クラブニューアクトレス夜の蝶達
咲さんがヘアメイクを終えて通路に出てきた。
今日何度目かの驚きがあった。そして女性の恐ろしさを感じた。
淡い水色のマーメイドドレスに身を包んだ儚げな表情の咲さん。しかし、メイクをしっかりする事で憂いの表情と艶やかさが加わり、抜群のプロポーションがさらにそれを引き立てる。アップにした髪にサイドを少しだけ巻き下ろしたスタイルは、ほっそりとした首筋と、少しだけ浮き出た鎖骨がとても綺麗に見えた。
「海斗!」
増田店長に呼ばれ振り向くとハイタッチのポーズ。それに応えると店内にパチンと乾いた音が少しだけ響いた。
「な、言った通りだろ」
「ですね!じゃぁ咲さん、一通り説明するからこっち来て」
「は、はい!」
そうして、咲さんはヨタヨタと生まれたての小鹿のように歩いてきた。それを見た俺と店長は盛大にズッコケた。
恥ずかしそうに近づいてくる咲さん。
「すいません、こんな高いヒール履いたことなくて…」
「イイよ、そのギャップ。可愛くて」
すかさず店長がフォローを入れる。
俺も笑顔でアドバイスを送る。
「段差が結構あるから気をつけてね。ヒールもそのうち慣れるから」
「はい。家でも背伸びしてヒールの練習します!」
二人でまたズッコケた。
そして、基本的な説明をして待機席に案内する。つまらなそうにしていたキャストがざわつくのがわかった。俺は気にせずキャストに紹介する。
「今日から入店の咲さんです。咲さんはこの業界は初めてですので、皆さんよろしくお願いします」
「「はーい」」
何人かは返事をしてくれたが、チラッと見ただけでまた携帯へ目をやるキャストも多い。
今、待機席にいるキャストはいわゆるBランクと言われているキャスト。
この店ではボーイ達のみが認識している隠れたランクが存在する。
売り上げTOP7がAランク、それ以下の売り上げで早い時間から出勤可能なのがBランク、忙しくなる時間からの出勤に限られるのがCランク。足りない時だけまたは、過剰な人数の時に出勤カットするのがDランク。
簡単にTOP5だけ整理する。
この店の不動のNo.1キャストは『理子』さんという21歳のキャスト。増田さんが育て上げた最高傑作と言われている。
清楚感と上品な言葉づかい、また仕草や物腰まで計算しつくされた雅やかな所作で人気が高い。
頭がよく実は有名私立大学の学生。
盛り上げたり、明るい性格ではないが、客の話しやすい話題に持っていくことがうまく、状況把握も的確。
指名客が接待などで使ってくれる事が多く、客単価が高い為に、トップまで上りつめた。
系列店の超高級店『クラブグレイスフル』への移籍の噂が絶えないが、増田店長を信頼しているため在籍し続ける。
そのため、付き合っているのではと噂される。
平日は太いピンのお客と同伴もしくは、接待のお客のサポートで夕食から付き合い、そのまま同伴するパターンがほとんどで、今日も同伴中。
また常にナンバー入りするキャストは20歳の『楓』さん。
サッパリとした性格で姉御肌な所があり、新人キャストの面倒見もよく慕われている。
物事をハッキリ言う性格と、負けず嫌いを表に出す性格のため、ナンバー入りするようなキャストとはあまり親しくない。
16歳から水商売をしているためキャリアは4年以上と長い。
場内指名を本指名につなげるのがうまいが、長く続かない。
また、惚れっぽい性格が災いしてついついお客さんを彼氏にしてしまうことが過去にはあったらしい。そうすると全く店に呼ばなくるし、彼氏にも仕事を反対されるため出勤トラブルが多かったと坂東さんが話していた。俺が入った後にはそんなことはなく安定してTOP7入りしている。
ただ、好きでもないのに身体を許す風俗嬢が大嫌いで、あからさまに枕営業しているキャストも好きではない。
その裏には前にいたお店が関係している。
16歳から18歳までヤクザ直営のキャバクラで働いていたため、無理やり身体を売らされていた過去がある。
そんな状況を坂東さんに救ってもらった経緯があり、恩義に感じているとともに信頼もしてる。
最近伸び悩みを感じて、坂東さんともミーティング中ちょくちょくケンカをしてるのを目撃する。
最近、急激に売り上げを伸ばしてきている『みりお』さんという24歳のキャスト。名前の由来はミリオンダラーから。
業界経験が半年と経験は浅いが、短時間で高い売り上げを立てるのが上手い。
実は生粋のお嬢様。実家は地方の資産家の娘らしく、少し浮世離れした天真爛漫な性格。
悪気なく人を振り回してしまう。
本業はピアノの先生の為、出勤日数が安定しない。
価値観が普通の女の子と違うため、太いお客さんの中でもインテリ系おじ様から特に愛されるタイプ。
ただ、キャストとしてのスキルは低く、ヘルプで付いたキャストなどへの気遣いがあまりない。
憎めないタイプであるが好みがはっきり分かれる。担当は西野さん。いつも振り回されているが、西野さんはとっても嬉しそうにしている。
それから、おバカキャラ筆頭の18歳の『杏奈』さん。関西出身で口癖が「あんな〜、杏な〜」から会話が始まる面白キャラ。おっぱいもでかいが声も大っきいのがたまにキズ。でも、持ち前のノリの良さで若者の集団や金融系の怪しいお兄さんには抜群の人気。
杏奈さん1人で一組の客に対し1回で50万〜100万の売り上げとかがたまーにある。ザ・キャバ嬢を地でいく派手な性格。頭もお股もユルそうなキャラだが、実際はどうなのかはわからない。よくバックヤードで大声ではしゃいだりして怒られている。ただ、日によって杏奈さんのテンション、売り上げとも浮き沈みが激しく、当日欠勤もよくある。この子も西野さん担当。
そして23歳の『モエ』さん。名前の由来はモエネク好きだから。モエネクとはモエ・エ・シャンドン・ネクターというシャンパンの略語。
落ち着いた雰囲気と柔らかい言葉遣い、慈愛に満ちた様な目、常に誰に対しても気遣いを忘れない行動をし、嫌味が感じられない。30代から40代の独身男性が思わずお嫁さんにしたいと思わせてしまう優しさと包容力が接客や性格から滲み出ている。
担当は坂東さんだが、ボーイ人気が一番高い。増田さんも常に目をかけている。
ただ、その天性のほんわかさが災いしてお客さんがストーカー化してしまったり、既婚男性が離婚を決意してしまったりと、ゆるふわ感満載な魔性の女。身を滅ぼしてしまう男性多数。ただ、増田さん曰く、客の繫ぎ方、切り方、切り時がヘタなで客に振り回されてしまい、一時期に抱えられる指名客数が少ない為、TOPには登りつめられないと言っている。
今の所この5人はほぼ毎出勤、同伴か来店予定がある。そして常に毎月TOP7に入るキャスト。プラス、その月によって2人ほど他の誰かが加わる形でTOP7が推移している。
そしてその他の在籍キャストが約60人。1日の平均出勤人数は平日は15人〜20人。週末は20人〜25人という中箱クラスのキャバクラ。
きっと咲さんはその中で最低でもTOP10には入るポテンシャルがあると思う。
だけど、成績よりも、長く続けいけるようサポートしていくくらいしか、今の俺には出来そうもなかった。