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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
54/143

050 『贈り物(プレゼント)』

050です。


※12/5 ルビ中黒ズレ修正 

 気を失ったのは一瞬だった……と思う。

 霞んだ視界から見えたのは割れたガラス壁。その先にはスクランブル交差点の中央にはカーニヴァルが仁王立ちしている。僕の両脇に吹き飛ばされた衝撃で叩き壊されたスターバックスのカウンターがあって、床はタンブラーや破けたコーヒー豆の袋が散乱している。

 香ばしいコーヒー豆の匂いを嗅ぎ取りつつ、体が動くかどうか試してみる。両手の指、腕、両脚は辛うじて動く。まだ手足は良いほうで、カーニヴァルの打撃を与えられた胴体の痛みは酷く、呼吸をすることすらままならなかった。

 僕はどんな攻撃をされてここまで吹き飛ばされたのだろうかと思い出す。カーニヴァルが投げた左腕の手甲に僕のカウンタースキルである空蝉が反応してしまい、手甲を破壊することは出来たけれど、反面、僕自身は隙だらけとなりいとも簡単にカーニヴァルの……蹴り(だと思う)をもろにくらってしまった。

 軋む体を動かしたかったが、立ち上がるほどの力が戻っていなかった。

「どうよ、キックボクサーの蹴りは? なかなかの威力だろ」

 身を持ってその威力を味わってしまうと減らず口すら出なかった。

「俺を怒らせてカウンターで攻撃するという手段を取ったのは悪くないけど、それはあくまで素人同士の喧嘩なら有効ってことだ。俺たちは命の取り合いをしているんだ。感情に流されて勝敗が決まるもんじゃない」

 まったく返す言葉もない。悔しいけれどカーニヴァルが正しかった。勝機が失われたと言っていい。こちらは死に体。生殺の主導権は完全にカーニヴァルへ握られてしまった。

「それでもまだ意識を取り戻してもなお、そんな目をしているのは賞賛に値するね」

 どんな目をしていたのだろう。きっとこの両目は讃えられるようなものではないはずだ。今にも閉じようとしている瞼を無理やり開いて、しかしカーニヴァルをしっかりと捕らえている。

「お前の目は、生きることに執着した澄んだ目じゃない。断言してやるよ。お前は殺意で満ちている。そうだろう」

 まだ声はでなかったけれど、カーニヴァルの読みは当たっている。

 体の自由こそ聞かないけれど、死を覚悟したわけではなかった。指が、手足が、体が動くのであれば戦おう。肉体の限界でも、精神が折れていなければ、戦うという意志が残っているのなら、無理矢理にでも立ち上がり、拳を、脚を振るうのだ。

 精神が肉体を凌駕する、なんていう言葉を聞いたことがあるけれど、僕はそれを体現させてみせた。潤滑油が抜けきった鉄製のアームみたくぎこちない動きをしながら腕を伸ばし、膝に乗せた。体を起こす度に喉から唸り声が漏れる。

 直立できるほどの余力はなくて、両膝は折れ曲がり、腕はだらりと下げたまま、上半身は不自然に前かがみとなっていた。か細い茨が全身を纏わり付いているような痛み。体のどこを動かしてもその茨は即座に反応して全身を縛り上げる。

 もし奇跡を起こしたというのならば、こうして立ち上がれたことだろう。

「満身創痍だな。ヒーロー? ここからお約束的な主人公補正みたいなのが発動して一発逆転が始まるのかい?」

 カーニヴァルは透き通るような声で、立っていた交差点の中央からこちらへと歩み寄ってくる。

「宣言してやる。奇跡的な逆転劇なんてものはな? それは約束されたストーリーテーブルでしか起こらない。神を信じて祈っても、結果を出すのは本人だ」

 もちろんそうだ。僕は都合のいい神様にしか祈ったことがない。人間社会を支えているのは結局、有象無象にいる人間たちでそれ以上も以下も無いのだ。

「安心……しろよ」

 ようやく喉を通り過ぎて、舌を回し、口唇を震わせた声は弱々しく、喋っている当の僕でさえ聞き取りにくかった。

「異世界化した時から、僕は主人公になろうだなんて一度も思ったことも考えたこともなかった。むしろ──ヒーローなんておこがましい。僕には不似合いで不釣り合いだ。なにより、僕は奇跡が大嫌いだ。そんなものにすがるよりも、こうして地に足をつけて、お前と戦うことを選択する」

「そうだ。特別性を決めるのは本人ではなくて、他人だ。第三者の妄言であり、妄想であり、妄信だ。だからこそ、その評価を下したお前自身は正しい。いいね、いいぞ。そういう適正者に、人間に会いたかった」

 カーニヴァルは目を輝かせながら、また一歩近づいてきた。

 初めて見た遊戯道具を手にした無邪気な子供のようにも見えた。

「だが、駄目だ。それじゃ足りない」

 あと一歩でも足を出せば、お互いの距離になる。僕もカーニヴァルも闘術士だ。攻撃範囲を見誤ることはない。ぎりぎり攻撃が届かないところでカーニヴァルは立ち止まった。

「さっきから」

 肺が圧迫されたのか、激しい咳が数秒続き声を出すことができなかった。

 ようやく落ち着くとカーニヴァルを睨んだ。

「惜しいだとか、違うだとか……なにが言いたんだ──いや、お前は何が目的で僕と戦っている? 弱い者を傷めつけて悦に浸る変態か?」

 久しぶりに思いついた罵りの文言ではあったけれど、真っ黒に汚れた新品の雑巾みたいな僕が口にした所で、痛くも痒くもないだろう。

 話すことで存命を望んでいるのではなかった。純粋な疑問だ。僕はこの男に生かされている。何度でも殺せるチャンスはあったにも関わらず、またこうして殺さなかった。

「初めは……そう、適応者になる前は色んな奴を殺してやろうと思ったんだけどよ。無双ってのはさほど面白くねーんだわ。あ、これさっき言ったな。だから、つまらないんだよ。俺がほしいのはヒリヒリするような殺し合い。素人がいくら頑張っても格闘技をかじった奴には勝てっこない。だから、黎王を倒したお前には一目を置いたんだ」

「何が言いたい?」

「あいつは怪我に泣いたが、それでもセミプロだった。一般人が戦った普通に殺されるレベルだ。ところがどうだ、ズブの素人で格闘技のかの字も知らないくせに、圧倒的なセンスで勝ちやがった。わかってないようだから教えてやるが、お前は現実に置いての実戦経験を会得せずに、ゲーム『Relic(・・・・・)』の設定(・・)の力のみで黎王を殺したんだよ」

 僕に止めを刺される直前にも、黎王はカーニヴァルと同じようなことを言っていた。真に受けなかったけれど、そんな才能があるのかにわかに信じられなかった。元に、僕はこうしてカーニヴァルに弄ばれているのだから。

「もしも、お前が格闘技をかじっていたのなら、俺は手も足も出ない。だからお前という素材は『惜しく』『足りなく』そして『違う』んだよ」

 この流れは、僕を逃して格闘技を習得してこい、そういう流れだと思っていいのだろうか。

 この希望的観測が間違っていた場合、絶望的結論は──想像できなかった。

「宝の持ち腐れをしている闘術士シンゴくんにプレゼントをあげよう」

「プレゼント?」

 予想外すぎて思わず復唱してしまった。

「きっと喜んではくれないだろうけどな」

 カーニヴァルは厭らしい笑みを零して、片手を挙げた。すると、背後から黒い歪みが五つ現れた。なにかのアイテムかと勘ぐったけれど、それならアイテムリストから取り出すはずだった。

 黒い歪みは適応者の移動に使われるものだ。となると、ここから出てくるのは新たな適応者? 結局、僕は黒い歪みから現れた人々を見るまで正しい回答を導き出すことが出来なかった。

 歪みの中から出現してきたのは、もっとも想像してはいけない結果だった。

「なんで……」

 両目を大きく開き、大きなガラスが飛び散っている地面にへたり込んだ。

「お前が他人を正直に信じるお人好しで助かったよ。わりとマジで」

 カーニヴァルは高らかに笑った。真っ暗な空に向けて大きく、吠えるように。

 歪みから出てきたのは枝のような植物に絡みつかれたエクスさん、日輪さん、虎猫さん。

 彼らは人質にされているのだから、このような形で現れても仕方ないとは思った。問題は残りの二人だ。

「ノヴァ……さん?」

 頭上に両手を伸ばし、重なりあう手の甲には鉄の杭が刺さっていた。そして、同じような格好で晒されているのは──

「ポニテさん」

 僕の呼び声にも反応せず、ポニテさんは虚ろな目をしていた。

「どうして」

「どうして? そりゃ決まってるだろ。お前の為さ」

「僕のため? なんの、どんな理由で。だって、彼女たちをここへ連れてくるなと言ったのに」

「バカだな。そんな約束を守るつもりもしたつもりもないね。お前の大切な女ふたりを攫って、薬漬けにして、玩具にするためにわざと離れさせたんだよ」

「信じた僕がいけないのか」

「そうだよ。いいか。この世で信じられるのは他人じゃない。家族でも友人でも恋人でもない。誰でもない自分自身だ。残念でした、お・ば・かさぁん」

 ちくしょう、チクショウ、畜生──

「この畜生が!」

 ありったけの力を込めた拳を地面に叩きつける。

 地面は、大地は、大きくひび割れた。その振動がカーニヴァルの足を封じる。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

「殺してやる!」

 体の痛みなど吹き飛んだ。こうした思考さえも途切れそうだ。いいや、何も考えない。考えたくない。

 僕のせいだということも忘れ去りたいくらいだ。

 真正面にいたカーニヴァルが、なぜか背中を向けている。

 あ、そうか。僕が背後に回ったのかとこの時は気づかなかった。

 後頭部目掛けて拳を打ち付けるも、鉄のように硬くこの男の頭蓋を破壊することが出来なかった。

「いいぞ、その調子だ」

 カーニヴァルがこちらに振り向く。その楽しそうな顔が気に入らず、左拳を打ち込む。

 ずっと昔にみた格闘技の試合に使われたハイキック、ボディーブロウをストレート、フック、アッパー、正拳突き、前蹴り、回し蹴り、もう思いつく限りの打撃をカーニヴァルに浴びせる。

 初めは当てることはできても手応えはなかったけれど、回数を増やすごとにそれは身になり、カーニヴァルはしだいに躱すことが困難になり、受け身になるもこちらの攻撃が入り始めた。

 左足を軸にして上半身を回転させて、高く振り上げた右足の踵がカーニヴァルのこめかみに向かう。

「ぐっ!」

 カーニヴァルは僕の攻撃を読んで左腕をガードに当てていたが、しかし踵は腕をこじ開けた。

 僕の右足が地面に着地した時には、カーニヴァルの姿は右方向に吹き飛び地下通路の出入り口に背中を打ち付けていた。

 まだだ。まだ足りない。

「あー、足りねーな」

 カーニヴァルは何事もなかったかのように地下通路の壁を背にして立っている。ダメージがないとか知ったことではない。

 僕はこいつを殺すことしか頭にないのだから。

「駄目だ。それだけじゃダメなんだよ!」

 目の前が真っ暗になる。

 勢いをつけてカーニヴァルへと飛び込んだはずなのに、僕の顔はカーニヴァルの右手にガッチリと掴まれて後ろに倒された。

「が!」

 叩きつけられた衝撃。冷たいアスファルトが背面を冷やす。

 顔を掴んでいた手が離れる。手の平は拳の形に変わり、みぞおちに打ち付けた。

「おぇえ!」

 内臓が口から飛び出るのではないかと思うくらいの痛み。食道を通過する胃の内容物。すでに消化済みだったのか出てきたのは透明な液体だけだった。

「そこで見てな」

 腹部を抑えながらカーニヴァルを見ると、奴は気を失ったエクスさんの前に立った。

「やめろ」

 なにをやるのかすでにわかっていた。

 カーニヴァルの背中に腕を伸ばす。

 手の平を広げる。

 掴めないカーニヴァルは、右腕で手刀を作り、そして、エクスさんの首を跳ねた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


投稿が遅くなり申し訳ありません。


次回投稿は12/7です。

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