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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
84/143

080 『痛み(ペイン)』

080です。

 ハンプティさんは机の上に突っ伏していた。声を掛けるべきか迷ったけれど、なにも言わずに立ち去るのもどうかと思えた。

「ハンプティさん」

 呼びかけると、ハンプティさんは眠たそうな目をしたまま顔を上げる。

誰も居ないとわかっているのに、僕は食堂を見回した。

「ひとり、ですか?」

 両目を擦りながら、ハンプティさんは僕に顔を向ける。

「ああ、いまは一人」

「みんなはもう食事を済ませたんですか?」

「うん、まぁ、そうかな。みんな簡単なものでいいからとか言ってさ。飯を食べる気にもなれないんだろうね」

「虎猫さんは? 一緒に作るって言ってましたよね」

「そう。だから、おにぎりをみんなの部屋に運んでいる。しばらくしたら戻ってくると思うんだけどね。あー、ごめん、まだシンくんのカツ丼作ってないや。待ってて。下拵えは終わっているから、十分も掛からなよ」

「えっと、まだ早いかな」

 僕がそう言うと、ハンプティさんはスマートフォンを取り出して時間を見た。

「まだ、こんな時間か。お茶でも出すよ。座ってて」

 ハンプティさんはおもむろに立ち上がり、ふと僕に焦点を合わせた。ようやくあったというべきかもしれない。そのまま僕の顔を凝視する。

「どうしたんです?」

「なにか、あったんじゃないの?」

「ありましたね」

 つい数分前に起きた出来事を思い出して、 苦笑いをすることしか出来なかった。

「詳しくは聞かないでおくよ。そういうのって当人たちの問題だと思うからさ。外野があれこれいっても解決するわけでもないし、それにシンくん自身が助けを求めないかぎり、俺は手を差し伸べるべきじゃない」

 あのハンプティさんが、あまりにも真っ当で大人らしい言葉を言うものだから空いた口が塞がらなかった。

「なにその顔? 俺だってまともなことくらい言うさ。バンドマンではあったけれど、それなりの社会経験はあるんだぜ?」

「気を悪くしたのなら謝ります。すみません」

「んだから、謝らなくていいって。なんでそうすぐに頭を下げるのかな。シンくんって基本は姿勢が低いよね。どうして?」

「どうしてと言われても」

 困るだけなんだけど。

「シンくんの持ち味だってのはわかっているんだけどね。もう少し、てか、もっとさ、ドンと構えてもいいんじゃねーのって俺は思うわけよ」

「威張り散らすような感じはしたくないんですけど」

「威張るとは違うんだけど。いっか。シンくんのそれも個性といえばいいのかね。じゃあ、お茶入れてくるよ。虎猫のやつもかえってくるだろうしさ」

「ありがとうございます」

 普通にお礼を言っただけなのに、ハンプティさんは足を止めて、こちらに振り返った。

「シンくんてさ。本当に、距離を縮めない人だよね」

「これでも、かなり打ち解けている方だと僕は思うんですけど?」

 真顔で答えたにも関わらず、ハンプティさんは越えを殺して笑った。

「本当、いい性格しているよ」

 ハンプティさんの言った意味は測れなかったけれど、僕は言われた通り適当な椅子に座ることにした。

 なんだか、他愛もない会話をするだけで、ポニテさんやノヴァさんに言われたこと、されたことが和らいだ。

 心に刺さった棘はまだ抜けてはいないが、楽にはなった。

「シンちゃん!」

 思いふけっているところに、トレイを脇に抱えた虎猫さんが戻ってきていた。

「虎猫さん」

 今朝、カーニヴァルと戦う前に顔を合わせているはずなのに、二人きりで顔を合わせるのはずいぶんと久しぶりな気がした。

「ねぇ、どういうことなの?」

 この言葉の意味に、僕はすぐに察した。ノヴァさんかポニテさんのどちらかに話を聞いたのだろう。

「元の世界に戻ったら、シンちゃんが死んじゃうって……本当なの?」

 責める目が心の棘を刺激する。

「え? それマジで?」

 キッチンの方へ視線を向けると、湯のみを三つトレイに載せたハンプティさんが立っている。

 タイミング悪く戻ってきたハンプティさんにも聞かれてしまった。

「あたしの質問に答えてよ」

 どうやら真正面から女性からの怒りをぶつけられると弱いらしい。

「本当です。覚醒した僕の体は、現実世界では生きていけないそうなんです」

「どうにかして防ぐとか、なんか死なない方法とかないの?」

「今のところ、覚醒した適正者は全員死でいる、そうですよ」

「そんな」

 カランと音を立てて、トレイが床に落ちた。

「シンくん、虎猫が言ったことはマジなわけ? 嘘じゃなくて? つか、それいつ知ったのってあれか。カズヒデさんと二人きりで話した時かよ。んだよ、どうして俺、気づかなかったんだ」

 ハンプティさんは悔しそうに肩を落とした。

 重苦しい空気と沈黙が食堂を支配する。

 どうやら、ここにも居づらくなったようだ。

 僕はのそりと立ち上がって、虎猫さんを通り過ぎてホテルから出ようとした。

「どこに行くの?」

 虎猫さんに呼び止められたが、僕の足は止まらなかった。返答する気もなかった。

 どうせまた、言い争いをして、気まずくなるだけだ。

「そうやって、ポニちゃんからも逃げたんでしょう」

 どうして、いま、彼女の名前を言うんだ。逃げてなんかいない。僕は、彼女の、ポニテさんの望み通りに従っただけだ・

「一人になりたいって言われたから、素直に従うってどんだけなの? それでも男なの? ポニちゃんの彼氏じゃないの!」

「虎猫さんに、なにがわかるんですか?」

 僕は努めて冷静に言い返した。感情的に反論した所で、それは収拾の付かない口論にしかならない。解決に向かうどころか火に油だ。

「なによ、それ? 逆ギレ? 彼女を怒らせたから矛先を他人のあたしにぶつけて解消するつもり? 情けない。あたしはそんなあんたに頼らないといけないの? なにがわかるんですか? はぁ? ふざけんな。あたしにあんたの気持ちなんて分かるわけないじゃん。知ることができたらマジで超能力だよ、エスパーだっつーの」

「おい、虎猫」

 今にも僕に襲いかかろうとする虎猫さんをハンプティさんが抑える。が、掴まれた両肩を払いのけ、虎猫さんは僕へと歩み寄る。

「あたし、シンちゃんのことをすっごい買ってた。マジでリスペクトもんだよ。どんな強敵が出てきても、どんどん一人で倒しちゃうしさ。初めて適応者を殺した時は怖かったけど、安心だってした。ああ、この人に付いて行けば助かるかもって。でも、頼りっぱなしもダメだと思って、反省して戦おうと努力した。ポニちゃんみたいにね。あの子は強いよ。でもさ、それって適正者であるポニちゃんであって、現実にいるあの子はどこにでもいる普通の女の子なんだってば! どうしてそれをわかってあげられないの」

 冷静にいられるなんて、無理だった。

「わかっていますよ! そんなことくらい!」

 無様に叫んだ。感情的になって女性に怒鳴った。

「一緒に居られるならずっと側に居たい。あの人は強かった。けど、僕のせいで強かった彼女は失われた。だから、言えなかった。現実世界を取り戻しても、僕が死んでしまうことを。言えなかった。あの人の笑っている顔を見たら、言えるわけ……無いじゃないですか」

「それでも、シンちゃんは逃げている。ポニちゃんだけじゃない、あたしからも、このホテルにいる誰からも逃げている。逃げて逃げて逃げて一人になろうとしている。悲劇の英雄でも気取っているつもりなの? 僕が死ぬことでみんなが救われるならそれでいい、なんてふざけたこと考えていたんでしょう? そんな同情じみた上から目線の救いなんて願い下げもいいとこ」

「おい、虎猫、お前言い過ぎだって」

「今言わないで、いつ言うの! シンちゃんは数時間後にはいなくなる。そうなってからじゃ遅いの! 生きているいまだからこそ言うんだって!」

 虎猫さんは感情に任せてしゃべり続けたせいで息切れを起こしている。

 悪い意味で、興奮が冷めないでいる。

 僕の為に怒っているのはわかっているのに、どこか冷めている自分が嫌になった。

「そう、その目。シンちゃんは冷めた目をして人を傍観する。観察する。感情に流れてくれない。こっちが本気で怒っていても自己完結させて、次に進む。でも、あたしたちは違う。残される。シンちゃんは一緒に歩もうとしないんだ。追いつけないだよ。早過ぎるんだよ。シンちゃんにとってはそれが普通かもしれないけど、あたしたちにとっての普通は、そんな速度で歩いていない」

「僕のことを、人でなしみたいに言うんですね」

「その逆。シンちゃんは人としてまともな感情を抱く。怒るし笑う。そうじゃなかったら、一人で戦おうなんて思わないもん。でも、シンちゃんのそれは自己犠牲を自ら進んでいるじゃない。結局、一人で居ることが楽なんだよ。拒絶されたら、それでいいやで済ましている」

 否定はしない。昨夜、覚醒した力の三割を発動させて、闘紋を見せたら、僕を恐怖する存在とみなして拒絶した。

 受け入れられないのなら、仕方がないとさえ思ったんだ。

「あたしは拒絶されたら嫌だし、受け入れられない。だから、あたしはあたしを拒絶しない誰かにに頼る。その人達のそばに行くの。シンちゃんは……孤独に対して辛さを感じなさすぎなんだよ」

 言いたいことは、その一言に付きていた。

 僕は孤独の寂しさ、虚しさ、侘びしさなど、感じたことがない。

 強がりではなかった。誰かがいなくても平気なのだ。

 でも、それは僕みたいな人間の場合の話だ。

 孤独に耐えられない人は、一人ではいられない。

 頭の中で電流が走ったような感覚に見舞われる。

 靄が晴れ、明瞭な視界が広がった気すらした。

「わかった?」

 僕の変化を察したのか、虎猫さんが問う。

「シンちゃんが一人で平気なのは知っている。それはいいよ。でもさ、一人にしちゃいけない人がいるでしょう? いい加減、一人になることから逃げないで。君の隣に誰かをいさせてあげようよ」

「そうします」

 僕は踵を返してエレベーターの方へと進む。

「ちょっと待って。今はダメだよ」

 虎猫さんが慌てて僕の腕を引っ張る。

「はい?」

 行けといったり、待てと言ったり……どうしてほしいのだ。

「あのさ。ポニちゃんだって衝撃的なことを言われて一人になりたい時間を設けてほしいわけなの。それくらいわかってあげようよ」

「矛盾しているじゃないですか。一人にしてほしくないんですよね?」

「だーかーら、それは自分の考えというか気持ちが落ち着くまで待って欲しいっていう意味であって、頃合いをみたら戻ってきてほしいってことなの。これくらいわかってよ」

 わかりませんが、なにか。

「ああもう! さっきも言ったけど、シンちゃんは一人でいることに慣れているから、すぐに行動できるかもしれないけど、普通は、普通はね? 小一時間くらい一人になって、寂しくなるの。その時に戻ってきてくれれば最高ってことなの」

「最高って」

「なにごとにもタイミングっていうのが重要なの。特に女の子はね」

 と言って、虎猫さんはこれみよがしに片目を瞑った。

「はい、というわけでね。時間を潰すためにも、ハンプティが淹れてくれたお茶でも飲みましょう」

 ポンと両手を叩いた虎猫さんはお茶がトレイに乗ったままのテーブル席に座った。

「ほら、そこのメンズ。突っ立てないでこっちに来なさいよ」

 僕とハンプティさんは顔を突き合わせ、浅く笑った後、虎猫さんがいるテーブルへと落ち着くことにした。

 ハンプティさんが淹れてくれたお茶は熱くてとても美味しかった。

 胃の中で落ち着いたお茶はじんわりと内側から体を暖めていく。

 ハンプティさんのお茶と、虎猫さんの説教のおかげで、僕の心に刺さっていた棘は綺麗に抜け落ちていた。

 痛みから逃げようとしていた僕を、この二人が救ってくれたのだ。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

次回投稿は2/5です。

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