030 『理由(ザ・リーズン)』
030です。
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※10/25 本文修正
ノヴァさんは浅く吸い込んだ煙草の煙を吐き出して「番人を倒したあと」と改めて前置きを入れてから、何が起きたのか語り始めた。
「私たちはスイセンが『約束された安眠』が代々木公園へ転送されるのを見届けて、次の棺へ行くまで一休みをしようって話になったの。
番人を倒すまで寡黙を貫いていたスグルが突然、饒舌に話しだした。開口一番は何だったと思う? なんて、わかりもしない質問を投げかけてはいけないわね。
あいつは……スグルは『番人との戦いは肩透かしでしたが、適応者との戦いはやりがいがありましたね。生と死の狭間に立たされているあの緊張感は堪らないですね』って、唇の両端を上げて嬉々として喋ったわ。
そうね。スグルが裏切った経緯はこの適応者との戦いにあるから、少しだけ触れさせて。
相手の適応者は短剣を装備した暗殺術士だの二十代半ばくらいの女。地味な雰囲気で覇気もない。目の前にいるのに存在がぼやけて見えるの。きっと彼女が装備していた武器のせいかもね。
名前? いいえ。聞いてないわ。言っていたかもしれないけれど、ぼそぼそと喋るような感じだったから聞き取れなかったかもしれない。よく考えてみて? わざわざ自己紹介するような敵なんてゲームや作られた物語の中だけ。
端的に言えば、私たちは出会った瞬間から殺し合いを始めたの。
地味女との戦いでスグルは大健闘をしてくれたわ。暗殺術士特有のトリッキーな動きと高い俊敏性ではいくらレリック練度がカンストしていても、魔法と矢では簡単には捉えられない。となれば、同じ近接武器を装備しているスグルの槍は短剣との相性は抜群だった。
スグルが女適応者の足を止め、その隙を私とカズヒデが付く。そこまでやっても私とカズヒデの攻撃は相手には届かなかった。
正直に言って、スグルがいなければ殺されていたのは私とカズヒデだったかもしれないわ。見方を変えると、私たちがいなければスグル一人では女適正者には勝てなかったとも言えるわね。
二人の戦いは離れて攻撃をしている私たちからしても息を呑むような接戦だった。女適正者の短剣がスグルの首をかすめたかと思えば、スグルの槍が女適応者の心臓を射抜こうとしても短剣で受け止められる。次第に二人は体中から血を流しながら、それでも攻撃の手は止めず、移動する幅は狭く最小限に動く。
その戦いはまさに二人だけの世界だった。適応者の女は血走った目で二本の短剣で攻撃を繰り出しているのに対して、スグルはその攻撃全てを受け流し、殺されるかもしれないという危機感を楽しんでいた。
だって、あの時のスグルは殺しあうことは心の底から喜び楽しんでいたもの。
人を殺すこと、自分が殺されること、両極端にある殺意を受け入れた上で戦っていた。そんな人間に手助けをすることなんて不可能よ。
ううん、そう思ったのは私だけかもしれない。負けん気の強いカズヒデは二つの意味で一矢報いろうとしていたのかもね。
上手いこと言ったつもりってポニ子は言うけれど、あの場にいればあなたもそう思うはずよ。これほど的を射た言葉はなかったもの。
まぁ、私は弓矢を使わないから的を射るのは矢ではなくて魔法だけれどね。
うん、これはジョークよ。面白く無いでしょう?
そうね、こんなくだらないことを言えるようになったのだから、私も随分と落ち着いてきたわ。
えっと、どこまで話したかしら。ああ、どのような決着がついたのかまだ言ってなかったわね。
二人の攻防が続いて十分くらい経過した時かしら。スグルは女適応者の攻撃パターンを見つけたの。それは後ろからみている私たちですら気づけたけどね。女適応者は大きな動きをするときは必ず右に揺れてから跳躍して真上からの斬撃を起こしていた。仕留め切れないスグルに対して、大きな技で仕留めようとしたのだけれど、あまりにも連発しすぎたのよ。彼女なりの勝利パターンだったのでしょうね。
攻撃を先読みしたスグルは跳躍した女適応者の構えていた短剣の隙間に槍を突き上げた。
その攻撃は見事、彼女の喉を貫き、黒い血飛沫とともに絶命したわ。
雨の血は浴びながらスグルは笑っていた。
高くもなく低くもなく、愉快でも可笑しそうでもなく、ただ何かに納得したかのように笑っていたわ。
初めて手合わせした適応者との戦いで、スグルは趣旨と目的、価値が変わったんだと思う。
彼が彼らしい人間性を見せたのはハンプティを追い込んだ時だった。彼の死生観はかなり特殊。現実世界の世界に絶望し、いつ死んでも構わない。けれど、それは自分の納得できる生き方をした上で死ぬことを本望としている。それは自分だけでなく、他人の必死に生き抜こうとする姿をも見たいと熱望していた。
生に縋る惨めな姿、生き抜くために戦う姿、死を恐れない勇敢な姿など人間らしい醜さや清さをスグルという人間は間近で見たかったのよ。
適正者からの視点と立場では仲間意識による感情の共有はできるけれど、実際に苦しむ人間を楽しむことは出来ない」
だから、僕らを、白の創造主を、こちらに住むすべての人間を裏切ったというのか?
彼は貪欲に生きようとする人間を見たいがために、妖精を殺し適応者になったと?
「まともな人間の発想ではないわ。きっとスグルの精神は現実世界でとっくの昔に壊れていたのでしょうね。
それに、スグルのもっとも怖い思想はね。『何度でも死を体験できる適応者こそもっとも楽しめる』といったことなのよ。
わかる?
適正者は白の創造主からの恩恵が受けられないから、与えられた命は一つだけ。自分という精神と記憶その肉体での死は一回だけなのが、耐えられなかったって。
生と死を追体験できる適応者こそ自分が望んだ在り方だと、スグルは語っていたわ。
悪魔じみているか。うん、私もポニ子と同じような言葉を彼に言ったわ。
スグルが自分のサポート妖精を殺した瞬間にね、あなたは悪魔になりたいのと。
悪魔なんて言葉を空で言える人間がいるとは思いもしなかった。この問に、スグルはこう答えたわ。
『自分は人間です。この世界には天使も悪魔もいない。過去も現在もそして遠い未来でも、在り続けるのは人間のみ。つまり自分は、人間らしく欲望のままに生きることを望んだだけのこと』とね。
そして、スグルの槍は妖精を貫かれると、その小さな体からは考えられないほどの赤い血が止めどなく流れだした。
血は黒く変色していき、槍もスグルの体も黒く侵食していった。
妖精の肉体は消滅。彼の右手にあった適正者としての証である右手の紋章も変化した。
裏切り者、適応者のお出ましよ。
本当に悔やまれてしまうわ。女適応者を倒した直後、スグルは番人との戦いを辞退したの。適応者との戦闘後では番人まで相手にすることは厳しいってね。
これこそスグルが張った罠だったのよ。真悟さんも戦っていなかったと言いたそうな顔だけれど、戦いを止められたのと辞退したのでは全く意味が違うわ。
スグルは番人との戦いで弱まった私たちを玩具にするつもりだったのよ。最悪なことに、スグルの予想は的中してしまった。私とカズヒデの闘気は殆ど残されていなくかった。
その後は、ポニ子に伝えたとおりよ。
カズヒデは私を守りながら、戦ってくれたわ。でも、カズヒデがスグルに対して攻撃を与えたことは一度もなかった。闘気が枯渇している上に、通常攻撃なんて適応者となったスグルに通るわけもない。
次第に距離は詰められ、弓矢としての強みは失われてしまった。
あいつはね、あのスグルという男は理解していたのよ。カズヒデが私を守ろうと必死になるということを。
真悟さんも知っての通り、カズヒデはアニメや漫画に出てきそうな主人公みたいな男でしょう?
必死で私を守ろうとするカズヒデこそ、スグルが求めていた清き人間性の姿よ。
歯がゆかったわ。カズヒデのために動こうとしても、有効となる魔法が打てない。魔法が放てたとしても、焼け石に水みたいな魔法ではスグルを更に楽しませるだけ。
でも、問題はそこじゃなかったのよ。私が攻撃に転じてしまえば、スグルはカズヒデから私に攻撃を仕掛けるふりをする。そしたら、カズヒデはもっと抗うわ。もう、スグルの思う壺よ。
何も出来ないことが、こんなにも辛いことだなんて思いもしなかったわ。
力の差は圧倒的だった。私たちのレリック練度がいくらカンストしていたとしても、適応者となったスグルの動きは私たちと同等。闘気が枯渇した状態のカズヒデでは相手にもならなかった。
小動物を弄ぶかのように、スグルは絶妙な力加減でカズヒデを即死させないように攻撃をし続けた。自分の妖精を貫いたみたいに何度も槍で刺しては抜いての繰り返し。
瀕死の状態になったら、カズヒデの妖精であるレイラが瞬間復元を使って戦える状態にしてくれたけど、無駄だった。
今度はカズヒデの肉体ではなく武器を集中的に破壊し続けた。三回もね……。
もう後がないとなった時、ようやく私の闘気が復活したの。
私の闘気と怒りが頂点に達するのをスグルは待ち望んでいた。
そうでなければ、私の魔法が直撃するなんてあり得なかった。
もう、わかっているわよね?
そう、あの男は私たちの感情を逆撫でることで、自分の死すらも操っていた。あんな男が敵にいると思うと、恐ろしい以上の言葉が見つからないわ」
ノヴァさんは語り終えると、新しい煙草を咥えて吸い始めた。
吐き出される煙草の煙は重力に負けることなく宙を漂い、空気中に飛散した。
重苦しい空気の中、僕とポニテさんは返す言葉を失っていた。
「お待たせしましたー」
カズヒデさんの妙に甲高く、作ったような声が背後から聞こえた。
振り返ると、カズヒデさんが僕らが注文した品を乗せたトレイを持って立っていた。
場違いなその姿を見せることで、この空気を変えようとしたのかもしれない。しかし、その効果はあった。スグルさんにやられていた本人がこの調子なのだ。
僕の中で渦巻いていたドロドロとした感情が抜けていく。
「話は終わったみたいだな。じゃあ、それを食いながら、これからの話しをしようぜ。いま信頼できるのは、リアフレになれたこの四人だけなんだからよ」
カズヒデさんはトレイに乗せていたハンバーガーや飲み物など置いて、僕らの真向かいにあるテーブル席にどかりと音を立てて腰をおろした。
「真悟、ポニテ、そしてノヴァ。俺はお前たちを信じているし、頼りにしている。だからこそ、俺の本心を言う」
カズさんがいつになく真剣な目つきだ。
「瞬間復元もない。つぎに適応者と遭遇し、まともな攻撃を食らったら死ぬ。だけど、俺は降りない」
僕らは言葉を失った。本当に死ぬかもしれないのに、なにを言っているんだと。
「カズさん。バカなことを言わないで下さい!」
「まぁ、聞けよ」
カズさんが不敵に笑う。
僕らは息を呑み、カズさんの続く言葉を待った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は10/26になります。




