067 『意思表明(ステートメント・オブ・インテント)』
067です。
※ サブタイトル『068』→『067』へ修正
適正者の体になってから肉体面における疲労は感じなくなったけれど、話をするのなら腰を降ろしたほうがいいと思い、僕らは神泉駅方面へ向かわせ、大通りをでると西武デパートまで足を運んだ。今日、何度通ったのかわからないけれど、此処にはスターバックスもあればタリーズもある。もしコーヒーを飲むのならスターバックスが良いのだけれど、あいにく、店員はどの店にも居ない。ならばと、先に目についたタリーズで落ち着くことにした。コーヒーを飲むことが出来ないが、オープンテラスに設置されたテーブル席に腰を降ろした。
真夜中のデート。恋人同士、向い合って、お互いを見つめ合いながら話をする。普通であれば、ここがまともな現実世界で、襲い掛かってくるモンスターもいなければ、異世界と混在した建築物だらけでなければ、最高の気分だったはずだろう。
加えて、話す内容は、買い物だとか、映画だとか、買い物だとか、何を食べたとか……そういうありきたりでしかし幸福な時間を垣間見て笑顔を見せながら話す事柄ではなかった。
レリックモンスターと戦い、黒の創造主に寝返った適応者と殺し合い、騙され、命の危険にさらされた。
僕とポニテさん、他のみんなの身に起きた出来事を反芻し、心情を絡めながら、頭の中を整理していく。
覚醒した力について、本能である『狂気』について、なるべく丁寧に時間をかけて話をした。
そうやって僕が話をしている間、ポニテさんは黙って、時に相槌を打ちながら耳を傾けてくれた。そうして貰えることで、僕も落ち着いて話が出来たと思う。
その『狂気』は適正者には似つかわしくなく、適応者に近いものであり、否定はしていたけれど、今日の朝方に再戦する適応者、カーニヴァルと同じ部類の人間であると告げた。
しばらくの沈黙の後、ポニテさんは僕から目を逸し、真向かいにある西武デパートを眺め見て、それから更に上、狭い狭い空にまで視線を伸ばした。
何を考えているのか、何を思うのか……彼女の横顔からは判別することは難しかった。
「はぁー」
これでもかというくらいの大きな溜息をついて、ポニテさんが僕を見つめた。
「真悟くんが持っているその狂気は私にもあるのかな?」
意表をつかれた言葉だった。ポニテさんはちゃんと僕の話を聞いていたのだろうか。
「僕としては持っていないことを祈るばかりです」
「そっか。残念だな」
「本気で言ってます?」
「どう思う?」
試すような口ぶりなくせに、ポニテさんの表情は硬かった。本気で言っている。
一呼吸を置いてから「でもさ」と繋いだ。
「わかっているんだ。私には真悟くんのような狂気は持ち合わせていない。ひとまず、今はってことにしておくね」
「含みのある言い方は返って怖いですよ?」
「えへへ。そうだよね。うん、そうだ」
「なにを考えているんですか?」
「私も真悟くんみたいな狂気を持っていたら、同じ苦しみを共有できるかもって考えただけだよ」
「そんなの僕は望んでいません。ポニテさんはそのままで居て下さい」
「ずっといまのままの私でいられる保証はないんだよ。現に、真悟くんと付き合うと決めてから、私はもう昨日の私じゃ無くなっている。こんなにも一緒にいたいなんて思いもしなかったから」
「一緒にいたいから、僕と同じになりたいんですか?」
僕の質問には答えず、テーブルに両肘を付いて、手の平の上に小さな顎を置いた。
「私はね。みんなと遊んでいる時間が楽しかった。特に今日いるこの四人でいること、住んでいる場所は違うのに、同じようにモニターを付きあわせて、ヘッドマイクを付けてさ、話しながら擬似的な冒険をするのが何よりも楽しかった。適当に生きてきたから、余計にね、楽しかったんだ」
いきなり話が変わって面食らってしまった。
だが、適当に生きて来たという言葉が妙に引っかかった。
ゲームをしていた頃から、ヴォイスチャットでポニテさんの私生活など聞いたことはあった。実家は東京ではあるけれど、大学生になったのだから、親に無理を言って一人暮らしを始め、勉学に勤しむこともなく、遊ぶお金を溜めるためバイトをして、適当に過ごして、気晴らしに始めたゲームにはまった。始めこそスマートフォンのアプリゲームだったが、ほぼ週ごとに変わる課金徴収システムに愛想をつかし、月額でとことん遊べるゲームとしてオンラインゲームに手を出した。けれど、飽き性な性格のためかそこまでどっぷりはまることはなかったという。
それなのに『Relic』にほぼ毎日のように居たのはなぜか、これは僕だけでなくみんなが気なっていたことだった。
その時に、僕は「でも『Relic』にははまったんですね」と口にした。質問をしたつもりはなく、合いの手を入れるような気持ちで言ったのだが、ポニテさんはさも真面目に「ゲームにはまったというより、面白い人たちがたくさんいるからかな」と答えた。
僕を含め、カズさん、ノヴァさん、ポニテさんはいつも固定で遊んでいた。たまに同じ関東圏に在住しているプレイヤーの人も絡んでいたけれど、基本はこの四人。
過去にしては最近のことではあるけれど、ポニテさんが僕と似たような狂気を持っていたらと思う事とは全く別の話のはずだ。
「なに言ってんだ、こいつって思ったでしょ?」
見透かされたような気持ちになったけれど、そんな酷いことまで思っていなかったと反論する間もなく、ポニテさんは話し続けた。
「本当に面白かったんだよ。ゲームはもちろんだけど、目的が同じであれば、違う時もある。協力してレリックモンスターを倒したりさ。一緒に遊んでいた時は、真悟くんは頼れるプレイヤーだなーとしか思わなかった。私が無茶するといつも駆けつけてくれてさ。オフ会で初めて会った時は、自信なさげでさ、モニター越しでみるキャラクターとギャップが激しくて……意識なんて全くしなかったのに」
「そうでしょうね」
嫌味ではなくて本心だった。そして、僕が初めてリアルのポニテさんを見た時は、ポニテールはしていなかったけど、ギャップなんて微塵も感じられなくて、そこが魅力だった。
「もうあんな楽しい時間は戻ってこないんだ。ここはゲームを通り越した現実の世界。殺し殺され、死と向き合う場所。そして、真悟くんは禍々しい狂気を宿して、また一人で戦う。何度も言うけれど、真悟くんを一人にさせたくないの。四人全員がダメでも、せめて私だけでも真悟くんのそばにいられたらってね。ゲームをしていた頃みたく、適当に楽しむのは終わったの。面白くなくてもいい。狂気を宿せるのなら、宿したい」
ポニテさんが急にゲームで遊んでいた頃の話を持ちだしたのは、適当に生きてきた自分と、面白楽しく過ごした時間とも決別するための公言。狂気を手に入れるための意思表明だったのかもしれない。
しかし、それは一方的な願いであり、僕は望まない。
「何度でも言いますが、ポニテさんには狂気など宿してほしくありません」
「いいじゃん」
と、ポニテさんはふんぞり返った。偉そうに言っても無駄ですよと言いたい。
「なにがいいんですか?」
「私、真悟くんの彼女だもん」
「まぁ、そうですけど」
「きっと、失いたくないから余計に気持ちが入り込んでいるんだ。けど、安心してよ。私が覚醒するにはまだ早いからさ。もし、私を思うのであれば、あんな狂気に呑まれずに、真悟くんのままで戦って。そして勝ってきてよ」
「新しい約束ですか?」
「ううん。違う。これはお願い」
似たようなものだとは思うが、言及したら駄目だ。
「もし、私の約束も、この願いも叶えてくれなかったら、次は私が追いかける」
「どういうことですか?」
「忘れたの? エクスが言ってたじゃない。次に覚醒する可能性があるとすれば私だって」
「それは僕がカーニヴァルや『境界を越えし者』に殺された場合ですよ?」
「うん。そうなったら私、覚醒しちゃうから。そんで黒の創造主に関わるすべてをぶっ殺してあげる……そして、真悟くんに追いつくから」
後追い自殺を考えているということか。ある意味、僕とは方向性が違うけど、ポニテさんも狂気を隠し持っている。
うーんという曖昧な表情をしていたせいもあり、ポニテさんは急に不安な顔を見せた。
「もしかして、重い?」
「たぶん、誰が聞いても重いです」
「そうなるよねぇ。知ってた。私、自分の性格をよく知っていたつもりだったんだけどなぁ。こんなにも変わるもんかな……って、これもそれも全部、真悟くんのせいだよ」
「え? 僕のせいですか?」
「当たり前でしょ? 誰かの為に戦わないとか口では言うくせに、自分を犠牲にして、守ろうとするしさ。あんな無茶なことをして、しかも倒すんだから……そりゃ惚れてもおかしくないよ」
そう……なのか? 力説されればされるほど、首を傾げたくなる。女の子の気持ちを理解するのは難しい。ポニテさんが特殊かもしれないけど。
「どう? 気分は和らいだ?」
「十二分に」
「……それで、この後はどうするの?」
「どうって、言われてもな」
『狂気』の話は、ひとまずかたは付いたし、僕に関することで話していないことがあるとすれば、覚醒した適正者の確定された死についてだけだ。が、これだけは言えない。でも、僕が死んだと知ったら、ポニテさんは後追い自殺をすると口にしている。
……これに関してはもう一度、カズさんと話をしなければいけないな。何としてでも、ポニテさんが凶行に走らないよう引き止めてもらうしか無い。
「すっごい悩んでいるけど、そんなに難しいことなの?」
「ええ、とても難しいです」
いかん、釣られて下手に答えてしまった。
「もう! こんな時は男の子がはっきりしないとダメでしょう!」
ポニテさんがテーブルを強く叩いたので、驚いてしまった。
「え! あ、はい」
はっきりとはなんだ? 鬼気迫る感じがちょっと怖い。
「もしかして、女の子に言わせるのが趣味なわけ?」
またもやコロコロと表情が変わる。今度は照れ始めた。身悶えする仕草をみて、鈍く、経験が少ない僕でもさすがにわかった。
顔から火が出るかと思うくらい熱くなった。
「あー、あのですね」
今、僕とポニテさんは間違いなく、恋人同士しかできないあの行為を想像している。そのせいか、二人して挙動不審になっている。
こういう時、タイミング悪く、第三者が登場したり、携帯電話が鳴り始めたりするものなのだが、一分、二分、三分と経っても邪魔な存在は現れなかった。
「とりあえず、歩きましょうか」
「うん。そうだね」
僕らはタリーズを後にして歩き始めた。行く宛はあるのに、意識しすぎているせいでそういった場所から遠ざかった。
いや、まぁ、僕も初めてではないけれど、こういうのは久しぶりだし、どうやって切り出していいのか迷う。ちゃんと言葉にしてから向かうべきなのか、それとも暗黙の了解として、無言のまま営みが出来る場所へ入ったほうがいいのだろうか。
ちょっとだけ話題を逸らすつもりで「いま、何時ですかね」と言って、スマートフォンを取り出して、時刻を確認した。
深夜二時を過ぎたところだった。
この時間を確認する行為が、浮足立った気持ちを冷静にさせた。
そうか、もう、こんな時間なのか。
僕は歩む足を止めて立ち止まった。
「真悟くん?」
おそらく僕は怖い顔をしていたのだろう。誰に言うべきことかわからないけれど、弁明をするのであれば、ポニテさんとの営みが叶えられなかったから、こんな顔をしていないとだけ述べておこう。こんな感じでふざけた感じでも思わないと、やってられない。
「ポニテさん。お楽しみは、次にしましょう」
「な、なんで! やっぱり胸が……」
「いやいやいやいや! 違います! こんな時になっても言うのもなんですが、そこは関係ないです。むしろ好きですから!」
僕は何を言ってんだ。
「良かった……じゃなくて、なんで!」
このままふざけたノリで突っ走ってもよかったけど、締める時はちゃんと締めないと駄目だ。
「三時間後、僕の枯渇していた瞬間復元がリリィから支給されます」
「あ……」
あと六時間と経たない内に、僕はカーニヴァルと再戦をする。戦う前に、恋人の体を求める気持ちにはなれなかった。
抱いてしまえよと、第三者は言うだろうけれど、当事者でなければわからない気持ちもあるのだと、知ってほしい。
「じゃあ、戦うまで一人でいるの?」
そんな寂しそうな顔をしないでください。邪な感情はもうないのに。
「戦うその時間がくるまで、僕のそばに居て下さい」
「二人きりで?」
「はい。二人きりで」
図らずとも僕らは、二人きりでとある宿泊施設に入った。
どのように過ごしたかは、僕らだけが知っていればいい。
……………。
寝てしまっていた僕はポニテさんに頬を優しく摘まれて起こされた。
時刻は朝の五時。
僕はリリィを呼びだした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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