005(098) 『肌(スキン)』
第二章005です。
「こいつは……驚いたな」
ラミアとの戦いを終えたばかりのダリウスは、驚くというよりも感心している様子で呟く。
象よりも大きいその巨体に三つの頭が上下に動く。瞳は金、剥き出しの白い牙、尖った耳、総毛立った毛並みは赤黒い。
ケルベロスは身構えつつ、僕らを睨んでいる。
「やっぱりリアルにこういうのが出てくるとちょっぴりグロテクスで気色悪いかも。サイズも大きいし、可愛らしさのかけらもないねぇー」
イリアが肩を竦めながらも、弓を片手に持った。
「次は私で良いかしら?」
「他の皆様がよろしければ、イリアさんで構いません。いかがですか?」
「面倒だな」
片足で足踏みをしながらハインがぼやく。
「ザラ。一人一体と言うのなら、残りの三体も出してくれ。そのほうが話は早い。これだけ広い草原なんだ。離れて戦っても問題はないだろう。複数一気に出すのが難しいのなら却下しても構わないのだがな」
「なるほど。ハインさんの言われるとおりですね。ならば、残りの三体もご用意いたしましょう」
ザラが片腕を水平に広げると、ケルベロスの両隣に新たなモンスターがあらわれる。
三つの頭をもつ犬の右に鳥の頭に獅子の体、背中には鷲のような翼を持つグリフォン。そして左には多いな額に一角と大きな一つ目、その裸体はだらしのない物ではなく、鋼を連想させるような筋肉を纏った巨人、ギガンテスだ。
グリフォンはケルベロスと変わらない大きさではあるが、ギガンテスは頭一つ抜けて大きい。
これら三体はゲームで言えば中ボスとも言える位置づけのモンスタークラスだ。さすがにこの三体を目の前にすると圧巻ではある。面白いのは、レトロゲームのように画面いっぱいに広がる草原に、身動き一つしない一枚絵にも見えるところだ。
「ねぇ、もう一体、足りないようだけれど?」
イリアの質問にザラが深々と頭を下げた。僕らに仕える妖精のような振る舞いだった。
「ゲームでいうロードに時間がかかっていると思ってください」
「ロムカセットばりの速さなら文句なしのゲームだったのにな」
一戦を終えたばかりのダリウスが茶々を入れる。
「あたし、そんなレトロゲームで遊んだことがないの。それにこれはゲームじゃないんだからさ。あーあ、これがフルダイブのVRだったらなおのこと良かったのにな」
考えて見れば、ここに集まっている五人はみんなオンラインゲーム『Relic』で遊んでいた連中なのだ。当然、それ以前にも色んなゲームを嗜んできたに違いない。
ここはザラが作り上げたもう一つの世界、もっと言えば異世界だ。そこに武器をもって冒険を始めるのだからゲーム感覚に陥ってもしかたがないのだろう。
「お待たせしました。三秒後に登場します」
三、二、一……と、ザラの一言から、みな心の中でカウントダウンをしたはずだ。
カウントがゼロに達したと同時に、ケルベロスの目の前にそれが現れた。
これまで出現した巨大な三体よりもとりわけ小さかった。サイズでいえば、僕らと同じ人間と同じ大きさである。
その姿は人でありながら異形だった。奇形というわけではない。醜いわけでもない。その真反対に位置する容姿を兼ね備えている。
白い髪であるのに潤いがある。眉は薄く、堀の深い顔立ち、手足も長い。顔の造形では完全に劣っているけれど、しかし姿形は男性の顔をしている。違いがあるとすれば、二つある。
目の前にいる『彼』に生殖器が見当たらないことと、僕ら五人とは明らかに肌の色が違うのだ。
白、黒、黄のどれでもない。
青、だ。
「人、なんですか?」
目の前にいる『彼』を凝視しながら、僕はザラに問いかけた。
「過去に存在していた人類とでも言うべきでしょう。元々、この地球上には五色の肌をもった人間が存在していました。いまここで説明すべきことではないので、詳細は省きますが、目の前にいる彼もその一体ではあります。でも、これは量産型の産物です。もちろん、女型もいますが、データ不足で男型しかまだ作り上げていません」
「そんなことはいい。問題は、こいつが俺たちと対等に戦える戦闘力を持ち合わせているかだ。こんな裸丸腰の奴と戦っても無意味だろう?」
ハインが冷たく言い放つ。
「強さとは大きさでも鋭い牙を持つことではありません。見た目に騙されてはいけません。最後に出現させた『彼』はこの四体の中でも一番の強さを誇ります」
「こいつが?」
『彼』を見る限りにわかに信じがたかった。肌が青いくらいで特筆すべき点はなかった。肉体面の強靭さで言えば、ダリウスが群を抜いている。次にハインだろう。彼も背は高く屈強そうに見える。彼らに比べて僕はというと、典型的な日本人の体だ。もちろん、僕らは適正者となっているので、純粋な肉体での勝負となれば優劣はないだろう。
僕があれこれ考えている合間に、他のみんなはどの古代種と戦うのか話し合っていた。
「シンゴ。あなたはどれと戦いたい? あたしは最初に言っていた通り、ケルベロスと戦うわ。空を飛ぶグリフォンでも面白そうだけど、弓相手じゃ決着も早そうだからね」
「それはそうかもしれないけど。イリアとシルヴィアは?」
「私はグリフォンかな。武器的に不利なのはわかっているけれど、不利を不利としない戦い方もあるからね」
二本の短剣を曲芸さながらの動きを見せた。
「俺はあの青いのと戦う。ここにいる古代種の中で一番強いというのなら、戦ってみたい。悪いがシンゴは木偶の坊と遊んでくれないか」
「それは、構わないけれど」
「けれど? けれどなんだ? 俺が負けるとでもいいたいのか」
曖昧なことを言ったせいで、ハインが睨みつけてくる。
あまりにも怖い目をするものだから、両手を振って否定をする。
「そんなことは言ってない。僕が言いたいのは、ここに居る古代種の中でも異質すぎると思うんだ。ほら、ラミアやケルベロスなんてゲームで何度も見てきたし、攻撃のパターンなんてある程度は予想がつく。でも、あの青いの……ブルーマンとでも言っておこうか。僕らと同じ人型だけど、未知の部分が多いから」
「未知だから、なんだ。シンゴ。君は本当に日本を代表する適正者なのか」
僕はオリンピック選手のような国を背負った代表者じゃないと言いたかったが、話がこじれるだけなので、口を噤んだ。
「はいはい、喧嘩しないの。ともかく対戦する相手が決まったんだから、さくっとやろうよ」
イリアがお姉さんみたいな目線で仲介に入った。話の決着は付かなかったが、戦う相手はとりあえず決まった。
僕らはダリウスが座っている場所を起点として、円形状に広がった。
北が僕、東にシルヴィア、南にハイン、西にイリアという感じだ。この場所を決めたのはイリアで、僕とハインが隣同士にならないように配慮したのかもしれない。
『みなさん、定位置に立ちましたね』
突然、頭の中にザラの声が響いた。異世界化した時に使ったコンタクトみたいな感じだ。これが僕らにも出来るかと聞けば、この空間を作った彼女にしか使えない技能らしい。
『開始の鐘を叩きましょう』
直後、甲高い鐘の音の振動が背中を押し付けた。
眠りについていた巨人が活動を開始すると、両腕を広げとんでもない雄叫びを上げる。耳を劈く野性のケダモノが巨体を揺らしながら分厚い握り拳を振るう。
渋谷で戦ったレリックモンスターの鬼人、ラクズラールを思い出す。大きさは奴と変わらないけれど、ギガンテスの攻撃速度はかなり遅い。むしろ遅すぎた。
鈍すぎるギガンテスの攻撃を難なく躱しながら手甲に闘気を溜め込む。体の内側から溢れ出る闘気の練度を上げる。
高密度と化した闘気は現存するどの鉱物よりも硬いとイメージする。
レリック武器を装着した手足でギガンテスの太い脚を攻撃する。
「……この程度か」
独り言を呟くほど、ギガンテスの皮膚は柔らかかった。
仕留めるのなら早いほうがいい。弱い敵に、用はない。
ギガンテスの片膝を蹴りで割る。うめき声を上げながら僕のほうへと倒れ込もうとするギガンテスの顔は苦悶し、そして醜かった。
のろのろと倒れ込みながらギガンテスは両腕を使って僕に掴みかかろうとする。
「話にならない」
両脚に溜めていた闘気を開放し、跳躍。ギガンテスの後頭部が見える高さまで飛び、渾身の一撃を頭目掛けて打ち込む。
ギガンテスの頭だったそれはスイカが内側から炸裂したかのように飛散し、原型を失った。
ギガンテスの血飛沫を全身で浴びたかと思うと、それは一瞬のことですぐさま血糊は消え去った。
「面白くもない」
加えて、物足りない。
異世界化した渋谷では、もっと……もっと死と隣り合わせだった。
一瞬、狂気じみた思考がよぎったがすぐさま我に返った。どうやら失われていた僕の本能は小さいけれど芽吹き始めたようだ。
また覚醒した状態で戦えると喜びたい反面、自分を見失うかもしれないという恐怖が混ざり合う。
あの時、境界を越えし者と決着寸前のところで、僕は僕で居なくなっていた気がする。現実世界を取り戻してから考えていた。僕は僕ではなくなった『アレ』を呼び起こすのが、怖いのだ。
「シンゴ、避けて!」
シルヴィアの叫び声が聞こえ、振り返ると大鎌が回転しながらこちらに飛んできているのが見えた。
避け──間に合わ……
考えるよりも早く僕の腕が動いた。それこそキャッチボールをするように自然な動きで僕は早い速度で回転している大鎌の柄部分を掴んだ。
「びっくりした」
ドンという衝撃と共に柔肌の温もりが僕の体を包んだ。
「すごいわね、シンゴ!」
シルヴィアが僕に抱きつてきたようだ。
どうしよう、いろいろと柔らかい。
「い、いや、そんなことは」
僕は手にしていた大鎌に目をやる。こんなことをしている場合じゃない。武器もなしにハインはどう戦っているんだ。
僕と真反対の場所で戦っていたハインを探す。
そこに立っていたのは、ブルーマンただ一人。
ハインは、赤子が眠っているように倒れこんでいた。
「ハイン!」
駆け寄ろうとしたが、シルヴィアがより強く僕を抱きしめる。
「シルヴィア、離してくれ。このままじゃハインが」
「ハインは大丈夫。むしろ、危ないのはシンゴの方よ」
「何故?」
「その大鎌を君に向けて投げたのはあのブルーマンだからよ」
「え?」
遠く離れたブルーマンが僕を見つめながら薄気味悪い笑みを浮かべていた、ように思えた。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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