085 『人外たち(エビルドゥアー)』
085です。
前回084ですが最後の部分はリライト及び修正しています。
今日一日で何度も直しを入れてしまいした。
度重なる変更、申し訳ありません。
※ 2/15 サブタイナンバリング修正
闘紋は完全に纏いきれていないけれど、『狂気』の躍動を抑える事ができなかった。
瞬速を持ってスグルさんの懐に入り込む。
初撃は心臓に貫手を見舞ったが、硬い皮膚に阻まれて通らなかった。まだ闘紋が完成しきれていないからだと理解する。
右手を引き抜こうとしたが、スグルさんは僕の右手を掴み、握りつぶした。
「っぐ」
後方に地面を蹴ってスグルさんから距離を置く。
右手首から先がなくなっている。元の形なんて見る影もないけれど、闘紋が型どっていた手の形は残っている。潰されたはずの肉片が闘紋から復元されていく。
「実に禍々しい闘紋ですね。僕も適正者の時にそれを味わいたかったです」
全身に纏い始める僕の闘紋に、スグルさんが見惚れながら言った。
「僕としては適正者のままで、あなたと会いたかったですよ」
「死の感覚は味わえたのはいいことでした。死が訪れた瞬間なにが起こるか、知らないでしょう?」
「死んだことがありませんから、当然ですね」
闘紋は上半身を侵食し終えると下半身に伸び始めた。
「あれは一種の快楽ですね。薬物を使用したことはありませんが、セックスで得られる快感よりも数十倍も上です。おそらく、脳内でドーパミンやらアドレナリンやらが分泌され、死の恐怖を和らげるのでしょう」
うっとり顔のスグルさんを見ているだけで気持ちが悪くなってきた。
「そんな顔をせずに。シンゴさんも、是非、体感して下さい。いえ、させてあげます」
スグルさんが目では負えない速度で移動する。けれど、こちらも肌で感じ取れるほどの感覚がある。背後に回られる。
スグルさんの獲物は槍だ。前後左右に避けても追尾される。ならば、槍の届かないところまで跳躍を……
「ッッッッッッ! ガ、ア?」
両膝を曲げて、前方へと跳ねた直後だった。
喉が火傷しそうなほど熱くなる。声を出そうにも声帯が潰れているのでうめき声しか出ない。
ズブリズブリと喉から血が止めどなく溢れ出る。手で喉を確認しようとすると、それは背後から伸びてきて、ついに僕の視界へと入ってきた。
馬鹿な。僕はもう三メートルくらいは跳んでいたはずなのに、どうしてあの槍が届く。
僕の血で赤く濡れているけれど、伸びてきたそれは槍の形状をした生き物、もしくはその逆で生きた槍だった。喉から伝わるその脈動が痛みを忘れさせ、不快感を満たす。
生きているから、伸ばしたのか?
「まだ生きてますね」
喉に突き刺さった槍は真後ろに抜かれず、真横に引きぬいた。視界が左に傾く。
「文字通り、首の皮一枚残してあげましたよ。どうです? 死の快楽は感じられましたか?」
「いいえ。全く」
僕の失われた喉の肉と骨は闘紋により復元され、声が出た。
背後にいるスグルさんの動きが見なくてもわかる。研ぎ澄まされた五感により、肌で感じ、脳内で動きがイメージできるのだ。
槍と同化した右手が天に伸び、振り下ろされようとしている。
また前方へ逃げる……なんて同じことの繰り返しだ。
踵を返して、槍が振り下ろされる前にスグルさんの眼前に飛び出る。
両手で相手の腕を塞ぎ、足を浮かせて渾身の蹴りでスグルさんを吹き飛ばした。
スグルさんの体は停車していた車は豆腐のように砕き、半壊させていく。
手応えは、無かった。
スグルさんが右手の槍で突進してくる。白刃取りを試みたが、挟み取ることが出来なかった。額を貫こうとする槍を寸でのとこで上体を逸らして躱す。しかし、続けざま、槍は逃げた方向へと向かってくる。
掴むことが困難。避けることで手一杯なら、受け流すのみ。
伸びた槍を左腕で裁き、体を回転させスグルさんのがら空きになった下顎を左拳で打ち上げる。
宙に浮く体は良い的だった。闘気を貯めこんだ右腕で胴体目掛けて放つと、スグルさんの腹部にトンネルが出来上がり、そこから見える真っ青な空は実に綺麗だった。
止めを刺すか……いや、まだ何かある。僕の『狂気』が囁いている。
迂闊に近づくと墓穴を掘ると。
自由落下したスグルさんは、放り投げられた人形のごとく受け身を取ることなく地面に叩きつけられた。
僕の闘紋はすでに全身に浸食している。この状態でいられるのは、感覚的に三分くらいといったところだ。
時間は無いに等しい。人類を超越したあの異星人は三分で敵を仕留められるかもしれないが、それは約束された勝利があるからこそだ。
加えて、僕の手には聖剣すらない。あるのは、黒い血で濡れた両手のみだ。
何が出てこようとも、動きを止めるわけには行かない。
落下したそれを磨り潰す勢いで最高の一撃を与えよう。
闘紋を右腕に集中させる。纏っていた闘紋を元に戻すのではなく、攻撃特化の一点集中。この一撃でカーニヴァルを仕留めた。弱っているいまのスグルさんなら、勝ち目はある。
勝てるイメージはできているのに、言い知れぬ不安が重くのしかかる。
僕は、焦っている?
いいや、迷うな。息の根を止める。それだけだ。
僕はすでに穴を開けたスグルさんを見下ろしている。
「殺してくれるんですか?」
スグルさんは僕をみてニコリと笑った。僕の答えは闘紋の拳によって返させてもらった。
僕はスグルさんの顔を、頭を、この右手で粉砕した。
ビクビクと痙攣するスグルさんだったモノ。一つの死体が残る。
これで、終わりだ。あとは、この異世界化したこの区域が元に戻るのを待つだけ──
「────!!!!!」
言葉で言い表せないような音が体を縛った。
咄嗟に耳を夫妻だけれど、その音は手を通過し鼓膜を振動させ、僕の内側に入り込み、脅かす。
この音は人間だった頃に味わっていた恐怖だった。
それは、食われると錯覚させた。
それは、殺されると認識させた。
それは、紛れも無く獣の咆哮だった。
眼下にあったはずの死体に生命活動が見られた。脳が無いのに意思を持って四肢の動きを確認している。
「なんだ……これは……」
打ち砕いたはずの頭が、首から徐々に再生していく。それだけではない。肉体さえも人であったそれとは形態を変化させていく。胴体の穴は塞がり、綺麗に割れた腹筋が現れる。
強固な筋肉が盛り上がり、体毛が増えていく。手足は狼のように靭やかで、爪は鋭く尖っていく。
再生したその顔は、スグルさんのようではあるけれど、異なる何かだった。
臭気を撒き散らしながら、開かれる口には犬歯が伸びている。
そして、そいつは目を覚ます。
獰猛な野生に満ちた両目で、僕を睨む。
「またせた、な。てき……せいしゃ」
と、闘紋は、あと何分だ。いや、もう、さっきの一撃で闘気は空だ。
それは立ち上がった。無力な人間となった僕を見下ろす。
スグルさんよりも数十センチ高い。
「わたし、は……てきおうしゃとガルズディアのユウゴウコタイ」
なぜ、忘れていたんだ。
こんなのゲームでは定石中の定石のはずだったのに。
ラスボスは、形態変化するじゃないか。一度や二度倒したところで、エンディングになるわけがないのに。
「またの名を『境界を越えし者』」
日本語のイントネーションを完全に会得し、流暢に喋り出した。
「断言してやる。お前は、失敗した。私の素体となったスグルという適応者は満足したようだが、私はそうではない。ただの人間と変わらぬお前など、取るに足らん」
「あ……あぁ」
絶望しかなかった。体は硬直し、身動きがとれない。でも、体は恐怖によって震えている。勝てやしないと諦めている。
僕の中にあったはずの『狂気』はまだ残っているけれど、素の僕が表に出すぎているせいで、この状況を喜ばしいものと認識できない。
「腑に落ちない。妖精はどうした? 白の者が用意していた道具があるのではないのか? それを使うがよい。私も楽しみたいのだ。それこそ黒の創造主が私に与えた命なのだ」
「妖精は、だせない。使えないんだ」
「残念だ。ならば、その命、その血、その肉、その魂を私の糧としてやろう。誉れに思え」
人の顎とは思えないほど、大きく開けられた口は、僕を頭ごと食いちぎろうとしていた。
目を閉じようにも閉じられない。臭気にまみれ赤黒い口内が見える。舌はだらりと長く、涎まみれだ。
バツン!
白い閃光が『境界を越えし者』のこめかみに被弾する。
傷を与えることは出来なかったけれど僕から注意を逸らすことは出来たようだった。
「邪魔するものは誰だ?」
『境界を越えし者』が、左方向を見る。細かった目が更に細くなる。
「この私を恐れず、見事に打ち当てるとはよほど肝が座っていると見える。が、残念なのはただの適正者だということか」
誰だ。遠距離から攻撃できるということは、魔法ではない。となると、まさか?
僕の気付きと同時に、魔方陣が地面に浮かび上がり、僕を包み込んだ。
「真悟さま!」
リリィがスマートフォンと一緒に飛び出てきた。
「リリィ! どうして。いまは出ることが出来ないんじゃ」
「そのお話は後です。さぁ、早くこれを」
リリィは手にしていた瞬間復元を僕に飲ませた。
空になっていた闘気が満ち溢れる。内側に眠っていた『狂気』が蘇る。人だった僕が適正者となり、覚醒状態まで引き戻される。
「ほう。その目、やる気になってくれたか」
心に刻まれた恐怖は、『狂気』に溶け込んでいく。
「『境界を越えし者』。真悟さまを甘く見ないことね」
宙に浮かぶリリィが強気な発言をしてくれる。
「元より私はそのつもりだ。だが、先程まで、この男は人間だった。そんな者に興味などもたん。が、いまは覚醒した適正者だ。楽しませていただこう。して、白の妖精よ。貴様がいては、手出しができん。その者と戦わせたいというのであれば、小賢しい結界を解くが良い」
「真悟さま」
リリィの強い眼差しが僕を射抜く。最初から最後まで、僕のそばに居てくれて、本当に心強い。
その気持ちを込めて、僕はリリィの頭を人差し指で撫でた。
「下がってくれ。僕はもう大丈夫だ」
「はい」
リリィがスマートフォンに戻り、僕の手の中に収まった。
そのままスマートフォンをポケットの中にしまうと、展開していた魔方陣も消えた。
「私と、貴様。二人だけの戦いでいいのだな?」
「……ああ」
「遠方にいる協力者が目障りだ。私に殺されたくなければ、逃げるように申しつけろ。それくらいの猶予時間は与えよう」
「大丈夫だ。彼はこの戦いの邪魔は、今後一切しない」
「その約束が破られれば、真っ先に殺すが、よろしいのか?」
「問題ない。今回ばかりはイレギュラーだ」
そうですよねと、僕は届かないほど遠い距離にいるあの人に話しかけた。
『あったりめーだろ』という幻聴が聞こえた気がした。
僕を助けてくれたのは、立花一英。
カズさんしかいなかった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回投稿は2/15です。




