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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
32/143

028 『その後(アンド・ゼン)』

028です。


※ 10/22 本文・誤字脱字修正

 僕は中学校の武道場に立っていた。なぜか服装は柔道着に変わっている。ああ、これから柔道の授業だった。

 僕の相手をするのは、顔は見えないけれど真っ白い胴着を纏い、腰に巻かれているのは黒帯だ。顔も名前も忘れてしまった彼は僕の同級生で柔道部だ。一方、僕は筋肉もろくに無い中学生の体に戻っていて、授業用に使用されている黄ばんだ柔道着に擦り切れた白帯を巻いている。

 また、彼と柔道の授業を受けなければいけないのかと憂鬱になってしまった。

 有段者なのだから手加減をしてくれるものだと普通は思うだろうけれど、残念ながらそれは有りえなかった。なぜなら、自分の力を誇示したがるお年ごろの思春期まっただ中な十四歳だ。

 加えて当時の僕は既に現実の世界において一人で居ることを選んでいたので、思春期を謳歌している同級生からしたら浮いた存在であり、からかい甲斐のあるクラスメイトだ。

 もっと端的に言うと面白半分に道具として扱っていいような存在だ。

 立ち技の練習でゴミクズのように投げ飛ばされ、背中を強打した。

 痛い、どうしてこんな目に合わなければ行けないのだろう。僕は一人でいただけなのに、彼に、いや彼らのような生徒たちに何も迷惑を掛けたことなんてなかったのに、理由がわからなかった。

 二人きりの授業が進み、ついにあの時間になった。寝技だ。技もろくに知らないのに、黒帯の彼は抵抗する僕の手足を簡単に捌いて覆いかぶさり体を密着させた。息苦しさが続き、気が付くと彼は僕の背中に移動して喉元に胴着の襟を使って喉を締めあげた。

 頸動脈が締まり、血中に酸素が行き届かなくなる。苦しい苦しい死ぬ死んでしまう助けてと叫ぼうとしても声にならない。手足を使って、体全身を暴れさせても僕の首は解放されない。

「苦しいか?」

 耳元から愉快そうな声で囁かれた。

 ああ、これは苦しむ僕を見て楽しんでいるのだ。

 僕は彼らを楽しませるための道具のように扱われている。頭がサーッという音を立てるかのように冷えていき、しだいに目の前が真っ白になった。

 さっきまでの苦しみが嘘だったかのように、とても心地のいい気分に変わる。体が宙に浮くような感覚は自由だった。

 しかし、僕はこれが現実ではないと理解する。厳密には過去に起きた出来事だということを思い出す。

 あれから六年も経過している。

背が小さく少年だった頃の体ではなく、青年としての身長とそれなりの肉体がいまはある。

 大人になった?

それも違う。僕は普通の人間ではなく超常的な力と武器を手に入れた適正者だ。

両手両脚にはレリック武器の手甲・陰と脚甲・陽が装着されている。

 力を持つと、なるほど試したくなる。

 目の前にいる黒帯を巻いた同級生の気持ちが理解できた。

 彼はあの頃と同じように僕を失神させたことを悪びれる様子もなく、ニタニタと楽しそうに面白そうに笑っている。

 過去への復讐に意味があるかと問われれば、意味なんてない。

 あるのは、彼らが許せないこと。そして中学生の頃、なにも出来ずに彼らに屈服してしまった自分が許せないことだ。

 手甲と脚甲に闘気を纏わせる。オーバーキルをしたら、彼はどうなるだろう?

 爆竹を口の中に放り込まれた蛙のように肉塊を飛散するのだろうか?

 それもいいか……

「真悟くん」

 優しい声が僕の名を呼ぶ。誰だろう。とても聞き慣れた声なのに、すぐに思い出せない。

 手甲に闘気が溜まりきる。後にしてほしい。いまは、いまだけはこの力を使いたい。

 誰かのためじゃなくて、自分のために使いたい。

 誰か?

 誰かって誰だ。

「真悟くん。もう大丈夫だよ」

 なにが大丈夫なのだろう。目の前には敵がいるのに。

 ……敵とは黒帯の彼なのか。いや、敵は普通の人じゃない。

「はやく、目を覚まして」

 ここは夢か。自覚があるようで自覚をしていなかった。

「ハンプティも無事。みんな無事だよ……だからね?」

 そうか、みんな無事か。

 黒帯の元同級生の姿がラクズラールに入れ替わり、声なき絶叫を上げながら消え去っていく。

「そろそろ、私を安心させてよ」

 何もない空間から片手で大剣を持った小柄な女性の姿が現れる。見覚えがある。決して忘れてはいけない人だ。

 僕は声という表現をようやく思い出したかのように彼女の名を呼んだ。

「ポニテさん」

 薄ぼんやりとした視界に僕を覗きこむ人の輪郭が見えた。

「良かった……やっと起きた」

 両目の焦点が定まると、逆さまになったポニテさんの顔が見えた。良かったという割にポニテさんの顔はひどく不安そうだった。

「どうしたんですか? ぜんぜん、良いようには見えませんけど?」

「バカ。気を失っていたんだから心配して当然でしょ」

「気を失う?」

 かすみ始めた夢の出来事を思い返す。気を失ったから、あの頃の出来事が夢になったのか……なんとも安直な思考回路だと自分で自分を笑った。

「なに笑ってるの! こっちは本気で心配してたんだからね!」

「それは、どうも本当にすみません?」

 まだぼんやりとしているのか、いまだにポニテさんの顔が逆さまに見える。それに、後頭部が柔らかくて温かい枕が置かれているようだ。

「どうして、ポニテさん逆さまに僕を見ているんです?」

「分からないの? 膝枕よ。ひ・ざ・ま・く・ら」

 思考停止からのフル回転で言葉の意味を探り、確認を取った。

「膝枕ってあの膝枕ですか?」

「そういったでしょ」

 不安そうな表情から一変して今度は呆れている。

「誰の膝で枕されています?」

「あのね。私以外に誰が居るっていうの?」

ポニテさんは照れ笑いをした。その笑顔を拝めただけで死んでも良いかもしれないというほどの幸福感を味わい、僕は上半身を起こそうとした。

「こら、まだ起きたらダメ!」

 子供に言い聞かせるような口調で、ポニテさんは両手で僕の頭を掴んで、再び自分の膝に乗せた。

「それとも私の膝枕じゃ満足できないとでも言うの?」

 そんなに睨まなくても良いじゃないですか。

「ポニテさんの、膝がいいです」

「うん、ならいい」

 そう言って、ポニテさんは僕の頭を撫でた。他人に頭を撫でられるのはいいものだと初めて知った。

「僕、どれくらい気を失っていたんですか?」

「えっと、だいたい一時間くらいかな。ここに運ぶのは楽だったし、適正者になったおかげで膝枕してもぜんぜん痺れないの。やっぱりこの体って便利だわ」

 それはすごいなと適正者の肉体構造に感心しつつ、気を失って一時間に驚いた。運ぶとはどういうことだと思い、改めて僕がどこに居るのか周囲を確かめてみた。どうやら屋外ではなくて室内のようだ。僕が横になっているのもベッドだし、照明もなんだか薄暗い気がする。

「ここラブホですか」

「うん、手っ取り早く休めるところがいいと思って、ライブハウスの隣がラブホだったでしょ? だからそのままお邪魔しといた」

「ああー」

 そう言うしかなかった。ラブホテルという名称を聞いただけで如何わしい気持ちや連想をしてはいけないと言い聞かせる。

 なにかないかと頭を巡らませ、思いついた質問を投げかけた。

「でも、こんな所で休んでいてもいいんですか? レリックモンスターだっているだろうし、もしかしたら適応者だってここへ来るかもしれないのに」

「それは大丈夫。ラクズラールを倒したおかげもあって、この周辺は安全区域になったみたい」

「あいつも上級レリックモンスターという括りだからですか。まぁ、それくらいの報酬は当然ですね。新種のレリックモンスターだったけど、スキルが決まってよかったですよ」

「外気功・滅だっけ? あれ、反則みたいな技だけど、リスク高すぎるよね」

「レリックモンスターが弱っていなければ当然不発に終わりますし、闘気は空、武器の耐久度も著しく減りますからね。予想外だったのは気を失うことかな」

「驚いたし、焦ったよ。糸の切れた人形みたいに倒れたんだもん。マジで頭の中、パニクった」

「心配させてすみません……それで、他のみんなはどこに?」

「別の部屋にそれぞれ入っているよ。二人ずつね。虎ちゃんとハンプティ、エクスと日輪、あと日輪と同じ用にとらわれていた男二人の適正者ね」

 最後だけが残念だが仕方ないか。

「でも、いつまでもここに居るわけにはいかないでしょう。残りの棺を破壊に行かないと」

 もう膝枕もいいだろう。僕は上半身を起こして、ベッドから降りた。

「待って。ここに居るのはノヴァちゃんたちを待っているのもあるの」

「ノヴァさん?」

 しまったと片手で頭を押さえた。日輪さんたちを助ける直前にノヴァさんからコンタクトが入っていたを忘れていた。

「でも、誰がノヴァさんと? そもそもどうしてノヴァさんがこっちに向かっているんですか?」

 ポニテさんは俯き、両手を強く握りしめる。

「僕が気を失っている間、なにかあったんですか?」

「……うん」

 その一言が部屋の空気を重くした。

「教えてください。ノヴァさんたちになにがあったのか」

 ポニテさんは両目を閉じて、何度か言葉を発しようとして言葉にならず、短い吐息を漏らした。

 僕は焦らずに、ポニテさんが話してくれるのを待った。

「真悟くんが倒れた後、私はすぐにノヴァちゃんに電話したの。コンタクトじゃなくてスマホでね。しばらく待った後、繋がったの。こっちの状況を伝えるよりも先に、ノヴァちゃんがね、言ったの」

「なにをですか?」

「……スグルさんが、自分の妖精を殺して、適応者になったって」

「……え?」

 あのスグルさんが裏切った? 寝返ったのか? なぜ、どうして。

「それだけじゃないの。適応者になったスグルさんはノヴァちゃんとカズっちを襲った。棺と番人を倒したあとだったから、闘気も枯渇してる状態……勝負にもならなかった。一方的な殺戮だって……」

「二人は無事なんですか?」

「ノヴァちゃんは大丈夫。あの人の魔法があったおかげで、スグルさんを殺すことはできたんだって……でも、カズっちが」

 体の汗が引き、寒気が走った。

「カズさんが、どうしたんですか?」

 ポニテさんは再び俯いたので、両肩を掴んで顔を近づかせた。

「教えてください!」

「ごめん、カズっちは大丈夫。だけど、何度も殺されかけて、瞬間復元をすべて使いきっちゃったの。だから、もう一度でも武器破壊をされたら、致命傷を与えられたらカズっちは死んじゃう」

 息を呑み、そして頭の血が沸き上がった。

「そんな二人を放っておいたんですか? 僕のことよりもカズさんとノヴァさんを助けに行ったほうが!」

「そんなことできるわけないじゃん!」

 耳を劈く(つんざく)ような声を上げた。

「真悟くんから離れたくなかったんだもん……目を覚ますまで一緒にいたかった」

 本来なら、両手を上げて喜びたいところだけど、二人のことを考えたら無理だ。

「ノヴァちゃんもこっちは大丈夫だっていうし」

 そんなのはポニテさんを心配させないための口実だなんて、言えなかった。ポニテさんだってノヴァさんの真意を理解している。

「ごめん。わがままなことをして、本当にごめ──」

 最後は言葉にならず、ポニテさんは大粒の涙を落とし、両手で顔を覆った。

 僕はそれ以上、なにも言わず声を殺して泣いているポニテさんを自分の胸に引き寄せ抱きしめた。

 しばらくしてポニテさんも落ち着きを取り戻して、伏せていた顔を上げた。

「真悟くんが目を覚ますちょっと前に、ノヴァちゃんから連絡が来たの。いま、渋谷駅まで着ているから、もう少しで安全区域に入るって」

「それを先に言って下さい」

「ごめん、なんか順序立てて説明しないと思ってさ」

 しょぼくれるポニテさんの頭を、今度は僕が撫でる。

「謝らないで下さい。僕こそ、怒鳴ってすみません」

「うん、平気」

 ポニテさんは気丈に笑った。今は、この笑顔を信じよう。

 僕はポニテさんに背を向けて部屋から出るためドアに向かって歩んだ。

「どこいくの?」

「僕が起きたのなら、ここにいる必要ないですよね?」

 ベッドの上でぺたんと座り込むポニテさんに話しかけた。

「一緒に、迎えに行きませんか?」

「うん、行く!」

 ポニテさんはベッドから跳ねて僕に飛びついた。

 ドアを開くと細長い廊下へ出た。僕の後ろにはポニテさんがいる。

 廊下を渡りエレベーターに乗り込んで一階のボタンを押す。閉じる扉を眺めながら大丈夫だと言い聞かせる。

 根拠も保証もない言葉だけれど、そう言わないと自分を保てなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


こういう回もたまにはいいかと思いました。

次回投稿は10/22です。

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