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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
33/143

029 『紫煙(スモーク)』

029です。

 エレベーターが一階に到着すると部屋を選ぶ大きなパネルが設置されていた。フロントらしきものもがあるけれど、こちらもむこうも見えないような工夫がされている。さすがは様々な人が利用するラブホテルなのだから、当然のことかもしれない。

 部屋を選ぶ大型パネルを見るとどの部屋も入室中で暗くなっている。そういえば普通に部屋を出てきたけど、こういう場所は自動後払いだったはずだ。

「部屋の料金って払わなくても出られるんですか?」

「緊急時ってことで壊しといた」

 どおりで普通に出られたわけだ。僕が苦笑いをしているのが気に入らないのかポニテさんが人差し指を突き出した。

「なに? こんな時まで優等生でいたいの?」

「まさか。さすがに慣れました。そもそも僕らが戦わなければ誰も助かりませんからね」

「命を掛けて戦っているだから、とやかく言われる筋合いすらないって話」

 それもそうだなと思いながら大型パネルにまた目を向ける。

「まだ部屋に残っている人たちに一言いってから出るべきでしたかね」

「大丈夫だと思うよ。ノヴァちゃんたちがここへ来るまでは休憩しようって決めたからね。まぁ、でも虎ちゃんには伝えておくか」

「そういえば、パーティーはどうなりました? まだ繋がっているのなら、ヴォイスチャットができるはずですよね?」

 そうは言っても、誰も僕らの会話に介入してこないのはパーティーは解散したということだ。

「真悟くんが気を失った時点で、私を除いたみんなが自発的にパーティーから抜けたよ」

「じゃあ、今は僕とポニテさんだけですか」

「それに……」

 ポニテさんは言いにくそうに口をもごもごとさせている。はて、なんだろうか。

「それに、なんです?」

「あんな恥ずかしい会話を他のみんなに聞かせられるわけないでしょ!」

 顔を赤くして訴えるポニテさんを見て、僕も釣られて顔に火が点った。

「そ、そうですよね」

「もう! 電話するからちょっとそこで待ってて!」

 ポニテさん恥ずかしさを紛らわすかのように背を向け、スマートフォンを取り出すとそのまま通話をした。普通に電話ができるのならわざわざ『Relic』のコンタクトをする必要もないか。スマートフォンの中に潜んでいる妖精はゲームの世界とリンクした現実でも便利ではあるけれど、実際に自分たちの手で使用したほうが早い時もある。

「うん、二人で行ってくる。うん、大丈夫みたい。本人が行きたいのなら、なおさらね。ハンプティによろしく。ついでにだけど、エクスたちにも伝えといてくれると助かるかも。うん、じゃあね」

 通話を終えたポニテさんが浮かない顔をしている。エクスさんたちのことも気にはかけているようだけれど、やはり日輪さんとは折り合いが悪いままなのか。ラクズラールとの戦いでは二人とも息が合っていたようにみえたけど、一時的な融和だったのかもしれない。

「行こうか」

 ポニテさんは僕の返事を待たずに足早にホテルを出て行った。

 外に出ると、先ほどの戦闘の痕跡が残されたままだ。ライブハウスが入っていたビルは倒壊し、地面は瓦礫の山。正面の壁にはハンプティさんと虎猫さんが吹き飛ばされた時に出来た穴がある。

 瀕死の状態だったハンプティさんの名前を泣きながら叫んでいた虎猫さんの顔を思い出してしまう。

「あの時、素で怒っていたの?」

 感傷に浸っていた僕にポニテさんが囁いた。

「……怒っていましたね」

 僕は歩きながら答えると、ポニテさんが後に続いた。

「あんな真悟くん、初めて見たよ。オフの時は、まぁ、食事だったり遊んでいただけだから当然知らなかったけどさ。ゲームの時は、どんなに理不尽な事があっても、無神経な奴らに煽られても、真悟くんって怒らないキャラだったじゃん。冷静沈着というか、感情を表に出さない感じ?」

「僕だって普通に怒るし、腹も立ちます。感情を表に出さないのは、きっとそういう性格にしてしまったんですよ」

「どうして?」

「他人に対して本気で怒っても、泣いても、憎んでも、何も変わらない。そう思い込んでしまったんです」

 気を失っていた時に見た中学生時代の記憶が蘇る。理不尽な行為に抗っても無意味。周りが助けてくれても、何かがあるのかもしれないと勘ぐってしまう。あの頃から、僕は無闇に人を信じなくなった。

 だから、現実でもゲームでの一人だった。そのほうが楽だと知ってしまったから。

「空気読まずにあの方言女と口喧嘩してた時に、冷たく『黙れ』ってさ。真悟くんが怒ったところ初めてみたし、別人かと思っちゃうくらいだったよ」

「すみません。二人に対して怒ったのは八つ当たりなんです」

 僕がそういうとポニテさんは「ふふふ」と軽く笑った。

「知ってるって。ハンプティを半殺しにしたラクラズールにムカついていたんでしょ?」

「僕がもっと素早く動いていればとも思いました。ハンプティさんみたく動いていれば、結果は変わっていたはずなのに、その、申し訳なくて。そうなるともうだんだん腹が立って……みたいな感じです」

 自分が怒った理由を改に口にすると恥ずかしさのあまり俯いてしまった。

「思考型の真悟くんと本能型のハンプティじゃどうしても初動に差は出ちゃうよ」

「多分、僕はハンプティさんに嫉妬したんですよ。後先考えず本能で動いてしまったハンプティさんに」

「それ、ハンプティに言ってごらんよ。すっごく喜ぶと思うよ?」

「喜びますか?」

「当たり前でしょ。あ、どうしてっていう質問はなしね。それは喜んだ時のハンプティから教えてもらって」

 腑に落ちないけれど、納得することにした。

 僕らは足を止めることなく、風俗店の看板や案内所を軒並み立つ百軒店の裏通りを抜けて道玄坂に辿り着いた。渋谷駅方面に歩けば、僕らが食事をしたファミリーレストランのビルがある。

「ノヴァちゃんたちはこの辺りについたらまた連絡するって言ってたんだけど」

 僕とポニテさんは揃って道玄坂の下りを眺めたが人影は見なかった。

「この安全区域はどの辺りまで広がっているんですか?」

「ツインテがいうには109の辺りまでとか言ってたよ」

「じゃあ、もう安全区域には入っているのか」

 リリィを呼び出してノヴァさんにコンタクトをするように伝えた。四度目のコール音が聞こえた後に『もしもし』と声を枯らしたノヴァさんの声がした。

「ノヴァさん。真悟です。いまどちらですか?」

『真悟さん。よかった。ポニ子からは気を失ったって聞いてたけど目を覚ましたのね』

「はい、おかげさまで。それでいま、どちらに?」

『道玄坂の先にあるハンバーガーショップよ。カズヒデがここで一息入れたいって言うから』

「よかった。もう安全区域の中ですね。いま僕はポニテさんと一緒で、百軒店の入り口にいるんです。そう、風俗街の出入り口ですね。すぐそばなので、そこで待ってて下さい」

『そうしてもらえると助かるわ。できれば、この四人で話したいことがあるの』

 わかりましたと答えて、コンタクトを終了させた。

「リリィ、ありがとう。ちょっとだけスマホの中で待機してくれないか」

「かしこまりました。何かありましたらすぐにお呼びください」

「うん、そうする」

 リリィは深々と頭を下げたスマートフォンの中に戻っていった。

「ノヴァちゃんたちどこにいるって?」

「何の因果か、僕らが食事をしたファミレスの下にあるハンバーガーショップだそうです」

「ほんと、何の因果だろ。どうせ、カズっちがいいだんしたんじゃないの?」

 その通りですと答えると、僕らはノヴァさんたちが待つハンバーガーショップへと急いだ。

 五分と経たないうちにノヴァさんたちが待っているショップ店内へ入った。ここもファミリーレストランと同じで、どこの席にもトレイが置かれていて、食べかけの品や、飲みかけのグラスが置かれていた。

「どこにもいなくない?」

 店内のどこを見回してもノヴァさんとカズヒデさんの姿は見当たらなかった。

「いらっしゃいませー」

 ワンオクターブ高くしたような声がレジカウンターから聞こえた。

 顔を向けるとどこで仕入れてきたのか、ショップの制服と紙帽子を被ったカズさんが立っていた。

「カズさん、なにしてるんですか!」

「見りゃわかんだろ。店員さんの真似事だよ。驚いたか! 驚いたよな? こういうサプライズって面白いよな」

 カズさんはいつもみたく豪快に笑った。

「ほれ、驚くのはもういいから速く注文しろよ」

 腰に両手を当てて、注文を催促する店員なんて、今の日本では考えられない光景だ。そして自分勝手だ。そもそも、レジに立つのは女性であって男性スタッフは厨房のはずではなかろうか。

「スタッフは俺一人だから、いいんだよ。ほら、注文しないなら勝手に作るぞ!」

「僕の心を読むのやめてくれません?」

 思わず非難してしまったけれど、でも元気な姿を見れてホッとした。

「私はオニオンリングとお茶でいいや。真悟くんは?」

「えっとそうだなぁ……って食べるんですか?」

「なんか、カズっちの顔をみたら安心しちゃって小腹が空いちゃった」

「おいおい、俺はそんなにやわじゃないっての。それで、真悟は何食うんだ?」

 改めて聞かれても、そんなに腹は減っていなかった。でも、なにか注文しないと後でうるさそうだったので、ひとまず店名にもなっているハンバーガーとアイスコーヒーを注文しておいた。

「かしこまりましたー。こちら番号札を持ってお待ちくださいませー」

 居酒屋の店員さんみたいな口調で、番号札を手渡してきた。イントネーションもなんか変だ。

「あの、ノヴァさんはどこに?」

 厨房に向かおうとしたカズさんを引き止める。

「喫煙ルームにいるよ。言ったろ? 一息入れるってさ」

「ノヴァさん、煙草吸うんですか?」

 オフ会でカズさんが煙草を吸っているのは何度か見たことがあるけれど、ノヴァさんが吸っているところは一度も見たことがない。

「税率がアホみたいに上がった時に辞めたけど、たまに吸いたくなるんだと。それが今だってだけさ。それにほら、隣はコンビニだろ? 煙草があったから俺が一箱拝借したときに、あいつもな」

「なにそれ火事場泥棒じゃん」

 ポニテさんが嫌味ったらしくいうが、僕らに説得力は皆無だった。

「それこそ、今更だろ? ほら、番号札もってノヴァのとこへ行って来い」

 カズさんはにかりと笑って厨房に入っていく。

「カズっち、ちゃんと作れるのかな?」

「さぁ……器用な人だからそれなりのものは作れるんじゃないですかね」

 適当に答えてしまったがポニテさんは妙に納得していた。

 喫煙ルームに入った瞬間、煙草の匂いが鼻を突いた。僕もポニテさんも非喫煙者なので、独特なこの匂いは苦手ではあるけれど、我慢できないほどではなかった。

 ノヴァさんは喫煙ルームの一番奥の席に座っていて、壁にはカズさんの弓とノヴァさんの杖が置かれていた。

 僕らがここに入った時、ノヴァさんはちょうど煙草の煙をゆっくりと吐き出していた最中だった。

 薄い紫の煙がゆっくりと登っていく。

「カズヒデのあれ、見た?」

 ノヴァさんは煙草を指に挟んだまま、隣に座った僕らに話しかけてきた。

「見ました。やりたい放題ですね」

「カズヒデなりの息抜きのつもりじゃないかしら。ここに来るまで、いろいろとあったから……」

 ノヴァさんは目を伏せながら、煙草を口に運んだ。煙草はノヴァさんに軽く吸い込まれて火ちりちりと小さな音を立てた。ノヴァさんの肺に落ち着いた煙が吐き出される。

 その煙は空に向かって吐き出された。僕らの気を使ったのかもしれないが、匂いまでは宙に逃げることはなかった。

 僕らの表情が険しくなったせいもあってか、ノヴァさんはごめんなさいと謝って煙草を消した。

「二度目のコンタクトの時、出られなくてすみませんでした」

「どうして、謝るの?」

「スグルさんが適応者になった話は聞いています。カズさんがどのような状態になったのかも。助けを求めていたんですよね?」

「真悟さん、それは自惚れよ。私は事実を伝えたかっただけ。助けを求めた所で、すぐに来られる距離じゃないでしょう?」

「自惚れであっても、話を聞くことは出来ました」

「……そうね。そう、私が求めていたのは助けではなく人との会話よ。あの時、私はひどく弱っていた。体ではなくて、心がね」

「ノヴァさん」

「私たちが番人を倒した後、なにが起きたのか話すわ」

 ノヴァさんは真新しい煙草の箱に手を伸ばした。

「あなたたち二人には悪いけれど、吸わせてもらうわ」

 咥えられた煙草に火が点る。

 拒否することはできなかった。きっと、喫煙をしなければならないほど、ノヴァさんはまだ弱っているのだから。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


次回投稿は10/24になります。

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