049 『挑発(プラヴァケイシャン』
049です。
程よい緊張感が体中を満たしていく。
黒い歪みからまず出てきたのは右足だった。そのまま続いてゆっくりとカーニヴァルの全身が歩み出てきた。
「よぉ、待たせたな。つっても、待たせたつもりはないけどさ」
ずっと前から知り合いだったかのように、カーニヴァルは気さくに片手を上げてきた。
この男がカーニヴァル。昼前に見た動画と同じ服装だった。それも当然で、動画を投稿したのがだいたい九時間くらい前の話だ。そう、彼がまだ人間で僕と同じ適正者だった頃だ。
僕はカーニヴァルを睨みながら構えた。いつ戦いが始まってもいいようにと、闘気はすでに両手両脚に溜め込んでいる。
こちらの殺気を感じ取ったのか、カーニヴァルは「おいおいおい」と呆れた様子で肩を竦めた。
「出会い頭に速攻で戦うってのも味気ないぜ。向こうの奴らは喧嘩っ早くてよ。おまけに言葉は通じないしさ。辛うじてわかったのは、ファックオフと、ジーザスとノーウェイくらいだったかな。そうそう、あとホーリィシットってのもあったな。あいつら感情表現を顔だけじゃなくて体で表すから面白いちゃー面白かったな。ウケるだろ?」
アメリカで戦った適正者たちのことだ。そんな話のどこが面白いのかと思うだけで口には出さなかった。こいつとは極力、むしろ是が非でも話したくない気持ちでいっぱいだった。
「そうかい。やる気は満々てところか。あんだけ煽ったら、そりゃそうなるわな」
相変わらず人を小馬鹿にしたような言い草と仕草が気に入らなかった。この男がどれほどの実力を持っているのか予想も着かない。が、仕掛けるのなら、僕を舐めきっているいまだと判断した。
左脚を蹴りあげて、カーニヴァルの懐まで潜り込む。しかし、奴の顔は驚いてはいるけれど、しかし不敵に笑っている。
闘気を十分に溜め込んだ右拳を胸部、心臓を目掛けて打ち込んだが、拳は空を突くだけで、カーニヴァルの姿は消え去っていた。
「さすがは同じ闘術士ってとこか」
背後から届くカーニヴァルの声。吐息や匂いまでもが感じ取れるほどの距離だった。背筋が凍り付くほどの恐怖が電流のごとく走った。
真後ろにいるのならと、今度は左腕でバックブローをかますも、やはりそこには誰もいなかった。
「さっきのちょいと焦ったぜ」
今度は左耳に直接話しかけられた、左半身の毛穴が開くのがわかる。僕は右へと飛んでカーニヴァルと距離を取った。
今度は消えず、姿を残したままカーニヴァルは腕を組んで立っていた。
「うーん、もうちょいってところか」
カーニヴァルはぼりぼりと頭を掻きながら呟く。何を言っているのか理解するつもりはなかった。カーニヴァルの言葉の意味を理解する以前の問題に気付いてしまったからだ。
「どうして、殺さない?」
固唾を飲み込み、やっと口にしたのがこれだった。全身に浮き出た鳥肌が収まらない。
目だけでなく、気配すらも感じ取ることができなかった。僕とカーニヴァルでは圧倒的な実力差がある。開戦一分という僅かな間で二度も殺されていることになる。
「あぁ? あー、別に? 嬉しい誤算っていうの? 動画でも言ったけどよ。俺はチートみたいな力を手に入れて、そりゃわんさか殺したよ。無双ゲームよろしく逃げ惑う奴らを血祭りさ。でもさー、飽きるわけよ。チートってさ。俺つえぇぇぇーってのは、ゲームだと爽快なんだが、生身だとどうも面白くなくなる」
お前の感想なんて知るかよと、口汚く罵りたくなるのを我慢する。
「だから、殺す前にちょいとお話しながら遊んじゃおうかなって? みたいな? 的な?」
「僕は、お前の玩具かなにかか?」
「ありきたりな表現でげんなりするが、そんなとこだよ。ただ、なーんか違うっつーか、惜しいんだよ」
「さっきも」
「ん? お? やっと俺と話す気になってくれたか。いやー、良かったよ。適応者になった奴らとも話すけどさ、あいつら俺と同じでどっかぶっ壊れているから会話にならねーんだわ。こういう言葉のキャッチボール大好き」
大げさに笑うカーニヴァルの姿が不快だ。言いかけた言葉を飲み込もうとしたけれど、好奇心に負けてしまった。
「さっきも言っていたな。惜しいって。それは僕の攻撃を避けた後だ。お前は僕の攻撃を受けたいのか? それならなぜ逃げる? 一発でも当たればお前の顔も、声も聞かなくて済むのに」
バックブローはカーニヴァルの顔にあたると踏んで放った。この攻撃が当たったとしても不意打ちの攻撃ではカーニヴァルを殺すことは出来なかっただろう。カーニヴァルだって闘気を防御に回しているはずだし、僕の防御スキル、内気功・金剛のようなスキルを発動していたはずだ。以上を吟味すれば、攻撃を食らうでも、避けるでもない、ましてや僕のスキルについてのダメ出しでもなさそうだ。
何に対して『惜しい』と言っているのか、喉に小骨が刺さったような違和感に苛まされている。それにこうして対話をすることで、油断を誘えたらという希望も抱いていた。
「いいねいいね。殺気立っていて、電話口でも殺してやるからって言ったよな。そういう強気な発言大好きだぜ。えーっと、俺が惜しいと言った理由が知りたいんだったな」
カーニヴァルはどこから話そうかと思案している様子だった。ここで隙を見せてくれればこっちのものだったのだけれど付け入る隙がなかった。これまで累計で四人の適応者と戦ったが、こんなことは初めてだ。
「せーっかくお話して盛り上がろうとしたのに、お前の殺気で興が逸れたわ。もう台無し。そんなに俺とやりたいのなら──殺し合いたいのなら。こっちもそれなりの準備をするわ」
カーニヴァルは首元をぐるりと回す。
「手甲・咎」
カーニヴァルの両腕が黒い炎で纏われる。
なんで気が付かなかったのだろう。むしろ意識的にその存在を見なかったのかもしれない。カーニヴァルの腕に手甲が装着されていなかった。では、脚はと急いで目を向けると禍々しい脚甲がその両脚に装着されている。
「俺の脚甲の名前は辟。咎と辟なんて俺に相応しい武器名だと思わないか?」
「いかにも男子中学生が好きそうな漢字だ。国語の授業中に辞書で見つけたら蛍光ペンでマーキングするだろう」
震えそうな声を、なんとか振り絞って張りのある声色にして反論した。虚勢をはるだけで精一杯だ。
「口は達者だな。そういう切り返しも、嫌いじゃないぜ」
カーニヴァルの目つきが変わる。ヘラヘラとしていた顔も引き締まる。気分はもう蛇に睨まれた蛙だ。ならばこちらがナメクジになればいいのかといえば、言葉遊びでどうこうできるような相手でないことは明白だ。
気が付くと、鳥肌は収まり、汗も止まり、迫ってきたのは絶望だった。さすがに逃げるという選択肢はなかったのだけれど、戦意を失う手前まで来ていた。
「俺は、そこらの素人とは違うから楽しませてくれよ」
カーニヴァルが右にゆっくりと揺れ動くと、その次には目視できず消え去っていた。どこだと目で探そうとする。
左頬に衝撃。途切れそうな意識を口唇と噛むことで辛うじて持ちこたえる。それでも上半身は傾くので右脚で踏ん張ろうとすると、今度は右脇腹に……そのあとは、もう針のむしろだった。右脇腹に打撃が打ち込まれた瞬間に外気功・金剛を発動させたおかげで、幾分、衝撃と痛みは和らいだが、しかしダメージは蓄積されていくのがわかる。
無意識のうちに両腕を顔まで上げて、背を丸め、肘は腹部を守った。数年前に読んでいた格闘漫画で読んだ防御の型だった。
スコールのような攻撃が全身に浴びせられる。
こちらの硬さに業を煮やしたのか、雨霰のつぶてが収まった。
だが、こちらの防御を解くわけにはいかない。今度はこちらの安堵をしたのをいいことに、再びスコールが降り始めかねないからだ。
「それが、黎王やまほろの攻撃に耐えた防御スキルね。俺の攻撃をまともに浴びて立っているのはさすがだよ」
カーニヴァルの声こそ聞こえるが、遠近も左右前後どちらから発せられているのか把握できない。
全身に鞭を打たれたような痛みがしている。皮膚はひりひりとしていて、内側は骨まで響くほどの痛みが生じている。
こうして攻撃を食らったことで、僕の気持ちも切り替えることが出来た。リリィとの話したことで冷静さを取り戻したと入っても、まだ本調子ではなかった。
感情の流されるなと言い聞かせる。
敵はまだ僕を舐めている。遊んでいる。余裕をかまして高みから見下ろしている。
勝機は残っている。
利き腕と利き足に闘気を込める。
内気功・金剛を保ったまま、両腕を下げた。
カーニヴァルは元の位置に戻って僕を見つめていた。
「亀みたいな防御は終わりか。今度はそっちから仕掛けてこいよ」
「断る」
「なんだ? 人に命令されるのは嫌いだってのか?」
「人というよりも、僕はあんたに言われて行動するのが嫌なんだ」
「いつものことだとはいえ、初対面でそこまで嫌われるとは、心外だな。煽ったのだって、理由があってのことなんだぜ?」
また変な言い回しをしている。が、そこはもう詮索しない。しても意味が無い。戦いの場に必要なのは相手をどうやって倒すかだ。
「それとも、守るだけが精一杯でなにもできないのかなー?」
「ああ、あんたの攻撃はとてもじゃないけれど、防ぐだけで精一杯さ」
「そりゃそうさ。俺はそこら辺にいる素人の適応者とは違うんだ。基礎が違うんだなーこれが」
ようやく尻尾を出してくれた。
自信満々なカーニヴァルに僕はこう褒め称えてやった。
「その通りだ。あんたは僕が戦ってきたどの適応者よりも強い。なんたってあんたは素人じゃなくてプロだ」
「へぇ。プロってなんの?」
カーニヴァルの声に変化が出ている。
「格闘技。元々はボクシングじゃないのか。だから、僕の攻撃も簡単に躱せたし、目でおっても、その動きが追いつかない。たしか、ボクシングのストレートはどの格闘技よりも初速が早く、リングを舞うステップはまず常人では追えない。それに、適応者だって適正者と同じく、いやそれ以上の身体能力を手に入れているはずだ。そんな男とまともに打ち合う気にはなれないね」
「惜しいな」
またあの台詞を履いたが、なんとなくニュアンスが違った。おそらく、この言葉の意味は僕の回答が間違っているという意味だ。
「ボクシングではあるけれど、俺がやっていたのはキックだ。ついでにいうと黎王は総合のほうだ。あいつ、怪我さえしなければプロとして輝けたはずなのにな」
再びヘラヘラとしながら嫌味な笑い方をするカーニヴァルに、僕はある一言を加えた。
「キックでもなんでもいいけど。所詮はその程度だったんだろ」
「なんつった?」
カーニヴァルが引きつった顔で言い返してくる。
「聞こえなかったのなら、もう一度いってあげよう。所詮、この程度の技術しかないんだろう? あんたはプロだったかもしれないが、二流、いや三流にも劣っていたんだろ」
「俺を怒らせようっていうやり方か?」
頭に青筋を浮き上がらせてもおかしくないような強い口調に変わる。
「事実だろう? あんたも逃げたんだ。現実を直視する勇気がなくて、弱い者いじめをして楽しむ子供だ」
もうカーニヴァルは笑っていなかった。無表情に、虫けらを見るような目で、こちらを睨んでいる。
「また素人が、知ったような口を聞きやがって」
「素人、素人と連呼しているけれど、その素人風情にあんたの攻撃は通らなかった。倒れなかった。これはどういうことだ?」
「黙れ、このクソが」
「プロといっても、所詮は素人も倒せない攻撃さ。たかが知れているね」
「もう一度、味わってみろよ!」
カーニヴァルが吠えると同時に、再び姿を消した。
これで準備は整った。
爆風のような風圧が、僕の体を揺らす。気配は感じ取れないけれど、今度は殺気が満ち溢れている。
右側から拳が飛んで来るのがわかる。もちろん、見ているわけじゃない。それこそ第六感とも言える感覚だった。
避ける必要も受ける必要もなかった。僕の利き腕と利き足以外は、それなりの攻撃を耐えうるほどの闘気で満たしている。
一か八かだけれど、カーニヴァルの一撃を耐えることができれば、あとはカウンターの空蝉を発動させて、倍返しすればいいのだ。
来い、来い、来い!
「なーんてな」
右側から来ていたはずのカーニヴァルがなぜか眼前に現れる。
「そんな安い挑発にいちいち乗るかよ」
それでも、カーニヴァルの拳は硬く握られたままだ。遠慮せずにその拳を当ててくれれば、こっちの勝ちなんだ。
なのに……カーニヴァルは僕の予想を斜め上にいった。
あと数センチだという距離なのに、カーニヴァルは後ろに引いて、おもむろに左腕の手甲を東リ外して、投手のように僕目掛けて投げつけてきた。
突然の奇襲に対応が遅れ、カーニヴァルの手甲が僕の胸部に当たると同時に、空蝉のカウンターが発動して、闘気を溜めこんでいた右拳がカーニヴァルの手甲を破壊する。
「しまっ──」
手甲を壊したしまった後悔と同時に、カーニヴァルの攻撃を許してしまった。
ここで一端、目の前が真っ白になり、記憶が途切れた。
次に気がついた時、僕は渋谷Qフロントのガラス壁を突き破りスターバックスのカウンターにめり込んでいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は12/5です。




