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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
65/143

061 『誓約(プレッジ)』

061です。

 殺人と戦闘に狂った適応者と同じになることが怖いのだ。すでに僕には狂気の片鱗が仄暗い底から顔を覗かせている。

 覚醒する前から、リンクしてしまったこの現実世界で戦い始めてから、僕の中に潜んでいる狂気は見え隠れしていた。

 初めての大型レリックモンスターと一人で攻撃をした時。

 初めて戦った斧術士の適応者を殺した時。

 戦闘を純粋に求めている剣術士の適応者と対戦した時。

 闘気が枯渇し気を失って見た中学生時代に起きた過去の夢を見た時。

 覚醒した強大な力を手に入れた時。

 高揚していた。僕は確実にカーニヴァルを殺せる力を手に入れて愉悦に浸っていたのだ。

 表向きには僕は普段と変わらない装いをしていたけれど、その実、内心では飢えていたのだ。

 超常的な力を思う存分に扱える場所とその相手を切に求めている。

 僕こそ、適正者ではなく適応者に相応しいのではと、考えてしまう。

 自分に仕える妖精を殺し適応者となり、動画まで残したあのカーニヴァルは似ている。同じレリック武器を所有し、手と脚を使った肉弾戦を行い、思想こそ違うも僕とカーニヴァルの思考は似通っている。

 僕は死と隣合わせにある場所へ、つまりは死地へ身を置いて、殺し合いを楽しもうとしているのではないか、と。

「真悟」

 カズさんの呼び声により、思考の海から顔を上げた。

「何に恐れいてるのか、それとも悩んでいるのか、当人でなければわからない。俺も助言をしてやりたいが何も言ってやれない。俺は力になれない。だが、俺は無責任に言ってやる。言葉を掛けてやる。お前はお前で他の誰でもない。自分を認めろ。そして受け入れろ。その先にお前が見つけるべき『何か』があるはずだ」

 カズさんはそれだけ言ってネットカフェの店内から出ていこうとした。

「カズさん、どこへ」

「言うべきことは言ったし、俺がここに居ても、覚醒するかどうかなんてお前しだいなんだ。だから出て行く。それに──」

 背中を向けていたカズさんが顔だけ振り向かせて、右手でピースサインを作って口元へ運んだ。

「これ以上、禁煙マークのある場所で煙草を吸いたくないからな」

 見えない煙草を挟んだ右手で喫煙するジェスチャーを見せた。

「あとよ。覚醒出来なくても、誰も責めないぜ。もし責める奴がいたら、口に猿ぐつわつけて手足を拘束してやるよ」

「なんですか。その唐突なサディズム発言。性癖は人それぞれですから非難しませんけど」

「アホ。他人を傷めつけることがサディズムとは言わないよ。そういう所、勘違いしている奴が多いがな」

「じゃあ、マゾですか?」

「それこそ傷めつけられるだけがマゾヒストとは言わん。性のお勉強はもう少し大人になって、色んな経験と積んでからにしておけ」

「なんとも締まらない会話ですね。こっちは必死だというのに」

「こんなくだらないことでも言わないと、肩の力と凝り固まった頭はほぐれないだろ。そんじゃあ、まぁ、信じてるぜ。真悟。今度こそ、また後でな」

 しかしカズさんはちゃんと場を締めて立ち去っていった。

 貸切状態のネットカフェには僕とドレスアップをしたリリィだけが残った。

「真悟さまが、カズヒデさまにお心を許している気持ちがよくわかります。あの方の発言すべてが優れているとは言えかねますが、真悟さまを思いやっているのは伝わります」

「僕も乗っかっているから、お互い様だとは思うよ。こういう言葉遊びは好きなんだ」

「その遊びのおかげで、真悟さまの内面は和らいだ様子ですからね」

「よくわかっているじゃないか」

「当然です。ですが、真悟さま? リリィもお力添えできるのは覚醒した力の解放する切欠を与えることだけなのです。覚醒した直後に感じた『何か』を特定し、さらに眠っている力を解放することが出来るのは、他の誰でもない。真悟さまだけなのですから」

二人揃って同じことを言わなくてもいいのにと苦笑いをしてしまった。ふと、リリィを見ているうちにある浮かんだ疑問を投げかけた。

「もしかして、僕が何に悩んでいるのか、わかるのかな?」

 リリィは小さな頭を振って否定する。

「こちらの世界で言う超能力、この場合ですと読心術ですか。そのような能力は兼ね備えていません。リリィの変化は完全自立した知能と知性、及び精神です。適正者と適応者の誤認もいたしませんので、適応者との戦闘になってもリリィはご一緒できます」

 口には出さなかったけれど、心強かった。リリィのような小さい容姿ではあっても協力してくれる人(妖精だけど)がいるといないとでは気持ちが違う。

「もしよろしければ、リリィに話してはいただけませんか? さきほども申し上げた通り、切欠を作ることしかリリィにはできませんから」

「リリィは言ったよね。適正者としての話ではなくて、人間は自分の体を守るために百パーセントの力を出さないようにしている。適正者の場合も同じで、完全なる覚醒した力を手に入れたら溢れ出る力を怖れているからと」

「はい。真悟さまの言い方から察しますと、肉体面を危惧した不安ではなく、純粋な精神的な悩み、恐れということですか?」

 僕に使えてくれているだけあって、こちらの言いたいことをちゃんと理解してくれている。

 僕は自分が適応者みたいな、殺人と戦闘を楽しむような狂気に取り憑かれた者になってしまうのではないのかという怖れを口にした。

 リリィは黙って僕の言葉に耳を傾け、話し終わるころには口を一の字に真っ直ぐ線を引いていた。

「リリィが言った通り、本当に心の問題なんだ。僕の体なんてどうだっていい。戦うことが出来るのは僕しかいないんだ。『境界を越える者』と戦い、現実世界を取り戻して死んだとしても受け入れるよ。僕が怖いのは、この力の矛先が適応者ではなくて、適正者に向けられるかもしれないということだ」

「真悟さまが危惧されるのも最もかも知れません。大きな力を手にいれたことで真悟さまの倫理観が変化したとも言えるでしょう。戦える相手なら誰でもいい、そのような危険な発想に至るのは自然でしょう」

「リリィもそう思うのか」

 僕は有り余る力を我が物にできるのか、そんな自信がなかったのだ。

 そう考えてしまうと、頭は自然と下を向いてしまう。溜息すらつくこともできない僕にリリィはこともあろうか「良かったじゃないですか」と朗らかに言ってのけた。

「何が良かったと言うんだ?」

 憤りを抱きながら顔を上げるとリリィは眼前に浮いていた。妖精が浮いていることなど今や自然なものだと思っていたけれど、いったいどのような力が働いて浮いているのか、変なことに思考が傾いた。が、感情だけは変わることなく、僕はリリィを睨みつけた。

 僕の敵意を物ともせずに、リリィは笑顔のままだった。

「真悟さまはもう気づかれていらっしゃるじゃないですか。克服するべき心の問題を」

「そうかもしれないけれど……こんな思想というか気持ちの問題をどうやって乗り越えればいいんだ」

「明確な答えはリリィにもわかりません」

 そんなことは僕がいちばん理解している。こういった心の問題は精神科医でもなければ解決してくれない。実際、こんなことで処方してくれる医師が居てくれればの話だ。

「真悟さま。そんなに悲観なさらないでください。カズヒデさまの言葉をよく思い出してください。リリィが与えられるのはこれくらいです」

「カズさんの言葉?」

 何を言ってくれたのだろうとカズさんが立ち去る前のことを振り返る。

 自失している最中だったので、つい数風前のことなのに記憶が曖昧だった。言葉一つ一つを思い出すのも難しい。思い出せないのなら、いまは脇に置こう。

 リリィの助言を踏まえつつ、僕は自分と向き合うことにした。

 乱れきった頭と心を整頓していく。散らばった記憶と感情。支離滅裂になってしまった精神。僕が抱えている自分への疑心と恐怖。

 リリィが言った覚醒した力の解放について整理していく。解放は無我の真反対だと言っていた。

 暴走した闘気を抑えた時、思考も感情もすべて無に返した。なにもなく、静寂しきった湖の水辺。無であるのにイメージが有るのもおかしいけれど、闘気を抑えた時に見えたのは何もない(から)の状態ではなかった。どんなに外界の刺激を受けても乱さない状態。それが静かな湖の風景だった。

 湖が無我だとすれば、その真反対にあるのはなんだろうか。

 すーっと、体が溶けていく感じがしてくる。個体が液体へ、液体は気体へと変化していくような感覚に陥る。

 五感が研ぎ澄まされていく。脳の制御から解放され自由になった。肉体という殻を突き破ったその感覚たちは『力』の根源を探り当てる。

 それは感情の渦。

 喜怒哀楽のどれもが入り交ざった僕の感情。

 これがリリィの言っていた『何か』なのか。僕の脳内から飛び出してきた力の根源?

 渦には様々な色が混ざらずに、右や左へと回転を繰り返し混沌としている。

 ところが、渦の中心だけは無色透明だった。

 あれはなんだと思い近寄ってみる。肉体はないけれど、渦との距離感は掴めたし近づくという概念も作用していた。

 渦の中心地は、何もなかった。けれど、そこには『何か』があった。存在している。その他の感情の色に染まらず、核として存在している。

 無色透明な核に触れる。

 激しい感情の波が僕を通り過ぎやがて大きな鼓動が肉体のない僕の精神を包む。

 それは『願望』だった。

 それは『闘争』だった。

 それは『恐怖』だった。

 それは『執着』だった。

 それは『幸福』だった。

 それは『狂気』だった。

 『殺意』もあった。『欲望』もあった。更に多くの『何か』が僕を包む。

 やがて、この『何か』の正体を知ることが出来た。

 僕のではない。誰かでもない。

 人間が知性と理性を手に入れる前からある原初の核。

 そしてこれには名前がある。

「本能」

 近くにあった渦は遠く離れ、視界は広くなり、そして狭くなる。引力によって引き上げられるような感覚に陥り、僕は僕の肉体へと固定された。

「真悟さま」

 気が付くと、僕はネットカフェに立っていた。

 いや、ずっとここに立っていたのだけれど、精神は脳の中に潜んでいた感情の渦を前にしていたのは幻想や幻覚、妄想ではないと五感が告げている。

「真悟さま」

 リリィが再び、僕の名を呼ぶ。

「リリィ。僕はどれくらいこんな風に棒立ちしていた?」

「あの、目を閉じられてからということでしょうか。それでいたら五秒と経っていません。

「そうなんだ」

 随分と長い時間、あの空間に浮遊していたような気もしていた。

「真悟さま、根源にたどり着かれたのですね」

「うん。わかったよ。適正者の覚醒する根源。それは本能だ。力は人間の本能で生み出される。人は綺麗事で生きていない。誰かを蹴落とし、上に立とうとする。愛も当然、人間にとって必要な感情であり本能でもある。でも、その対極である凶暴性、悪性もまた人間を支える本能だ。僕が覚醒した本能の核は後者だ」

 覚醒時にカーニヴァルへ抱いた感情、その本質である本能は『殺意』と『憤怒』だ。そして覚醒した力に『愉悦』し『快感』を得た。

「すべて、理解されたのですね」

 リリィはこれ以上とない優しい微笑みを見せた。

「僕の本性は簡単に人を殺せる狂人だった」

「……」

「否定、しないんだね」

「リリィは真悟さまにお仕えする妖精です。どんなヒトであっても、例え、凶悪な本質をお餅になっていても、最後までご一緒するまでです」

「ありがとう。けれど、大丈夫だ。僕は受け入れられる」

「真悟さま……」

 リリィは笑顔の形を維持しようとしていたが、残念ながらひどく歪んだ表情を作った。可哀想な人を見つめるような、そんな顔だ。

「そんな顔をしないでくれ。僕まで悲しくなるじゃないか。言ったはずだ。僕は受け入れられると」

 すでに乱れた心と頭は整理される。それにこうして口にすることでカズさんの言葉が浮き上がってきた。

「カズさんが言っていたこと」

「え?」

「僕は僕で、他の誰でもない。僕が僕を否定すればするほど、力を拒絶することになる。でも、もういいんだ。受け入れよう。僕がどんな人間であっても、死んだとしても、ポニテさんが助かるのなら、僕は僕の中に潜む狂人を認めよう」

 脳の中から『本能』が起きた。

 最後の覚醒だった。

 カーニヴァルとの戦闘時みたく、全身に多くの『力』が流れ込んでくる。

 すると、どうだろう。手甲と脚甲が鈍く光りると、そのまま腕と脚に沈み一体化してしまった。

「これは?」

「真悟さま……今を持って覚醒が終了しました。その姿こそ『真なる適正』であり、レリック武器本来の在り方です」

 腕も脚も、皮膚と筋肉、そして骨が手甲と脚甲と同化している。生身の肉質は消え失せ、強固に錬成された金属みたいだった。

「真悟さま。今一度、お尋ねします」

「なんだい?」

「命ある武器となって、黒の創造主たちを殺していただけますか?」

 僕は迷わず答えた。

「一匹、一人残らず、殺そう」

 僕は新たな誓いをリリィに告げた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


次回投稿は12/29です。

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