039 『私怨(パーソナルグラッジ)』
039です。
黒い歪みから適応者の人影が現れ始める。
「まだまだ」
抑揚を感じられない声でノヴァさんが適応者に向かって魔法を連発する。
僕らが考えたのは短期決着だ。適応者との戦いが長引けば長引くほど不利になるのは僕らの方だ。
ならばと、出てくる瞬間を叩いて即座に適応者を倒すことが賢明だと至った。
ノヴァさんが繰り出した魔法は二種。凍結魔法『凍土の中で眠りたい』と風魔法『疾風の如く』だ。適応者をまず凍結させ、さらに風魔法によって凍結速度を上げる。適応者もレリック武器を持っているし、僕らと同じように闘気を纏っていれば必ずしもこの二つの魔法は有効とは限らない。
それでも足止め程度になってくれればと願う。
ノヴァさんの魔法が継続していく中、黒い歪みから現れた適応者の人影は、心なしか動きが鈍く感じた。
「効果ありまくりじゃん!」
ポニテさんが大剣を振り回しながら喜んでいる。露骨な感情表現が苦手な僕ではあるけれど、小さく拳を握った。
あとは僕とポニテさんの二人で畳み掛けてしまえばいい。僕はレリック武器の手甲と脚甲に闘気を込めた。もちろん、防御スキルの内気功・金剛は展開したままだ。適応者の攻撃にも耐えられるようにしておかなければ肉弾戦は難しい。
打ち合わせではノヴァさんは闘気が枯渇しない程度に魔法を打ちつつ、僕とポニテさんが左右で適応者を叩くという手はずだ。
そのはずだったのだが、魔法がいきなり途絶えてしまった。
「ノヴァさん?」
何事かと思い、後方にいるノヴァさんを見やると持っていた杖を下げ、正面を向いたまま立ち尽くしている。
「ノヴァちゃん、どうしたの?」
ポニテさんもノヴァさんの異変に気づく。
「うそ、でしょう?」
いつも冷静で独特の雰囲気を持ち合わせているノヴァさんが動揺している。ノヴァさんが見つめる先には黒い歪みから出てきた女の適応者だ。
相手のレリック武器は刃渡り二メートルはある大鎌で職業は鎌術士だ。所持している武器に反して、服装は意外と普通だった。これでゴシック調のファッションでもあれば似合っているのだけれど、目の前にいる女の服装はパーカーにロングスカートでなんとなく野暮ったさがあった。見たところ凍っているのは髪くらいで手足や胴体には凍っているところは見当たらない。幸運だったのは身動きが鈍くなっていることくらいだ。
「やって……くれるじゃな……い」
聞き取りにくい声は忌むような、呪うような、そういった負の感情を押し出していた。
「奏!」
大鎌の女がノヴァさんの本名である名前を叫ぶ。怒りに任せた闘気か溢れでて、彼女を凍らせていた氷が一瞬にして溶けた。
「そんな、どうして……まほろが……ここに?」
虚ろな目で敵対する相手の名を告げる。まさかこのタイミングで顔見知りが出てきたのか。しかも、お互いにリアルの名を知っているということは、リアフレなのか。
ノヴァさんは手にしていた杖さえも落としてしまう。
「ノヴァさん、しっかりして下さい」
そう叫んだものの、ノヴァさんに近寄ることはできなかった。まほろという適応者はこちらに距離を縮めてきている。しかも、まほろが持つ大鎌は視認できるほどの闘気が込められている。闘気は肉体ないし武器に溜めれば溜めるほど純度が上がり攻撃性、防御性を高める。あの大鎌に溜まった黒い闘気は僕の金剛でも耐え切れるか怪しい。
まほろが大鎌を振りかざす。どうやら斬撃系のスキルを放つようだ。まともに食らったら即死は回避できても、次がないとわかる。
「全員死ね!」
予想通り、大鎌から黒い斬撃が飛んできた。僕はポニテさんと目を合わせて、身動きが取れないノヴァさんを抱えて宙に跳んだ。黒い一閃は木々や建造物などを切り離し、崩れ散った。
あの斬撃は僕の金剛では耐え切れず、真っ二つになっていたと肝を冷やす。
「そこからどうやって逃げるつもり? ねぇ、か・な・でぇえええええ!」
喉を潰しかねないような怒声と共に、まほろは大鎌から斬撃を飛ばしてくる。
一発目と違って闘気の練度が低い。それならばと、僕は溜めた闘気を攻撃スキルに切り替えた。
放たれた斬撃はすべてで七つ。僕は左腕でノヴァさんを抱えながら利き腕の右手と足を使って五つの黒い斬撃を外気功・拳撃で相殺させる。
「ポニテさん、残りを!」
「任せて!」
時間差で襲いかかる残り二つの黒い斬撃を斬り落とそうとしたが、利き腕の右手はノヴァさんを抱えているため、左腕では力不足で残り一つの斬撃を落とし漏らした。
直撃すると焦ったが、真上から落ちた雷により斬撃は消滅し難を逃れた。
僕らは無事に地面へと着地する。
「ごめんなさい、ふたりとも……もう大丈夫だから」
最後の斬撃を雷で落としたのはノヴァさんだった。大丈夫というノヴァさんではあるけれど、顔色は蒼白で杖を握ったその手は小刻みに震えている。
「あんたって本当にしぶといのね。なんでいつもいつもいつもそんなに私を煩わせるのよ!」
大鎌を振りかざし襲い掛かってくるまほろに僕が応戦する。大鎌の某部分に懇親の蹴りを入れた。レリック武器にとはいえ、僕の蹴りをまともにくらったまひろは面白いように吹き飛び地面に体を叩きつけながら、御本殿に突っ込んでいった。
「死んだ……かな?」
ポニテさんが確かめるように聞いてきた。普段ならこんな物騒な言葉は生身の、生きた人間に対して使うにしては不適切だけれど咎めるつもりはなかった。
すでに僕は二人も適応者を一度、殺しているからだ。
「それなりのダメージはあると思いますが、手応えがいまいちでした。武器破壊はおろか肉体の方もまだ動かせるはずです」
「そうよー。その通り。私は元気よ? 残念ね」
僕の返答を待ちわびていたかのようにまほろが声を上げた。
砂煙上がる御本殿からまほろが姿を現す。
「ふふふ、あんたが闘術士のシンゴね? さすがうちの精鋭である二人を殺しただけはあるわ。お会いできて光栄よ」
「こちらは嬉しくもありませんが」
「つれないわね。でも、いいわ。いまは我慢してあげるし、殺さないであげる。そこの奏を引き渡してくれたらね」
名前を呼ばれてノヴァさんがビクリと体を反応させた。
「奏、かなで、カナデ。どうしたの? 私の声が聞こえないの? この私を無視できるほどあんたは出来た人間じゃないでしょ! このクズおん──がッ!」
まほろはノヴァさんの罵倒する言葉を最後までいうことが出来なかった。
なぜなら、まほろという適応者は首と胴体を切り離されたからだ。
噴水のように首から飛び出る黒い血が大剣を濡らす。
ゴトリと音を立てて地面に転げ落ちたまひろだった頭を、ポニテさんが踏みつける。
「煩いから黙らせたよ……ノヴァちゃん」
「ポニ子……」
「二人の間になにがあったのか知らないし、知りたくもない。ただ私が許せなかったから殺した。それに、こいつ敵だから」
「敵……まほろが……私のせいで……」
ノヴァさんは手にしていた杖を落とし、両手で頭を抱えた。その目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「ノヴァさん……」
何を言えばいいのだ。大丈夫という言葉は便利ではあるけれど、その場しのぎにしかならない。
「私のせいで私のせいで……私が!」
喚くノヴァさんにポニテさんが平手打ちをした。
「ノヴァちゃん。そのまほろはもう殺した。あいつは復活してくるかもしれないけれど、いまはもういない。だから安心して」
「ポニ子。でも、ポニ子が人を、まほろを」
「適応者は殺すって決めていたの。それがたまたまあの女だっただけだよ。気にしないで」
「でも……」
聞き入れの悪い子供みたいなノヴァさんをポニテさんは両手を広げて背中に腕を回した。
「安心して。こんなことどうってことない」
平然を装っているポニテさんの手は小刻みに震えていたのを、僕は見逃さなかった。
「お友達ごっこは楽しい?」
背中がゾクリとした。背後から、絶対零度を吹きかけられた。そんな悪寒がした。売り返ってはダメだと思っていても、体は反応してしまう。存在してはいけないものをこの眼で『いない』と否定したい。
そこにあったのは、目を見開いたまひろという女の首。そしてその胴体。肉の塊となっているはずのこれが喋ったのか。
ポニテさんは愕然とし、ノヴァさんは両目に溜めていた涙を流した。
「どうして。首を切り離したのに生きているわけがない!」
ポニテさんが大剣を手にして構えた。しかし、大剣はがたがたと震えている。ポニテさんは手だけでなく体全身を震わせているのだ。
警戒していても、首は何も言わない。デュラハンと化した体も、ただ突っ立っているだけだ。身動き一つ取らない。
──立っている? なぜ自立できる? おかしい。
「不自然だ」
「不自然ってなにが!」
ポニテさんが大声になっている。どうやら恐怖に呑まれてしまったようだ。
「殺したのなら、適応者の体も消滅してしまうはず。それなのに消えていない。なによりも気になるのは、この女はレリック武器を持っていない」
「それがなんだっていうの?」
ポニテさんの追求が止まらない。ならば、その目で確かめさせてあげよう。
僕の予想が正しければ、ポニテさんが手に掛けたこのまほろという女は──
棒立ちしているまほろの腹部に拳を穿ち、内容物を掴むが、ほとんど手応えがなかった。
腹部から抜き出した右腕は黒い血にまみれているが、しかし手にあったのは人間の内臓ではなく、黒い塊だった。原理はわからないけれど、これがポニテさんが殺したまほろの正体。
「こいつは人形です。人間じゃない」
「やだぁ。もうバレちゃったの。聡明なのね。ますます気に入っちゃった」
御本殿から大鎌を持ったまほろが現れる。
「お人形遊びして楽しもうかと思ったのに。ネタばらしが早すぎるわ」
「悪趣味な人ですね」
「それをいうのなら、壊れかけのそいつのほうがもっといい趣味してたわ」
まほろは手の平を返しつつ、人差し指をノヴァさんに向けた。
「やめて」
押し殺した声でノヴァさんが反論する。
「なにをやめるの? 奏? なにをやめてほしいの? 私を黙らせる権利なんてあんたにはないでしょう!」
「お願いだからやめて。許して!」
それはもう哀願だった。大粒の涙を落とし、頭を下げ、身を縮みこませながら、ノヴァさんは叫んだ。
そんな姿を見たポニテさんがたまらず駆け寄って、背中を擦る。
「そうやって涙を見せるのは男の前だけだったくせに。ああ、そうか……そうよね? もう涙を見せる男がいないものね」
「お願い、それ以上は……言わないで」
「そのお願い、拒否するわ。だって私は神様じゃなくて人間だもの。あ、元か」
ふふふと口元を抑えながらまほろが冷たく笑う。
「でもね、いくら元人間でも、人間だった頃の憎しみは消えない! この怒りも! 絶対に!」
大鎌で空を切り裂き、ノヴァさんに標的をあわせる。
「お前が裏切ったせいで兄さんは死んだんだ! お前が! 兄さんを殺したんだ!」
まほろはさながら死神のような冷笑を浮かべ、黒い刃を向けて襲いかかってきた。
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