007(100) 『学習(ラーニング)』
第二章007です。
お互いの攻撃が射程距離となる。ブルーマンは無表情のまま僕に襲い掛かってくる。
表情筋の全てが動かないその顔。そして青い肌の色も相まってブルーマンの不気味さが増している。
シルヴィアが言っていた通り、ブルーマンの両腕は青白い光を帯びていた。
受ける、受け流すは行いたくない。かといって逃げに回るつもりもない。
判断は瞬時。
行動は迅速。
ブルーマンの動きは確かに早いけれど、避けられないほどではなかった。
僕の顔面に打ち込んでくるブルーマンの攻撃を真横に跳躍して避けつつ、着地したと同時に両足を跳ね上げ、体操選手のように高く飛びブルーマンの脳天に向けて踵を落とす。
バチン! という何かが弾けるような音と共に、踵から鈍い衝撃を受ける。
「痛ッ!」
「シンゴ!」
シルヴィアの叫び声が聞こえる。
攻撃した足の辺りに電流が流れた感覚により、僕は顔を歪めてしまった。
ブルーマンは僕の踵を両腕で受けきった。予想はしていたけれど、彼の両腕には青白い光を纏ったままだった。
「そのままだと、ハインの二の舞いだってば!」
シルヴィアの警告が耳を劈くが、僕だって何も考えずに踵落としを繰り出したわけじゃない。
僕の両足にはすでにそれ相応の闘気を溜め込んでいた。それでも、これほどの衝撃を受けるとは予想外だった。
ブルーマンが僕の足首を掴むとさらに電流が足から伝わってきたけれど、我慢できない程ではなかった。
体を反転させ掴まれていない片足の裏でブルーマンの顔面を踏みつけることで、強引にブルーマンの手から逃れることに成功した。
無事に着地したけれど、ブルーマンのターンはまだ終わっていなかった。
今度はブルーマンが真上から攻撃を仕掛けてきた。
その足にも青白い光が見て取れる。これをまともに受けるのは割にあわない。なにより、この攻撃をまともに受けきるだけの闘気が僕の両腕には蓄えられていないからだ。
幸いにして、ブルーマンの動きは遅い。寸でのところで回避する。
ブルーマンが振り下ろした足が地面に接触すると、半径一メートルくらい地面に生えていた草は一瞬にして焦げ落ち、そして大きな窪みが出来上がり土が隆起する。
ブルーマンの攻撃力、破壊力は適正者よりも低い。ただしあの雷属性のバフだけは厄介だ。
「ヘイヘイ! 逃げてばかりじゃ勝つことはできないぜ!」
ダリウスが発破をかけてくる。
「言われなくても!」
と、威勢が良かったのは口ばかりで、しばらくの間はブルーマンの攻撃を避けることで手一杯になっていた。
「それでも闘術士かい? 手と足の攻撃をしてなんぼのジョブだろ!」
「ダリウス、うるさい! シンゴが集中できないでしょう!」
シルヴィアがダリウスを叱りつける。集中はしている。そして余裕もある。
こうして外野の声を冷静に聞き取れるのがその証拠だ。
ここはスキルを使えばいいのだけれど、僕のレリック武器のスキルスロットに入っているのは、カウンター攻撃の空蝉、防御向上の金剛、あとは外気功・滅……だったかな。
空蝉や金剛は触れられた時点でアウトだ。外気功・滅はブルーマンが弱っていないかぎり、効果は得られない。それに闘気のほとんどを使いきってしまう外気功・滅はギャンブルすぎる。
僕のスキルはこうした魔法的な効果を持った敵にはとことん相性が悪い。
このブルーマンに有効な攻撃があるとすれば高密度に練り上げた闘気による攻撃くらいしかない。
両手両足のレリック武器に闘気を練りあげて纏うも、この闘気よりもブルーマンの雷属性が上回っていたらと一抹の不安が過る。
覚醒した状態の闘紋であれば簡単に攻撃ができたのにと思案した次の瞬間、それがフラッシュアイディアへと変わった。
カーニヴァルとの闘いが呼び起こされる。あいつとはそれなりに因縁こそあるけれど、得たものは大きい。
僕は足を止めて、耳を済ませる。まずは試さなければいけない。
「シンゴ、なに考えているの! 諦めたらダメだって!」
「あいつなりの考えがあるんだろ」
「あれでしょ? 昔の日本人が好んでやった玉砕覚悟ってやつでしょ?」
遠くはなれているシルヴィアたちの声が会話できるくらいの距離くらいに聞こえた。
当然、僕は諦めてもいないし、考えもある、そして敵と心中なんてこれっぽっちも考えていない。
聴覚の拡張が出来たのであれば、可能性はある。
ブルーマンからみれば僕は棒立ちしているようにしか見えないだろう。
現に、無防備となった僕に真正面から襲いかかってくるのだから、向こうも決着を付けに来たのだろう。
ブルーマンは僕の目の前で体を独楽のように回転させる。胴回し蹴りだ。
遠心力に乗せられた蹴りが鋭利な刃物となり、僕の首を刈りに来る。
……間に合った。
僕は完成した右腕でその凶刃を受け止める。
「え、どうして?」
シルヴィアが驚きのあまり口を抑えていた。
「嘘だろ……アレって」
座り込んでいたダリウスが立ち上がって両手で頭を抑えている。
「どういうこと? なぜ覚醒もしていないのに──」
腕を組んで僕とブルーマンの戦闘を分析していたイリアもさすがに驚いたようだ。
「闘紋が浮かび上がっているの?」
イリアが指摘した通り。僕の右腕にはトライバルタトゥーのような闘紋が浮かび上がっている。その代わりにレリック武器の手甲は消失してしまったが。それでもブルーマンと対抗できるための闘紋を創造できた。
思った通り、闘紋であればブルーマンの雷属性による衝撃もダメージも受けない。
掴んだブルーマンの足に圧をかける。ここでようやくブルーマンの表情筋が動いた。残念ながら、痛みによる歪みではなくて、喜びによる綻びだった。
このまま決着を付けさせてもらおうと、掴んだ足を引き落としてブルーマンを地面に叩きつけた。
顔面に向けて闘紋を浮かばせた右拳を撃ち込む。が、僕の拳を額で受け止めたブルーマンは笑みを増し、口唇の両端を上げた。
「お前、楽しいのか?」
言葉が通じるとは思わなかったけど、つい口に出してしまった。
僕の問い掛けに答えるかのように、ブルーマンは片足を上げてくる。その爪先が僕の顎すれすれを通過する。
僕が避けると、ブルーマンは蹴りの反動を活かして起き上がった。身体能力はアスリート以上か、適正者並といったところか。
だが、こうして対等に戦えることができるのだ。あとはこちらのペースをつかみさえすれば勝機はきっと訪れ……なんだ?
ブルーマンが両手脚に纏っていたはずの青白い光が消えた。
バフの効果が切れた、のか?
違う。違うな。そうじゃない。これは、僕がやったのと同じだ。
ブルーマンも僕と同じように背水の陣に立つつもりなんだ。
「──」
ブルーマンが何かを囁いたが、聞き取れなかったしその言語もわからなかった。どの言葉でも同時通訳するこの場であっても、古代人が使用していた言葉までは翻訳は不可能、ということかもしれない。
「シンゴ。やるなら今だぞ! いろいろと聞きたいことはあるが、まずはそいつをやっちまえ!」
調子よく、ダリウスが言ってくれているがそういうわけにも行かないんだ。
ブルーマンは学習しているんだ。
思えば、こいつは僕の蹴りを受けた後、ずっと拳による打撃よりも蹴り技に固執していた。
僕が始めに見せた踵落としを真似た。そして、そこから蹴りの性質を変えて胴回し回転蹴りまでやってのけた。
次は、闘紋なんて言うんじゃないだろうな?
「──」
ブルーマンが再びなにかを呟いたが、理解できないままだが、嫌な予感しかしなかった。
左手の平から青白い光が伸びると、それは形状を変化させある形に固定した。
「冗談だったらよかったんだけどな……」
ブルーマンが創りだしたそれは『大鎌』だ。そう、形も大きさもハインのレリック武器の『大鎌』そのものだった。
「ツヅキ」
やっと僕でもわかるような言葉がブルーマンの口から聞こえた。
なるほど、こいつはずっと学習していたんだ。ただ、それは用意ではなかったのだ。
何故なら、ここに居る六人はどれも言語が違うのだ。
僕らは適正者だから同時翻訳されて会話が成り立っているけれど、ブルーマンからすれば耳に入る言葉は全てバラバラなのだ。
「ツヅキヲ、シヨウ」
その中でも、僕の母国語である日本語を習得してくれたのはありがたいと思うべきかもしれないな。
ブルーマンは作りたての大鎌で曲芸師のように回転させ自由自在に操る。
これでは迂闊に近づけない。覚えるだけでなく、きちんと対策もしている。
賢い上に臨機応変であり、適切な回答を導き出す。
つくづく厄介な敵だ。
こちらも闘紋を作り上げたはいいけれど、長くは持ちそうもない。
「ねぇ、見て。シンゴのレリック武器が」
シルヴィアが初めに気づいたようだ。
「闘紋を出している右腕以外、消えている。もしかして、その状態を維持するために他のレリック武器を捨てたというの?」
イリアの声は、心配ではなくて批難だった。
「いくらなんでも無謀すぎるわ。そんな状態で戦っても無地では済まないわよ!」
「イリア。その忠告はありがたいんだけど。もう引けないんだ。決着を、つけるまで」
「シンゴ、あなたは賢い人だと思っていたけれど、本当はバカなの?」
「……そうですよ。なぜなら、僕が持っていた本能は狂気ですからね」
死と隣り合わせの闘い。
ギガンテスとでは味わえなかった危機感と死線。
ブルーマンとなら味わえる。
これを楽しまないで、どうしろというのだ。
右腕の闘紋以外に装備らしい装備はないけれど、無防備になった全身に練り上げた闘気を纏うことは出来る。飾り程度の防御かもしれないが、それでいい。
「コナイ、ノカ?」
こちらの出方を伺っていたブルーマンが痺れを切らしたようだ。
「コチラカライク」
ブルーマンは大鎌を回転させたまま駆けてくる。
刃物をつけた扇風機の如く、大鎌の刃に触れた地面は抉れた。
最強の矛の盾を兼ね備えたブルーマンの突進に、僕もまた真正面から受けることにした。
「馬鹿野郎! 死ぬ気か!」
出会ってからずっと軽口を叩いていたダリウスが、今回ばかりは本気で心配してくれたようだ。
ダリウスの絶叫から数秒と経たない内に、僕の片腕は鮮血と共に宙を舞った。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
次回投稿は5/21です。




