046 『伝える(コンビィ)』
046です。
投稿が遅くなりすみません。
僕は暗闇の中に見える屋上の扉を凝視した。その先にエクスさんたちがいる。動かないとリリィは言っていたけれど、しかしこうしてノヴァさんに電話をしてきたということは身動きが取れるということなのだろうか。いや、それならばノヴァさんが電話した後に折り返ししてもいいはずだった。
なのに、なぜ、いま、このタイミングでの電話なんだ?
「あなたは、誰?」
ノヴァさんが劈くような声を発したので、振り返る。
「誰なの、いいなさい!」
口調はさらに厳しくなり、鬼気迫るものを感じる。
「ノヴァちゃん、電話をしてきたのはエクスじゃないの?」
ポニテさんが困惑しながらノヴァさんに問う。が、ノヴァさんの視点はポニテさんどころか、僕にも向けられない。見つめる先は目の前にはいない誰か。
固唾を飲む音さえも聞こえそうなほどの静寂としばしの沈黙。数秒間ほどの時間が経過した後、スマートフォンに耳を傾けていたノヴァさんの両目が僕を捉える。
「え?」
たじろいでしまうほどの眼力を向けられ、僕は上半身を仰け反ってしまった。それくらいの迫力をいまのノヴァさんは纏っている。
それとは別に、なぜ僕を見たのかという疑問も抱いた。その回答を導き出す前に「わかったわ」とノヴァさんが言葉短く切った。右耳に当てていたスマートフォンを離して、僕の方へと差し出してくる。
その動作、そしてその行為に始めは理解できなかったが、僕に電話を変われという意味だと遅れて察した。
スマートフォンを受け取る際、ノヴァさんの手が震えているのがわかった。恐れではない、怒りだと理解できたのはノヴァさんの表情を見たからだ。
「一体、誰なんですか? エクスさんたちはどうしたんです?」
直感だった。エクスさんの携帯を使っているのは、持ち主でもなければ、ここへ棺破壊を向かった日輪さんでも、虎猫さんでもないと僕の中にある第六感的なモノが告げていた。
僕の問いにノヴァさんは答えてくれなかった。理由はこのスマートフォンの向こう側にあるとも言いたげだった。
僕がノヴァさんのスマートフォンを耳に当てようとした時、ノヴァさんの両目は「気をつけろ」と警告していた。
無言でありながら、しかし雄弁に語るその両目に僕は小さく頷く。
僕は恐る恐るスマートフォンを耳にあてる。
「もしもし?」
よほど緊張していたのか、口の中は乾ききっていて出てきた声も掠れていた。
『あんたが闘術士のシンゴさんかい?』
聞こえてきた声は明瞭で聞き取りやすい若い男性の声だった。どこか上から目線のような、人を見下しているような口調なので気分が悪くなる。
「あなたは?」
これまで僕のことを闘術士とつけて名前を呼ぶのは決まって黒の創造主側についた適応者だった。こいつも適応者かもしれないのだが、それならリリィが教えてくれたはずだ。
「俺の質問には答えてくれないってか。まぁ、いいけどさ。名乗るのならまずはこっちからか。はじめまして、シンゴさん。俺は元適正者、現適応者のカーニヴァルだ」
「カーニヴァル。あんたがあの動画の? でも、あんたはシリコンバレーにいるはずじゃ?」
止めどない疑問が浮かび上がり、そのまま口にしていた。僕の驚く声を聞いて、カーニヴァルと名乗った男は愉快そうに笑った。
『おいおい、お前やっぱすげーな。俺が投稿した動画にはアメリカにいるとしか言わなかったのに、どうやってシリコンバレーにいたってわかったんだい? さすが目をつけられるだけのことはあるよ。なぁ、シンゴくんよ? 特別に教えてやるけどさ。俺たち側では闘術士のシンゴってのはかなりの有名人になってんだぜ? 日本人プレイヤーの中では五本の指に入る。世界の中だと、どれくらいかな? そこそこ高いから誇っていいぜ』
どうして適応者となった人たちはこうもズレているのだろう。こんなデスゲーム化した現実世界の中でハイクラスの一人だと言われても嬉しくもない。いいや、そもそもの価値観が違うのだ。彼らは人間を、適正者である僕らを殺すことを目的としている。ならば、彼らの価値観、その評価と感想は正常なのだ。
「僕がそちらでどのような評価をされているのか知りません。そんなことよりもなぜあなたがエクスさんのスマートフォンを持っているんですか? エクスさんは生きているはずなのに、何故?」
『なんだよ。もうちょっとお話しよーぜ』
「残念ですが、あなたと話をすることはひとつです。さきほどの質問に答えてもらえますか?」
電話の向こうで溜息を漏らす声が聞こえた。実に残念そうな感じがして、余計に癪に障った。
『いいよ。教えてやるよ。てか、お前らっていま屋上に繋がる階段の途中にいるんだろ?』
何気ない言葉ではあったけれど、その実、僕らはカーニヴァルが言うとおり屋上へあと少しという距離にいる。
「何故、それを知っている?」
『なんだよ。察しが良いと思ったら悪いのか? よくわからん奴だな。そこはまいっか。このまま喋っていると質問が増えそうだから、最初の問に答えるぞ? このスマホは昏睡しているお仲間の男から拝借したのさ。ついでに言うと、俺は屋上にはいないぜ。地球上のどこかにいまーすとだけ親切にも教えてやるよ。ああっと、どうして三人が昏睡しているとか聞くなよ? ちゃんと教えてやるからさ』
この男は人を苛立たせる天才なのか? というより、僕との相性が最悪なだけかもしれないけど、話を聞いているだけで腹立たしくなってくる。
『よしよし、沈黙は金成だ。屋上の三人は昏睡こそしているが武器も体も今は無事だぜ。そうだな、あと三時間位は起きない。どうして眠っているのか知りたいだろ? 俺ってば優しいから教えちゃうよ? そりゃ、お前らがいるそこから屋上へ出たからさ』
「やっぱり、ここから出るとなにかしらのトラップがあるんですね? レリック以外の、黒の創造主が作ったアイテム?」
『おお、そこまで見当がついていたのか。なんだ、やればデキる子かよ。いいねいいねー。お兄さんは楽しくなってきたよ? しっかし惜しい、つか残念? あいつらを罠にはめたのはレリックなんスよねー』
「そんな! リリィは、僕の妖精はレリックの反応なんてないって」
『おいおい、おかしなことを言うなよ。それとも知らないのか? トラップが発動したらもうレリックの反応はしないんだぜ?』
僕は交差点で初めて引っかかったトラップ型のレリックを思い出す。あの時は地面を踏んだだけで発動するトラップでレリックモンスターを生み出す黒箱が大量に発生した。そして、一度発動してしまうと、レリックの反応は失われる。
「クソ」
思わず僕らしくない暴言を吐いてしまった。こんなことを忘れているなんて。下手に警戒などせずに、このまま屋上へ入っていけば良かった。
『おやおや。口が急にわるくなったぞー。話に聞くと君は礼儀正しいって聞いたんだけど? 何に苛ついているのかしらねーけどさ。まぁ、そこから出ないほうがいいよってことだ。これ、俺が伝えたいことその一な?』
「はぁ?」
今度は素っ頓狂な声が出てしまった。もうレリックは発動してしまったのだ。ということは、二度目の発動はしない。そういうことではないのか。
『ああ、いい忘れていたけど、トラップ型のレリックが発動したら、そりゃレリックの反応はしないぜ。ただ、トラップ自体は持続してんだ。つまり、お前がそこから屋上にでたら、エクスたちの二の舞いになる』
「それなら尚更おかしい。トラップが発動してそのまま稼働しているのなら、レリックの反応があるはずだ。黒の創造主がつくった生命体レリックであるなら僕の妖精が察知している」
『じゃあ、それ以外の罠ってことだろ? もっと頭使えよー。さすがはゆとり世代お得意の教えてもらわないとわからないですー、言われないと理解できないですーってか?』
ゆとり世代は僕よりもひとつ前の世代だとは言わなかった。あんたこそゆとり世代ではないのかと、だが辞めた。言いたくなかった。もう、こんな男と言葉を交わすのも嫌になっている。
レリックでないのなら、候補は一つだけ。
「適応者が使っていたアイテム」
『はいそれ大正解! よくわかりましたねー』
露骨に馬鹿にされると怒りを通り越して無感情になった。僕はこのカーニヴァルという男に興味を示せない。それでも腑に落ちないことがある。嫌いでも、話したくない相手であろうとも、僕はこの男との会話を続ける必要がある。
「ということは、ここから屋上へ入らずに外から侵入すればそちらが用意したトラップは動かない」
『ここまで言えば、誰でもわかるもんだろ』
反論した所で、カーニヴァルは信じたりしないだろう。僕だってこんなくだらないことに労力を費やしたくはなかった。
「僕が言いたいのはそこじゃない。なぜ、それを敵である僕に教えるんだ。その意図が、あなたの目的がわからない。逆に考えると、外からの侵入からすれば安全と思わせておいて、実はそっちが本当のトラップではと疑ったほうがいい」
『ふーん。疑い深いな。こっちは親切心で教えてんだけどな』
「嘘だ。あんたたち適応者には親切心なんてものはない。現実世界から逃げ出して、こちらにいる人々を裏切ってでも、あんたたちは自分たちの欲を満たすため適応者となった。そんなあんたたちが本当に求めておるのは、楽しむことだけだ」
『はは、言ってくれるねー。しかし、その通りだから反論しない。じゃあ、伝えたいことその二を言おうか』
「聞く必要もメリットも僕にはない」
『いいや、聞くさ。なにせ、こちらには人質が三人もいるんだからな』
歯を食いしばる。だから、エクスさんのスマートフォンを使ったのか。
『俺の伝えたいこと、その二はな──闘術士のシンゴ、お前と一対一で戦いたいってことだ』
「断れば?」
『屋上で眠っている三人の適正者が死ぬ。もちろん、適正者のままで殺しはしない。武器を破壊して人間に戻してから殺してと哀願するまで陵辱してやるよ。あ、男の方はあっさり殺すけどな』
カーニヴァルは、下品に笑う。
この男の声が、耳の穴と通りぬけ、鼓膜を刺激し、その音を脳が感知し、意味を理解する。この一瞬の出来事で吐き気が込み上げてくる。
『どうだい? 俺のこと殺したくなったか?』
「これ以上ないほどに」
歯を食いしばりながら、なんとか返答する。
『オーケー。その怒気が篭った声、気に入ったよ。もうさ、俺、アメリカでそれなりの適正者殺しちゃったから、日本に戻ってきたのさ。そしたらお前みたいな骨のある若者がいるっていうんで、ちょいとルールをひん曲げてやったよ』
「僕はあんたの自慢話を聞きたくない」
『つまんねーの。じゃあ、最後に、伝えたいこと、その三だ。俺とあんたが戦う場所を指定してやる。渋谷らしいところで戦おうぜ。やっぱ渋谷と言ったら、ハチ公前にスクランブル交差点だ。映画さながら、スクランブル交差点で決闘と洒落込もうぜ。時間はいまから一時間後だ。返事は?』
「その条件でいい」
『イエス。ああ、念のため言っておくけどさ、目の見える範囲にそこにいるお二人のお嬢さんがいたらアウトだ。おとなしくその学校でお留守番させておけ。俺をみごと殺すことができたら、トラップの解除と人質解放、さらにさらに適応者、番人討伐も免除してやる。どうだフェアどころか出血大サービスだろ? 万が一にでも、こちらのルールを破ればお前の仲間全員殺す。いや、屋上にいる女二人は犯すか。適応者数人を屋上によこして輪姦パーリーすっかな。一人は昏睡したままで、もう一人は目を覚ませてから犯そうかな? やっぱ反応ないよりあったほうがいいだろ? なぁ、いいと思わね?』
同性の男として恥ずかしい発想。それ以前に、こいつは人間として屑だ。こちらの気持ちもお構い無くカーニヴァルは自分の欲望を語り始める。
『ついでにそこにいる二人とも楽しませてもらおうかなー。んと、貧乳と巨乳ってのもいいよな? 俺、胸の無い女に興味ないんだけど、感度は良いっていうよな? でもなー、普通に突っ込むのも味気ないし……そうだ! 大剣の女は濡らさずにそのまま──』
頭の中で何かが弾け飛んだ。
「黙れよ」
『あ?』
「殺してやるから、スクランブル交差点へ来い」
『本気になってくれて嬉しいぜ。じゃあ、一時間後に殺し合おうぜ』
通話は途切れた。
僕はノヴァさんのスマートフォンのディスプレイを睨み続けた。
最後まで読んでいただきありがとうござます。
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