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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
88/143

084 『儀式(リチュオル)』

084です。


※ 2/13 本文加筆修正

※ 2/15 サブタイナンバリング修正

 車道を全速力で掛け走っていく。障害物となる車やバイクなどは飛び越えたり、踏みつけて跳躍した。思えば、覚醒した適正者の肉体を使って全速力で走ったのは初めての事だった。

 流れる風景は、それこそ車やバイクで通り過ぎるように過ぎ去っていく。246号線をそのまま駆け抜けて渋谷駅西口まで到着した。ここに辿り着くまで数分と言ったところだろう。

 汗どころか息も乱れていない。あ……それは適正者の肉体になってからか。どうも体感がズレているようだ。

 ふぅっと息を吐いて銀座線の高架下を駆け抜けていく。ここまで来るのと同じように、障害物を避けることなく、気にすることもなく、そのまま走り続ける。

 タワーレコードにある十字路に差し掛かった時、進行方向の先に何かが落下して巨大な土煙が立ち上った。

 僕は足を止め、道路に突き刺さったのが斧だと視認する。大きな刃先は赤く、太くて長い柄は黒々としている。色は違っていたが、見覚えのある形状の斧だった。

 辺りを見回し、合致がいく。そういえば昨日のこの時間に、僕らはこの辺りに来ていた。なるほど、もう二十四時間経過していた。

「派手な演出の割には、コソコソと隠れるのが趣味なのか?」

 僕は声を張り上げた。

 上空から人影が降りてきて、突き刺さった斧の柄先に片足で着地をした。

「本当に覚醒してる」

 意味ありげな言い方をして、楽しそうに笑うその男は、僕が初めて殺した適応者のルイガだった。

「昨日振りだな。闘術士のシンゴさん。僕のことを覚えているかな?」

「悪いけど、君と話している時間が惜しいんだ。素直に通してくれれば、君を殺さない。戦いたいというのなら、一瞬で殺してあげよう」

「うわぁ。迷いがないよ、この人。怖い」

 ルイガは器用に片足だけで前屈し、柄の部分を掴んで、斧と自分の体を入れ替えて着地した。曲芸よろしく、彼の斧は見事に肩に乗せられた。

「しかも一瞬だってさ。怖い怖い。これじゃまるで」

「適応者みたい、か?」

 僕はルイガの台詞を奪い取った。

「なんだよぉ。ボクの台詞を先に言うなんてさ。ひどくない?」

 こんな小僧に構っている暇はない。さっさとこの異世界化した現実世界を元に戻さないといけないのだ。

 内に潜む『狂気』が顔を覗かせる。右手の紋章が呼応して闘紋へと変化し、僕の体に纏い始めていく。

「やる気、満々だね。ボクとしても戦いところなんだけど、今回は道案内に来たのさ。今のシンゴさんなら、ボクが嘘をついていないことくらいわかるよね?」

 研ぎ澄まされた五感からも感じ取れる。ルイガは嘘をついていない。それに……殺気も闘争心も感じられなかった。纏い始めていた闘紋を紋章の形に戻して、ルイガの言葉に耳を傾けることにした。

「道案内と言っても、シンゴさんが向かっている代々木公園なんだけどね。もう目と鼻の先ではあるんだけど。あれが消えるって信じられる?」

 ルイガは立てた親指でガルズディアを指した。

 ガルズディアの姿は、この場所からでも確認できる。あの巨大なレリックモンスターは初めて姿を見せた時と変わらず、宙に浮かぶ球体の中で鎮座したままだ。これからその姿が消えるなんて想像も付かないほどの存在感だ。

「はい。ここで問題。ガルズディアは安全区域となった公園の真上にいます。御存知の通り、あのガルズディアは棺の前で死んでいった適応者の一人と融合して『境界を越えし者』へと生まれ変わります。が、安全区域内には黒の創造主側についた者、創られた生命体は入れません。さて、どうやって『境界を越えし者』は代々木公園に顕現するのでしょうか」

「答えはわからないけれど、僕に道案内することが、『境界を越えし者』を出現させるためのトリガーなんだろう?」

「ほぼ正解。もっと面白い回答を待ち望んでいたのに」

 軽い溜息を付いてからルイガは続けた。

「ボクの役目はあなたを道案内して、『境界を越えし者』と戦わせることだ。まずは代々木公園まで行こうか」

 ルイガが走りだしたので追いかけることにした。

 先をゆくルイガから多くの質問をされたけれど、全て無視することにした。どれもくだらない質問ばかりで、普段は何をしているのか、学生なら何を学んでいるのか、将来の夢は、恋人はなどなどだ。

 友人でもない、ました屋的であるこんな奴に愛想よく応える義務も義理もなかった。ルイガは嘘こそついていないけれど、信用おけない人物であることに変わりはなかった。

 程なくして原宿駅前まで辿り着く運びとなった。

 昨日の今頃、異世界化する前、僕はこの場所で大きな獣の咆哮を聞いた。

それからまもなく、宙に浮かぶガルズディアを目の当たりにしここがMMORPG『Relic』とつながった世界だと悟った。僕は妖精のリリィに導かれ適正者になり、ガルブと戦い、代々木公園にいたガルフィクスを倒した。まさか、本当にまさかだけれど、僕がこの異世界化したこの渋谷を元に戻す役目を追うことになろうなんて思いもしなかった。

 時刻はわからないけれど、頭上にいるガルズディアは姿を消し、棺の生け贄となった適応者の誰かと融合する。

 戦いが始まる。そう思うだけで、僕の右手にある紋章が疼きだす。

「ルイガ。これからどこへ行けばいいんだ? ガルズディアはまだ頭上にいるし、何の兆候も見られないんだが?」

 ルイガは肩に背負っていた斧を下向きにして地面へ刺した。

「ようやく名前を呼んでくれましたね。ボクの名前はルイガ。ボク自らが決めた本当の名前だ」

 嬉しそうにルイガは喋り出す。自分で決めた名前と言われても、それはゲームでつけた名前にすぎない。そこに特別な意味を持つなんて、やはり僕よりも若くて子供だ。

「君の名前なんてどうだっていいよ。道案内はどうした? お前が僕を導かないかぎり『境界を越えし者』は出現しないのだろう?」

「うん。シンゴさんの言うとおり、ボクが導かないと行けないんだ。でもそれはね? シンゴさんをここに連れてくるだけじゃダメなんだ。儀式が必要なのさ」

 不敵に笑うルイガを前にして身構える。

 覚醒した今となっては、ただの適応者であるルイガなど脅威でもない。雑魚同然だ。

 簡単に殺せるとわかっているせいもあるのか、ルイガの放つ異様は雰囲気に一歩踏み出せない。

「殺さなくて正解だよ。万が一、ここでボクを殺したら同じことを繰り返すことになるからね」

「なにを、言っている?」

「不思議の国のアリスって知ってる?」

 小さいころ児童用に書かれた絵本くらいの知識ではあるけれど、内容は知っている。

 ついでにいうと、ハンプティさんのことも。

 プレイヤーネームの元ネタはアリス作品に出てくるハンプティダンプティから取ったはずだ。そして、妖精の名前にしていたラビットは白兎からだ。

「白兎」

 僕が思っていたことをルイガが言い出したので驚いてしまった。ポニテさんやノヴァさんは僕の表情や仕草などで僕の内面を言い当てることはあったけれど、具体的な言葉まで言い当てたことはなかった。

 ルイガもカーニヴァルと同じく、適応者の覚醒をしているとでもいうのか?」

「アリスは白い兎に導かれて不思議な世界へと迷いこんだ。僕の役目もそれさ」

 どうやら僕をここへ導く役目と不思議の国のアリスと見立てた発言だったようだ。

「白い兎というより、黒いと思うけど?」

「はは、言い返しだね。悪くないし、ボクはそのセンス好きだよ。それで、アリスの白い兎だけれど、結局アリスは兎を捕まえられず、異世界へ放り込まれちゃったよね」

「なにが言いたいんだ?」

「ボクもまた捕まえることは出来ないってことだよ。兎のほうはそそくさと他の場所へ移動したようだけど、ボクはここが終着点だ」

「ここで鬼ごっこでも始めるというのか」

「そんな訳無いじゃん。もっと考えてみてよ。シンゴさん。あなたはボクを捕まえることが出来ない。なぜならさ?」

 ルイガが突き刺していた斧を手にして大きく振りかぶった。

 結局、戦うことになるのか。

 それは瞬きするよりも早い結果だった。

 闘紋を発動させると同時に、ルイガは手にしていた斧で、自らの胴体を真っ二つに切り裂いた。

 切り離された胴体からは大量の黒い血が吹き出ている。先に落ちた上半身からどろりとした内蔵物が見える。下半身からは黒い血だけがだらりだらりと溢れ出る。次第に自立することができなくなった下半身も音を立てて地面に転がった。

 意味のわからない行為に軽い混乱が起きていたけれど、ルイガの語っていたことを思い返すと、自害した意味が理解できた。

 捕まえられないということは、対象となる相手が居なくなるということを示唆していたのだ。

「本当に狂っているんだな」

 僕の呟きが届いたのか、ルイガの首がこちらを向いた。

「それは、褒め言葉だね」

 ルイガは喋りながら黒い血を吐き出している。

「さぁ、ボクの血肉を持って、この大地は汚され、新たな生命誕生の準備が整った。ガルズディアを……見るといい」

 弱々しい声が、僕を従わせる。ついさっきまでいたはずのガルズディアが跡形もなく消え去っている。

「僕が最後の生け贄だ。この血肉を触媒として、ここに『境界を越えし者』が現れる」

 地面に転がっていた下半身が黒い歪に呑まれる。 

「言っただろう? また会おうって。その意味は戦うということさ。でも、今のボクでは逆立ちしても勝てない。だからさ? せめてボクの肉体だったそれを依代にしてもらう。ボクの意識や魂はなくとも、ボクだった肉体はあなたと間接的に戦える。さぁ、存分に戦ってくれ」

「この戦闘狂が」

「同じ台詞を何度もいわせないで……くれるかな」

 黒い歪みがルイガの上半身に現れる。

「ボクを貪り、血と肉を使って、闘術士を殺すんだ」

 本能で動く黒い歪みは類画を丸呑みにする。

 歪みはルイガであった肉を咀嚼し、人間の味を味わっていく内に、人のような形に変わっていく。成型途中だと言ったほうが良いかもしれない。

 かつて人間だった魂が、新しい肉体を手にれて、自分用にカスタマイズしているようだった。

 来る。

 とんでもない強者が出現する気配がした。

 黒い歪みは完全に人型となり、体を覆っていた黒い歪みごと空中へ飛散していく。

 中から現れたのは、褐色の肌になったスグルさんだった。

「自分と遊んでくれるのは、あなたでしたか?」

 スグルさんの手にはレリック武器はなかった。

 僕と同じように、スグルさんは武器と肉体が融合していると考えてみていいだろう。

「シンゴさん。楽しみましょうか」

 もうルイガの自害ななど、気にすることも無くなった。

 ようやく戦えるのだ。戦って、殺して、そして僕も消えよう。

 闘紋が体中を巡る。

 終わりの戦いを始めるとしよう。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回投稿は2/13です。

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