猛攻。的確な攻撃と破壊力はとても死ぬ間際の動きじゃなかった」

「お忘れですか。あの者は手負いの獣と化していたのです。死をも恐れない野性に傷をすぐさま治すという甘えた理性に勝てるとお思いですか? 敗因があるとすれば、心の持ち方に雲泥の差があった。そこを付け込まれたのです」

 まさかこんな時にダメ出しを貰うとは。しかも僕に仕えている妖精に言われている。

「おそらくですが。真悟さまは破壊と復元を繰り返される内に、諦めたのではありませんか?」

「諦める? なにを?」

「戦うことを。そして、生にしがみつき、リリィをお呼びになった」

「──あ」

 正常とは言いがたい僕がはじめに思い浮かべたのは、戦うことよりも生き残ることだった。僕がリリィを呼ばなくても、彼女は僕の窮地に陥った時は必ず現れてくれた。

 ようやく合点がいく。僕の『狂気』が引っ込んだままな理由は、戦うことよりも、ただ生きたいと思っているからだ。

 戦う意思を失う。牙を失くした獣と同じだ。

 宙に浮かぶ、黒箱を眺める。あの中には牙を研ぎ続ける獣が一匹いる。

 闘気の篭っていない素手で、えぐれた地面を殴りつける。

「唯一の救いは、完全に心が折れたわけでないということです。真悟さまの目はまだ生きています。戦う意志があるからこそ、まだこの地に残っています。もし、本当にその意思がなくなっていれば、この場から逃げていたのではありませんか」

「……どうだろう。わからない、と言ったほうがいい。多分、意地なんだと思う。逃げ出すくらいなら、このまま死んだほうがいいというような」

 多分、とりあえず戦ってみましたという気持ちだ。もう負けてもいいから、どうせ死ぬのだから、殺されてもいいやという投げやりな気持ちかもしれない。

「そのお気持ちの中に、一矢報いたい、というお気持ちはありますか」

 どうせ、死ぬのなら、殺されるのなら、なんでもいい。あの『境界を越えし者』に目に物を言わせたい。

 僕の内側にある『狂気』が微弱ながら脈打ちだすのを感じた。

「真悟さま。リリィがこうして魔方陣を発動させていられるのも残り僅かです。魔法陣が消えたあとも隣にいたほうがよろしいですか?」

 一人で死ぬのが心細いのなら一緒に死んであげましょうという、そんなお節介にも聞こえた。

「いいよ。頼るのはこれが最初で最後だ。だから、最後も僕一人でいい。そのほうが、僕らしい」

「賢いご判断です。それでこそ、リリィが使える適正者さまです」

「リリィ。君と話したおかげで、失いかけた僕を、なんとか掴みとることができたよ。本当にありがとう」

「勿体無いお言葉です。では、元の場所に戻る前に、リリィからお伝えすることは二つです」

 リリィは少し勿体ぶるように間を置いた。

「一つ。あの黒箱は二分と三十三秒後にその役目を終えます。『境界を越えし者』も、また完全な状態で現れます」

「わかった」

「二つ目は、カズヒデさまがこちらに向かっておいでです」

「は? なんで?」

 意外すぎる報告に素っ頓狂な声を上げてしまった。

「確かに、遠距離からの支援は助けになったけれど、でも、カズさんがここに来たって、なにもできないのに。一体、何を考えているんだ」

「それは、お答えできません」

「待て。リリィ。じゃあ、君は知っているのか? カズさんがなぜこちらに向かっているのか」

「はい。存じ上げています。ですが、こればかりは真悟さまにも言えない事柄です」

 リリィは顔を俯かせて。スマートフォンの中に潜っていく。

 浮遊力を失ったスマートフォンが虚しく地面に落ちる。

 わからないことばかりだけれど、要は、つまりは、此処にカズさんが到着する前に『境界を越えし者』を殺せばいいのだ。

 僕は地面に落ちたスマートフォンを拾い上げた。

 真上の方から、硬い殻を割るような音が聞こえた。

 ──ピキ。パキ。コキャリ……。

 見上げなくてもわかる。

 殻と思われる硬い物が地面に落下する。

 上空にいたそれが音も立てずに着地した気配がする。

 背後から漂う威圧。見られている。殺意を持った者が僕を背中越しから睨みつけている。

「意外と、黒箱の中は居心地がよかった。こういうのを初体験というのだったか。悪くないのだ」

 一段と流暢に喋る獣は、たいそう機嫌が良かった。

「そうかい。それは残念だ」

「ほう。その心は?」

 僕は振り返りざま言い放つ。

「二度目がないからだ」

「願ってもない」

 地面に散らばる黒箱の残骸。その中央には『境界を越えし者』が立っている。

 その姿は、覚醒し『狂気』そのものとなっていた僕と戦っていた時よりも変化していた。

 絞りきった左腕は再生済みではあったけれど、容姿は全く別物だった。

 映画や漫画でキャラクターデザインされるような人狼が立っている。

 狼の耳。瞳の色は銀色で、瞳孔も人の物とは違う。鋭く伸びた犬歯。艶やかな鬣は背中まで伸びきっている。しかし、体毛は薄くなり、人であったスグルさんのそれに近い。逆に下半身は体毛に覆われ、足はまさしく狼といえる。

「それが、お前の完全な姿か」

「そのようだ。白と黒の融合個体の私がいうのも不思議ではあるが、人の肉体というのは実に素晴らしい。黒の創造主が喜んで取り込んだ意味も、よく分かる。大したデザイン力だ」

「デザイン?」

「知らなくて当然のこと。人だけではないぞ? もっと広く言うのであれば、この星にいる全てのい生物には知られていないことだった」

「なにを、言っている?」

「失敬した。これから死にゆくものに伝えるべき真実ではなかった」

 話が見えないが、どうやら新しい体に愉悦しているようだ。

 僕はこんな人の姿をした化物と、拳を交えるのか。

 恐怖はある。逃げ出したいくらいに怯えている。

 冷や汗が止まらない。内臓が萎縮していくのがわかる。

 だが、どうだろう。

 鼻水と涙を流しながら、無様に逃げ出そうとする僕がいるのに、顔は綻んでいる。敵前逃亡しかねない足が一歩、また一歩と『境界を越えし者』に近づいていく。

 適正者、真悟ではなく、大学に通い、アルバイトをしながらゲームを楽しんでいる阿式真悟が途方も無く強い『境界を越えし者』と戦おうとしているのだ。

 『狂気』よ。いまいちど、僕の元へ戻ってこい。

 阿式真悟はもう逃げない。助けを求めない。倒してみたいのだ。非力な人間風情が化物を倒したいと願っている。

 心臓とは違う何かが大きく脈を打った。

「来た」

「何がだ?」

「お前を殺すための……『狂気』が」

 湧き上がる闘争心と共に、闘紋が解放される。一度馴染んだ闘紋は間髪入れず僕の体内を駆け巡り、戦う準備を終えた。

 もう自我を失わない。僕は僕として戦うと決めたのだ。

「ふむ。肉体は狂気に満ちているのに、しかし中身は人のままか。なるほど。やはり人は面白い」

「何を言っているのか分からないし、理解する努力もしない。僕らがやるべきことは一つだ」

 タイミリミットは五分。

 体に染み付いた戦うための構えをとる。

「いいぞ。来るがいい」

 自我を失った僕がそうしたように、『境界を越えし者』は挑発した。そして僕は、地面を蹴りあげ、立ち向かった。

 もう言葉はなかった。

 互いに攻防の繰り返し。壊滅的な肉体の破損も起こらない。

 つい数分前まで、やられては復元といったことにもならない。

 僕は昨日と今日培った格闘術を全て出し切っている。

 陽動からの裏をかいた足技。避けきれない攻撃はしっかりとガードをして、次に繋ぐ。

 『境界を越えし者』の動きを見て、感じて、先を読み進めていく。

 将棋は得意ではなかったけど、詰将棋の要領だった。

 二手先から、四手先、八、十六……と二倍乗算形式で未来の攻撃を予測、予見していく。

 均衡する攻防ではあるけれど、どこか一手でも間違えたら即終了という緊張感があった。

 そして無情にも時間は正しく刻む。刻んでしまう。

 闘紋を発動して二分と二十三秒。あの人が来たことで、戦局が大きく変わってしまった。

 僕と『境界を越えし者』の間に一本の矢が介入する。

 予想に反した、もとい異物の混入により僕と『境界を越えし者』の動きがパタリ止まった。

 互いに互いを意識していたせいで、近づいてきた人間の存在を感知しきれなかった。

「よう。お二人さん。元気にやってんな」

「カズさん!」

 カズさんがこちらに向かっているというリリィの言葉を忘れたわけじゃなかった。カズさんが来る前に倒しきろうとしていたのに、間に合わなかった……いや、間に合ってしまったのだ。

「小物に用はないぞ。お前を糧にしてシンゴという男を殺しても私は嬉しくもないのだ。早々に立ち去るといい」

「カズさん。ここは僕に任せてください。何がしたいのか、聞くつもりもありません。この闘紋が開放できる時間は限らえています。だから、早くここから消えてください」

「せっかく間に合ったのに、そそくさと帰るわけには行かないんだよ」

「カズさん!」

「うるせぇ! バーカ!」

 さすがに頭に来た。

 どうやら『境界を越える者』もカズさんに手を出さないようだし、ここは僕が動こう。無駄な時間を食ってしまうが、仕方ない。

 瞬速でカズさんの前に立った。

「僕に殺されたくなかったらここから消えてください。これは忠告ではなくて命令です。背けば、殺します」

 殺すつもりは無いけれど、それに近い代償は払ってもらう。幸い、カズさんには瞬間復元がすべて残っている。カズさんの妖精、レイラが上手くやってくれるだろう。

「返事は?」

「イエスかノーってか? てか、いま覚醒状態だよな?」

「そうですよ。だからそれが、なんだって……」

 胸に鋭い痛みが走った。

「え?」

 僕の胸には、カズさんの右手がある。その右手には白い矢がある。肝心の鏃は僕の胸の中に突き刺さっていた。

「カズ、さん?」

「おつかれさん。シンゴ」

 胸から僕の闘気が、闘紋がすべて流れで行く。

 手足に力が入らなくなり、カズさんに体を預ける形になった。

僕の全てが、一本の矢によって奪われてしまった。

「どうして?」

 僕の問いかけに、カズさんは答えず、ただにこやかに笑うだけだった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回投稿は2/19です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ