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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
74/143

070 『獣(ビースト)』

070です。

 カーニヴァルの動きは僕が予想しているよりも動きのキレはよく、また僕の動きを先読みしているようで、防御すらされず風に揺れる柳のように躱されてしまう。

 僕はというと、カーニヴァルの攻撃を辛うじて避ける、防ぐので手一杯だった。予想していた通り、覚醒による膨大な力を手に入れたとしても、格闘術の経験差を埋めることは出来ず後手に回っている。

 避けられるのなら、これでいい。致命的な攻撃を貰わなければいいのだ。

 ただ、そろそろ本気になってくれないと困るのだが。

「あ……」

 あれこれ考えているせいで、カーニヴァルの動きを捉えきれなかった。その隙をつかれて、カーニヴァルは僕の首元を右手で掴み、自分の体に引き寄せたかと思うと、気がつけば地面に叩きつけられていた。

 顔の横に拳が突き刺さる。

「昨日の勢いはどこに言ったんだよ? 体たらくすぎねーか? 闘術士のシンゴくんよ。同じ職業として恥ずかしいぜ?」

 カーニヴァルは勝ち誇り、ニヤけた顔で言い放った。

 倒された状態で、僕はカーニヴァルに蹴りを入れようとするがかすりもしなかった。

 そもそも当たらないと予想していた。蹴りだした右脚をそのまま回転させ、次に左足を上げ、独楽のように下半身を時計回りに回す。すると上手く体を起き上がらせることが出来た。

「なんだ、ダンスでもしていたのか?」

「昔、動画で見たことがあるだけ」

 僕の回答にカーニヴァルは驚いていた。

「見よう見まねで出来ることじゃないぜ? 体幹、インナーマッスルなどが鍛えられてないと素人には難しいはずなんだけどな」

「抜けた事を言うんだな。僕もお前も、普通の体づくりではないだろう?」

 僕らはお互いに通常の人とは肉体構造が違う作りになっている。イメージさえしっかり持つことができれば、それを実際にやってのけることなど造作でもないのだ。

 そう、ちゃんとイメージしていれば。

「どうした。僕を投げ飛ばしただけで満足する程度の狂気なのか?」

「挑発には乗らないって昨日言っただろー? 若年性健忘症にしちゃ、若すぎるぜ?」

「相変わらず、お喋りが好きだな」

「余裕があると言ってほしいね」

 確かに、カーニヴァルはまだ余力を残しているように見える。ならば少しだけ焦らせてやろう。

 思い出させてやろう。

 両足をつかって上下にアップダウンする。トントントンという小刻みな音が耳に届く。

 昨晩の戦いを思い出し、何が起きたのかを投影する。それは僕だけでなく、カーニヴァルの動き、呼吸すらも脳内で再構築されていく。

 昨夜、カーニヴァルを仕留めに掛かった時の動きを。

こんな……感じだったかな?

 上下運動をやめて、左右の足を交互に動かす。上半身はブレず、しかし強固なのに柔軟といった矛盾を孕んだ芯のように臨機応変に動かす。

 この動きをみてカーニヴァルの顔色がようやく変わった。

「楽しませてくれよ?」

 カーニヴァルの口癖と、奴の動きさえも奪ってやった。

 時計回りのステップ。手と足はバランスよく動かし、攻撃主体の時は体のウェイトをどこに置くのか、注意する。左と右のコンビネーションを打ち込むことでガードを上げさせ、空いた胴体に急所を付く。が、これも肘でブロックされる。

 一歩引いて、左足のミドル蹴りを脇腹に……と見せかけてそのまま大振りにして軸足だった右脚を空中に上げて変形の胴回し回転蹴りにさせる。

 今度は面白いようにカーニヴァルの顔面左にクリーンヒットした。

 こちらの攻撃が入ったことで、口元がニヤけた。が、それはカーニヴァルも同じだった。苦痛に歪んだ顔が拝めるかと思っていたのに。

 攻撃に転じた両足が地へ着く前に、カーニヴァルの前蹴りが腹部に直撃する。

 体は始めに地面へ叩きつけられ、跳弾して島の岩壁まで吹き飛んだ。

「お前、マジで盗んでやがったんだな」

 カーニヴァルは立ち位置を変えず、僕を見つめていた。

「昨日、お前を追い込んだのは、まさしくお前の技でありその動きだ。修練を積まなくても、見ることで同じことくらいできるさ」

 腹部に受けた前蹴りのダメージはほとんどなかった。覚醒した闘気がカーニヴァルのそれを上回っていたからだ。

「やっぱり、黎王と同じようなことをしていたのか。そんで、お前がここに来てから手を抜いていたのは本気の俺を見て、それを盗むためだったんだな。怖い怖い」

 とても、怖れているようには見えない。

「俺が驚いたのは、俺の技を盗んだ上でそこにオリジナルをいれたことだ。俺はあんな蹴り技なんて使えないからな」

 カーニヴァルは「んふふふ」と、漫画チックな気色の悪い笑い方をしだした。

「コピーで収まらずそこから自分の技へと昇華させるセンス。いいね」

「そろそろ本気になるのかな。僕はもう……前の僕ではなくなってきているんだ。お前が僕を覚醒したおかげで、本質に触れてしまっている。本気のお前を引きずり出してから、僕の『狂気』を解放させよう」

 右腕に軽い闘気を流す。闘紋が発動するかしないか、ぎりぎりのラインだ。高密度な闘気が右腕に纏い始める。

「それとも自分のおはこを盗まれるのが嫌なのか? それなら『Relic』の戦い方、闘気とスキルを使って、勝敗を決しようか?」

 まだ格闘術ではカーニヴァルが上だけれど、このまま本気を出していないままで戦えば僕に軍配は上がるだろう。

「思ってもないことを言うのはよせよ。お前の本質は『狂気』といったな。それなら、簡単に勝負が決まってしまう闘気とスキルの勝負など望まないはずだ。死と隣り合わせの殺し合いを求めているはず。そうだろう? 肉弾戦でとことん楽しもうじゃないか」

「それは、僕の挑発に乗ってくれると解釈して良いのかな?」

 カーニヴァルは両手を重ね合わせ、前方、次に真上に伸ばして肩甲骨を伸ばした。

「挑発、乗ってやるよ」

 カーニヴァルが体をほぐし終わると、前屈みになり、顔を伏せた。

 黒い闘気の渦が、カーニヴァルから発せられてくる。僕が精神体で触れた本能の渦よりも禍々しく、黒く、狂った闘気。

 露出した肌がぴりぴりと痛みを感じている。

 怖ろしいと感じるからこそ、僕の口はつい軽くなった。

「結局、闘気を纏って戦うのか?」

「バカ言え……こうやって肉体を活性化させてんだよ。俺は適応者だからお前ら適正者とは構造が違ってんだ」

 そういうと、高密度までに練られた闘気はカーニヴァルの肉体へと沈み、一体となった。

 準備は整ってしまったようだ。

 カーニヴァルが顔を上げる。そこにはへらへらと相手を見下すようなカーニヴァルという男はいなかった。間違いない。これが、僕が望んでいた相手。適応者『闘術士カーニヴァル』だ。

 ──拳を交える。

カーニヴァルは手を抜いていた時とは別人の動きだった。

 覚醒したこの両目を持ってしても追えないステップと移動速度。打撃もガードをしている上から殴りつけられる。

 動きを盗むなんてことは不可能ではないかもしれないが、難しい。この体があってこそカーニヴァルの攻撃に耐えられるのだが、前見たく隙を作りでもしたら、その時点で僕の命は刈り取られるだろう。

 ならば、こちらも攻撃に転じるのみ。

 拳には蹴りを、蹴りには拳を。交差する攻撃は互いの肉を穿ち、骨を軋ます。

 僕もカーニヴァルも、攻撃された箇所は腫れ上がり、うっ血している。

 しだいに痛みよりもこうやって拳を重ねあうことが喜びに変わっている。カーニヴァルが笑みを浮かべているように、僕もまた口元は緩んでいた。

 口の端から出血した口内の血を垂れ流しながら、歪み始めた拳を相手に打ち付ける。

 右のハイキックを見事に受け止められ、がら空きになった右脇腹にカーニヴァルの左膝が刺さる。

「っっ!」

 肝臓? 腎臓? 内臓のどこを傷めたのかわからないけれど、僕は体をくの字に曲げてしまった。

 目に飛び込んできたのは、振り下ろされるカーニヴァルの鉄槌。

 避けることはできない。かといって、守りに転じるともう後がない。

 判断を誤ればここで決まる。

 上半身は元に戻せないし、避ける動作をしても、あの槌は追従してくる。

 地についた右脚をすり足のようにカーニヴァルの股下に運ぶ。

 振り下ろされる鉄槌に対して、僕は右の掌底をカーニヴァルのみぞおちに打ち込もうとする。

 どちらの一手が早いか。後出しの僕が圧倒的に不利。

 僕の掌底よりも早く、カーニヴァルのほうが僕の頭を粉砕する。

 刹那という単位がコンマ何秒なのかしらないが、表現するならば刹那の時だ。

 本能が、狂気が閃きを呼び起こした。

 カーニヴァルの振り下ろされる握りこぶしに向かって、軌道を変えた右掌底を上げる。

 左膝をゆっくりと落とすことでクッションになり、衝撃を和らげる。

 攻撃を受け止めたことで、浮き彫りになるカーニヴァルの隙。

 左脇腹に左の貫手を突き刺し、肋骨の骨を掴む。強引に、力任せに、引き抜く。

「ぬああああああ!」

 抜き取った骨を砕くと同時に、カーニヴァルの絶叫がコロシアムに響き渡る。

 悶絶するカーニヴァルから後退して眺めた。

「くっそ。痛てぇ。すげー痛てーぞ! シンゴぉぉぉおおおお!」

 カーニヴァルは口から血を吐き出しながら叫ぶ。

 おそらく、骨を抜き取った際に、内臓のどこかを傷めたのだろう。

 黒い血に染まった左手に残った骨を地面に叩きつける。

「楽にしてやる」

 格闘は劣勢ではあったけれど、運が良かった。本当に死を背中に感じたほどだった。

 このまま悶え続けるカーニヴァルを見続けるのも、なんだか居心地が悪い。狂気に染まっているとは言え、苦しむ姿を見て悦に浸る趣味はないのだ。

 まだ綺麗な右手に闘気を込める。闘紋を使えば、いとも簡単にカーニヴァルの首を跳ねることが出来るだろう。

 これは意趣返しだ。人形とはいえ、奴はエクスさんの首を跳ねた。今度は僕がやろう。命を宿しているカーニヴァルの体を使って。

 右手の紋章が動き出すと、すぐさま闘紋へと変わって右腕に浅葱色の闘紋が刻まれた。

「闘紋……か」

 息が絶えかねない様子でカーニヴァルは僕の右腕を見つめた。

「知っていて当然か。お前が殺した中にも、闘紋を出した適正者がいたんだろう。いま、これで殺してやる。悪あがきはよせよ」

「いい……や。俺は、あがく、ね!」

 カーニヴァルの両目が生きている。今にも朽ちようとしている体を鞭打って起き上がろうとしている。

 生にしがみつく執念ではなかった。まだ戦うという意思の現れだった。

 背中がゾクリとする。近づいたら、噛み殺される、そんな恐怖が走った。

「近づかなくて、正解だ」

 はぁはぁという息遣いを聞けば虫の息だと察せられるのに、内側に潜む獰猛さが滲み出ている。

「よく、見ておけ。これが……適応者の覚醒だ……おおおおおおおおおお」

 雄叫び。

 生きるという人としての執着を捨て、あくまでも戦うことを望む獣の声。

 殺意の塊となった黒い闘気がカーニヴァルを包み込む。

 圧倒的な黒い闘気に当てられて体が竦んでしまっている。

 僕はただただ、カーニヴァルが覚醒していく様を眺めることしか出来ない。

 ゆらゆらと立ち上がるカーニヴァルの姿。

 僕が貫いた左脇腹の傷は塞がり、出血も止まっている。視覚化できていた高密度の黒い闘気はカーニヴァルの肉体へ侵食する。

 カーニヴァルの右手。適応者の紋章が消え去ると、全身に黒い模様が浮き出た。

「適応者の、闘紋?」

 立ち上がったカーニヴァルが僕を睨む。

「さぁ、延長戦といこうか」

 戦いなんて言葉では済まされない。

 これから起こる行為は、正真正銘の殺し合いになるのだから。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

次回投稿は1/16です。


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