016(109) 『超絶(トランセンデス)』
第二章016です。
扉を抜けると配色をし忘れたような空間が広がっていた。
アメリカのメリーランドでザラが作った異空間とは違い、木々や草原どころか空もない。上下左右に見えるのは白い天井、床に壁だった。正方形のキューブの中へと訪れた気分だ。
「Do not hava anything this room (この部屋、なにもないじゃないか)」
「Na przykład, co? Nie słyszę dużo angielski (え、なに? 英語は聞き慣れてないんだけど)」
ダリウスがなにもないと言ったのは分かったけれど、シルヴィアの母国語であるポーランド語はさっぱりわからなかった。
「Hej, Shingo. Jest to co masz na myśli? (ねぇ、シンゴ。これってどういうこと?)」
シルヴィアが母国語を喋りつつ、僕の腕を掴んだが、問いかけられた当人は聞き覚えのない言葉で話しかけられて困惑している。
「え、えーっと……」
苦笑いをして応対していると、シルヴィアは僕の右手を握ってきた。
「ちょっと、シルヴィア!」
彼女の柔らかい指が僕の手を包み込む、のではなく僕が手にしていた卵に触れていた。
「Kazał robić? Używam tych jaj. (ザラが言ってたじゃない? その卵を使えばいいのよ)」
ようやく聞き覚えのある『ザラ』という言葉に耳が反応した。
「ああ。そうか。ごめん。ちょっと待って」
僕はシルヴィアから卵を返してもらうと、ザラに言われた通り、卵の頭に僕の闘気を注ぎ込んだ。
僕の闘気を注ぎ込まれた卵は赤、青、緑と発光を繰り返し、そして光と共に肥大していく。卵の大きさは片手から両手、そして両手では支えられないほどに肥大した。すると唐突に重みが感じられなくなり、卵は僕の手から離れて浮遊した。
それこそ、マグリッドの絵のようなシュールな状況を生み出していた。
卵だったそれは徐々に人の形を形成していく。その全身はすでに白い光に覆われたままではあったけれど、頭部に四肢、そして髪までもが肩の辺りまで伸びて、止まった。
発光が収まるに連れて、目の前には生まれたままの姿をした少女が立っていた。
透き通った肌。なびく金色の髪。凛々しい眉に長い睫毛。鼻筋はスッと通っていて、大きな唇がとてもかわいらしい。
彼女の両まぶたが開くと、くりっとした青い目が僕らを認める。
彼女と目が合うことでようやく、これまでの人生で一度もお目にかかったことのない美少女だということに気付かされる。
……あれ? 少女?
ぽかんと口を開けていると「わー」という声と共にシルヴィアが突進してきた。
「え、ちょっ!」
「見ちゃダメ!!」
シルヴィアに体当たりをされた上に、馬乗りにされた。シルヴィアの背後に見えるのは片手を使って目を多くダリウスの姿と、風もないのになびいているさらさらの髪だった。もちろん、姿はみえない。
「ごめんごめん。いま服を換装するから」
その声はザラの声を随分と幼くしたような声だった。そして、妙に馴れ馴れしい感じもする。
「シルヴィ、ありがとう。ほら、そこの巨体も手をどけていいわ」
少女の声に従い、シルヴィアは僕からゆっくりと離れる。
「もうちょっと密着しても良かったのに」と聞いてはいけない捨て台詞を僕の耳元に残していく。
冗談は(にしてほしい)さて置き。身軽に成った僕も立ち上がり、卵から人になったザラと対面する。
背丈はオリジナルと比べると随分と低く、小学校高学年くらいに見える。肌のはり、髪の艶やかさ、なによりも生意気そうなそのつり上がった目が、いかにも少女ぜんとしていた。
というか、少女だ。
「はじめまして、適正者の三人。私はあなた達がザラと呼ぶオリジナルの複製体よ。見た目はとってもかわいい少女だけど、中身はオリジナルとほぼ同じだから、そこんとこよろしくね」
「……はぁ」
生返事を返すと、ザラの複製体はジャンプをして僕の頭を叩いた。
「イッタ! 急になにをするんだ!」
「あんたが、気のない返事をするからでしょう! 目の前に美少女がいるっていうのに、なんでそんなに反応が薄いわけ? 日本人はみんなロリコン趣味の変態ばかりじゃないの? 違うの? 違わないでしょ!」
「それ、かなりの偏見なんだけど」
「うるさいうるさい」と、ちっちゃいザラは地団駄を踏む。うん、しぐさはカワイイんだけどね。
「私だって本当はグラマラスで艶のある大人の女にしたかったわよ。でも、オリジナルがあれじゃない」
あれって、いちおう君のオリジナルなんだけど、酷い言い様だ。
「でもほらさ。少女には特別優しい人間が多いわけでしょ? どっちにしてもオリジナルが来るんだし、差別化を図ったわけよ。どうよ、パーフェクトじゃない」
「……はぁ」
と、また生返事をしたら、お約束よろしくちっちゃいザラは僕の頭を叩く。
「だから痛いって。そう人の頭を叩くもんじゃない!」
「ふん。オリジナルは特別やさしいから、こっちの私は厳しく行くからね!」
厳しいというか、子供のワガママを聞かされている気分だ。
いや、見た目も子供だけれども。
「そういやよ。俺たちの言葉、普通にわかるな。さっきはどうしてわからなかったんだ」
と、ダリウスが素朴な疑問を口にする。
「それは、ちょっとしたエラーよ。この空間は作られたばかりだから、言語統制がうまく機能していなかっただけのこと。この私が出現したことによって、諸々の問題を解決したのよ」
ちっちゃいザラが腰を両手に当てて無い胸を張った。
「偉いねー。ザラちゃん。いい子だよー」
シルヴィアがザラの頭を撫でる。
「や、やめてよ。そんな風に甘やかしても、厳しくするんだからね!」
なるほど、こんな風にすればいいのか。さすが同性。手なづけ方をよく知っている。
「そう、私は確かに地球個体となった『ザラ』の複製体ではあるけれど、話してわかるように同じ『人』ではないの。だから、オリジナルと同じ名前で呼ばれるのは好きじゃないわ」
「だから?」
そう言って、しまったと後悔したのも一瞬のこと。僕は頭に三度目の小さな衝撃をうけることになる。
「あんた、察しいいのか悪いのか、それとも女の子の扱いが下手なのかどれなの!」
「そうだよ。シンゴ。この子はね。一人の女の子としてみてほしいの。そう、あなたに相応しい名前がほしいのよね?」
「そうよ。ほら、この超絶美少女な私に相応しい名前を付けてちょうだい」
自分でそんなことが言える女の子なんて、惑星の名をつかった美少女戦士以来だろう。
だが、これが普通の女の子だった場合、痛い子なんだろうけど、悔しいが目の前にいる少女は確かに超絶と言っていいほどの美少女だった。
「名前か」
ただ、超絶美少女という冠がある以上、ハードルは高すぎてなにも思いつかない。
「うーん、ここは、同じ女性としてシルヴィアが名づけたらどうだろう?」
僕がシルヴィアに振ると「ダメ」とちっちゃいザラが拒否をする。
「あら、私じゃダメなの?」
「私はこのシンゴの闘気によって生み出されたの。だから、その……」
さっきまでの威勢が掻き消えるかのように、少女はもじもじし始めた。
僕とシルヴィア、そして無関係に徹していたダリウスまでもが顔を見合わせた。
つまり、僕の闘気によって生み出されたこの子は、僕が親のようなもの、みたいな感じなのだ。
まだハタチになりたてだというのに、いろいろと飛び越えて親ですか。
ふむといいながら、僕は小生意気な少女を改めて見つめた。
「早く名づけなさいよ」
「フリージア」
「それ花の名前でしょ?」
「そうだけど。でも君にぴったりだと思う」
「そ、そう? シンゴがそういうのなら、そう名乗ってあげるわ」
「素直じゃないの」
軽く笑うシルヴィアにフリージアは頬を赤らめた。
「はい、じゃあ、さっさと遺跡に向かうわ。この私に付いてらっしゃい!」
フリージアは照れているのかそそくさと歩み始める。
「行くってどうやっていくんだ」
フリージアの背を追いながら、ダリウスが問いかける。
「繋ぐのよ」
フリージアは突き当たった白い壁に手をかざす。
「ここと、あちらを、ね」
彼女が手をかざした壁は音もなく、振動すら起こさず、別の空間を広げてみせた。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回投稿は7/23です。




