073 『扉(ドアー)』
073です。
地面に這いつくばっていた体が動くようになった。
黒の創造主が消えたことで重力の束縛から解放された。
頭の中は混乱していたけれど、まずはリリィと話をしなければいけなかった。
僕は交差点の中央に胡座をかいだままスマートフォンを取り出すと、リリィは一人でディスプレイから出てきた。
「リリィ。黒の創造主が言っていたことはなんだったんだ。それに、リリィなら白の創造主とコンタクトが取れるのなら、話がしたい」
「真悟さま、それは無理です。黒の創造主の伝言はリリィを通して白の創造主さまへと直接伝えられました。ですから、リリィは何もしていません」
「えっと? それはリリィが携帯電話の端末みたいなもので、黒の創造主は白の創造主へ電話したみたいな感じでいいのかな?」
「黒の創造主は伝言を頼むような言い方をしていましたが、実際はリリィを通して白の創造主さまへ一方的に話しかけたに過ぎません」
「ふむ。となると、黒の創造主はこれまで覚醒してきた適正者、妖精を使って白の創造主とコンタクトを撮り続けていたということか。……白の創造主と会話が出来ないにしても、これまでの会話の内容とかわからないのかな。黒の創造主が口にした計画というのは、もう完遂間近みたいな言い方だったし、気にはなるよ」
「リリィは一つの個体ですから、他の妖精たちがどのような伝言を聞いたかまではわかりません。それに、面識のない適正者さまに仕えている妖精とでは、話をすることすらできません」
気になることはまだあった。
「白の創造主と話ができないのは黒の創造主だけでなく、僕らも同じなんだよね。じゃあ、僕も同じようにリリィを通して白の創造主に話しかけることも可能ということ?」
「ええ。それはできますが。レスポンスは期待されないほうがよろしいかと。カズヒデさまがどのようにして白の創造主さまの転生体とお話できるようになったのかも不思議でした」
それはカズさんの人徳かもしれない、と強引に納得しておく。
経緯はこの際、考えずに結果だけを見てみよう。カズさんはすでに白の創造主(転生体でのチェイス)とテキストチャットではあるけれど、会話を行っている。そこでカズさんは適正者に隠された設定の『覚醒』と覚醒した適正者が異世界化から元の世界へと戻ると死んでしまう情報を聞いた。
白の創造主はカズさんに、ひいては僕ら適正者にいろいろと情報を流しておきながら、実は敵か一方的ではあるけれど話を聴いていたんだ。詳しい情報が言えなくても、黒の創造主と話をしていたことくらい開示してもよかったのでは無いだろうか。
「真悟さま。リリィたちの創造主さまが信用になりませんか」
「……結局、僕ら適正者は白だろうと黒だろうと、いい手駒にされているような気がしてならないんだよね。使い捨てにされているとでも言うのかな」
「そんな。白の創造主さまに限ってそんなことは……」
「ない、と言い切れるかい? 正直、僕らは彼らに創られた生命体ではないからね。元はこちらの世界にいた人間なんだ。戦いに巻き込まれたのも、死に追いやったのも、白の創造主がこちらの世界へ来たせいでもある。白の創造主は一体、なにを考えているんだ」
感情的な言葉を並べてしまった。リリィは前みたいに怯えこそしなかったけれど、ずいぶんと申し訳無さそうな顔をしていた。
情けない。リリィにあたっても意味が無いのに。
「すまなかった。こんなにきつく言うつもりはなかったんだ。戦いの後だし、意外すぎる人物も現れたから、上手く感情をコントロールできなかったみたいだ」
「いえ、真悟さまのお気持ちは、いくらでもこのリリィが聞き入れます。うまくお答えできるかわかりませんが……」
変に気を使わせてしまった。
白と黒、両方の創造主に言いたいことは山ほどあるけれど、僕の目的は変わらない。この後に控えた『境界を超えし者』を倒すだけだ。
僕はみんなが居るホテルへと戻ることにした。ロビーを抜けて右手にある食堂には今朝僕を見送ってくれた人たちがほぼほぼ残っていた。いなかったのは、カズさんとポニテさんの二人だ。予想以上に早く戻ってきたことに、みんなが驚いていた。それもそのはずだ。僕が出てからまだ一時間と少ししか経っていない。彼らは僕とカーニヴァルの再戦は八時だと聴いていたのだから、この反応は当然だった。
僕は再戦時間が早まったことを告げ、無事な姿を見せたことで安心させた。
ハンプティさんは約束通り料理を作ると張り切ってくれていたが、そこまでお腹も空いていなかったし、朝食用に用意されていたサンドウィッチだけを食べた。作ってもらうとしたら、『境界を超えし者』が出現する一時間ほど前にとハンプティさんにお願いした。
みんな、僕と話したそうな顔をしていたけれど、戦いの後ということで気を使って何も聞かずに食堂から出て行く僕を見送ってくれた。
「真悟さん。待って」
ホテルのフロント前でノヴァさんに呼び止められた。
「真悟さん、あなたどの部屋に戻るつもりなの?」
そう言われて、僕はこのホテルの部屋を決めていなかったことに気がついた。
「もう下手にカッコつけるからこういうボロが出るのよ」
「そんなつもりはさらさらないんですけど」
照れ隠しをしている僕をみて、ノヴァさんがクスっと笑った。
「まるで一つのことしか見えていない誰かさんみたいね。もしかしてそういう性格って伝染るのかしら」
「感化はされるんじゃないですかね」
僕とノヴァさんはここには居ない誰かさんのことを話し合い、そして今度は僕もノヴァさんと一緒に笑った。
「ポニ子の部屋は五○八号室よ。あとカズは六○六で、私は五○二よ」
あと他のみんなの部屋割りも聞いた。ハンプティさんと虎猫さんは一緒の部屋で七○二号室、同じく七階にはエクスさんと日輪さんもいて、彼らは七○八号室だった。あと残った二人の適正者、いまだに名前は知らないけれど、彼らは八階の部屋をあてがったらしい。
「ポニ子の部屋にもどるなら、フロントから部屋に連絡してもいいのだけれど。ドッキリさせたい?」
ノヴァさんが面白そうに笑っているけれど、便乗はしなかった。
「あら、つれないのね。そういうところも嫉妬しちゃうわ」
「色んな告白を聞いた後だと、僕もなんと返していいのかわかりませんよ」
「あら、ごめんなさい。悪気はあったの」
あったのか……なら仕方ないな。
僕は一度、食堂にいるみんなを流し見てから、もう一度、ノヴァさんと目を合わせた。
「ノヴァさん、頼みがあるんですけど、いいですか?」
「私に出来ることがあるのなら、なんでもどうぞ」
幾つかのお願いごとを申し出た所、ノヴァさんは難色を示すどころか、詳しい理由も聞かずに快く承諾してくれた。
「それじゃあ、お願いします」
「ええ、任されたわ」
そう言って、僕は動いているエレベーターに乗り込んで六階のボタンを押した。
ポニテさんの元へ戻りたかったけれど、まず先に、僕はカズさんに会わなければいけないと思っていた。
六○六号室のドアをノックする。部屋の中から「はぁーい」と間延びしたカズさんの声が返ってきた。
ゆっくりと開かれた扉から覗かせたカズさんはいかにも迷惑そうな顔をしていた。
「誰だよ。話があるならコンタクトにしろって言っただろ? って、真悟じゃねーか。なんだ、もう終わったのか? いや、まだ八時前だぞ? まさか戦うのを辞めたのか?」
食堂にいた人たちと同じような反応をしてくれた。僕は苦笑いをして同じ説明をしてから、部屋の中に上がらせてもらった。
「はやい決着が付いてよかったな。ほとんど無傷っぽいけど、瞬間復元を使ったからか?」
「ええ。でも、使ったのはカーニヴァルを倒した後です。苦戦はしましたが、それは格闘の技量という意味ですね。純粋な力だけなら僕が上でした。勝因があるとすれば、そこですね」
そう話しながら部屋の中へ通された。ごく普通のシングルの部屋で大きめのベッド、窓際にはデスクとチェア二脚。ベッドの向かい側にはテレビや食器類などがはいった家具収納が用意されている。
カズさんはベッドの上へ座る。僕はというと、窓際に備え付けられた二脚のチェアの一脚を持って、カズさんと向き合うように座った。
「その様子からすると、俺に話があるんだよな?」
「ええ。それもちょっと込み入った話、かもしれません」
「自分で言っておいて、かもしれないという表現おかしくないか?」
「込み入った話になるのもならないのも、カズさんの返答次第だからですよ」
「えらく、大真面目な前ふりだな。カーニヴァルに何を言われた」
「……カーニヴァルではありません」
僕は言葉を選びながら、話を進めようとしたが、どうも腹の探り合いをしながら話すのは、いい加減面倒だったのでストレートに聞いた。
「カーニヴァルを倒した後、僕は黒の創造主、の転生体に合いました。名前は知りませんし、姿は青年でした」
ここで一端話を切って、カズさんの顔色を伺ったが、変化は見られなかった。そして、黒の創造主と会ったことに対しても驚きを感じていなかった。つまり、僕が黒の創造主と会って話すことを承知していたということになる。
覚醒したおかげで、五感が研ぎ澄まされたのはいいことかもしれないけれど、他人の嘘を見破ってしまうのは、いい気分ではなかった。
「黒の創造主はリリィを媒体にして、白の創造主へ伝言を残しました。……カズさん、この伝言の内容、知っているんじゃないですか?」
「黒の創造主と覚醒した適正者が会うことは、チェイスから聴いていた。だが、話の内容までは知らない。これは本当だ」
嘘は、ついていない。
「どうして、黒の創造主が現れることを、僕に黙っていたんですか?」
「まるで尋問だな」
「……答えられませんか?」
「カーニヴァルとの対戦に支障を来たすと考えた。それに、チェイスの話では黒の創造主が現れても、危害は与えられず、ただお話をして立ち去っていくとしか聞いてなかった。だから、真悟に話すようなことではないと判断した」
ここも嘘はなかった。
「真悟。お前、なにを疑っているんだ?」
「疑うというより……カズさんが僕になにか隠し事をしているように思えたんです。もしかしたら、それが黒の創造主が伝言にしていた計画と関わりがあるような気がしたんです」
「隠し事ねぇ。覚醒したお前に嘘をいっても仕方ないから、正直にいうが、確かに隠し事はしている。だが、言えない。これは俺の問題で、プライベートだからだ。いくら覚醒したお前であっても侵していい、踏み込んでいい領域じゃない」
「黒の創造主と関わりがないのなら」
カズさんの答えを聞かずとも、顔と体の反応でわかった。
隠し事は、黒の創造主とは関係がなかった。
「すみません。変な質問をしてしまって。カズさんのことを疑うというより、一人でなにかを抱え込んでいるように思えたんです。まぁ、それも個人の問題というのなら、僕は何も聞きません」
「そうしてくれると、ありがたいよ」
「あ、本気で安堵しましたね?」
「当たり前だろ。お前の五感はもうほぼ超能力みたいなもんだからな。迂闊に喋ったら何を悟られるのか気が気じゃねーよ」
「それはすみません。この五感を抑えるようにしてみます」
「その方がいいぜ。なんでもわかってしまうっていうのは、誤解は生まれないけれど、傷つくことだってあるからな。特に、恋愛だと拗れやすい」
「そう、ですかね?」
「悪いことは言わない。研ぎ澄まされた五感を通常の人のくらいまで戻せるなら、戻しておいたほうがいい」
僕は溢れだした闘気を抑えこむ時と同じように、五感も徐々に閉ざしていくようなイメージを持った。
「どうだ?」
カズさんが僕を覗き見る。
「たぶん、大丈夫かと」
「そりゃよかった。お前、ポニのところにはまだ行ってないんだろ?」
「どうしてわかったんですか」
「わかるって。普通、好きな女のところにいたら、むさ苦しい男の部屋なんて行く気にはなれないよ」
反論できないほどの説得力だった。僕が先にカズさんの元へ来たのは、ポニテさんと会ってしまったら、この部屋に来ないと無自覚に理解したのだろう。
「そんで、俺に聞きたいことっていうのはこれだけか? ん? ないなら、さっさと下に行って、ポニの部屋に行ってやれ」
「はい。なんだか、いろいろとすみません」
「気にすんな。そうやってお前に心配されるのも、俺は嬉しいよ。ほら、早く行った!」
そうやって、カズさんに急かされるように立たされると、僕の拒む声さえ聞かず部屋を押し出された。
「ちょっと、カズさん。強引すぎません?」
「だからよ、男とダラダラ話す時間よりも、女とまったり過ごしたほうがいいんだよ。時間は有限だぜ? じゃあな」
カズさんは扉を締め、鍵も締めた。
僕は扉に向かって浅く頭を下げた。
五階ヘはエレベーターではなく、階段を使って降りることにした。
カツンカツンと響く足音を聞きながら、五階フロアの扉を開けた。
もう少しでポニテさんに会える、そう思うと急に会いたくて、会いたくて仕方がなかった。一時間くらいしか離れていなかっただけなのに、寂しさがこみ上げてきた。
カズさんのいった時間は有限という意味がよく分かる。僕には残された時間がわずかしかない。一秒でも長く、僕はポニテさんと一緒にいられる時間を設けるべきなのだ。
五○八号室の前に立って、三回ノックをする。
「だれー?」
と間延びしたポニテさんの声が返ってきた。
僕は返事をせずに、扉が開かれるのを待った。
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