079 『独り(アローン)』
079です。
※ 2/2 本文加筆修正
カズさんが白の創造主と手を組んだ?
何故、どうして、という疑問が浮かび上がる中、実際に口にした言葉はより具体的だった。
「ノヴァさんは、いつ知ったんですか? まさか初めから……」
「違うわ」
ノヴァさんは僕が抱いている疑惑を即座に否定した。
「違うの。私がカズヒデからノートパソコンを受け取ったのは知っているわよね? 私はハンプティを連れて自室へと戻ったわ。そして、パソコンを開くとメモが入っていたの」
ノヴァさんはポケットから折りたたまれたA4サイズの用紙を取り出した。
折られた面には『ノヴァへ。そして、真悟へ』と宛名があった。
「読んで」
僕は言われるがまま、折りたたまれた用紙を開いて目を通した。
『ノートパソコンはロックを掛けている。パスを見つけ出そうなんて労力の無駄だ。だから、大切なことだけここに記す。俺は白の創造主と手を組み、幾つかの道具アイテムを手に入れた。みんなのレリック武器は必ず返す。この事は、信頼できる奴だけに伝えてほしい。今は俺が裏切ったと思われている方がいい。詳しくは言えないが、俺は真悟が倒れた時の保険だ。唯一の心残りはポニの大剣を回収できないことだ。ノヴァ、ポニのことを頼んだ。
それから真悟。無事にまた会えることを願っている』
メモを読み終えると、折り目の通りに用紙を畳んだ。
「真悟さん。このメモに書かれていた『保険』というのは、やっぱり?」
「覚醒するつもりなんでしょう」
「そうなるわよね。なんで私に黙ってこんな勝手な真似をしたのかしら。保険というのなら私がなっても良かったのに」
「……覚醒してほしくないからでしょう。ノヴァさんだけじゃなくて、この異世界化した渋谷にいる全ての適正者にはなってほしくなかった」
「カズヒデが覚醒するのはよくて、私たちがなってはいけない道理がわからないわ」
覚醒した肉体は、取り戻した現実世界では死んでしまう、なんて言えるはずもなかった。だが、もう一つ、理由付けをするには打って付けの言い訳が思いついた。
「覚醒にはリスクが伴います。適応者と戦わなくても覚醒する方法もまた、それなりのリスクを求められるとしたら、なおさら覚醒してほしくなかったんだと思います。特に二人には」
「そんな気遣い……要らないわよ」
ノヴァさんは硬く拳を握った。
「どうしてそう男の人って女を軽んじるのかしら。適正者となったこの体であれば、性差の問題なんてないはずよ」
ノヴァさんは悔しそうに吐き捨てた。
「僕には男だから、女だから、そんな小さな理由でカズさんは動いてないと思います」
「どうして、そう思うの?」
「カズさんはいつだって先立って行動するタイプの人でした。誰よりも早く。そんな人が、適応者となったスグルさんにやられ、情報収集という裏方に回った。傍観者になったんですよ。色んな情報を集めているのに、ジッとしていられるはずがありません」
「要は、自分勝手に動きたかっただけということ?」
「まぁ、言葉はよろしくありませんけど、そうだと思います」
「もしそうだとしたら、カズヒデらしいわね」
「良くも悪くも、あの人はあの人ですよ。僕としては裏切っていないと言葉を残してくれただけで安心していますがね」
「真悟さんが無事に元の世界に戻してくれたら、カズヒデはどんな顔をして戻ってくるのかしらね」
「そりゃ、決まってるじゃない」
ずっと黙っていたポニテさんが明るい声を上げた。
「何事もなかったような顔をして、『悪い悪い、まぁ、無事で良かったじゃねーか』ってさ。本当、憎たらしい大人よね」
「憎らしいわね。殺したいほどに」
おっかない言葉を口にしているけれど、ノヴァさんの口元は綻んでいる。
「どんな理由であれ、カズヒデは大切なレリック武器を奪っていった。これは許される行為ではないわ。私が殺そうとしなくても、あのエクスは半殺しにするかもしれないわね」
エクスさんは裏切られたという気持ちが大きい。半殺しとまではいかなくても、それなりの制裁は与えるはずだ。
「カズっち。ご愁傷様」
ポニテさんが両手を合わせて、どこかへ消えたカズさんに祈りを捧げる。
「仕方ないわね。そうならないように、私が半殺しにしてあげましょう。すでにボロ雑巾になったカズヒデをみれば、追い打ちをかけようとはしないでしょう」
「そうかもしれませんが、やり過ぎたらダメですよ」
「大丈夫よ。だって、元の世界に戻っていたら、普通の人間に戻るわけでしょう? 瞬間復元だって使えないのだからね。全治一週間程度の傷で許してあげるわ」
「程度の問題でもないとは思いますが」
「もし文句でも垂れようものなら、これくらいの覚悟もなしに、人の武器を奪うほうが悪いと言ってあげるわ」
「……仰るとおりです」
ノヴァさんは笑っているけれど、目は鋭いままだった。
「ノヴァさん、カズさんの件はひとまず置いて。カズさんが消える前、つまり二人がネカフェからノートパソコンを回収し、このホテルに戻ってくるまでの間のことを聞かせてくれませんか」
「そうね」
ノヴァさんは口元に人差し指を置いて記憶を弄った。
「行きも帰りもこれといって大切な話なんてしなかったわ。あ、でもね。ノートパソコンを見つけた時、すぐにネカフェからは出なかったのよ」
「しばらくはネカフェで過ごしたんですか?」
「そう。ノートを開いて電源を入れたと思ったら、画面を見るなりぱちぱちとタイピングし始めたの。私は何かあったのと聞いたら、『ちょっとだけやることができた』って言って十分くらい席から動かなかった。私も手持ちぶたさだったし、ドリンクバーに行ったの。帰ってきたらもうノートは閉じていたの。たぶん、この時にメモをノートに挟んでおいたのね」
「ちなみに、何を開いていたのか、そういうのは後ろから見ていてわかりませんでしたか」
「開いていたのはチャットアプリね。打ち込まれていたテキストは全文英語だったから、読めなかったけど、相手はたぶん、白の創造主と思ったほうがいいわね」
「てことはさ、その時に白の創造主と手を組んだってことになるのかな?」
ポニテさんは腕を組みながら呟く。
「どうでしょうね。昨日の段階で白の創造主と手を組んでいたかもしれないわ。会話の内容がわからない以上、これ以上の詮索は無理ね」
「待ってよ? じゃあ、ノヴァちゃんたちと動けなくしたアイテムはどうやって手に入れたの?」
ポニテさんの素朴な疑問に僕が答える。
「きっと、妖精を通したんじゃないでしょうか。白の創造主と妖精は繋がっています。たぶん、テキスト上でアイテムを催促してレイラに渡した。こう考えると自然ですね」
「そう考えると、妖精たちを活動させなくなったのはなぜかしら」
ノヴァさんが僕らを見据える。
「白の創造主と妖精が繋がっている。裏を返せば、白の創造主はいつでもどこでも私たち適正者を見ているといえるんじゃないかしら? それは私たちを守るためともいえるわね。ところが、適正者を守るための妖精さえも使えなくさせたのはおかしいわ。武器も妖精も使えない。これでは適正者を見殺しにするようなものよ」
「みんなそう思ったから、カズっちが黒の創造主側についた、みたいに誤解したんじゃないのかな」
「誤解させるためが狙い? 他にも理由があるんじゃないかしら。適正者たちに戦う権利を奪い、安全区域から動けなくさせる。でも、今現在、レリックモンスターは出現しないわ。そうよね?」
ノヴァさんの同意に、僕は素直に頷いた。
「つまり、死ぬような脅威がないのに、武器と妖精を私たちから奪った。ここから導き出せる答えは、なに?」
それはノヴァさんの自問自答だった。これらの言葉を呟きながら、ノヴァさんは部屋の中を時計回りに旋回する。僕が長針であれば、ポニテさんは短針。そしてノヴァさんは秒針といったところか。
部屋の出入り口から伸びた廊下を〇時と置き換えると、長針の僕は十一を指し、ポニテさんはゼロだ。
秒針のノヴァさんが三十秒のところで立ち止まる。
「これはあくまでも憶測ではあるけれど、白の創造主は適正者を覚醒させたくないんじゃないかしら」
「それっておかしくない? だって、覚醒すれば戦力は増えるし、『境界を超えし者』も楽に倒せるはずだよ。真悟くんの負担が減るしさ」
「そうなのよ。でも、覚醒させたくない理由があるとしたらどう? 現段階で覚醒する方法は適応者と戦う、それとは別の方法による覚醒の二つ。前者はもう無理ね。カーニヴァルが最後の適応者となるはずだから。では、後者による覚醒はどう? どんなリスクがあるかは知らないけれど、覚醒は出来るわ。なのに、白の創造主はカズヒデを使って武器を回収し、妖精も使わなくさせた。すると、白の創造主は適正者の覚醒を快く思っていないということになるの」
「考えすぎってことはないよね?」
ポニテさんはノヴァさんの考えに疑いを抱きながら口にした。
だが、ノヴァさんはポニテさんの疑問に答えず、持論を語り続ける。
「白の創造主は、武器と妖精を私たちから奪うことで、逆に守っているのだとしたら。そう、これ以上、適正者を覚醒させないことこそ、私たちを守ることに繋がっている」
ノヴァさんの頭が切れることはわかっていたことだが、正直、これは驚愕の言葉以外ほかなかった。そして、ノヴァさんの推理はほぼ当たっているだろう。
白の創造主が適正者の覚醒を望まないのは、異世界化から解放されても、その覚醒した適正者が死んでしまうからだ。故に、多くの犠牲を出さないためにも、ここ以外に残っている異世界化した地域を元に戻すためにも、適正者の数を減らすわけにはいかないのだ。
参ったな……カズさんが消えたことで、ノヴァさんは覚醒した後に起きる真実に近づいてしまった。
「真悟さん。あなた、私たちにまだ話していないことがあるんじゃないのかしら。覚醒の危険性について。真悟さん、あなたはカズヒデと一緒にネットカフェで何を話していたの? まだ黙っていることがあるのなら、答えて」
秒針が時計回りに近づいてくる。それは一秒刻みではなかった。時間を倍速した秒針が長針とほぼ重なりあう。
「どうなの?」
ノヴァさんは僕の腕を掴み、睨んだ。
「何を隠しているの?」
「真悟くん、本当に、ノヴァちゃんが言うとおり、何か隠しているの? それって私にも言えないことなの?」
もう、隠し続けるのは無理だ。
この二人にはいつも見透かされてきた。
僕は、全てを、偽りなく、事実だけを述べた。
言い終わると、ノヴァさんの表情はより険しくなり、ポニテさんは、目頭を潤ませていた。
「すみません。黙っていて。どうしても言えなくて」
「あなたって人は! また一人で抱え込んで!」
僕の顔目掛けてノヴァさんの平手が飛んでくる。避けるつもりはなかった。大人しく殴られようと覚悟した。が、僕が受けた衝撃は平手どころではなかった。
僕の体は部屋の奥へと吹き飛ばされていた。
何が起きたのか、すぐに解った。
壁に立てかけてあった大剣は、ポニテさんの手にあり、振り払ったモーションの直後だった。
「ポニテさん」
そう、名前を呼ぶことしか出来ない。弁解の余地もなかった。
壁際に置かれたまま、その場から動かないでいると、ポニテさんは大剣を持ったまま突っ込んでくる。
「馬鹿!」
ポニテさんが手にしていた大剣の腹が僕の胴体に当てられ、その勢いは止まらず、僕は壁に押し付けられて身動きを取れないようにされた。
「馬鹿! 馬鹿! バカ!!!」
ポニテさんは泣き叫んでいた。大粒の涙を流しながら、僕を罵倒する。
「どうして……どうしてそんな大切なことを、黙って……いたの!」
大剣から受けている圧力がなくなる。ポニテさんは大剣を手放し、空いた両手を使って、僕の胸を叩いた。
痛みは感じない。この体に物理的な痛みは感じないのだ。
でも、痛かった。
昨日から受け続けてきたどんな傷よりも、痛い。腕を切り取られた時よりも、大鎌で胴体を貫かれた時よりも。
ポニテさんの涙は、僕の心を深く傷つけたからだ。
「約束したじゃん。私のところへ戻ってくるって。約束したじゃん。元の世界に戻ったら、一緒に何処かへ行こうって。なんで、嘘をついたの! なん……」
ポニテさんはそのまま泣き崩れてしまった。
「ポニテさん」
「ダメよ。触ったら」
僕がポニテさんに触れようとすると、目の前にはノヴァさんが立っていた。
「ノヴァ、さん」
閃光のような平手打ちが僕の左頬を打ち抜いた。
「付いていい嘘もあるかもしれないけれど、あなたが付いた嘘は悲しみしか残さないわ」
「僕は……」
「出て行って」
消え去りそうなポニテさんの声が聞こえる。
「お願い、出て行って」
「ポニテさん」
「出て行けって言ってんの! 真悟くんも、ノヴァちゃんも、ここから出て行って! お願いだから……一人にさせてよ」
部屋はポニテさんの泣き声に満たされる。
僕は重い足取りで部屋を出た。
廊下に出ると、もうポニテさんの声は聞こえなかった。
「真悟さん」
ノヴァさんの呼び声に反応し、振り返るとまた平手打ちをくらった。
「私はそれで許してあげる」
「ノヴァさん」
「約束を破った罰にしては軽いけど。あなたが悩んでいたのもわかるわ。そして、嘘を付きたかった気持ちもわかる。でも、本当のことを言うべきだった」
「はい」
「私も部屋に戻るわ」
僕の横を通り過ぎる間際、ノヴァさんは言った。
「また、一人になるのね」と。
ノヴァさんの姿が見えなくなるまで、僕は彼女を目で追った。
胸が苦しくなった。
罪悪感しか残っていなかった。
僕の足は自然に歩き始め、階段を下り、一階のロビーまで来ていた。
食堂が見える。
そこには暇そうにしているハンプティさんだけが居た。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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