043 『引き止める(ホールドバック)』
043です。
唐堂神社から離れた僕らが向かう先は二つに一つだった。
ひとつは、このままカズさんとハンプティさんが情報収集をしている円山町まで戻るか、五つ目の棺を破壊しているエクスさんたちと合流するか。
ひとまず僕らはエクスさんたちと別れた神宮前駅がある十字路まで戻ってきた。このまま左折してまっすぐ向かえば、エクスさんたちは原宿の丘というミュニティスペースとして再利用されている元小学校にいる。いるというよりも、戦いを行っていると言い換えたほうが正しいか。
「勢い余ってここまで出てきましたけど。僕としてはエクスさんたちのいる原宿の丘まで行ったほうがいいと思うんですけど?」
「私も賛成。私たちですら適応者を殺しているのだから、もうすでに棺の破壊にはいって番人と戦っているかもしれないよ」
ポニテさんが腕を組みながら考えこんだ。
「どうする? 番人まで倒しちゃったら向こうの思う壺になるんじゃないの?」
「それは、ちょっと心配のしすぎですよ」
と、僕はやんわりと否定することにした。
「憶測、机上の空論の続きになりますけど、五つの棺に現れる五人の適応者をすべて殺したとしても、最終的に棺を破壊、もしくは番人を倒しきらなければ大丈夫だと思うんです。もちろん、根拠はありませんよ? でも、ゲームとしての常識を考えたら、ひとつでも条件が満たされていなければ、黒の創造主が仕組みも発動しないと思うんです」
「そっか。そう言われると納得できるかも」
あくまでも「そうかもしれない」という仮定の話なので、信用されすぎても困りものだ。
どちらにしても、僕らはエクスさんの元へ行くことは決まったのだが、このまま乗り込むのかとも悩んだ。
「連絡だけはしておきましょうか」
「ワン切りだけれどね」
ノヴァさんは自らのスマートフォンを取り出してエクスさんの番号に通話した。もちろん、ワンコールが鳴ったらすぐに切った。
「これで折り返しがあればいいのだけれど」
「安心したよ。コールがしたってことは最悪の事体は起きてないってことだよね?」
ポニテさんが言葉と共に安堵の溜息を吐いた。それはエクスさんのスマートフォンが生きている、存在しているという証明ではあるけれど、他の二人が存命しているかは不明だ。
僕はノヴァさんから言われた最悪を想定してしまう。エクスさんを除いた二人はもうこの世に存命していないという可能性を想定し、自己嫌悪に陥った。こういう時はせめて無事でいることを願うべきだと。
ノヴァさんが手にしたスマートフォンを眺めること数分経っても、文字通り音沙汰はなかった。
「無事に戦闘中とでも言っておきましょうか」
「無事なんて言うのも変だけど、いまはそう思ったほうが気は楽だよね」
「じゃあ、今のうちに僕はリリィを出しておきますね。たぶん、エクスさんたちもトラップ型のレリックを回避しているはずですから」
「お願いしてもよろしいかしら?」
ノヴァさんが上目遣いをしながら僕を見るのだが、どこか艶かしさがあった。変な気を起こさせようとするつもりは皆無だとは思うけれど、やはり誤解を招くような女性ではある。
そのおかげで隣にいるポニテさんが対抗心を持って、僕の腕に絡みついてきた。絶対に口にしてはいけないのだが、無い胸を押し付けてくる。これはこれで嬉しいことではあるが、すこし露骨すぎるとは思う。
「あら、見せつけてくれるわね。妬けちゃうわ」
「ノヴァちゃんは妬かなくていいの。その役目は私なんだからね」
どうも関係が進展してからというもの、ポニテさんの言動が過激になっている。だが、残念なことに、僕らはまだ正式な恋人になっていないのだ。この異世界となってしまった空間を元に戻すまでは、友達以上のままなのだ。
「二人とも惚気けるのはそこまでにしましょう。エクスたちがどこまで戦闘を進めているかわからないけれど、適正者が多いことに越したことはないはずよ」
はいと僕とポニテさんは揃って萎縮した。
リリィを呼び出してから走って移動することにした。
「この足の速度でいけば、三分と掛りませんが、問題はトラップ型のレリックがどのように設置されているかですね」
宙に浮かぶスマートフォンの上からリリィが不安げな顔を見せた。
「どのように仕掛けられていても、また屋上から飛び越えて、目的地の原宿の丘へ辿り着ければいいのさ」
何の心配もないと言わなくてもリリィならわかってくれると思えたのだが、リリィの顔が晴れることはなかった。
「適正者さま方、ここで止まっていただけますか」
リリィの声に、僕らは走る足を止めた。どうやらトラップ型のレリックが出てきたようだ。
斜に構えるつもりはなかったけれど、三度目のトラップともなれば流石に焦ることもなかった。
「どこからどこまでトラップが仕掛けられているんだい?」
リリィは首を横にふる。その行為がなにを指していたのかわからなかった。
「ねぇ、真悟さん。私たちもう原宿の丘の前まで着ているわ」
「え?」
国道の両脇に設置されている街灯こそあったけれど、暗くなった夜の視界は見通しが悪く、建物がなんであるのかさえも視認するのが難しい。そんな言い訳をしても事実は変わらず、街灯の光が差し込む先には高いフェンス。その奥には暗闇と夜と同化しつつある元小学校の校舎だった。
「エクスさんたちはトラップを真正面から叩いたのか?」
「いいえ。はじめからここにはトラップ型のレリックなど仕込まれていなかったようです」
リリィが険しい顔で言う。
「そんなこともわかるのか?」
「ひどく感覚的な説明になりますが。黒の創造主が作ったレリックの痕跡が感じられないのです。それだけではありません。この辺り周辺、黒箱もレリックモンスターの気配すらありません」
「言われてみると……さっきまでランクの低いレリックモンスターなら何度となく遭遇していたのに」
ここだけトラップ型のレリックが設置されていなかったと安易に片付けていいのだろうか。いや、それだけじゃない。もっと違う意味で不自然さを感じている。
僕は暗くて校舎まで見通せないグラウンドを眺める。そこには人の気配も棺の姿形すらも見当たらない。
「リリィ、棺はどこにある?」
棺の場所がわかればそこでエクスさんたちが戦っているはずだ。
「棺の反応はあります。あの建物の屋上です」
リリィの小さな指が校舎の屋上を指した。
目を凝らしてみたものの、本当に棺があるのかもわからない。なにより、戦っているような雰囲気すらなかった。
「あそこにエクスさんたちはいるのか? もし戦っているのであれば少なくとも戦闘をしている音くらい聞こえてもいいはずなんだけど」
僕は自分の考えたことを口にすることで、ようやく不自然さに気がついた。
ここは静かすぎたんだ。
適正者以外の人々が贄にされて、棺の中に閉じ込められたから静寂さが広がっている。そここそ耳が痛くなるのではと思えるくらいに。だからこそ不自然だった。こんな静寂しきったところなのに、どうして敵と戦っている音が聞こえないのだろうと。
「リリィ。質問を変える。エクスさんたちは、どこに居るんだ?」
「エクスさまたちも、棺のある場所にいらっしゃいますが……動いている様子がないのです」
一瞬、死んでしまったのではと負の予感が働いたけれど、よくよくリリィの言葉を思い出せばそれもあり得なかった。
「動いていないだけで、生きて入るんだな?」
「ちゃんと生きています。他のお二人、日輪さまと虎猫さまもご健在です」
「ただ、なぜ動かないのか、その理由がわからないんだな?」
「……はい。棺の反応があるので破壊はされてはいません。これ以上のことは実際に見てみないことには判断しかねます」
「それなら、ここで話をしている場合じゃないよね」
ポニテさんはいまにもフェンスを飛び越えそうな勢いだった。
「あの!」
リリィが大声を上げて、ポニテさんの動きを封じる。
「どうした?」
「いえ……またリリィの感覚みたいなお話になってしまうのですが……確かにここら一帯にはレリックの反応はありません。ですが、それが逆に怖いのです。まだなにかがあるような気がして」
リリィは小さな体を震わせ、そしてさらに小さな両手を組んでいる。なにか特別な存在にお願いをするような形で。
「リリィ。心配してくれるのは嬉しいよ。けれど、エクスさんたちに動きがないのであれば、確かめに行かないと」
「そうそう。いくら嫌いな相手だからって、見殺しなんて出来やしないよ」
ポニテさんのいうその相手とは日輪さんのことだろう。
「そういうことだ。リリィ、いまはそれで納得してくれ」
「わかりました。でも、今回だけはすまーとふぉんの中に戻らず、このままいさせてもらいます。何ができるかわかりませんが。リリィはサポートするための妖精なんです!」
リリィのお願いを聞き入れ、僕ら三人と一匹の妖精は元廃校の中へと踏み込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は11/23です。




