040 『耳打ち(ウィスパー)』
040です。
まほろが地面を蹴りあげる。移動速度がどれほどのものかは計り知れないけれど、とにかく彼女はたった一歩で僕らの眼前に現れた。ありきたりな表現かもしれないが、瞬間移動と言っても過言ではない速さだった。
攻撃の対象はもちろんノヴァさんに絞られていた。目に止まらない大鎌の刃がノヴァさんの首に向かう。
そう目に止まらない速度だ。もし第三者がこの表現を見聞きしたら『傷ついた後に目にも止まらない速さと表現するならまだしも、結果が出る前からあたかも見えているかのように表現するのは明らかな矛盾だ』と揚げ足を取ってほくそ笑むことだろう。
仮にそう言った人間がいたと仮定した場合、僕の返答はこうだ。
『もちろん、二つあるこの肉眼では追えない速度ではあった。しかし、必ずしもその刃が届くとは限らない』
どういうことだと、さらなる疑問を投げかけられるのも想定し回答する。
『攻撃対象が固定されているのであれば、目で追う必要なんて無い。速度を予想し、予測し、動けばいい。そうすれば目に止まらない攻撃だと表現できる』
では、実際に起きた結果はというと──
「うそ……でしょ?」
殺意が込められた黒い刃は十分すぎるほどの闘気を纏った右手で受け止めた。その事実が信じられない様子のまほろは顔を歪め驚愕している。よほど自分の武器と攻撃スキルに自信があったのだろう。
このまま武器破壊ができればなおのこと良かったのだけれど、予想以上にまほろの大鎌は強固で受け止めるだけで精一杯だった。
「私の『絶命』を初見で防ぐなんて……こんなこと一度もなかったのに」
僕はゆっくりと立ち上がり、まほろという適応者の女に面と向かった。こうして正面に立つと、彼女は小柄で線も細かった。黙っていれば美人というタイプでもある。
「あなた、本当になんなの? 闘気を纏った状態とはいえ、私の大鎌を素手で掴み取るなんて……今日だけで『絶命』を使って十数人もの適正者を殺してきたのよ?」
それがどうしたのだと言い返したかったのだが、辞めた。ここへ来たのは適応者との会話を交えるために訪れたわけではないのだ。
狼狽している今なら、簡単に殺せると踏んでこちらから攻撃を仕掛けた。予定は狂ったけれど、鎌の攻撃が防げるとわかった以上、思い切って接近戦に持ち込める。
ゆっくりと歩いていた足を素早く動かす。正面から真横に飛んでまほろの横っ面に打撃を繰り出すが鎌の柄部分に防がれた。続けて繰り出した上段蹴りを敢えて外し、死角になるところから逆足の回し蹴りを浴びせたが、今度はか細い腕一本で防がれた。
「舐めないで。伊達に適正者を殺してきたわけじゃないの。私だってそれなりの場数は踏んでいるわ」
したり顔を見せるまほろだが、この女は甘く見すぎている。そして忘れているのだ。沸点が低く、誰よりも攻撃的な彼女のことをだ。
まほろの背後から大剣が振り下ろされる。
まほろは背中に目でもあるかのように大鎌で大剣の凶刃を受け止める。激しい衝突音、そして衝撃がこちらまで届く。
ポニテさんの一振りはまさしく一撃で人を殺める程度の力が込められていたに違いない。にも関わらず、まほろは難なく受け止めてしまった。
「背後から襲うなんて、卑怯よ? さっきまで怯えていたのだから、しかたがないことかもしれないけれど」
「うるさい!」
煽り言葉にすっかり踊らされたポニテさんがムキになり、乱雑な攻撃を繰り返した。
猪突猛進なポニテさんの剣撃をまほろは大鎌をくるくると回転させながら捌く。武器の扱いも様になっていて、適正者との戦いに慣れているのがよくわかった。
卑怯だといわれても、僕らには死んでしまったら復活することが出来ないのだ。生き延びるためにはなんだってする。
一対一で戦おうなんて考えない。ポニテさんがまほろの正面に張り付き、僕は背後から攻撃をし始めた。
「鬱陶しいわね」
元から口が悪かったのが余計にひどくなってきた。
「あんたたちに用はないの。速くそこをどきなさい」
「敵の言葉を素直に受け入れるバカはいないわ。それにいまのノヴァちゃんをあんたなんかとは戦わせない」
自分を守ってくれているポニテさんをノヴァさんが見つめる。ノヴァさんの目にはもう涙は残っておらず、目の色も変わってきている。
「奏! なんでお前が嬉しそうな顔をしてんだよ! お前がそんな顔をしていいなんて、誰が許した!」
生気を取り戻しつつあった顔は、まほろの言葉によって再び暗転し、目も泳ぎ始めた。
「ノヴァちゃん、こいつのいうことに耳を傾けちゃダメだってば。切り替えて! そのまま地面に付しているだけでいいの? 違うでしょ?」
「余所見してんじゃねーぞ、この糞ガキが!」
その容姿からは想像にもしなかった怒声が響く。腹の底から出した殺意ある言葉は、僕らの攻撃の手を止めさせるほどの勢いだった。
攻撃の手が緩まったのを確認したまほろは後ろに下がり、御本殿のほうまで戻っていく。
「どうしたの? えらく弱腰じゃない?」
ポニテさんの悪い癖だ。自分が優位に立っていると思うと、大きな態度を取る傾向にある。
そんな口先だけの攻撃が、あの女に通用するわけがないのだ。
「いいわ。よくわかった。そんなに邪魔をするのなら、三人まとめて殺してあげる」
「殺す? 無理よ。だってあんたは一度、私に殺されているんだからね!」
「変な子ね。さっきまでがたがたと震えていたくせに」
まほろの言うことは、しかし僕も気になっていたことだった。殺したはずのまほろの声が聞こえた時、ポニテさんは恐怖に慄いていた。あの怯え方は尋常ではなかった。
「あなた……もしかして私が声をかけた時、幽霊だとか思ったんじゃなくて?」
幽霊というワードにポニテさんがピクリと反応を示す。
「やだ? 図星なの? 可愛いわね」
さも楽しそうにまほろが笑う。
「う、煩いわね! 減らず口が叩けないようにしてあげるんだから!」
「あらあら。口だけならなんとでも言えるわよ。でも、もしかしたら、シンゴくんが穴を空けた私の肉体は実は本物で、ここに居る私は幽体を具現化した存在かもしれないわよ」
「え……」
両手で掴んでいた大剣の手が緩んだ。
「ポニテさん、信じたらダメですって。適正者も適応者も、殺したら肉体は残らない。それは、これだけは変わらないルールです。それを曲げるような法則を黒の創造主だってできません」
言い切っては見たものの、黒の創造主はこちらの予想をいつも覆してきた。肉体を捨てて幽霊、魂のような存在で戦えるレリックを生み出した可能性は否定出来ない。
真実は誰にもわからないが、目の前にいる適応者であるまほろを殺さないかぎりは終わらないのだ。
「そうルールはある。こっちに優位な法則ではあるけれどね。なんたって黒の創造主が自分の思い通りになるように作った仕組みなんだもの。まぁ、棺に訪れることができるのは一人の適応者のみっていうのは、いただけないけれどね」
「一人の適応者だけで、私たち適正者を倒そうっていう魂胆が激アマだってことね」
僕の説得が聞いたのか、それとも自分を奮い立たせているのか、ポニテさんは声を張り上げた。
手も体も震えてはいない。手にしている大剣の剣先もまっすぐにまほろをとらえている。
衰えていた戦う意志が戻ったのはいいことだが、また身勝手に動いてもらっては敵わない。それとなく、僕はポニテさんに聞こえる程度の声で注意を添えた。
「ポニテさん。安い挑発に乗らないでくださいね。これ、フリじゃないですから。慎重さを失ったら、僕らは負けますよ」
「わかってる」
ポニテさんの顔が引き締まった。どうやらもう問題はなさそうだ。
「まぁ、一人しか降臨させない理由だってちゃんとあるんだけれどね」
意味ありげにいうまほろの口調が気になった。
「その理由を教えて貰えると助かるんですけどね。僕ら白の創造主についている側からすると、あまりにも情報が少なすぎる。戦いにくいし、そちらの優位性ばかり目立って、これじゃただの無理ゲーですよ」
戦闘中に会話をするのは間違っているのだが、情報が少ないのは事実だ。この女は僕ら三人を殺すと言ってはいたけれど、その実、本来の目的は変わらず標的と目的はノヴァさんの殺害だ。裏を返せばこんなにもべらべらと喋る敵はそうそういない。
「もうゲームでもないのにそういうのは、どこかでゲームであって欲しいという願望かしら」
「さぁ。その受け取り方はあなたにお任せします。ただ僕はすでに二人の適応者を殺しています。どれも一対一で戦うことを望んでいた適応者ばかりだったので、そちらだって多人数と戦うことは望んではいないのでは?」
「当たり前じゃない。いくら能力値と武器の性能、そして黒の創造主が作ったレリックが優秀でも多人数と戦って勝てる見込みなんてないわ。えっと君が殺した黎王だっけ? 彼はちょっと変わっていて、あの人は本気で適正者都の戦いを望んでいた。ただ殺されるのではなくてね。だから〈牢獄〉のアイテムを使ったんだけど、結局はシンゴくんに殺されちゃったわけだけどさ。あのアイテムだって無理をいって使用許可を貰ったっていうのにバカな人よね」
「負けるとわかっていて、あんたたちは棺を守りに着ているというの?」
ポニテさんは気を緩まさず、いつでも攻撃できるような態勢を維持してまほろに尋ねた。
「別に私たちは棺を守りに着ているわけじゃないだけどね」
「ポニテさん。この人、今とんでもないことをいいましたよ」
「え? ああ。小学校で私たちを閉じ込めた〈牢獄〉を持っていないってこと? 使用許可をこいつは貰わなかったんでしょうね。確かにあれがあったらノヴァちゃんと一対一で戦うことになっていたね」
「もちろん、それも僕らにとっては喜ばしいことですけど……そこじゃないんです」
「また何かに気づいたの?」
ポニテさんが横目に僕を見る。
「この人、適応者が『ただ殺される』と言いました。そして『棺を守りに着ているわけでおない』とも言った。適応者たちはここで棺の前で殺されることが前提としているんじゃ?」
僕の疑問に答えるかのように黒い斬撃が飛んできたが、それは容易に打ち砕くことが出来た。闘気も殺意もない攻撃だったおかげだ。いや、これはただの威嚇だろう。
「本当、察しが良すぎるわ。でも、こちらの本当の狙いがわからなければそれでいいんだけど」
まほろはなにが面白いのか両手を広げた。さも空を仰ぐような仕草だった。
境内から見える空は狭く漆黒に染まっている。星の位置なども見えないほどの暗闇。まほろは大気から力を受け取るかのように全身に力を込めはじめた。
「ここであなたたちを殺してしまえば、別に言ってもいいんだけどね。でも、それじゃダメなのよね。また同じお願いになるけれど、奏を殺させてくれない? そうすれば私もおとなしく殺されてあげるわよ? まぁ、たった二人だけで番人を倒せるか知らないけれど。いいえ、きっと大丈夫よね。なんたってシンゴくんにはとっておきのスキルがあるのだし」
僕のとっておき、それは外気功・滅を指している。やはり、僕らの情報は黒の創造主側、ひいては適応者に筒抜けのようだ。
「いいですよ──なんて言うと思いますか?」
「ううん。思わない。もう、こっちは奏が来るとわかっていたからここに来たっていうのに。予想以上に強いんだから……本当……嫌になっちゃう!」
大鎌を振りかざし、まほろがこちらに駆けて来る。今度は目に止まらないようなスキルは使っては来なかったが、移動速度はやはり早い。鎌術士の動きはここまで素早く動けないはずだ。この動き、僕の闘術士、いや俊敏性に特化した暗殺術士と同等の動きだ。
今度は真正面で僕とポニテさんがまほろと打ち合う。ポニテさんの剣捌きをものともせず、大鎌を器用につかって剣先を促す。
僕の攻撃は辺りこそするが、致命傷を与える事ができなかった。こちらはちゃんと的を絞って打撃を与えているのに、微妙にずらされているし、なによりまほろという適応者の体が異様に固いのだ。
鍔迫り合いをした後、ポニテさんが力まかせにまほろを突き飛ばした。
「ねぇ、真悟くん。こいつ、なんかおかしい。大打撃は与えてないけれど、それなりに攻撃が入っているはずなのに、かすり傷程度っておかしくない?」
「ですね。もっと厄介なのは、僕らのほうがダメージを蓄積しているということです」
僕らの腕や胴体、所々に傷が増えている。深い傷こそ無いけれど、ダメージは与えられている。
「当然じゃない。私は奏を殺すために、アイテムを使ったんだから。能力向上と肉体面の強固をね。〈牢獄〉を使っても良かったけれど、私、弱い者いじめが嫌いなの。一対一で簡単に殺すよりも苦労して殺したほうが、私の気持ちも晴れるというものよ」
適応者全員に言えることかもしれない。
彼らはどこか歪んでいる。壊れている。
こちらもハンプティさんが作ってくれた料理のおかげで能力向上はしているけれど、黒の創造主が用意したそれは、僕らよりも優秀すぎた。
「真悟くん、長引いたらやばいよ」
「元々短期決戦を望んでいましたからね……勝負に出ましょう。ポニテさん、耳を貸してください」
僕はポニテさんの小さくて可愛らしい耳にある作戦を告げた。
「え! そんなことをしたら」
「大丈夫です。うまくいきます」
この大丈夫は根拠があるからこそ言えた。
「本当に? 信じていいの?」
辛そうな顔をするポニテさんの頭を軽く撫でる。
「ノヴァさんを殺させないためにも、いまは僕らがなんとかしないといけません」
「……わかった」
僕の作戦に戸惑っているようだが、ここは通してもらわないと困る。
「なに見せつけてくれちゃってるの? すっごく不快なだけど? わかってるわよね? 二人を仕留めないとメインディッシュにありつけないだけど?」
「ずっとありつけませんよ」
僕は小馬鹿にして、まほろに告げた。
「なんですって?」
「僕らがあなたというデザートをいただくんですからね」
まほろは歯を食いしばり、憎しみの目を僕に向けた。
やすい挑発に乗ってくれてありがとうと、心の内で感謝し、行動に移した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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