077 『未来の風景(フューチャー・ザット・ワズ・カット)』
077です。
気分を変えて昨日以前までの日常的な会話を三人で交えた。日輪さんが淹れてくれたコーヒーを飲み干した頃には、お互いのネタが尽きたせいもあり、会話は弾まなくなった。
「ウチ、そろそろ戻るわ」
日輪さんが立ち上がると、僕とポニテさんも立ち上がった。
「じゃあ、私たちも」
「無理してウチに付き合わんでもいいで? それにデート中にお邪魔したんはウチの方だけんね。ほら、いいけん、二人は座っとり。本当はおかわりも淹れて上げてあげたいけど、エクスんとこに戻るわ」
僕らは言われるがまま、椅子に座って歩き去る日輪さんを眺めた。
「日輪」
遠ざかっていく日輪さんの背中にポニテさんが呼び止める。
「んー?」
日輪さんが振り返ると同時に、ポニテさんが立ち上がった。
「カフェラテ、ありがとう。美味しかったよ。また一緒にお茶しようよ」
お礼を告げると、日輪さんは照れくさそうに鼻を掻いた。
「いいで。けど、次はあんたらが奢ってごさんといけんで」
「まっかせてよ。私がケーキもカフェも美味しいお店、連れてって上げる」
「そげか。楽しみにしとーで」
日輪さんが最後にそう呟いた後、もう振り返ることもなく階段を降りていった。
ポニテさんはというと、日輪さんが居なくなるまでずっと立って、彼女を見送っていた。
「第一印象は最悪だったけど、こうしてちゃんと話をすれば、分かり合えるもんだね」
「人と人都の関係なんて、ボタンの掛け違いで良くも悪くもなりますよ。下手に深読みして、疑心暗鬼になることすらありますから」
「その逆もあるよ。いい人の様に見せかけて、内心では悪巧みしている人だっているからさ」
「いわゆる腹黒というやつですか」
「それを言ったら、真悟くんも初対面の頃は、何を考えているのかわからない青年だったけどね」
「青年って。まぁ、そういう年ですから間違っていませんけど。でも、僕は腹黒くはないですよ」
「昨日今日とあんだけ内面を晒しているのに、まだ腹黒くないって言える? 他人を信用してないってエクスからも突っ込まれたじゃない」
正論過ぎていい返す言葉もない。
「人を信用していない点は認めます。でも、悪巧みをするような大物ではありませんよ?」
「そう言われると、まぁ、そうだけどさ。でも、常に何かを考えて行動はするでしょう。しかも、他人を巻き添えしないように、自分だけで行動しちゃう。私の場合は目の前のことしか見えなて暴走気味になるけれど、真悟くんは状況を俯瞰して一人で片付けちゃうタイプだよね」
「変な話ですけど、こんな世界にでもならなければ、こういう才能があるだなんて気づきもしませんでしたよ」
「こういうのを怪我の功名とかいうのかな?」
「言いたいことはわかりますけど、たぶん、使い方は間違っていますよ」
「ですよねー」
そういいながら、ポニテさんは椅子に座って、頬杖を付いた。
「これから、どうしよっか」
「ポニテさんが行きたいところがあれば、着いて来ますよ」
「それじゃダメだって」
軽い鼻息を立てて、ポニテさんが反論する。
「どうして?」
「私だけで行き先を決めても面白く無いもん。芸術鑑賞は私が決めました。じゃあ次は真悟くんが決める番じゃないの?」
「僕ですか? 困ったな」
前もってデートをするとなれば、行ってみたい所、見てみたい場所、評判のいいお店や、行きつけの食事処へでもいけるだけれど、咄嗟にここへ行くというのが思いつかなかった。
うんうんと悩んでいる僕を、ポニテさんが楽しそうに眺めている。なんだか、意地悪されている気分になってきた。
「人が悩んでいるの、面白いです?」
そう嫌味に言ってみたが、ポニテさんは動じなかった。
「面白いよ」
「正直にも程がありますよ?」
半ば呆れて言い返したが、その反応もまた面白そうにポニテさんが見ている。
「だってさ。真悟くん。戦うこと意外で悩むところを見るのが新鮮だもん。しかも、私の為に悩んでくれているわけでしょ? ある意味、彼女の特権だと思わない?」
その屈託のない笑顔で言ってしまうポニテさんが、可愛らしくて愛おしくて、この人が本当に僕の彼女だと思うと心臓が高鳴ってしまった。
「それで、真悟くんはどこへ私を連れて行ってくれるの?」
顔を輝かせながら急かされても、これというのが思い浮かばないのが悔しい。
「じゃあ、してみたいこととかない?」
「してみたいこと、ですか」
あまり一つのことに悩ませてはいけないと思われたのか、次の提案を差し出された。
してみたいことから、関連付けて思い浮かんだ事が一つだけあった。
「あの、してみたいことあります」
「どんなの? あ……でも、エッチなことはダメだよ」
僕が想像していた反応よりもさらに斜め上の返答が来たので慌てた。
「いやいやいや。そっちじゃありませんよ」
全力で否定をすると余計に怪しまれたのか、ポニテさんは「ほんとにぃ?」と疑りながら、じっとりとした目をする。腹の下が握りしめられるような痛みを感じて、僕は急いで弁明する。
「したいこと、というより、これからしてみたかったことです」
「ん、ごめん。意味がよくわからないんだけど」
「口で説明するのもなんなので、ちょっと見に行きませんか?」
「してみたのに、見に行くってどういうことなの?」
僕の言い方が悪かったようで、ポニテさんは混乱している。
「行けばわかります」
僕は立ち上がり、ポニテさんの手を取ってBunkamuraのビルから出た。
繋いでいた手は握手をしたような形から、自然と指と指が重なりあい、手の平を密着させた。
いわゆる恋人繋ぎという形だ。
僕が向かったのは、昨日、カズさんがノートパソコンを拝借した家電量販店だ。そして、これもまったく昨日と同じように地下へと降りて、目当ての品物があるコーナーまで足を進めた。
「これです」
僕が目当ての場所に辿り着いて立ち止まると、ショーケースに飾られた目的の品を指差した。
「これって、デジタル一眼レフカメラ?」
ショーケースにはCanon、Nikon、OLYMPUSといった有名メーカーから、名前もあまり知られていないようなカメラも並べられていた。
「してみたかったことって、カメラマンになりたいの?」
「プロになりたいとか、そういう気持ちはまだありませんよ。それに、こうやって眺めるだけで精一杯で購入するには、学生の身分では手がでない高級品です」
「これはこれで意外かも。どうして、カメラなの?」
「僕の性格や、人間性みたいなこと、昨日の内にバレたから言いますけど、僕は協調性が本当に乏しいんです。学生のうちならまだいいですけど、社会に出て、普通に会社員にでもなったら、ストレスで体調を崩すかもしれません」
「いくらなんでも、それはないでしょう。生活するにはお金を稼がないといけないんだからさ。そこは折り合いをつけて働くんじゃない?」
「そうかもしれませんし、本当にできないかもしれません」
「なんか、真悟くんの将来が不安になってきた」
ポニテさんは、現実を見据えた意見を述べた、将来性、社会に適合できない男との恋愛、その先にある一つのゴールまで、ポニテさんは想像し、落胆したのかもしれない。
「甲斐性なしの男はゴメンですか?」
「違うよ? そんな深い意味で言ったわけじゃないから。真悟くんが何になりたいのかは、真悟くんの自由だもん。ただカメラマンってのは意外過ぎただけなんだよね」
「だから、カメラマンになりたいとかそういうのじゃないです。まだ僕が何になりたいとか決めてないし、学生の内に見つけられたらラッキーだとは思います。それでも、見つからなければ、興味のある会社に面接でも受けますよ」
僕に明日があれば、この世界が昨日と同じような日常が戻っていれば、という仮定だけど。
「それに、将来の話じゃなくて、してみたいことのはずですよね?」
「そっちの話に切り替えたのは真悟くんじゃない。私のせいにしないでよ」
僕はポニテさんを見つめて、そういえばそうだったと反省して「すみません」と頭を下げた。
「もう、許してあげるからいいけどね。それで? 真悟くんがしたいことは写真を撮りたいってこと?」
「いろいろと考えたんです。共同作業も、人と極力関わらないで、一人で出来ることはなにかないかなと。もちろん、ゲーム以外でって意味で」
「そりゃそうだ。健全な考え方だね」
ポニテさんが含み笑いをしながら言う。
「一人で出来ること。一通り試してみたんです。鉛筆一本を持って絵を書いたけど、模写しているはずなのに、似ても似つかない静物画が出来上がりました。漫画と言うか二次的なイラストもどうしようもない絵ができあがりました」
「ちょっと見てみたいかも」
「見せませんよ? それで、一人で出来るスポーツを連想しました。陸上競技なんて本当に孤高です。競技なので対戦相手はいますが、結局は自分との戦いだと思っています。でも、適正者であれば問題はありませんが、普通の人間のままだったら、とてもじゃないけどあの過酷な世界で生きていけないと試す前に心が折れました」
「メンタル弱すぎない?」
「元々、出不精ですし、ゲームばかりやっていた少年でしたからね。憧れは憧れのままで眺めている方がいいかと。そして、僕は写真に出会ったんです」
もう一度、ショーケースにあるデジタルカメラに目を向ける。
「何気なく見ている写真でも、人を惹きつけ、被写体によっては感動すら呼び起こします。たった一枚の写真。その一場面を切り取れるカメラは一人で行える。まだ実物のカメラすら持ったことがないのに、技術すら持っていないけれど、すごく興味が湧いたんです。この想いだけは、憧れで終わらせたくないなって。仕事にしなくてもいいんです。趣味でもいいから、一人で、何かを切り取っていけたら、その写真を誰かに見てもらえたら、そんな夢想をしていました」
中学高校と他人と関わりをあまり持たず、一人で遊んで、一人で過ごしてきた。寂しいとか思うことがないくらい、一人でいる時間が楽だった。
そして、僕がオンラインゲーム『Relic』をやって、ある人と出会い、カメラの憧れはより身近になり、憧れから脱却しようと決めてくれた。
「ねぇ、真悟くんがカメラを持とうと思ったのは、もしかして、カズっち?」
そう、カズさんの職業はカメラマンだ。出会った当初は強引で、こちらの気持ちや都合などお構いなしに、ゲームのクエストやダンジョンに収集させられ、行動を共にした。
初めこそ、僕は一緒に行動することが嫌だったが、慣れとは不思議なもので苦にならず、そして普通に話をするようになった。そんなある日のこと、話の流れでリアルの事情を話す機会が訪れた。そこでようやくカズさんこと、立花一英さんの職業がカメラマンであることを知った。
晴天の碧麗だった。いつしかカメラを持って、色んな写真を撮りたいと夢見ていた僕にとって、カズさんはその憧れそのものを職業にしていたのだ。
あれほど人との関わりを嫌っていたのに、僕は職業を知っただけでカズさんに心を許してしまった。現金なやつだと言われれば反論はしない。でも、人なんてそういうものだと思っている。
それから、機会があれば、それとなくカメラマンと言う職業を聞いてみた。普段、どんな風に仕事をしているのか、技術の向上や機材など、本当に知りたいことを聞くことがあった。
無論、そういった質問をするのは二人きりの時だけで、質問する時間にしても五分とかからないくらい、自然な会話を装ったが、カメラに興味があるのはバレバレだっただろう。
それでも、カズさんは僕の内情を詮索せず教えてくれた。
「カズさんからはいろいろと教えてもらいましたよ。だからこそ、カメラマンという職業にはならないと思うんです」
「え、どうして?」
「カメラマンという仕事も、やっぱり人と繋がってなんぼの仕事です。カズさん曰く、サービス業だと言ってましたね。クライアントの顔を立てたり、被写体となるのが人だったら、その気にさせる話術がいる。僕には難しい話です。ただ気分的に風景の写真を撮影してお金になればいいなとか、考えていたのが甘すぎました」
「はは、そりゃ甘すぎだよ。てか、社会人舐めすぎ」
「えらく辛辣ですね」
「こんなのを辛辣と言ったら、マジで社会に出たらやっていけないって。あと、私だって言う時は言うよ。飴だけを与えてもいい人間にはなれないからね」
「僕もカズさんと話をして反省しました。ただ、まだ学生だからいいや、なんてそのうち言えなくなりますからね。だから、気持ちを切り替えて、人と繋がりを持とうと思ったんです。『Relic』で知り合えたみんなと一緒に行動するようにしたんです」
「ゲームで遊んでるのにリアルが精神的に成長するのってどうかと思うけど」
と、ポニテさんが僕の脇腹を小突く。
「子供だったんです。ずっと。好きな物だけを見て、触れて、嫌いなものは拒絶し、頭から否定して、一人を選んでた。だから、カズさんと、みんなと出会えて良かった。……本当に」
「改めて言われると、なんだかむず痒いね」
「感謝してますよ。僕は変われたと、そう思っています」
僕がそういうと、ポニテさんは照れ始めた。身悶えする仕草を誤魔化そうと、ポニテさんは目の前にあるショーケースのガラスと人差し指で叩いた。
「カメラ、ほしいなら貰っちゃえば? こんだけ戦ってきたんだもん。一つくらい拝借したって文句は言われないし、言わせないよ」
「さすがに、できません。いつか、いや、せめて学生の内に必死に働いて貯めたお金で買いたいんです。そうしないと意味が無い。そう、思います」
「そういう真面目な所、私はいいと思うよ。カメラを買ったらさ、私を初めての被写体にしてよ。できれば、こんな適正者としての私じゃなくて、普段の私を、ね?」
「ええ。いつの日か、カメラを購入したら」
敢えて、約束しますとは言わなかった。それは叶えられない願いだからだ。
でも、と思う。いま、僕はまだ生きている。夢を思い描くことが出来る。絶対に訪れない未来の姿を夢想する。
仕事にしなくていい。趣味でいい。僕はカメラを片手に、ポニテさんを撮影する。
いつかの時間、どこかの場所で、僕はポニテさんと風景を切り取り、一枚の写真として残している。
両手が想像で創りあげた一眼レフカメラを持ち、左瞼を閉じ、右目はファインダーを覗き込む。
──カシャリ。
僕の耳にだけにしか聞こえないシャッター音。
「いま、どんな写真を撮ったの?」
ポニテさんが囁く。
「秘密です」
「なんでよー」
ポニテさんが、僕の腕を引っ張り、甘えてみせた。
僕が撮った写真は、陽の光を背にしたポニテさんの姿、なんて恥ずかしくて言えるはずもなかった。
引っ張られる腕を見て、現実に戻される。
そんな写真を撮れる未来は来ない。レリック武器と同化したその腕が『お前は死ぬ』と告げているからだ。
手の中に収まっていた想像上のカメラは粉々に砕け、訪れない未来も暗転した。
カズさんは僕がいなくなった未来で、カメラを持ち写真を撮り続ける。
しかし、そんな光景が僕には想像できない。
カズさんの不可解な言動。エクスさんとの会話。どれをとっても、そこには覚醒した僕がいる。
「ちょっと早いけど、戻りましょうか」
「え、うん。そうだね」
もう終わりなのと言いたげなポニテさんに、心中で詫た。
僕の気持ちは、デートから、カズさんへの追求へと変わっていたからだ。
『境界を超えし者』と戦う前に、僕は今一度、カズさんと相対しなければいけない。
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