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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
52/143

048 『愚者(フール)』

048です。

 階段を駆け下りて、薄暗い校舎を走り抜ける。校舎一階へ足を付けても、その勢いづいた速度を止めることなく、昇降口を出た。

 東京の空は狭いと言われがちだけれど、初めて入った学校のグラウンドから見える夜の空は広く、星々の光がはっきりと見えた。追い込まれた状況だというのに、僕は呑気にも綺麗だなと思ってしまった。

 僕はこれから、適応者となったカーニヴァルと殺し合いをする。

 いいや、違うな。

 僕はこれから殺されるために決闘の場所となったスクランブル交差点へ駆けているとしたほうが正しいか。

 僕ってこんなにバカだったのかなと、学校のグラウンドを抜け住宅地に入って大通りを目指しながら、心の中で呟いた。

 バカというよりも愚かのほうがしっくり来る。

 あの時──ノヴァさんからカーニヴァルの戦闘スタイルを聞いた時──僕はノヴァさんに勝ち目があるといったが、あれは口からでまかせの大嘘だった。

 戦闘スタイルが似ているからとって、ゲームパッドを使用してアバターを操作するのとは訳が違う。僕らはこの現実世界で自分の体を使って戦う。ノヴァさんの言うとおり、個人の戦闘技量、判断、観察力といった部分が肉体を使った対人戦では重要となる。

 それなのに僕はカーニヴァルと数分間はなしただけで勝ち目があるなどと言った。

「ふっ」

 思わず息を漏らして、笑みを零す。

 少し話しただけで相手のことがわかるなんてエスパーでもないかぎり不可能だ。残念ながら僕にはそういった異能な力など授かっていない。

 あるとすれば、白の創造主から贈られた異形なモンスターを倒すことができるレリック武器の手甲と脚甲、ゲームやアニメ、漫画で使われそうな超常スキル。そして、この武器を装備することで得たプロアスリート以上の身体能力だ。

 たったそれだけだ。

 それだけの力があれば大丈夫だろうと無責任に誰かが言うかもしれない。思うかもしれない。残念だけどこれではダメなのだ。不十分だ。

 なぜなら、僕は絶対的な物語の主人公性がない。皆無だ。

 ご都合主義よろしくみたいな逆転劇など見込めない。そんな希望を浮かべてしまったら、それこそ俗にいう死亡フラグだ。

 敵の適応者はチートをこれみよがしに使い、こちらは定められたルールで戦うことしかできない純プレイヤーだ。創られた物語であれば、この二人が戦い、生き残るのは主人公だ。当然だ、死ねばそこで物語が終わる。けれど、ここは悲しいまでに現実だ。

 僕とカーニヴァルに圧倒的な戦闘技量の差があれば、どう足掻いても勝てない。

 無残に殺され、胸糞悪い物語の結末を迎える。

「それがどうした」

 と、僕は独り言を吐き捨てた。

 どんな戦いになろうと、どんな殺され方になろうとも、僕の殺意は高まる一方だった。

 あれやこれやと最悪の結末と、カーニヴァルの殺し方を想像しているうちに宮下公園の前まで来ていた。

 足を止めた。夜誰もいない渋谷の街。静けさで耳が痛くなる。

 ここまでくるのに僕は歩道を使わずに車道を突っ切っていた。歩道は車が乗り上げているところが多く、まともに走ることが出来なかったからだ。異世界化が始まったのは昼間の十三時。交通量もピークだったせいで事故を起こしている車ばかりだ。

 棺を破壊するために、ポニテさんたちとここを走っていた時は気にも掛けなかったが、山手線が走る丘を見えれば、緊急停車した車両が止まっていた。脱線事故などを起こして、死亡した場合は、黒の創造主の贄として収集されず、そのまま死んでいたはずだ。

 そう、人は普通に死ぬ。人知を超えた衝撃でなくとも、鋭利な刃物を刺されただけで、首を締められただけで、いとも簡単に死ぬ。

 いいや、殺せばいい。殺すんだ。あの男を許すわけにはいかない。

「真悟さま。大丈夫ですか?」

 俯いた僕を心配して、リリィが話しかけてきた。相変わらず、僕のスマートフォンの上に浮かんでいる。

「大丈夫なようにみえるかい?」

 皮肉を言うつもりはなかったけれど、ここまで気が滅入っていると吐露してしまう。

「いいえ。見えません」

「そうだよな。僕もそう思う」

「どうして」

 リリィは一旦言葉を切った。僕はリリィが何を言いたいのか、伝えたいのか、考える余裕もなかった。むしろ、早く話してくれと願った。

「どうして、真悟さまはお逃げになることを考えなかったのですか」

「それはもう階段の踊場で話したじゃないか」

「カーニヴァルのことが許せないから。ポニテさまが彼らの手に掛かることが許せなくて決闘の地へ向かわれている、そうとらえてよろしいのですね」

 知っているのなら、なぜここで聞くのかと、僕はリリィを睨んだ。

「真悟さま。リリィは妖精です。白の創造主さまによって創られた作り物の肉体と精神しかありません。故に、リリィたちは人間らしく振る舞うことはできますが、人間のような感情や温情を完全に持ち合わせているわけではありません」

「なにが言いたい?」

「お忘れですか? リリィたち妖精は仕える適正者さまをお守りし、サポートすることが役目です。他の適正者さまを救うという概念などないのです」

「そうか。助けるのは適正者全員ではなく、仕える一人の適正者のみ、そう言いたいんだね」

「……はい」

 僕以外の適正者などの生き死になど問題としてないのだ。

「適正者さまたちは……いいえ、この場合、こちらにいらっしゃる人間たちと申し上げたほうがよろしいでしょう。何故、誰かのためにという前置きをするのでしょう。例え、殺されるとわかっていても戦いに行くのは、何故ですか」

 リリィと出会って九時間ちかく経ったけれど、ようやく彼女が人ではなく『妖精』らしい台詞を言った。

「悪いけれど、その疑問には答えられない」

「何故ですか」

「理由はたくさんあるよ。ありすぎて絞れないし、どれも正しくてどれも正しくない」

「申し訳ありません。リリィには真悟さまのおっしゃっている意味がわかりかねます」

「リリィ、それさ。意味なんてあるようでないんだ。人はさ、理由も意味もそういった概念を飛び越えて動いてしまうことがある」

「理由は、ポニテさまのために動いているのではないのですか?」

「でも、僕はカーニヴァルという人間性も嫌いだから戦う、そういう理由も言ったはずだよ」

「殺されるとわかっていても?」

「リリィも勝ち目がないと思うのかい」

「ありません。瞬間復元を失ったいま、勝機があるとは言えません。リリィはせめて瞬間復元が戻るまでは安全区域に逃げ込んだほうがいいと進言します」

「そうすると、ポニテさんを含めてみんな殺される。辱められて、陵辱されて……僕が戦わなかったら、そうなる」

「他の適正者さまが犠牲になっても、真悟さまは生き延びることができます!」

「意味が無いんだよ。生き延びたとしても、誰もいなくなったら、それはもう死ぬのと同じだ。言っただろう? 僕は失いたくない。せめてポニテさんだけは生き延びてほしい。だからこそ、あの男を殺したい」

 死の恐怖こそあるけれど、カーニヴァルに対する怒りは衰えていなかった。そんな僕を鎮めるように、リリィが囁く。

「真悟さまが死んでしまっても、ですか? 死に対する恐怖心が全く無いとは、到底見えません」

「死を恐れない人間なんていないよ。恐怖心よりも怒りが勝っている。僕を怒らせたのは、ポニテさんに対する感情を逆なでにしたせいだよ」

「なにが真悟さまを突き動かすのですか。リリィたち妖精にはまだ抱けない……愛情ですか」

「愛、なんて言葉は好きではないけれど、言葉で表現するのであれば、きっとそれなんだろう」

「リリィにはまだわからりません」

「それなら、今度は僕が尋ねよう。リリィが僕を守りたいと思うその感情はなんだい?」

「役目、そして使命だからです」

「人はね、そういった義理だけの行動を快く思わない。なぜならそこに情がないからさ。もしそれが本心で言っているのなら、悲しいことだよ。それなら、感情を持たない機会人形と同じさ。でも、僕は違うと思っている。リリィは怒ったり、動揺したり、笑いもするし、泣きもする。人間を模しているかもしれないけど、君にだって人のそれと似たような情を抱いたんじゃないのかな」

「とても複雑です。いま、リリィのなかはどうしようもなく不安定です。これはなんでしょうか」

「きっと情だよ。リリィにしか抱けない情」

「リリィは人と同じようになってもいいのでしょうか」

「許しを乞われても困るよ。それを決めるのは僕でもましてや君を創りだした白の創造主でもない。リリィ自身だよ」

 リリィの目から一粒の涙が落ちる。

 ポニテさんに続き、リリィまでも涙した。

「すみません。涙なんて……はしたないですよね」

「いいや、嬉しいよ」

「僕を思ってくれたんだろう? 使命とかそういうものではなくてさ」

 涙を零すリリィの目が大きくなった。生まれて初めて驚いた、そんなふうにも見て取れる。

「やはり、リリィが仕える適正者さまは素晴らしいお方です」

「持ち上げてもなにもでないよ」

「いいえ、出してもらいます」

「無茶を言うな」

「言います」

 リリィは頬に残った涙を拭うと、今度はにっこりと微笑んだ。

「リリィは真悟さまのサポートをする妖精です。このままカーニヴァルと戦うのであれば、少しでも勝機があがるよう知恵を絞ります」

「頼もしい言葉だけど。時間がね」

 僕はリリィが浮かんでいる僕のスマートフォンのディスプレイに目を移した。時刻はすでに二十一時三十八分。決闘の時間まで三十分を切ってしまった。

「適応者との戦闘ではリリィは参加できないしさ。その気持ちだけでも受け取るよ」

「そういうわけには行きません。なにか、打開策があるはずです。まさかとは思いますが、もう勝つことを諦めてるおつもりではありませんよね」

「諦めたよ」

「真悟さま!」

「つい数分前までは。ポニテさんにも泣かれて、今度は妖精にまで泣かれたんだ。僕を思ってくれている人の気持ちを、僕は軽んじてしまった。まったく愚かな選択をしたもんだよ。戦う前から無理だと決めつけていたんだから……だけど、残り時間は三十分もない。十分だけここで考えてみるかい?」

「是非にも!」

 校舎からここにくるまでに浮かんでいた死の連想は途絶え、どうやって適応者を殺すか。

 綺麗事なんて言っていられない。もう僕は適応者を二人も殺している。向こうが復活できたとしても、人殺しであることには変わりない。

 あの時は明確な殺意など抱いていなかったけれど、いまは明確な殺意をカーニヴァルに向けている。

 十分という限られた時間で、僕とリリィは戦うためのスキルを選定しはじめた。

 そうしていくと、カーニヴァルに対する怒りが徐々に薄らいでいく。

 人ではなく妖精と話すことで、僕は平常心を取り戻しつつあった。

 心の内を焼き払うほどの炎が火種程度の灯りになっていく。

 もしこのまま怒りに任せていたとしたら……と、また余計な自分の死をイメージしてしまったが、真剣に悩むリリィを見て、階段の踊り場で僕を引きとめようとしたポニテさんの姿を思い出す。

 彼女たちのために、なんとしても生き延びる。カーニヴァルに殺すことしか頭になかった。

 そんな愚か者がこうして地に足をつけていられるようになった。

 三度目の殺人を犯してでも、僕はポニテさんの元へ帰る。

リリィと話し合い、手甲に装着したスキルが決まった。

防御の内気功・金剛。攻撃の外気功・拳撃、そしてカウンターの空蝉。

「結局、この組み合わせになりますか」

 と、残念そうにリリィが言う。

「仕方ないさ。対人戦で、しかも手数が多く防御を主体とするならこれしかない」

 僕としてはカウンターが一番の決め手だと考えている。特別な戦略などひとつも浮かばなかったけれど、戦う前にしては心の中は穏やかだった。

 時刻は二十一時四十七分。決戦の時刻まであと十数分だ。

 緊張はしているけれど、体は硬くなかった。

 渋谷駅の山手線高架下を潜ると、ハチ公前が左手に、正面にはあのスクランブル交差点が見えた。

 カーニヴァルの姿は見えないままだったが、そのままスクランブル交差点の真ん中に立つことにした。

「真悟さま、リリィはここで下がります。ご武運を」

 リリィはいつもみたいに深く頭を下げて、スマートフォンの中に収まった。

 僕はリリィが入っているスマートフォンを仕舞いこんで、カーニヴァルが現れるのを待った。

 そして、約束の時刻。

 二十二時四分となった時、例の黒い歪みが現れ始めた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


次回投稿は12/3です。

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