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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
85/143

081 『別れ(フェアウェー)』

081です。


投稿が遅くなりすみません。

 熱いお茶を啜りながら、僕は思考の海へと落ちた。

 僕が死んでしまうことをポニテさんやノヴァさんに伝えて良かったのか。

 覚醒した適正者は現実世界では生きられないと、カズさんから知らされて、悩んだ挙句、僕はその事実を隠し通そうと決め込んだ。

 騙し続けることが、最善であり最良なのだと。もし、取り戻した現実世界に僕がいなかったら、ポニテさんは怒って、泣いて、恨んで、そして無責任な約束を交わした僕を許さないだろう。

 ただ僕が死んでしまうことも起こりうる話もした。僕がいない現実を受け入れる覚悟を持つことができていたはずだ。

 ポニテさんは僕が死んだら、つまり『境界を越えし者』に殺されたら、自らも覚醒してみせると断言した。もちろん、覚醒したら死んでしまうという事実を知らないままで。

 僕はずっと愚かな選択ばかりしていたのかもしれない。

 正直に話していれば、ここまでこじれていなかったと思う。

 結局、虎猫さんの言うとおり、僕は逃げていたのだ。ポニテさんたちを悲しませないという言い訳をして、騙していた。

 人のせいにして自分の考えや在り方を正論化するのは恥ずかしい行為だ。もう十代の頃に気付いていたはずなのに、全く成長していなかった。

 舌が火傷しそうなほど熱かったお茶は、飲みやすい温度まで下がっている。湯のみに注がれていたその量も半分以下になっている。

 残り僅かなお茶を飲み干したら、ポニテさんがいる部屋に戻ってみよう。

 僕を見ることも、口を交わすことさえも拒否されるかもしれないけど、もう一度会って、話がしたい。

 許されなくてもいい、ただ、ちゃんとお別れの挨拶はした方がいい。

 手にしていた湯のみを口に運び、すべて飲み干してから立ち上がった。

「ハンプティさん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「礼を言われるほどじゃないって。このホテルが用意していた上等のお茶っ葉だから美味かっただけさ」

「上等なお茶を美味しくしたのはハンプティさんですよ」

「なんだよ。照れくさいな」

 ハンプティさんは頭を掻きながら答えた。

「ハンプティって真正面からほめられるとダメなタイプだよね」

 虎猫さんの軽口に対してハンプティさんは「うるせぇ」と反論した。

「図星でやんの」と、虎猫さんはハンプティさんを指差して笑う。

 僕とポニテさんはこんな風に冗談を言い合うことはまだしていない。

 この二人を見ていると、なんだか羨ましくなってくる。

 もう取り戻せないしやり直せないかもしれないけど、ポニテさんの元へ行こう。

「ハンプティさん。今度戻ってきたら、カツ丼、お願いしますね。期待していますから」

「おう、任せておけ」

 胸を貼って答えるハンプティさんに虎猫さんが「調子に乗るな」と柔らかい拳を頬に当てた。

「ねぇ、シンちゃん」

「はい」

「戦ってくれてありがとう」

「それこそ、礼を言われることじゃないです。僕が勝手に戦いに行くだけですから」

「知ってる。シンちゃんはそういう人だ。あたしや、ハンプティが頼ろうとした人だよ」

 不意に虎猫さんが僕の手を握る。

「あと、ごめん。マジで、ごめんね」

 虎猫さんは声を震わせながら謝った。

「気にしないでください、と言っても無駄ですよね」

「うん、無駄」

 虎猫さんの手がするりと落ちていく。

「引き止めて悪かったね。もういい頃合いでしょ。ポニちゃんのところへ、行ってあげて。ね?」

 僕は小さく頷いて、食堂を後にした。

 背中から二人分の視線を感じる。五感を使わなくてもわかる。視線にある感情は哀れみだった。不思議と惨めな気持ちにはならなかった。

 同情されることなんて、僕の短い人生でほとんど経験することはなかったからかもしれない。

 エレベーターの前に立ったが、どうも使う気にはなれずまた階段を登ることにした。

 足取りは思いの外、重くもなくかと言って軽くもなかった。いわば普通だ。

 喧嘩した彼女の元へ行くというのに、肝が座っている。ここで開き直っているとなると、ポニテさんに悪い印象を与えないだろうか。

 いや、そんな心配をしても無意味だ。何を言われても、真摯に受け止めよう。

 廊下にひかれた赤い絨毯が、僕の足音をかき消す。

 五◯八号室の扉は部屋の中へと倒れたままだった。

 扉はないので、入り口の壁際に向けてノックをした。

 三回。

 返事は、ない。

 ここに来て、ポニテさんがどこかへ出たのではと不安になったが、人の気配はしていた。

 入室許可はもらってないけれど、部屋の中に一歩踏み入れた。

「ポニテさん。僕です。真悟です」

 なるべく足音を立てないようにと歩幅は狭く、ゆっくりとした足取りで進んでいく。

 狭くて短い廊下を渡り切ると、僕が出て行ったままの状態で部屋は残っていた。右手に見える壁には僕が吹き飛ばされた時の跡がくっきりと残っていて、床には破片が散らばっている。そして、僕を押さえつけていたあの大剣も、床に転がっている。

 ベッドには人がひとり、頭から布団を覆って横になっているような様が見て取れた。

「ポニテさん?」

 声を大きくして呼びかけたが反応がなかった。

 ベッドに近づき、覆われた布団をゆっくりはがすと、寝息を立てているポニテさんがいた。頬には涙の跡がくっきり残っていて、やりきれない気持ちになった。

 僕はポニテさんの寝顔を眺めながら、ベッドの前に座った。

 刻々と過ぎていく時間は、決して退屈ではなかった。むしろ幸福に満ちあふれている。

「ああ、そうなんだ」

 と、僕は独り言を呟いた。

 幸せな時間というのは、こんなにもありきたりな時なんだと、実感した。

 独りでは味わえない幸せ。誰かと共に過ごすということは、こんなにも心を満たしてくれるものなんだ。

 こんなにも幸せなのに、僕には数時間しか生きられない。

 この時間を失うのが悲しかった。もう、ポニテさんの寝顔を見れないことが辛い。

 両目に溢れた涙の粒はとめどなく頬からこぼれ落ちていく。

 嗚咽にまみれて泣きたかった。そんなことをしたら、この幸せな時間が失われそうな気がして、声を殺し、ただただ涙を流し続けた。涙で歪み視界には辛うじて、ポニテさんの顔が見える。

 涙に重みなんて無いのに、自然と頭が下がっていく。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 嘘をついていたこと、騙していたこと、約束を守れないこと、僕が成し遂げられないこと全てに対して、僕は謝り続けた。

 震える体を両手で抑えたけれど止まらなかった。

「くぅ……」

 自分で自分の体を縛り上げる。掴んだところが痣になるのではと思えるくらいに、強く握りしまえる。

 ぼたぼたと床に落下する涙を眺めていると、柔らかい二つ手が僕の頭を包んだ。

「泣くくらい後悔するのなら、初めから正直に言えばよかったのに」

 頭上から聞こえるのは、ポニテさんの声だった。

「いまさら謝っても許さないんだから」

「はい」

「真悟くん。本当に、死んじゃうの?」

「……はい」

「そっか。どうしよ。こんなことになるのなら、友達のままでいたほうが良かったのかな」

「……」

「真悟くん。辛いよ。私もそれなりに男の人と付き合ったことはあるけれど、こんなにつらい恋愛は初めてだよ。恋人になって一日も経っていないのに、思い出なんてほとんどないのにさ。最短の恋愛期間にされちゃったよ」

「すみません」

「ダメ。許さないって言ったでしょ」

「許してもらおうなんて思っていませんから。嫌われてもしかたないです」

「バカ。嫌いになっていたら、こんなことしてないよ」

「さっき付き合わないほうがって」

「それはそれ。私は、付き合ってよかった。本当に短い時間だけど、二人きりで過ごせた時間は楽しかった。幸せだったよ」

 だった。過去形にされたことが、胸を締め付ける。現在進行形にできないのは、僕も同じだ。

「僕も、幸せでした。これまで生きてきた中でも最高の時間でした」

「元の世界に戻って、真悟くんが居なくなって、他の誰かを好きになっても、付き合って結婚して、子供が出来ても、しわくちゃのおばあちゃんになっても、私は真悟くんを忘れない。絶対に」

「それ、未来の旦那さんに失礼なんじゃ?」

「いいの。内に秘めている分には誰も咎めないし、罪じゃないもん。それに現段階で、真悟くん以上の人と巡り会える可能性は低そうだもん」

 ポニテさんは僕の顔を上げさせ、視線を合わせた。

「だって、いま好きなのは、目の前にいる君なんだもん」

「僕も、誰よりもポニテさんの事が、好きです」

 最後の告白をして、僕らは目を閉じて、二回目のキスをした。

 

 ポニテさんはベッドで横になり、僕はその外で手を繋いだまま床に座っている。

 手と手が繋がっているだけで満足だった。

「私、見送りにはいかないから」

「大丈夫です。ここにいて下さい。もういろんな事は僕の中に伝わっていますから」

「うん」

 ポニテさんが僕の手をギュっと握りしめたので、僕も同じ強さで握り返す。

 時間が止まってしまえばいい、なんて使い古された台詞が頭の中を過る。まさか自分が使う日が訪れるとは思いもしなかったけど、この空間だけは外との時間を隔絶してほしかった。

 僕はゆっくりと手を離しだした。ポニテさんは抵抗せずに僕の手と別れた。

「ポニテさん。僕、行きますね」

「うん」

 さぁ、言おう。言わないと、踏ん切りが付かない。

 もう一度、名前を呼ぼうとしたら、先にポニテさんが口を開いた。

「真悟くん。私、これから変なお願いをするけれど、聞いてくれる?」

「どんなお願いですか?」

「この部屋を出たら、ノヴァちゃんの部屋に行ってほしいの。部屋は同じ階で……」

「五◯二号室ですよね?」

「なんだ、知ってたんだ。じゃあ、問題ないね」

「あの、どうしてノヴァさんのところへ?」

「変なお願いだって言ったじゃん」

「聞きましたけど、その理由が知りたいというか」

「真悟くん。ノヴァちゃんとも約束したんでしょう? さっきここで争った時に、ノヴァちゃんに平手打ちくらったじゃん? あの時に聞こえたんだ。ああ、やっぱりなーって思った」

「やっぱりって……あの?」

「誤魔化してもダメ。私もさ、自分にも他人にも鈍いほうだけど、ノヴァちゃんの態度をみれば、さすがにわかるよ」

 僕だってノヴァさんと最後があんな別れ方でいいとは思っていない。でも、本当に会ってきてもいいのだろうか。

「会ってあげてよ。真悟くんが気に病んでいるように、ノヴァちゃんだって気にしているんだって。彼女だから上目線で言っているつもりはないんだけど、なんて言えばいいだろう。やっぱり最後くらいはちゃんと話したいと思うんだ。好きな人ともなれば、なおさらね。真悟くんが会いたくないと思うのなら、無理にとはいわないけど」

「僕だって、ちゃんと話したいです」

「そう。決まりだね」

 ポニテさんはまた布団を頭まで覆った。

「いってらっしゃい」

「ポニテさん」

「なに? 時間はもうないんじゃないの?」

 布団を覆っているせいで声が篭って聞こえる。

「最後に顔を見て言いたいことがあるんです」

「ヤダ」

 即答ですか。

「そんなことを言わないでください」

「嫌なの。だって、それってさ」

 言葉は続けなかったけれど、わかっているようだった。

 最後に顔を見て言いたかったんだ。

 別れの言葉を。

「……さよなら」

 それ以上の言葉を他に思いつかなかった。

 僕は踵を返し、部屋を出て行く。

 背後から動く気配が感じられたけれど、気のせいだと言い聞かせて五◯八号室を後にした。

 ノヴァさんに会いに行こうと思うのだけれど、足が思うように動かなかった。

 別れというのは、こんなにも重いものなのかと、思い知った。

 足を引きずるように動かし、僕は五◯二号室へと向かったが、ふとあることを思い出し、ノヴァさんはこの部屋にいないと察した。

 ノヴァさんは別れ際に、こういったんだ。

『また一人になるのね』と。

 そう言って、彼女は自室には向かわず階段を使った。

 もしかしたらと思い、ダメ元で階段を上り、ある部屋の前へと辿り着く。

 六◯六号室。カズさんが使っていた部屋だ。

 扉こそ壊されていなかったが、しかしドアノブは半壊し、ロックが掛かっていなかった。

 今度こそ、ノックが出来る。

 僕は二回ノックし、反応を待った。

「入って」

 透き通るような声。

 開け閉めだけしか出来ないドアノブを握り、扉を開く。

 部屋の奥に居たのは、ノヴァさんだった。

 窓際にある机と椅子。その椅子に腰掛けて外の景色を眺めている。

「来て、くれたのね」

 ノヴァさんは僕のほう見ないまま言った。

「はい」

「ポニ子に言われたから、でしょう?」

「ええ」

 僕は偽らず、正直に答える。

「妬けるわ。でも、カズヒデの部屋にいる私が言える台詞でも無いわね」

「……そちらに行ってもいいですか?」

「ええ。お願い」

 僕はノヴァさんの前にある椅子に座る。

 ポニテさんに言われて、ノヴァさんと会ったけれど……でも、ノヴァさんにも伝えないといけない。

 別れの言葉を。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回投稿は2/7です。


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