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異世界化した現実世界を救済します  作者: アサクラ サトシ
第一章 『終末の咆哮』
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003 『生体兵器(レリックモンスター)』

 ガルホルムがポニテさんに牙を剥く。頭ではレリックの大剣を所持しているのだから、ポニテさんの肉体が傷つけられないとわかっているのに、体が反応してしまう。

 脚に軽く闘気を溜め込んで一歩踏み込むと、一瞬にしてガルホルムの顔面に到着した。

 目の前に現れた僕にガルホルムは虚を疲れて怯む。その隙を逃さない。

 右の手甲に溜め込んだ闘気と共に、ガルホルムの横っ面に打ち込むと風船に針でさしたように「バン!」と音を立てて弾けた。首から先を失った巨体は生命活動を停止させ、これまでみたガルブ同様に骨となり、さらさらと粉となって消えた。

「やっぱり、来てくれたんだー」

 振り返るとポニテさんがニコリと笑っていた。

「真悟くん、ありがとね」

 ポニテさんが両手で僕の手を包み込んだ。

「ゲームの時も、ピンチになったらいつも助けに来てくれたから、今回も絶対に来てくれるんだなーって思ってた」

 手を握られて鼓動が早くなった。いまここで、好きな人だから助けに来たんですと言えたら、楽になるのだけど言えないのが僕のヘタレ具合だ。

「前々から気になってたんだけどさ。なんでいつも私の時は助けに来るのが早いの? 頼りないからかな?」

 違います、そうじゃないんです、と言いたかった。この人は他人の好意に鈍感なんだ。はたから見ればバレバレなのに、全く気づいてくれない。

 ここで僕の思いをぶつけても始まらないので、気持ちを切り替えた。

「どうして、カズさんたちと一緒に戦わなかったんですか?」

「あー、んとね。私達、上級と戦ってたんだ。そしたら、中級が出てきちゃったの。さっきのあれね? 上級、中級を相手にするのは厳しいなって判断したから、ガルホルムを私が引っ張った感じ」

「それにしては手こずりましたね。僕でも一撃で倒したのならポニテさんにも出来たはずですよ」

「いや、恥ずかしながら……ビビってたんだよね。今回ばかりは頼りないポニテさんだったから来てくれて嬉しかった」

 ポニテさんは頭を掻きながら笑う。

 こんな弱音をいう人ではなかった。やはり精神的に参っているのだろう。上級と戦っているカズさんとノヴァさんのことも心配になる。

「話したいことは山ほどあるけど、いまはカズさんたちの元へ急ぎましょう」

「うん」

 肉体的にダメージはなくても、ポニテさんに道案内をさせるのは酷だと判断して、僕は再びリリィに道案内を頼んだ。

 道中、必死に走っていて気づかなかったけれど代々木公園内は原宿駅と同様に『Relic』の世界と混合している。

園内にある木々はレンガ造りの家と、芝生だった場所には崩れた噴水もある。それにゴツゴツとした岩などがゴロゴロしている。

 リリィは比較的に走りやすい場所を選んで先導してくれているので助かる。

「あとどれくらいで到着できる?」

「三十……いえレリックモンスターと遭遇しなければ二十秒もあれば合流できます」

 もう少しかかるかと思ったけれど早いな。

「ポニテさん。他にも適正者になった人達はいるんですか?」

「いるけど、そんなに多くないかな。私ら含めても十人程度だったはず。ごめん、数える余裕なんてなかったからさ」

「上級と言ってましたけど、狼種のガルフィクスですか」

「そだよ。あんな馬鹿でかい動物見ちゃったら、ぶっちゃけ勝てる気とかしないよ。たぶんさ、あそこにいたみんながそう思っているはず」

 初っ端から大きなモンスターと戦えば萎縮もするのは仕方ない。僕の初戦相手はガルブだったから心にも余裕がある。

 上級レリックモンスターのガルフィクス。十人もの人数が揃っていれば余裕で倒せる。

 『Relic』ではパーティーを組まなくてもソロで遊べるゲームだった。上級の大型であろうとも時間は掛かるがソロで倒せる。もちろん油断すると即武器破壊される。

 オンラインゲームは多人数で徒党を組むことが醍醐味とされていたが、『Relic』ではソロプレイでどこまで突き進むことができるのかに重点が置かれていた。

 ソロで倒せるというのはあくまでも仮想世界での話だ。現実世界で倒せるとは限らない。何度も倒した大型レリックモンスターであろうと、ソロで立ち向かうのは無謀だ。

「リリィも種族くらい教えてくれれば良かったのに」

 非難するつもりはなかったが、リリィは傷ついたようで顔を曇らせた。

「お忘れになられたかもしれませんが……リリィたちはレリックモンスターを視認しなければ特定判別することは不可能です」

「いや、ごめん。責めるつもりはなかったんだ」

 リリィたちが持つリストの一つに生物図鑑がある。プレイヤーが生物と遭遇すると生物図鑑に登録され、名前と種族が判明する。またモンスターを倒すことで弱点やドロップする素材などが表記されるようにある。

「あともう少しです。カズヒデさまたちも無事です」

「そうか、間にあっ──」

 突然、猛獣の雄叫びが響き僕の言葉をかき消した。一瞬、あの咆哮かと思ったが全く別のものだと気がつく。

「これがガルフィクスの雄叫び、なのか」

「到着します」

 先導するリリィの声に緊張感が滲み出た。

 駆け抜けた先には広場。十数人の適正者と大型レリックモンスターが戦闘を繰り広げている。その光景を上空の球体でガルズディアが見下ろしていた。

 僕はガルズディアの存在よりも、適正者が戦っているレリックモンスターに釘付けとなった。高さも幅も象の二倍はあるレリックモンスター。漆黒で艶のある毛並みと大きく開かれた口から見えるのは鋭い牙。

「陸の命を断つ獣、ガルフィクス」

 リリィが生物図鑑に描かれている二つ名を口にする。

 狼種のボス級、ガルズディアがいるのだから、狼種で統一されたレリックモンスターが製造されたとは思っていたけれど、こんなにも馬鹿でかいとは想像していなかった。

 ガルフィクスと相対している適正者の数は十人程度に見える。ただ、若干の距離と乱戦により人の識別がし辛い。

 なんとなくだが、戦っている適正者のほとんどが距離を保って戦っているように見えた。

「どうやら、上級と中級の黒箱はもう稼働してないようです。あのガルフィクスを叩けば一応は大丈夫です」

 リリィは広場の中央に見える直径五メートルの黒いキューブを指さした。正式名称は生体(レリック)兵器(モンスター)製造(マシーン)なのだが、リリィたちはその見た目から通称で『黒箱』と呼んでいる。これも〈遺物(レリック)〉の一つだ。『Relic』のモンスターは一部の例外を除いてこの黒箱から製造されるので、従来のオンラインゲームの常識でもあるモンスターのリスポーンという概念がない。

「上級はってことは、下級の黒箱はまだ稼働しているんだな」

 黒箱の大きさと比例して製造されるレリックモンスターのランクや製造時間が異なる。黒箱が小さければ早く製造されるが小型で弱いクラス、大きければ製造時間は長いが中型から大型で強いクラスが製造される。

「初めはね」

 と、ポニテさんが割り込む。

「咆哮が聞こえた直後に黒箱がたくさん出てきて、ガルブたちを吐き出したんだ。混乱していくうちにガルフィクスの黒箱まで出てきちゃってさ。妖精まで出てくるしで、みんなわらにもすがる気持ちで適正者になったの」

 妖精ともまともに話せない状態だったのだろう。たぶん、スキルすらまともにセットされてなさそうだ。

「早く、僕らも参戦しないと」

 ガルフィクスの弱点を思い出す。獣系のレリックモンスターには火が有効だが、闘術士にはエレメント属性攻撃はない。エレメントやステータス上昇系のバフは杖を持った魔導術師のみが扱える。直接攻撃しかできない職業にも有効なスキルが備わっている。闘術士の場合は闘気を使った自バフ攻撃と防御がある。

「マテリアルを外気功・拳撃、内気功・金剛、回避の空蝉を着けてくれ」

 外気功は攻撃、内気功は防御だ。空蝉は緊急回避と同時に通常攻撃でのカウンターが狙える。ゲームの時はこれでガルフィクスを倒した記憶がある。

 レリックによる肉体ダメージはないがレリック自体が敵の攻撃に耐えることになる。金剛を使うのはプレイヤーの闘気を与えることで耐久度が増すという仕組みだ。

「マテリアル変更しました」

「ありがとう。助かる」

「そっか。スキルの追加変更はそうやるんだ! 出てきて、ツインテ」

 ポニテさんはポケットから取り出したスマートフォンに妖精の名を呼ぶ。表示画面からツインテールの妖精が現れた。

「ポニちゃん、もう大丈夫?」

「うん、平気―。さ、スキルをセットさせて!」

 ポニテさんがスキルを選択している合間に、僕はリリィに問いかけた。

「リリィはどうするんだ? 戦闘中だと危ないだろう?」

「当然お供します。ガルフィクスの残量体力もお伝えしなければいけませんからね」

「え?」

 僕は改めて動き回るガルフィクスを眺める。

 どこを見ても体力ゲージは可視化されていなかった。なるほどと素直に頷けた。レリックモンスターの体力ゲージもリリィたちが見ていたものだったのか。

「あいつのゲージはどれくらい削られている?」

 この人数だ。半分は削れていてもおかしくない。

「三分の一といったところでしょう」

「三分の一! この人数がいてたったそれだけしかけずれていないのか。少なくとも、カズさんたちのレリックはカンストしているのに」

 上級レリックモンスターは武器の練度が50ちかくあればなおさら余裕を持って倒せる相手だ。

 他の適正者のレリック練度が低くてもカズさんたちがいればもっと削れている。

「おそらくですが、もしレリックが壊れてしまったらと戦々恐々になられているかもしれません。加えてこちらでの世界で戦うことに戸惑いを抱いているのかと」

「真悟くんの妖精さんが言うとおりだね。私も戦ってはいたけれど、怖かったもん」

 初戦から上級の大型と戦うのは無理があったのは確かのようだ。

 それに適正者になれない人達が光の柱となったのも目撃していたらなおさら萎縮したはず。自分たちも光の柱にされたらと考えたら攻めるよりもまずは守りに徹する。

 最悪の場合、光の柱となって捕獲されることなく死ぬ可能性だってある。

 軽く息を吐いた。

「どうかされましたか?」

 リリィが心配そうに覗きこむ。

「瞬間復元は何個ある?」

「それは以前と変わらず三つです。使用後の個数補填は朝五時のままです」

「オッケー。悪いけどマテリアルの交換を頼む。内気功・金剛から外気功・白虎にしてくれ」

「真悟くん、そのスキルってたしか」

 背後からポニテさんの不安そうな声が届くが、あえて応えない。

「それは……構いません。でも、あのマテリアルは……」

「誰かが流れを変えないと、倒せる敵が倒せるはずの敵になり、最後には倒せない敵へとなってしまう」

「……わかりました」

 僕の言いたいことを理解しているようで、その実は納得してないのがよく分かる。彼女は顔を俯かせたままマテリアルの交換を行った。

「真悟さま」

 リリィは手甲に触れたままで、僕を見ようとしない。

「必ず倒しましょう」

「倒すさ」

「真悟くん!」

 背中越しにポニテさんが叫ぶ。

「いつも損する役をさせちゃってごめんね。すぐ駆けつけるから」

「ええ。でかいのを打ち込むので、頃合いを見てスイッチして下さい」

「うん」

 軽い深呼吸をする。

 手甲から外気功・白虎の動作が流れ込んでくる。右腕と両脚のレリックに僕の闘気が溜める。両肩を脱力させながら構えをとる。左脚は半歩前に、右足はやや後ろにして両足の土踏まずは地面にベタ踏み。左腕は脇を閉めて拳は決して握らずに縦拳にする。右腕は左と真逆に腕の腹を上にして、肘は腰の位置で固定する。そして、右拳は強く固く握る。

 イメージでは中国拳法とか古武術の構えかもしれないが、おそらく本物の人がみたら出鱈目な構えだと嘲笑するだろう。もともとゲームの中にしか存在しない術であり、僕にしか使えないスキルなのだ。文句を言われても困る。

 僕の体に宿る闘気が収まるべきところに収まるのがわかった。

 白虎の準備は整った。あとは狙いを定めるだけだ。

 前後左右と自由に動き回るガルフィクスの顔面に集中する。もっとだ。もっと攻撃の面を絞る。

 狙うは……

「眉間の中心」

 ガルフィクスの動きが止まり、ここだと心の中で叫ぶ。

 両脚に溜めた闘気を放出して地面を蹴りあげる。急加速の移動により僕の体はガルフィクスの眼前にまで辿り着く。だが、加速した体は止まらずそのまま突っ込んでいく。

 前に出した左腕を後ろに下げた反動で右腕を伸ばす。ありったけの闘気をガルフィクスの眉間に打ち込んだ。

 眉間にめり込む右拳。伝わる硬さと体毛の感触。生き物だと主張するガルフィクスの体温。

 僕の攻撃によりガルフィクスは叫び声を上げる間もなくその巨体を地面に落として失神した。経験上、こいつの意識が戻るまで五秒といったところか。

 この限られた時間で僕はここにいる適正者全員に伝える言葉がある。

「見ろ! ちゃんとスキルを使えばこいつも気を失う。ダメージだって負う!」

 突然の出来事にみんな呆然としている。

「だが、レリックも壊れる。このように!」

 右腕を空に突き上げるとレリックは粉々に砕け落ちた。左腕、両脚のレリックは砕けこそしないが、耐久性を失い灰色となった。

 失望に満ちた溜息がこぼれているのがわかる。壊れてしまうという恐怖心を抱かせてしまったが問題はない。

「リリィ、瞬間復元を」

「はい!」

 僕の言葉に合わせてリリィは瞬間復元の液体を砕けたレリックに注いだ。すると粉状のレリックは光を帯びて、僕の右腕に戻ってきた。

 周囲から小さく「おおー」と声が上がる。どうやら不安は取り除けたようだ。

 ガルフィクスの体が動き始める。もう五秒経過したのか。まだのろのろとしているがそのうち体制を整えてくるだろう

「この人数だ。僕もまだ戦闘には不慣れではあるけれど戦える。でも強制はしない。危険だと感じたのなら安全なところへ逃げた方がいい。他人から非難されるとか思わずに自分を守ってほしい」

 出来る限り大きな声で啖呵を切った。正直、こんなにうまく行くとは思っていなかった。なにより、大勢の前で発言したものだから心臓の鼓動が通常よりも早くなっているのがわかる。ガルフィクスに白虎を打ち込むよりも緊張しているのが自分でもおかしかった。

足が震えているけれど、まだ伝える言葉がある。

「戦える人がいるのなら、一緒に倒そう」

「真悟さま!」

 リリィが叫ぶ。ガルフィクスの動きが予想以上に早かった。これでは空蝉を発動さるだけ無駄だ。

 ガルフィクスの右腕が僕に振り下ろされると身構えたが、奴は腕を下ろすどころか体を仰け反らせていた。ガルフィクスの両目に数本の矢が刺さっている。

「真悟! お前かっこつけすぎだろ」

 調子のいい声が聴こえた。いつもの彼の口調に戻っていた。

「カズさん!」

 僕のはるか後ろからカズさんが大きく手を降っているのが見えた。九月中頃で肌寒くなったというのに、まだTシャツにカーゴパンツといった服装だ。

「って、バカ、こっち見てないで前を見ろ! 前!」

 視界の外から空気を切り裂く音が聞こえる。無防備状態でのダメージはかなり痛い。

 僕が振り返るとすでにガルフィクスの腕は目の前まで迫っていた。ダメージ覚悟で身構える。

 真上から振り下ろされるガルフィクスの右前足に大剣が抑えた。

「間に合ったー。てか、カズっちの言うとおり、カッコつけちゃったね」

「そんなつもりはなかったんですけど」

「ひとまず、ここは私に任せて真悟くんはノヴァちゃんのところへ行ってきてー」

 ポニテさんが顎で指した先に、大地に杖を突き刺し、凛とした佇まいで僕を見据えている背の高い女性がいた。

「真悟さん」

 彼女の声は透き通っていて聴きやすい。

「ノヴァさん」

 オフ会ではいつもそうだが、彼女の服装は黒が基本色だ。今日も黒のジャケットに黒のロングスカート、インナーは白のブラウス。着る人を選ぶファッションだが背の高さとスタイルの良さも相まって見栄えがいい。綺麗な人ではあるけれど、どこか人を寄せ付けない雰囲気を持っている。一見、冷たそうに見える彼女だが中身は全く別だ。

「ほら。早く行ってってば。私のスキルが打てないでしょ!」

 ポニテさんの非難する言葉を素直に受け止めてノヴァさんの元へと走った。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


明日の投稿も18時となります。


よろしくお願いいたします。

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