058 『境地(フロンティアーズ)』
058です。
投稿が遅くなりすみません。
※16/1/2 本文修正
カズさんは両肩を竦めた。いかにも諦めた体を成している。
「早い話、お前が完全なる覚醒をしなければ、俺たち全員死んでしまうとうことだ」
カズさんは躊躇することなく煙草に火をつけた。もう、ここが禁煙席だとかどうでも良くなってしまった。こんな煙くらいで人体に悪影響があると発狂する人たちよりも、僕らの死は目の前にあるのだから。
カズさんは煙草を深く吸い込んで、なるべく僕に煙が当たらないように吐き出した。煙草の灰を用意していた灰皿に落とすと、カズさんはさらに言葉を紡いだ。
「ガルズディアと融合した適応者は『境界を越えた者』と名前らしい。すげぇ中二的なネーミングで聞いた時は余裕で吹いたよ」
「もうどんな名前を付けられていても構いませんよ。それはそれとして、どうやって名前がわかったんですか? 適応者は黒の創造主側に寝返った奴らですけど、元は適正者ですからレリックモンスターの部類には入らないんじゃ?」
レリックモンスターの名前はサポートをしてくれる妖精たちが目視することで初めて判明する。だが、適正者ないし適応者の名前は知ることは妖精を持ってもできない。これまで出会った適応者はもちろん、これまで出会ってきた適正者たちの名前も妖精たちが知ることはできなかった。ハンプティさんや虎猫さんたちと初めて出会った時も同時で自己紹介をしてきたのだ。
「そう、レリックモンスターではない。お前も知っている通り、適応者はレリックモンスターではないから当然、妖精たちの生体図鑑リストにも記載されないんだ」
「ならどうやって?」
「どうやら融合体を妖精が見ると、生体図鑑に新たなリスト枠として『規格外』というのが出てくるんだと。これは俺たちがゲームをしていた時にもなかったリストだ。『境界を越えた者』の詳しい情報までは集めていないんだが、要は適応者とレリックモンスターのハイブリッドしか記載されないページということらしい」
「結局、なんの情報もなしにその境界と戦うということですね。そうだな、いっそのことボーダーと名づけましょうか」
その後にラインと付けないだけマシだと思った。知っている人が聞けば配慮の無い名づけ方だと言われかねない。誰に叱られるわけでもないけど、これは僕なりの良心だ。
「お前もお前で安直なネームを付けるよな。『境界を越えた者』ってのも長いし言いづらいからそれでいいか」
「正直、名前なんてどうでもいいことかもしれませんけど。なんとなく、こんな話でもしないと気を紛らわせないっていうのが本音ですがね」
「死の宣告をされたあとだもんなぁ」
「その宣告をしたのはカズさんですけどね」
僕は口唇の両端を上げて指摘した。
「俺のせいとか言うなよ?」
「いいませんよ。悪いのはそういう設定にした黒の創造主なんですから」
自分でそう言っておきながら、設定という言葉が引っかかった。
「設定」
再び口にすることで、疑問が次々に浮かび上がってきた。僕は椅子に座ってじっくりと考察を重ねた。するとまたあの名前が頭に浮かんだ。
「エヴァン・ラスティング……か」
僕の呟きに隣にいたカズさんが反応した。だが、カズさんは僕の方を見ようともせずに、吹かしていた煙草を口元に運ぶだけだった。
あえてエヴァン・ラスティングの名に触れないようにしているように見える。
無視を決め込もうとするカズさんを横目にして睨み、こちらから動くことにした。
「カズさん、設定ですよ。適正者の覚醒という隠し『設定』はいつ作られたんでしょう。ゲーム『Relic』の時から存在していたのか? それともこの異世界化すると同時にプログラムを組んだ? じゃあ、そのプログラムを組んだエヴァン・ラスティングは何者なんでしょう」
「お前って本当に妙な所で冴えるよな。怖い奴だよ」
「エヴァンがどうなったのか、知っているんですか?」
僕の中ではエヴァン・ラスティングはカーニヴァルに殺されているものだと決めつけていたのだが、見当違いをしていたのかもしれない。
それはカズさんを見ればわかることだった。明らかにこの話を避けようとしている。しかし、その意味がわからない。存命しているのならばなんの問題もないはずなのだ。
「カズさん、なにを隠そうとしているんですか?」
「別に、なにも隠そうなんてしてないよ。ただ、早くお前の妖精が復活しないかなーとか、一時間待つのって意外とだるいなーとかそんなことを考えていただけだ」
「嘘です」
「嘘じゃねーよ。マジで。ボーダーの話をしてしまったし、あとはお前の覚醒した力を知るだけだ」
「時間があるのなら、後回しにしたエヴァン・ラスティングについて話をしてくれればいいじゃないですか」
カズさんは短くなった煙草を灰皿でもみ消して新たにもう一本の煙草に手を伸ばした。僕はすかさずカズさんの腕を掴んだ。
「いくらなんでも、吸うペースが早すぎますよ」
「そうか? そう言われると、そうか。すまん。久々に吸ったものだから止まらなくてな」
僕は喫煙者ではないので、煙草の欲求力とその依存性は明確にできないけれど、吸い終わってすぐに新しい煙草を求めるのは違うと判断できた。
「エヴァンというプログラマーはそんなにひた隠しするほどのことなんですか」
僕は掴んだカズさんの腕を強めに握った。
「それ以上、強く握るなよ。俺は闘気を込めてないから、簡単に折れる」
カズさんの忠告により、僕は腕から手を離した。右手を見なくてもわかった。どういうわけか無意識に闘気を手に纏っている。
「どうして、勝手に?」
カズさんは表情を曇らせる。
「クソ。失言だった」
そういってカズさんは頭をわしゃわしゃと掻いた。
「なにがですか? この闘気の上昇というか暴走はなんですか?」
「こうなりゃヤケだ。真悟、お前は闘気の制御ができてない」
「え? は?」
僕の頭の中からエヴァン・ラスティングのことは吹き飛び、右手の闘気を収めようと必死になった。が、僕の思考とは裏腹に止めどなく闘気は溜まっていく。
「闘気の強弱とその配給は、お前の感情と比例している」
僕はそれこそ中二病を患った少年のように右手を左手で押さえている。
カズさんは立ち上がり僕を見下ろす。
「俺が死の宣告をした時、お前は俺に向けて……というか八つ当たりをしたよな。あれ、お前は意識して闘気を溜めたか? 違うはずだ。無意識の内にその右手に宿っていたはずだ。それはなぜか……教えてなくてもわかるはずだ。お前の心はひどく不安定で、定まらず、見境のない破壊衝動があった。それが無意識下における闘気の配給だ」
淡々と説明するカズさんと視線を合わせているいまでも、右手の闘気は上昇する一方だった。
「そして、いま、それを必死に抑えようと、止めようと足掻いている。逆効果だ。動揺もまた闘気と密接している」
「どうすれば止める事ができますか。このままだと闘気を放たなくても、カズさんに影響がおよんでしまいます」
「だろうな」
そういって、カズさんは僕に背中を向けてネットカフェのレジカウンターへと向かっていく。
「どこへ行くんですか」と、僕は思わず立ち上がった。
「どこにも行かないよ。お前がそれをおさめてくれないと、話なんてできないからな」
「悠長なことを言っている場合じゃないですよ。せめて、この溢れ出ている闘気を防ぐくらいの闘気を体中に纏って下さい」
「……焦るな。落ち着け。そして受け入れろ。それしか言えないよ。もし、俺になにかあったら、俺のスマホにあるメーリングアプリを覗け。スマホのロック解除の番号は0825だ」
落ち着きを払ってカズさんは遺言めいたことを言い始めた。
何をバカなことを言っているんだと悪態を付きたかったが、そんな行為を起こすことすら惜しかった。
僕はカズさんのいったことを反芻する。焦らない、落ち着いて……受け入れる。この膨大な力を。
目を閉じて、僕は僕の肉体に流れる闘気を感じ取ろうとする。血流と同時に流れていく闘気。その根源を探る。探りだす。
血液の生成は骨髄だが、闘気は肉体とは違う。真っ先に思いついたのは心臓だったが違った。……心なしか、右手に集まっていく闘気の量が減った気がする。でも、安心はできない。まだ制御しているとは言い切れないからだ。
焦るな。僕なら出来ると言い聞かせる。
闘気の根源を探していく内に、僕はカーニヴァルとの戦いを思い出す。そう覚醒した瞬間を、だ。
頭の中で『何か』が溢れでた。もちろん『何か』は闘気ではなかったけれど、しかし脳になにかがあるとしか思えなかった。
今こうして考えているのも僕の脳内である。だが闘気は止まってくれない。思考する程度では覚醒したこの力を制御出来ない……では、脳の中にあって脳でないもの、なのか。
そして、僕は、思考を停止させた。
…………………。
───────。
「気分はどうだ?」
カズさんの声が聞こえて、ようやく両目を開いた。
「良くも、悪くもない、そんなところです」
「うん。闘気も落ち着いたみたいだな。わかっただろ。俺がどうこう言っても無駄ってことが」
「ええ。他人の口から聞いたとしても、そこから人は考えてしまうし、出来なかったら余計に悩み、焦る、悪循環が巡るだけでどうにもならない」
「覚醒した適正者は一人で力や闘気の制御の仕方に気づかないといけないってよ。各国にいた覚醒した適正者がそんな風に言っていた、みたいな情報がアメリカとスペインのやつらが教えてくれた。しかし、これらの情報をお前に教えたとしても無意味だと思ったんだ。ヒントだけ与えて、あとはお前に委ねてみたよ」
「上手く行ってよかったというべきですが、もし制御しきれなかったらどうしたんです?」
「出来ると思ったよ。一度目、俺が死の宣告をした直後、無意識に闘気が溜まっていたけど、すぐに収まっただろ?」
僕がカズさんに八つ当たりをした時は、ポニテさんのことで頭がいっぱいだった。と、いうことは暴走する闘気を意識してしまったがために、制御できないことに焦り、さらに闘気が溢れでた、ということか。
「意識しなければ暴走はしない。だが一度でも意識してしまうともうダメだ」
「じゃあ、失言と言ったのは?」
「俺が言わなければお前は気にも掛けなかったはずなんだ。それを俺が気づかせた。意識させてしまった。だからというか、詫びのつもりで俺も闘気を纏わないみたいなことをしてみた」
「無茶しますね。中々のポーカーフェイスでしたけど」
「うるせぇ、この両手を見ろよ。汗でベトベトだ。ものすげー肝を冷やしたんだからな」
カズさんは両手を見せてくれたが、三メートルくらい離れているので確認できるはずもなかった。適正者としての能力を持ってすれば『見る』ことはできるかもしれないが、こんなことで適正者の身体能力を使うつもりはなかった。
「暴走する力を抑える……それは無我の境地だと、情報をくれた奴は言ってたけど、実際はどうなんだ?」
「スピリチュアルな思想をもった外国人ですね」
「海外じゃ瞑想はよくするらしいからな」
「僕は仏教徒ではありませんからわかりませんが。というか、よく出来たなと自分に感心しています」
「これは、覚醒した適正者の言っていたことらしいんだが、覚醒したことで別の扉が開いたみたいに、そういったスピリチュアルな極地に足を踏み入れたから出来た、とかなんとか。まぁ、無我になりやすい状態にさせてもらったんじゃねーのかな」
させてもらったか。なるほどと納得し、僕はほくそ笑んでからカズさんを見つめた。
「これまた都合のいい『設定』ですね?」
「そう『設定』だよ」
「じゃあ、その『設定』をしてくださったエヴァン・ラスティングについて話してくれます?」
「まぁ、そうなるわな」
カズさんはそのままこちらに戻ってくるかと思ったが、まったく違う方向へと歩き出した。
「どこへ行くんですか? まさかそこまで言っておいて黙っているとかナシですよ」
僕の呼びかけにカズさんは振り向きもしない。
「カズさん」
「せっかく無我になれたのに、取り乱しすぎだろ。喉が乾いたからドリンクバーに行ってくる。お前もなんか飲むか?」
呑気なことを言ってくれる。しかも僕の返答を待たずにカズさんの姿はもうなかった。
「熱いお茶があればそれで」
店内のどこかにいるカズさんに向かって叫ぶ。
「なかったら?」
遠くの方から返事がきた、
「お任せします」
声を張り上げて答えるも、今度はカズさんから応答はなかった。
右手にコーラが入ったグラスとマグカップを手にしたカズさんが戻ってきた。マグカップに注がれていたのは緑茶だった。湯のみ以外で緑茶を飲むのは初めてなので違和感があった。
それらをテーブルに置くと、カズさんは立ったまま話しだした。
「エヴァン・ラスティングについては、俺とハンプティの中だけに止めようと思っていたんだ」
「そこまで伏せる理由があるんですか? いや、でも、エヴァンのことについてすでにカズさんたちが知っているのなら、いつかは『R』の掲示板やネット上でも上がるはずですよ?」
「おそらく無理だ。そうならないようにエヴァン自身が操作している」
アプリ『R』を制作したのなら操作などは造作も無いことかもしれないが、ネット上にあるすべての情報を操作するなんて可能とは思えなかった。
「でも、その言い方だとエヴァンはまだ生きているということなんですね?」
「いいや、エヴァン・ラスティングは殺されたよ」
「じゃあ、どうやって操作を? そういうプログラムを生前に組んだんですか?」
いや、そうなるとエヴァン/ラスティングの失踪についての報道がネット上でも流れているのはおかしい。失踪報道をした後にプログラムを組んだとか……いや、つい数時間前に彼の失踪報道は目にしていた。浮かび上がる疑問符に悩まされる。
「エヴァン・ラスティングという男の肉体はもう無いが、彼の魂は存在している」
「幽霊だ、みたいなオチじゃないですよね」
「安心しろ。そういうオカルトじゃない。てか、あれこれ説明するのが面倒だから結論だけ言うわ」
僕は手にしていたお茶を一口飲んだ。
お茶は音を立てて喉を通過し、胃の中へと沈んで浸透した。
「エヴァン・ラスティングは、白の創造主の転生体だ」
驚愕の事実という、なんとも陳腐な文言が頭に浮かび上がり、即座に消え去った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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